対談・講演
ともに中小企業を支えよう
とき:平成24年9月11日(火) ところ:中小企業基盤整備機構本部
中小企業施策の総合的な支援を役割とする独立行政法人中小企業基盤整備機構。同機構の高田坦史理事長をTKC全国会粟飯原一雄会長が訪ね、中小企業の経営支援における地域連携の方向性などについて語り合った。
出席者(敬称略)
TKC全国会会長 粟飯原 一雄
司会:会報『TKC』編集長 石岡正行
約4000人の外部専門家による支援をもっと太く厚くしていく
──高田理事長は、民間企業のご出身で、中小企業基盤整備機構(中小機構)として、はじめての公募による採用とうかがっております。
(独)中小企業基盤整備機構理事長
高田坦史
高田 我々の時代はとにかく貧しかったですから、もっといい生活がしたいという思いが小さい頃からあって、結局サラリーマンになりましたが、年をとるにつれて、国とか社会のためになにかお役立ちしたいという感覚が強くなってきました。それで「一度、挑戦してみよう」と思い、エントリーしました。父親が公務員として学校の教師をしていたことも、もしかしたら影響しているのかもしれません。
粟飯原 以前は、トヨタ自動車の役員やグループ会社のトップとして活躍されていたそうですね。
高田 私は、元々はトヨタ自動車販売という販売会社へ入りまして、そこで、いわゆるマーケティングをやってきたんです。最初、海外の仕事を大体10年して、それからトヨタ自動車工業との合併があり、トヨタ自動車の本社のほうに異動になり、主に、商品の企画や宣伝を担当しました。役員になったあとは、販売店を統括する仕事をしました。
2005年からは、海外企画本部などを担当して、販売全体をグローバルに見ていました。そして2009年に、トヨタモーターセールス&マーケティングという、海外のマーケティングをする会社の社長になりましたから、通算で15年くらいは、海外のことに携わっていたことになります。それでも国内の仕事のほうが、海外よりも長いのですけれども、若いときに経験した海外の仕事への印象が強いし、考え方もこの時期に形成されたという感じを持っています。ですから、私にとって海外展開というのは、あまり抵抗感がなく、むしろ極めて当たり前のことになっているんです。
TKC全国会会長
粟飯原一雄
粟飯原 今年の7月に中小機構の理事長に就任されたわけですが、数か月経ってみて、いかがですか。
高田 いろいろ勉強中なのですけれども、民間のいいところもあれば、官のいいところもあると思っています。今現在、お客様である中小企業が、我々に期待しているのは、生産性を上げて経営をしっかりやっていけるような具体的な支援をしてほしいという感覚が、大変強いのではないでしょうか。私がこちらへ来て感じているのは、そこへの対応がまだ足りないということです。中小機構には、約4000名の外部のアドバイザーや専門家がいます。ここをもっと太く厚くしていかないと、お客様である中小企業の皆さんの支援を具体的な形にするのはなかなか難しいのではないかと考えています。
粟飯原 中小機構には9つの地域本部があり、ここの現場力をおおいに活用することも大事なのではないですか。
高田 おっしゃる通りです。現場に一番近いところにいるのが地域本部の職員なのですから、彼らにはどんどん力を発揮してもらわなければいけません。
トヨタグループ創始者の言葉「障子を開けてみよ。外は広いぞ」
──中小機構は、「中小企業や地域社会の皆さまに多彩なサービスを提供することを通じ、豊かでうるおいのある日本を作る」を基本理念とされていますが、中小企業が厳しい経済環境にあるなかで、これを乗り切るためにはどうすればいいとお考えですか。
高田 現場にいらっしゃる企業の方々が厳しい状態を打開するには、具体的な方法は別にして、単純に言うと売り上げを増やせばいい。あるいは、コストをもっと下げればいいわけです。そのためには、どうしたらいいのかということだと思うんです。
停滞している、縮みゆく市場にいる場合、競争力を高めるために生産性を上げるという努力が求められ、結果としてシェアが上がります。しかし、市場の縮小のスピードと、シェア拡大のバランスで絶対的な量が決まるので、よい結果が出ない可能性もあります。
一方、伸びゆく市場であれば、競争に勝つことも含めてあるレベルを維持することによって、当然売り上げがついてきます。そのようにいろんなことを考えていくと、格好よくいえば「新たに需要を創造しましょう」という考え方になります。それには、全く新しい商品を作っていくということもあれば、既存商品にいろんな特長を付加しながら、新たな需要、要するに販路を広げていくということもあります。ただ、それをどれくらいの方々が実現できるのかと考えると、そう多くはないでしょう。だから難しいし、逆に成功すれば、それだけのリターンが見込めるということだろうと思います。
それでは、いかに売り上げを増やしていくべきなのかというと、効果が比較的期待できそうなのは、やっぱり外に出て行くことのほうが、やさしいと思います。国内市場というのは、少子高齢化の問題などがあって、なかなか伸びが期待できない。このなかで、かりにシェアが上がっても、絶対的な量が増えないので、がんばっても儲からないという問題を抱えることにもなる。それだったら、むしろ海外に出るほうに可能性がある。人は、経験のないことについてはハードルが高いと感じるものですが、私の経験からいって、その気になれば、海外でやれることはけっこうあるように思います。
粟飯原 トヨタグループの創始者である豊田佐吉翁は、「障子を開けてみよ。外は広いぞ」という、とてもいい言葉を残されていますね。
高田 ええ。佐吉翁が織機を開発して、国内だけではなく海外にも目をむけて、上海などに工場を建てて、業績を上げてトヨタの元をつくりました。その時代の苦労を考えれば、交通手段とか言葉の問題にしても、あらゆることで今のほうがやりやすくなっているはずです。
例えば、商品を外に持っていくとします。従来型の考え方でいうと、いわゆる「輸出」です。トヨタもほかのメーカーも初期の段階は商品を外に出していって、それが評価され、ある一定のシェアを占めるようになれば、生産工場を外に設けるという段階を踏むわけです。ところが現状は、この円高ですから、そういう方法がなかなか難しいという前提でスタートしなければなりません。結局のところ、いきなり外に出るという話の一番の問題は、果たして本当に現地で売れるのかどうかというチェックが難しいこと、販路をどう確保すればいいのかということだろうと思います。そこがよくわからないわけです。ですからそこの部分をしっかりと支援してあげるということが、とても大事なことだと思います。
倒産防止共済制度の役割が来年以降、一層高まってくる
──中小企業にとって来年の3月に期限切れが来る中小企業金融円滑化法への対応は、死活問題にもなりかねません。そうしたなかで、資金繰り支援の観点から、中小機構による中小企業倒産防止共済制度(経営セーフティ共済)の重要度が、以前にも増して高まっています。
高田 ご承知のとおりこの制度は、取引先の倒産に直面したときの資金調達の手段として、昭和53年からスタートして、現在、約31万件の方に利用していただいています。
中小企業金融円滑化法の期限切れに伴って、どういう状態になるのか、いろんな見方がありますが、金融機関が単純に全部資金を引き揚げるようなことはないと思います。また、本来ならば、この数年間で多くの会社が再生するという前提があったはずですが、震災の影響や円高の問題もあって、なかなか思うに任せない状態なのだろうと思います。
しかし我々としましても、この状況を放っておくわけにはいきませんので、この制度をうまく使っていただいて、連鎖倒産を防止できればと思っています。これから来年以降、この制度の役割がますます重要になってくるでしょう。
粟飯原 TKC企業共済会では、中小機構の皆さんに、いろんな面でご支援をいただいていて、本当に助かっています。
今、高田理事長がおっしゃったように、経営セーフティ共済の数がものすごく増えているんです。経営セーフティ共済については、5000件という数値目標を設けて、毎年やってきましたが、なかなかこれには到達せず、いつも3000件くらいでとどまっていました。ところが昨年は、目標を遥かに超えて、1万件を突破しました。やはりこれは、大震災の体験を通じて、中小企業に危機管理の意識が広く浸透してきた証と捉えています。また、使いやすく制度改正をしていただいたのも大きかったと思います。今年もだいぶ弾みがついて、対前年比で倍くらいに伸びています。
高田 そういう評価をしていただけると、我々も大変うれしいです。
粟飯原 経営セーフティ共済もそうですが、小規模企業共済制度についてもニーズが非常に高まっています。ですから今後とも、中小機構の皆さんとしっかり連携して、共済制度をおおいに推進してまいりたいと思っています。
高田 TKC会員の皆さんの影響力はとても大きいんです。例えば、“ちいさな企業”未来会議などの場で、ヒアリングベースで伝えられているところでは、中小企業にとっては、なんといっても税理士の皆さんが一番身近な相談相手になっているということです。
したがって、共済制度とか、いろんな中小企業支援の仕組みなどの普及を含めて、指導役を担っていただけるのは、大変ありがたく思います。せっかくいい制度があっても、存在を知らなければ使いようがないですから、そういう意味で、共済事業等の発展にむけて、これからも手を携えていろいろとやっていけたらと思います。
地域本部との関わりを深めて中小企業の経営力を一緒に支援
──本年8月31日に「中小企業経営力強化支援法」が施行されました。同法では、中小機構によるソフト支援などその活動を後押しするための措置を講ずるとあります。
高田 今回の法律のねらいの一つは、中小企業側の課題が多様になっていることへの対応があると思います。
例えば、これだけ景気がよくないという状態のなかで、会社がどうやってコストを下げたらいいのか。また、売り上げを上げたらいいのか。そのような話は、税務やファイナンスの問題だけではなくて、いわゆる経営の「手足の動かし方」も大事になってきます。実際、ある部分を変えるだけで、コストが劇的に下がるということもあるんです。
トヨタでは、「カイゼン」ということで、日々いろいろやっています。動作のムダを省くことによって、時間が何秒か短縮できれば、そのぶん生産性が上がるということなんですが、そういう手法へのニーズが出てきています。それから、海外へ出ていきたい。いやむしろ出て行かざるを得ないというニーズも増えてきています。このように、従来に比べて支援への要望のポイントが多様になり、なおかつ変わってきています。そういう変化をきちんと捉えて、専門家を派遣するということも、我々としては当然考えております。
粟飯原 私どもは税の専門家ですから、その専門性を高めていくということもあるのですが、もう一つ大事にしているのは、会計を経営に生かしてもらうという観点です。つまり、「会計で会社を強くする」ということです。
TKC全国会では平成11年から、中小企業に会計力をつけてもらって経営改善に活かしてもらおうという運動に力を注いできました。そのなかで、平成13年に、当時の平沼赳夫経済産業大臣が、我々の役員が一堂に会する大会において、「皆さんは、中小企業を支援する活動を展開しており、頼もしい。平成11年に、中小企業経営革新支援法ができたが、その承認企業が非常に少ない。ぜひ承認企業数を増やす支援をしてほしい」とお話しされました。
このご期待に応えるために、経営革新計画承認企業数5000件を目標とする全国運動を展開したわけです。そのベースとなったのは、TKC会員の強み(巡回監査など)を駆使して、会計で中小企業の経営力を高めていくということだったんです。
このような活動を通じて培ってきたパワーを、今度の中小企業経営力強化支援法への対応にも存分に活かしていきたいと思っています。それには1人でも多くのTKC会員に、経営革新等支援機関として活躍してもらわなければなりません。まずは来年3月までに、3000の会員事務所が認定申請を行うという目標を掲げ、会を挙げて立ち上がったところです。
ですから今まで我々は、共済事業を中心に中小機構の地域本部と連携させていただいておりましたが、そこから大きく脱皮して、広く中小企業の経営力を支援するという共通の立場にたって、地域での関わりを深めることができればと強く希望しております。
高田 それは、我々としても望むところです。
現場を見るだけではわからない経営を数字で「見える化」しておく
──中小企業経営力強化支援法の認定支援機関となった会計事務所と中小機構が連携すれば、それが相乗効果となって、新しい価値を創造する事業展開が実現するなど、中小企業に対してプラスになると思うのですけれども。
高田 おっしゃる通りです。ただ、支援側の問題は、省庁と同じように分野ごとに縦割りになっているということです。これだと、支援される側の中小企業は、戸惑ってしまうでしょう。
自動車販売店の例でいうと、販売店の社長は、人事から経営のあらゆるところまで関心を持たざるを得ないし、現実としていろんなことを行っているわけです。ところが、メーカー側にある支援を求めても、「ごめんなさい。それは私のところではやっていない」などと断られるか、たらい回しになることがある。そうなると結局、極めて頼りないなと思われてしまいます。
したがって、支援側は、お客様である中小企業の皆さんの悩みや課題について、一通りの対応ができるような形を整えておくことがとても重要だと思います。ここはわかるけれども、ここはわからないというような状態は、好ましくありません。
そのためにも、まずはTKC会員の皆さんと我々の地域本部が手を組むということも当然必要だろうと考えています。やはり、なにをおいてもお客様の視点でいかないといけません。
粟飯原 同感です。
──認定支援機関にとって、金融機関との連携も重要な要素となってきます。TKC会員事務所では、中小企業を支援するにあたって、決算書の信頼性を確保するために、「記帳適時性証明書」や税理士法第33条の2の書面添付制度の推進に力を注いでおります。決算書に信用力があれば、金融機関も融資しやすくなると思います。
高田 中小企業の状態を正確に把握しておくということは、支援側にとって前提になるのはいうまでもありません。経験上、現場に行くといろんなことが見えてくるものですが、当然のことながら、すべてが細かく見えるわけではありません。
そういう意味では、やはり経営を数字であらわすことができる会計は、不可欠なものでしょう。しかも、適切な管理会計等の手法によって、正しく会社の状態を「見える化」しておくことが必要だと思います。それがなくて、ブラック・ボックスのままにしていては、たぶん現実にはなにも進まないと思います。支援するにしても、手の打ちようがありませんから。
企業はゴーイングコンサーン
研修を通じて後継者の育成を
──TKC会員は、社会の期待に応え、経営支援の担い手になっていこうと考えております。手はじめに、会員事務所主催の経営支援セミナーや経営者塾などの開催を通じて、中小企業に財務経営力をつけてもらえるような活動を展開してまいります。
高田 私どもも経営者のスキルアップのためのセミナーをとても重視しています。中小機構が運営する中小企業大学校が全国で9地域に設置されていますが、そこではいろんな研修を受けていただくことができます。
粟飯原 特に重視しているテーマはありますか。
高田 やはり後継者の問題です。いうまでもなく企業はゴーイングコンサーンです。ある優秀な経営者がいても、彼はいずれ退かなければなりません。そのときに、誰が会社を引き継ぐのかという問題に必ず直面するわけです。つまり、将来における経営者の一番の大きな役割は、後継者をしっかり育てておくということです。大企業では、これをシステマティックに実施しているけれども、中小企業の場合、それがなかなか現実には難しい。そういう意味で、このような研修の仕組みがあると、だいぶ助けになると思います。
ただ、私が懸念しているのは、多くの中小企業の経営者に、そのことへの理解が進んでいないということです。こういうことは、サラリーマン的に考えていてはだめなのです。経営者でもある税理士の皆さんなら、おわかりだと思います。ですから、より多くの方々に研修に参加していただいて、後継者育成を進めていくお手伝いをしたいと思います。
粟飯原 中小企業大学校には、経営者や従業員を育成するための充実したプログラムがありますので、我々ももっと後継者育成を含めてクライアントを送りこまなければいけませんね。また、双方向の対策として、中小企業の現場をよく知る立場として、TKC会員が大学で講師を務めさせていただくことも考えられると思います。
──高田理事長にはそのご手腕を存分に発揮していただいて、一緒に中小企業を元気にできればと思います。
高田 こちらこそよろしくお願いします。冒頭にお話ししませんでしたが、実は私も中小企業の経営者だったことがあるのです。
粟飯原 なんの会社ですか?
高田 自動車学校(トヨタ名古屋教育センター)です。この業種も、典型的な構造不況に苦しんでいます。以前は、ある一定の生徒さんが集まってくれていましたが、やはり少子高齢化の波にのまれ、あるいは車への関心が薄れていて、免許を取る人が急激に少なくなっています。こういう状況のなかで、どうやって生き残っていけばいいのか、現実の経営課題に3年間、取り組みました。このとき、中小企業を経営するということは、口でいうほど容易ではないということを、いやというほど骨身にしみて感じました。ですから、中小企業の皆さんのおかれている厳しい状況は、多少なりとも知っているつもりです。
しかしながら、そうはいっても、なにか有効な手を打たないわけにはいきません。少しでもよい方向にむかうよう、中小企業の皆さんをなんとかしてご支援していきたい。そのためにも中小企業の理解者であり、いろんなノウハウを蓄積しているTKC会員の皆さんと、ぜひともしっかりとタッグを組んで、これからも中小企業の発展に貢献していきたいと思います。
粟飯原 我々も高田理事長のご期待に応えられるよう、全力でがんばってまいります。
高田坦史◎たかだ・ひろし 静岡県出身。1969年神戸大学経済学部卒業、トヨタ自動車販売入社。宣伝部長、取締役、常務役員、専務取締役(海外企画本部、商品企画部等担当)、トヨタ名古屋教育センター会長、トヨタモーターセールス&マーケティング社長歴任、2012年7月中小企業基盤整備機構理事長就任。 |
(構成/TKC出版 古市 学)
(会報『TKC』平成24年12月号より転載)