寄稿
経営者保証をめぐる中小企業金融の方向転換と会計人の役割
経営者保証に依存しない融資の一層の促進
TKC全国会会長
粟飯原一雄
中小企業の経営環境が依然として厳しい状況にあるなかで、中小企業への金融支援を行うことは金融機関の重要な役割ですが、今日の中小企業融資の約9割は、経営者保証によるものといわれています。しかしここにきて、経営者の個人保証によらない中小企業金融に向かって大きく方向転換する動きが見られます。具体的には、平成25年8月に中小企業庁、金融庁が共同で設置した「経営者保証に関するガイドライン研究会」から、12月に「経営者保証に関するガイドライン」が発表され、すでに本年2月からその運用が開始されています。
これまでの中小企業融資の中心であった、経営者による個人保証は、経営への規律付けや信用補完として資金調達の円滑化に寄与してきましたが、その一方で、経営者による思い切った事業展開や、経営が窮境に陥った際に早期の事業再生を阻害するなどの企業活力を失わせるマイナス面が指摘されてきました。このような経営者保証に伴うさまざまな課題を解決するために、今般、経営者保証に依存しない融資を促進する「経営者保証に関するガイドライン」が示されました。
本ガイドラインでは、「4.経営者保証に依存しない融資の一層の促進」として、経営者保証を提供せずに資金調達を行うことのできる、主たる債務者(経営者)の経営状況として、次の3点が挙げられています。
(1)主たる債務者及び保証人における対応 ・傍線は筆者による |
(「経営者保証に関するガイドライン」4、5頁より抄録)
①の法人と経営者の資産等の区分と、③の財務状況の情報開示において、「外部専門家の検証が望ましい」として、税理士等の会計専門家の関わりが明記されています。
この「経営者保証に関するガイドライン」を受けて、日本政策金融公庫をはじめ各金融機関においても融資制度の拡充に向けた具体的な動きが始まっており、全国信用保証協会連合会においては、新たな保証制度を創設しました。この新保証制度においては、金融機関に信用保証協会(信保協)の保証付き融資額の6割以上のプロパー融資を求めることが骨子とされ、代位弁済時に保証額に対して2割を金融機関が負担する「責任共有制度」と合わせれば、信保協と金融機関とのリスク分担が同等となります。
つまり経営者保証のない融資が、安易に信保協保証付き融資に流れることがないように、ともにリスクを負担する制度となっていることが眼目です。
さらに本年は民法改正が予定されており、民法においても第三者による個人保証の制限が予測されます。このような経営者などの個人保証によらない中小企業金融の新たな動きによって、決算書の信頼性が問われることとなり、職業会計人の役割と責務が一段と重要視されることになります。
税理士による決算保証業務の重要性
我が国では、会社法の会計参与制度を別にすると、「中小企業の決算書の信頼性」を直接的に保証する制度は存在しません。また中小企業金融の領域でも「決算書の信頼性」を求める法的な仕組みは存在していません。
これに対してドイツでは、年度決算書の作成を行う税理士や経済監査士による「決算保証業務」が、主に信用制度法第18条「信用貸しの基礎となる事実」の要求に基づいて行われており、さらには、バーゼルⅡによる「企業の信用格付け」のために、年度決算書の信頼性が強く求められていることから、税理士が格付けコンサルタントとして位置づけられています。
TKC全国会坂本孝司副会長は、以前から税理士による決算書の信頼性を保証する仕組みの必要性を訴えておられますが、その著書『会計制度の解明』(中央経済社)の第15章第六節「(4)税理士による保証業務の重要性」で次のように指摘しています。
「21世紀社会において、事業活動とデータの照応関係を保証する業務(計算の信頼性の保証業務)がますます重要性を増している。『信用の創出』と『経営の透明性』が信用を基盤として成り立つ自由主義経済社会発展の重要な要素であるからである。」(『会計制度の解明』第15章・511頁)
坂本孝司先生は、日本の税理士業界は「税務監査(書面添付)業務」や「会計参与業務」などの税理士による保証業務に積極的に取り組む必要があるとその重要性を述べています。
日本の税理士法は、税理士に「真正の事実」に基づいて税理士業務を遂行する義務を課しています。また専門家として負うべき相当注意義務を課しています(税理士法第45条第一項及び二項)。
それゆえにTKC会計人は、企業を毎月訪問し、会計資料並びに会計記録の適法性、正確性及び適時性を確保するため、会計事実の真実性、実在性、網羅性を確かめ、かつ指導し(巡回監査の意義)、さらに決算書に「税理士法第33条の2による書面添付」を実施することによって、税務監査証明ともいえる「計算書類の保証業務」を自主的に行っているのが現状です。
今日、中小企業金融のあり方が大きな転換期を迎えるにあたって、中小企業の資金調達がよりスムーズに行われるように、TKC会員が税務・会計のプロとして、巡回監査、書面添付を確実に実施し、「計算書類の保証業務」に積極的に取り組むことは必然であり、全会員がこの体制にあってこそ、社会の期待に応えることになるのです。
第一ステージの具体的活動
「決算書の信頼性向上を図り、金融機関との連携を深めよう」
この十年来、税理士業務に関連する法制度が著しく変わっています。平成13年の税理士法改正では書面添付制度の意見聴取制度が拡充され、平成17年の会社法改正では会計参与制度創設と会計帳簿の記帳条件が整備されました。平成24年は、中小企業経営力強化支援法が施行され、会計等の専門的知識を有する者(税理士等)の支援による中小企業の財務経営力強化が急務とされました。法環境の変化を概観すると、税理士への社会からの期待の高まりが見られます。
TKC全国会は、本年度から新たな視点によるKFS活動をスタートしましたが、第一ステージの具体的活動である「2 書面添付を推進し、税理士業務の完璧な履行を目指そう」、「3 決算書の信頼性向上を図り、金融機関との連携を深めよう」の2項目は、KFS活動の(S=証明力)に該当します。
その内容は、「税理士法第33条の2による書面添付」、「中小会計要領」、「記帳適時性証明書」の証明力3点セットによって、決算書の信頼性向上への要望に応えるものです。ドイツのように強い法的な要請はなくても、「経営者保証ガイドライン」に見られる新たな中小企業金融の動きに対応するものであり、TKC会員にとって、これらの要請に応えうる絶好の機会となりました。
税理士法が施行されて六十余年が経過し、今や税理士は税務だけでなく、会計専門家として、また「会計で経営を強くする」中小企業経営の支援者として、社会から期待されています。
このような現状認識をぜひ共有していただき、会員諸兄姉の積極的な取り組みを心から念願してやみません。
(会報『TKC』平成26年4月号より転載)