対談・講演

新しい価値を創造する「異分野融合型プロフェッショナル」を目指せ!

TKC・中央大学クレセント・アカデミー「税理士のための租税法務講座」開設17年

TKC・中央大学クレセント・アカデミー「税理士のための租税法務講座」は平成14年に開設して今年で17期目を迎えた。本講座にはこれまで約1200名が受講している。本講座の運営に開設時から長年にわたって尽力し、今年5月に再度中央大学学長に就任された福原紀彦学長とTKC全国会坂本孝司会長が、本講座の意義を踏まえて法学面から見た税理士業務の現状と未来を語り合った。

同席:TKC全国会中央研修所副所長 今仲 清
進行:TKC全国会事務局部長 内薗寛仁
とき:平成30年11月8日(木) ところ:TKC東京本社

巻頭対談

近江商人の家に生まれ子供のころから帳簿に親しむ

 坂本 本日は、中央大学の福原学長をお迎えすることができました。お忙しいところ誠にありがとうございます。また、TKC全国会においては、TKC・中央大学クレセント・アカデミー「税理士のための租税法務講座」(以下、クレセント・アカデミー)の立ち上げから今日に至るまで多大なご尽力をいただいており、あらためて感謝申し上げます。

中央大学 福原紀彦学長

中央大学 福原紀彦学長

 福原 こちらこそ坂本会長や今仲先生をはじめ、TKC会員の皆さまには大変お世話になっております。

 坂本 福原学長のご専門は民事法学で、支払決済の法律関係の比較法的研究や電子商取引・電子決済の法的問題の研究などを中心に行われていると伺っています。このような分野に興味を持たれるようになったきっかけは何だったのですか。

 福原 昔から手形や小切手などの有価証券のルールに興味を持っていました。と申しますのも、私は近江商人の商家の生まれでして、祖父が西陣織の工場を営んでおりました。しかも、長男でしたから、ボンボンとしてとても大切に育てられました(笑)。小さなころから商業帳簿にも慣れ親しんでいましたね。

 坂本 そのころに印象に残っていることはありますか。

 福原 たくさんあります。例えば、祖父の遣いで手形を持って銀行の窓口に行ったときに、よく知っている行員さんから「ぼん、これは裏判とゆうてな、ここに書いてある人がお金を払えんようになったら、判を押してあるおじいさんが責任を負わなあかんのやぞ」と教えてもらいました。手形法にある裏書の担保的効力ということを学ぶまでもなく、5~6歳のころからお遣いのついでにそういう知識を自然と身に付けていました。当時からそれがとても面白いと思っていました。古くからの商人の町に生まれ育ったおかげで、上京して大学で商法という分野を学ぶことになって、そのような体験がとても役に立ちました。
 一方で、証券がペーパーレス化され、それがオンラインで取引されるようになっていく中で、ペーパーが果たしてきた役割を電子データが担うようになりました。そうなってくると、一気に新しい商取引のルールが必要になってきます。しかし、学ぶべき前例は世の中のどこにもなく、これまでにない自由な発想が求められました。そのときに、たまたま私は高校時代に理科系のクラスにいたものですから、法学に携わっていながら電子取引の基礎になる暗号技術や整数論の知識を活かすことができました。
 そうこうしているうちに、OECD(経済協力開発機構)でインターネットによる世界中の取引ルールを作ろうということになって、私は当時とても若かったのですけれども、日本の代表の一人に選ばれ、春と秋をOECDの本部があるフランス・パリで過ごすという幸運にも恵まれました。

 坂本 若くしてその分野の第一人者になられたのですね。

 福原 既存の分野でしたら私の出る幕はなかったと思います。新しい分野に関与したことによって、その後、関連の審議会に出席させていただく立場に恵まれたり、業界団体などから意見を求められたりするようにもなりました。いまも多様な経験を積ませていただいていることに、とても感謝しています。

クレセント・アカデミーには学際的・異分野融合の価値がある

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 中央大学は1885年の創設で、130年以上の歴史を誇り、実学教育を伝統の一つとされています。大学の運営におきまして、福原学長がいま最も力を注がれていることを教えていただけますか。

 福原 私は、今年の5月に再度、学長に就任したのを機に、「中央大学はこれから異分野を融合してイノベーションを起こす大学になります」という宣言をしました。その一環でもあるのですが、市ヶ谷田町キャンパスに国際情報学部を来年の4月に新設します。簡単に申しますと、国際社会で通用する「情報の仕組み」と「情報の法学」を融合することで、新しい価値を創造して世の中に役立つ人材を育てようという学部です。
 自分が幼いころから鍛えられてきた商業実務、高校時代に勉強した理系の科学技術の知識、そして大学で勉強した法律の知識を融合してきたから、常に新しい知恵を身に付けることができたように、将来を担う若い世代にも異分野を融合させることで新しい形を生み出す醍醐味を味わってほしいと思っています。この考え方は、TKCさんとクレセント・アカデミーを立ち上げたコンセプトにも通じるものだと思います。

 坂本 クレセント・アカデミーは、税理士に求められるリーガルマインドの養成を目的にしています。社会環境が目まぐるしく変わる中で、税理士が社会の要請にこれからも応えるためには、法律を体系的に学ぶこと、そして租税法のさらなる研鑽が必要です。
 この点につきまして、TKC全国会初代会長の飯塚毅博士は「税理士の業務は本来、税法に関する法律業務である」(『TKC会報』1997年9月号)と言われていました。また、松沢智全国会第2代会長も「税理士よ法律家であれ」(『TKC会報』1998年4月号)と檄を飛ばしてくださっていました。
 ちなみに、飯塚毅博士は昭和63年に、「日独法制における『正規の簿記の諸原則』研究」で中央大学から法学博士号を与えられています。これに先だつ昭和59年5月に『正規の簿記の諸原則』が日本会計研究学会の太田賞(現太田・黒澤賞)を受賞しているわけですが、飯塚毅博士の研究は、税理士業務を支えるためのまさに学際研究だったと捉えています。
 この点を私は重要視しており、現代的によみがえらせるために論証を深めることに努めているわけですが、いまだに研究者による学際研究が足りていないのではないかという危惧を持っています。

 福原 確かに学者の世界では、ある研究が法律の枠で捉えるべきものなのか、会計の枠でとらえるべきものなのかという話になりがちです。仮に法律の枠に入ったとしても、今度はそれが商法の枠なのか、税法の枠なのかということになって、どんどん細かくなっていきます。学際的とは異分野融合と言い換えてもよいと感じますが、細分化された研究の幅を広げて違った角度から深めていくところに価値が生まれるのではないかと思います。

巻頭対談

税理士の視点も入れた講義にこれまでに約1200名が受講

 坂本 クレセント・アカデミーのカリキュラムを見ると、税理士業務に必要な法律に横串が刺されており、学際的な体系になっています。中央研修所副所長でクレセント・アカデミーを担当している、今仲先生から講座開設の経緯をお話しいただけますか。

今仲清中央研修所副所長

今仲清中央研修所副所長

 今仲 クレセント・アカデミーは、平成13年に税理士の出廷陳述権が創設されたことを踏まえて、この分野の専門研修の提供を目的として開設されました。開設にあたっては、福原学長を始めとする中央大学の先生方のご協力のもと、当時の中央研修所長の加瀬昇一先生(TKC千葉会)が中心となって準備が進められました。そしてこの間、法の変化や法律家として求められる税理士の役割などに合わせて、カリキュラムの中身も随時更新されてきました。
 カリキュラムは、法学基礎から始まって、憲法、民法、商法、それから行政手続法や民事訴訟法などに至るまで、実に多様な内容になっています。講義を担当されるのは、日頃お話もできないような素晴らしい先生方ばかりで、本当にありがたく思っています。

 福原 確か、開設当初は刑法の講座がありませんでしたね。さらに、刑事訴訟法も必要とのことでプログラムに組み入れました。

 今仲 私どもは実務家なものですから、講義の中に税理士の視点を入れてほしいというような要望をするなど、かなり無理なことも申し上げているのですが、その願いをかなえてくださっています。

 福原 私たちにとっても、自分たちの研究成果を実際に社会に役立てる方々にお伝えする機会を得られるということは、ものすごく重要なのです。こうしたクレセント・アカデミーに携わることによって、実学教育という中央大学の伝統もよみがえってきます。
 それにしても、クレセント・アカデミーが今年で17期目に入ったというのですから、時間が経つのは早いものですね。クレセント・アカデミーの開設当時、『TKC会報』(2003年4月号)で関係者による座談会を開いていただいたのですが、その記事のタイトルに私のコメントから、クレセント・アカデミーは「TKCと中央大学の“プロジェクトX”」と付けてくださったことがとても嬉しかったのを覚えています。

 今仲 それから今日までに、約1200名の受講者が本講座を修了しています。

 福原 感慨深いですね。

【第17期「税理士のための租税法務講座」カリキュラム・講師陣(敬称略)】

講座 指導教授
法学基礎 佐藤信行
中央大学法科大学院教授
憲法 橋本基弘
中央大学法学部教授
民法(総則) 笠井 修
中央大学法科大学院教授
民法(物権)
民法(親族) 野澤紀雅
中央大学法科大学院教授
民法(相続)
民法(債権保全・
保証)
宮下修一
中央大学法科大学院教授
民法(担保物権)
民法(債権総論)
民法(契約) 山口成樹
中央大学法科大学院教授
民法(不法行為)
刑法 只木 誠
中央大学法科大学院教授・法学部教授
刑事訴訟法 中川深雪
中央大学法科大学院特任教授・
派遣検察官
民事訴訟法 小林 学
中央大学法科大学院教授
金融法 野村修也
中央大学法科大学院教授・弁護士
企業法
講座 指導教授
行政手続法 土田伸也
中央大学法科大学院教授
行政事件訴訟法
租税法の
基本原理
増田英敏
専修大学法学部教授・弁護士
租税実体法
租税手続法 谷口智紀
島根大学法文学部准教授
グループ研究
税法の読み方 伊藤義一
元松蔭大学大学院教授・税理士
裁決事例研究
の仕方
小出絹恵
TKC東京都心会会員・税理士
国税通則法 田中 治
同志社大学法学部教授・法学博士
争点整理表の
作成と活用
佐藤善恵
大阪市行政不服審査会委員・税理士
判例の読み方 佐藤英明
慶應義塾大学法科大学院教授
民法と税法の
関わり
坪多晶子
TKC近畿大阪会会員・税理士
税務訴訟
ワークショップ・
模擬裁判
山下 清兵衛
桐蔭横浜大学法科大学院客員教授
(租税法)・ 東洋大学大学院講師
(行政法)・弁護士・税理士
佐藤信行
中央大学法科大学院教授
伊東祐介
中央大学法科大学院実務講師・弁護士

書面添付は近江商人の「三方良し」の教えにも通じる

 今仲 最近、法学基礎を担当されている中央大学の佐藤信行先生が講義の中で、TKC会員が重視している巡回監査や税理士法第33条の2による書面添付のことを法学基礎に照らし合わせて教えてくださっています。われわれ実務家としては、その内容が非常に腑に落ちるのです。
 ご承知のように、書面添付は税務代理を行う税理士が税務申告書を保証する制度です。書面を申告書に添付して提出した納税者への税務調査において、納税者に税務調査の日時場所をあらかじめ通知する場合には、事前通知前に、税理士に対して書面の記載事項に関して意見を述べる機会を与えなければならないことになっています。

 坂本 いまの書面添付の有効性も幅を広げてきています。書面添付が行われていれば、その基となった決算書に一定の信頼性が付与されます。こうしたことから、金融庁等が推進している「経営者保証に関するガイドライン」の趣旨に則って、書面添付の実施を条件にして、経営者保証の免除を検討しようとする金融機関が増えてきました。そうした動向を追い風にして、TKC全国会としても、中小企業金融における税理士の役割をさらに高めるために書面添付の推進に力を注ぎ、無担保・無個人保証の融資の普及に貢献していきたいと考えています。
 先般、TKC全国会による書面添付や電子申告の取り組みについてお伝えするために、藤井健志国税庁長官を表敬訪問させていただいたのですが、そのときにこのような金融機関と税理士の連携の動きについてお話をさせていただいたところ、とても感心されていました。福原学長は、書面添付のこのような現状をどのようにご覧になりますか。

 福原 課税庁による違法な課税をブロックするのが租税法律主義です。その場合に申告納税制度は納税者への信頼を前提に成り立っているものですから、書面添付が信頼を確保する制度であるという理解をまず納税者から得ることが重要でしょう。また、納税者の視点からすると、書面添付によって金融機関から金利優遇などが受けられる可能性があるというのは、とても有益なのだろうと思います。

 今仲 われわれの強みは、正しい会計による適正申告を支援し、書面添付で関与先を守るとともにデータに基づく経営助言までつなげるサービスを中小企業に併行してできるという点にあります。そういう意味で申しますと、書面添付は近江商人の「三方良し」の教えにも通じるように思います。

 福原 おっしゃるように、税理士業務のためだけ、課税庁や金融機関の求めを満たすためだけに書面添付があるというのでは「三方良し」にはなりません。やはりそれが納税者の利益にしっかり結びついているというところに意味があるのだと思います。書面添付には強制力がないので法学的に言うのは難しい制度なのですが、ただこれは、租税正義の実現やリーガルマインドの発揮に密接に結びつくものであるという認識は法律学者も持っていると思います。納税者の利益という観点からいまの取り組みを円滑に進める工夫をすれば、書面添付が社会に与える影響力はさらに増すのではないでしょうか。

 坂本 そうですね。TKC全国会は、社会を啓蒙する運動体でもありますので、引き続き関与先中小企業の1件1件に書面添付への理解を促してまいりたいと思います。
 最後に、われわれ税理士に対する期待の言葉をいただけますか。

 福原 何年か前に、AIによって駆逐される職域の上位に税理士業が挙げられるような論調の記事が多くの新聞や雑誌で盛んに出ていました。しかし私は、それは到底あり得ない話だと思っています。
 高度なマニュアルを身に付けて、ルーティン業務を遂行しているようなエキスパートはそれが高度になればなるほどAIに叩き潰されてしまうと思います。これに対して、異分野を融合するようなプロフェッショナルとしての専門職業人は、時代の変化を見据えて常に業務に付加価値を付けようとしているわけですから、AIがそれを超えることはできないでしょう。
 飯塚毅先生や松沢智先生による「税理士よ法律家であれ」というメッセージの裏には、そうしたプロフェッショナルとしての皆さんが進むべき道があるように思います。

 坂本 ありがとうございます。福原学長の言葉を励みにして、プロフェッショナルとして税理士の輝かしい未来を築いていきたいと思います。今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします。

(構成/TKC出版 古市 学)

福原紀彦(ふくはら・ただひこ)氏

中央大学学長(法科大学院教授)、弁護士。1954年滋賀県生まれ。77年中央大学法学部卒業。95年同法学部教授、2004年同大学院法務研究科教授、07年同大学院法務研究科長、11年学校法人中央大学総長、中央大学学長。放送大学客員教授、公認会計士試験委員、文部科学省大学設置・学校法人審議会委員、大学基準協会理事、日本私立大学連盟常務理事等を歴任。18年より再度現職。専攻は民事法学。

(会報『TKC』平成30年12月号より転載)