寄稿

「会計で会社を強くする」実践力を磨こう

複式簿記のルーツは、「会計で商売を強くする」こと

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 複式簿記による最古の取引記録は13世紀前後といわれ、今日のように体系化されたのは、15世紀イタリアの修道士・数学者ルカ・パチョーリ(1445年~1517年)によってですが、一昨年、原書『スンマ(Summa)・数学大全』の復刻版を大原学園殿がTKC全国会に寄贈してくださいました。

 1494年に数学書として出版された『スンマ』は600ページを超える大著で、その第9章の中の「計算及び記録に関する詳説」の20数ページの中に複式簿記論が展開されています。
 そこには、「商人は商売の浮き沈みの悩みを抱えることが多く、心穏やかに過ごすには複式簿記を取り入れ、経営の実態を把握することが重要である」と記述されています。
 さらに全ての取引を体系的に正しく、適時に記帳することなく商売をするのは不可能として、借方、貸方の中に聖なるバランスを見いだし、資本と収益を区分し、利益を計算するために日常の取引は日記帳、仕訳帳及び元帳の3つが必要であると述べています。
 特に日記帳には「大小にかかわらずすべての取引を、日ごと、時間ごとに漏らさずに記録しなければならない。」と書かれているのです。(『バランスシートで読みとく世界経済史』ジェーン・グリーソン・ホワイト著 川添節子訳 日経BP社)

 その後、ヨーロッパ諸国は科学、技術、文化などが大いに発展を遂げましたが、その背景にはこの複式簿記があったからだといわれています。
 500年以上も前に、正確かつ適時な会計帳簿の作成が商売繁盛の重要な条件であると、帳簿の記載条件が明示され、「会計で会社(商売)を強くする」という考え方がすでに存在していたことは驚くべきことです。

「事務所総合力を強化する活動」

 日本経済は、アベノミクスの効果もあり長く暗いトンネルから抜け出そうとしています。しかし中小企業の経営は依然として厳しい状況下にあるといえます。
 一方、会計事務所の業界はパソコン会計やクラウド会計の普及により、顧問契約の年一化が急速に進行しています。
 同時にインターネットを利用した同業者間の熾烈な価格競争に脅かされています。このことは巡回監査を実施してKFSに取り組んでいるTKC会員事務所といえども例外ではありません。
 今こそ、「会計で会社を強くする」実践力を磨く必要があります。
 TKC全国会は、既にお示ししているように、第1ステージである本年度と次年度の両年度を「会員事務所の体質改善の取り組みを本格化する」期間と位置づけています。この方針に基づき、「事務所総合力を強化する活動」として、本年度の年度重要テーマ研修のメインテーマを「TKC会計人のビジネスモデルを構築しよう!」とし、サブテーマを「事例に学ぶ!高収益力を誇るTKC会員事務所の成功法則とは」としました。
 当研修に加えて、さらに会員向けには「実践事務所見学会」並びに「事務所経営塾」が予定されています。受け身の研修にならないように配慮し、双方向の参加型研修として、受講会員の知的創造を引き出していく中で、「会計で会社を強くする」実践力を磨く機会とさせていただきます。
 なおこの「事務所総合力を強化する活動」の企画は、システム委員会、巡回監査・事務所経営委員会、中小企業支援委員会の3委員会合同によるものです。これらの研修活動は関係する委員会の支援を受けながら進めていきますが、研修の主催については、各地域会研修所の担当となります。

「金融機関との連携を強化する活動」

「7000プロジェクト」を継続して推進していくために、1日研修で3部構成の「7000プロジェクト実践会」を企画しています。研修テーマは次の3つです。

  1. 利用申請書の書き方
  2. 経営改善計画書策定
  3. モニタリング

 本実践会はどのテーマからも自由に参加いただけます。
 この機会に本研修に出席して、数多くの企業の経営改善計画策定を実践して経営助言ノウハウを身につけ、「事務所の強み」にしていただければと思います。
 なお「7000プロジェクト」に取り組んで明らかになったことの一つは、金融機関との連携関係が不十分であったということです。常日頃より地元中小企業の育成と発展に努めている金融機関と税理士の双方の強みが、共有されず、活かされてこなかったということです。
 この反省に立ち「金融機関との連携を強化する活動」として、TKC会員事務所の業務内容を金融機関にご理解いただくと同時に、率直なご意見を承る機会とする「金融機関向け事務所見学会」を初めて企画しました。
 このほかに「認定支援機関情報交換会」や「覚書締結金融機関との協議会」等の開催を通して、信用保証協会や金融機関からも率直なご意見をうかがって、信頼関係の構築に向けて前進したいと考えています。

己の進路を求めて止まざるは水なり

 繰り返しになりますが、第1ステージ2年目となる本年は「会計で会社を強くする」ためにその実践力を磨く重要な期間です。「会員事務所の体質改善の取り組み」は、所長の決断・意思決定なくしてはできません。
 戦国時代の武将である黒田如水(官兵衛)が揮毫したと伝えられる「水五則」は、自然界の中で、柔軟かつ変幻自在で大きな力を持つ水の力をたたえた内容ですが、その2番目に「常に己の進路を求めて止まざるは水なり」との言葉があります。

水五則
一、自ら活動して他を動かしむるは水なり。
一、常に己の進路を求めて止まざるは水なり。
一、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり。
一、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり。
一、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霰(あられ)と化し
  凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)たる鏡となりたえるも其(その)性を失はざるは水なり。

 自らの進路を求めて止まない所長の信念と強いリーダーシップのもとで、事務所全体で、この一連の企画に積極的に参加いただくことを期待しています。

(会報『TKC』平成27年6月号より転載)