2025年1月号Vol.137
【事例1】自分ごとで挑む、手続き原則オンライン化
スマート申請システム > 神奈川県川崎市
デジタル化施策推進室
デジタル改革担当課長 岡村弘幸 氏
- 住所
- 神奈川県川崎市川崎区宮本町1番地
- 電話
- 044-200-2111(代)
- 面積
- 144.35平方キロメール
- 人口
- 1,552,074人(2024年11月1日現在)
──行政手続きの原則オンライン化に取り組んだ経緯を教えてください。
岡村 川崎市では、17年度から「働き方・仕事の進め方改革」の中でICTを活用した業務改革を進めていましたが、大きな契機となったのは新型コロナの感染拡大です。
今後、社会全体の生活様式が変容していくことを見据え、行政サービスの抜本的改革を決断。20年10月に、福田紀彦市長が「22年度末までに原則全ての手続きをオンラインで受け付ける」方針を表明し、オンライン申請などの実現に取り組むこととなりました。
22年3月には、中長期的な方向性を示した『川崎市デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進プラン』を策定。ここで目指すのは、〈デジタル技術とデータを活用して「誰でも、どこでも、便利に」行政サービスを利用することができるデジタル市役所〉の実現です。
この重点取組事項の筆頭で、22年度末までに法令等により実現困難なものを除く約2,400手続きをオンライン化する、と期日を区切って目標を掲げました。
意識改革促進へ取り組んだこと
デジタル化施策推進室
デジタル改革担当課長 岡村弘幸 氏
岡村 まず、20年度に署名・押印の見直しを行い、次に取り組んだのが簡易な手続きの電子申請です。従来の電子申請システム「ネット窓口かわさき」は06年のサービス開始から一定年数が経過しており、スマートフォンの普及など社会ニーズの変化への対応が必要でした。また、新たな手続きを追加するには委託先の作業が必須で、費用と時間が掛かることも大きな課題でした。
そこで20年12月に、イベント申し込みやアンケートなど簡易な手続きを対象に電子申請の実証実験を実施。これが市民からも職員からも高評価だったことを受けて、翌年度から「川崎市簡易版電子申請サービス」の提供を開始しました。
さらに全ての手続きを対象に原則オンライン化を進めるため、全庁調査を行い、業務面への影響や課題、新たなオンライン申請の仕組みに求められる機能などを整理しました。
──そして、ネット窓口かわさきの後継として構築したのが、スマート申請システムによる「オンライン手続かわさき(e-KAWASAKI)」ですね。
岡村 e-KAWASAKIは、厳格な本人確認やオンライン決済、申請者への差し戻し、大容量データの添付、API連携など高機能なオンライン化を、職員自らフォームを作成することで実現できます。また、川崎市では、その他にも国のぴったりサービスや、独自のシステムでオンライン申請を受け付けていますので、利用者が迷わずスムーズにオンライン申請できるよう、e-KAWASAKIをポータルサイトとして全てのオンライン申請の入口を集約し、ここから必要な手続きの検索を可能としています。
──推進する上で留意されたことは。
岡村 短期間で大量の手続きをオンライン化し、それを維持していくには、所管課の職員に申請フォームを作成してもらい、その後も申請の処理やフォームの更新を行ってもらう必要があります。そのため、デジタル化の取り組みはシステム所管課がやるもの、と〝他人ごと〟にせず、職員一人ひとりが〝自分ごと〟として捉えることが一番の近道だと考えて取り組みました。
職員の心理的ハードルを下げるため、e-KAWASAKIの立ち上げでは当初計画から研修を前倒し、職員のために十分な準備期間を確保しました。並行して、手順通りに作業すれば申請フォームを作成できる『簡単スタートアップガイド』を作成・共有しました。これは職員視点からシステムマニュアルの内容を分かりやすくまとめたものです。その結果、職員からの問い合わせも多くなく、一定の効果があったと捉えています。
また、先行して導入した簡易版電子申請サービスで業務が効率化した「成功体験」が、取り組む意識に好影響を与えていたケースもあったと思います。
──意識改革は重要なポイントですね。
岡村 川崎市の場合、新庁舎建設(完成は23年6月)も追い風となってDX推進の意識が高まっていますが、当初は決して前向きな反応ばかりではありませんでした。そうした状況で原則オンライン化を推進するには、担当職員の意識改革とともに、マネジメント層からのアプローチが大切です。
所管課職員にとっては、市民の皆さんから求められた行政サービスを的確・迅速に提供するという大事な使命があり、その上に〈期日までに申請フォームを作成する〉という作業が加わるわけです。原則オンライン化を達成するには、作業の優先順位を引き上げてもらうことが必要となります。そこで、市長が主宰する会議で副市長や各局・区長と取り組みスケジュールや進捗状況などを共有し、全庁一丸となって取り組む機運の醸成を図りました。こうして所管局区の皆さんに尽力していただいたおかげで、原則オンライン化を実施することができました。
──デジタル化施策推進室では、どのような体制で進めたのでしょうか。
岡村 室長も含め6名のチームが中心となり、推進室の他のメンバーのサポートも受けながら進めました。このプロジェクトを推進するためには、所管課からしっかりと話を聞いて業務を理解し、その上でデジタルツールの適用方法を丁寧に説明して、一緒に考えていく──これが私たちチームの大事な役割です。6名のうち情報システムに関わった経験があるのは2名だけでしたが、チームメンバーがそれぞれの役割を十分に役割を果たしたからこそ取り組みを推進できたと思います。
未来視点であるべき姿を考える
──川崎市では、さまざまな利用者を対象に、数多くの手続きが提供されていることに驚きます。
岡村 オンライン申請可能な手続きは24年4月1日時点で2,700以上となりました。e-KAWASAKIの利用者登録数は10万件を突破、新たに導入したシステムのオンライン申請件数は年間100万件を超えています。
オンライン化の進め方には、多くの利用が見込める〝ボリュームゾーン〟向けの手続きからサービスを開始するなど、いくつかの手法があると思います。一方、利用者側の視点に立つと、申請件数が少なくても、例えば町内会・自治会からの申請など地域にとって大事な手続きもあり、オンライン申請ができれば負担軽減につながるなど、地域への幅広い効果が期待できます。
数多くの手続きに対応することでフォーム作成など職員の負担は増えます。しかし、市民や事業者の皆さんにとってオンライン手続きに触れる機会が増えれば、それが次の利用につながるきっかけとなりますので、今後のデジタル市役所の進展を目指すには必要なアプローチだったと考えています。
──利用者の反応はいかがでしょうか。
岡村 市民アンケートの結果を見ると、オンライン申請の認知度は平均7割以上、使用率は4割以上で、特に子育て世代で平均を上回っています。これは、保護者が学校宛てに行う各種届出などのオンライン化を進めたことが要因の一つと捉えています。
区役所の窓口では、「平日は仕事で行けないのでオンラインですごく助かる」という声を掛けていただき、職員にとってもモチベーション向上につながっているとの話も聞いています。
一方、18~29歳の若年層は認知度・利用率ともに平均を下回る結果となっています。デジタルネイティブであっても、行政サービスを利用する機会が少ない世代のため、23年から市内の大学に協力していただき学生向け広報を始めました。10代・20代は引っ越しや就職に伴う手続きを行うことも多いので、〝コスパ・タイパ〟のよいオンライン手続きをぜひ使ってほしいですね。
原則オンライン化は一つの通過点
──業務への影響はいかがですか。
岡村 1年が経過したところで調査した結果、オンライン申請率が高いものは業務の改善効果も高い傾向となっています。アンケートやイベント申し込みなどが多いですが、事業者向けの手続きでは原則オンラインでの受け付けに移行したものもあります。
一方、証明書交付の場合、高い利用割合を示す第三者請求ではオンライン申請ができないため、結果として申請率の向上が図れないというものもあります。
また、「申請はデータで届いても、審査や決裁などは未だ紙で運用しており、負担となっている」という声も挙がっています。こうしたアナログ処理の要因には、システム間のデータ連携が基幹業務システムの標準化を前に未整備であるとか、ネットワーク分離の影響で電子決裁が使いづらい、公印付きの交付物をオンラインで送信できない──などが挙げられます。
こうした一つひとつの要因を解決し、原則オンライン化の効果をバックヤードまで波及させるには、行政手続きをデジタルで完結させる、いわゆる〈エンドツーエンド〉の実現を目指す必要があります。手続きのオンライン化はその〝入口〟であり、最大の効果を得るためにも特にオンライン申請率の向上を図っていくことが欠かせません。
そのため、市民の皆さんに対し積極的な広報を行うとともに、使いやすく分かりやすいオンライン申請となるようさまざまな取り組みを進めています。また、所管課の参考になるよう、利用者に分かりやすいオンライン申請のポイントなどを整理した『オンライン手続職員向けガイドブック』を作成し、庁内で共有しています。
さらに、内部事務の見直しに加え、社会全体で解決すべき課題については国へ提案・要望も行うなどして、オンライン手続きのさらなる拡大に努めていきたいですね。
──システムに期待することは。
岡村 エンドツーエンドでは、システム間連携が一段と重要になることから、国の施策に沿って、地方自治体がデジタル化の効果を最大限に発揮できるようなシステム上の対応を強く期待しています。
もう一つが、誰もが使いやすいフロントヤード(住民接点)の拡充です。オンライン申請の利用拡大においては、UI/UXの向上が重要です。そうした機能の強化や他社製品との連携により、市民の皆さんの選択肢が広がるような取り組みをぜひお願いしたい。
また、業務効率化の点では、特に事業者向け手続きのオンライン申請率向上を進めたいと考えています。そのため、利用者と職員の双方により使いやすい機能の強化・拡充を期待します。
──今後もチャレンジは続きますね。
岡村 原則オンライン化を実施し、今後はそれをベースに次のステップにチャレンジする必要があると考えています。そこでも重要なのは、広範な行政事務において、職員一人ひとりが自分ごととしてデジタル化の効果を最大限に発揮できるよう考え、取り組んでいくことです。
最近ある局の業務改善の発表会で、「補助金手続における本気(マ ジ)の完全オンライン化」と題した発表がありました。補助制度の拡充による申請件数の増加に対処するため、原則オンラインでの受け付けに移行し、業務の簡素化やペーパレス化に取り組んだ事例で、効果も高かったようです。デジタル化を自分ごととして捉え、最も精通している所管業務を改善し、市民サービスを向上しようという〝マインド〟があったからこその成果だと思います。
こうした庁内の動きを加速するために、今後も職員に寄り添ったサポートを続けていくとともに、デジタル化を通じて皆さんに「住みたいまち、住み続けたいまち」と思っていただけるよう、デジタル市役所の実現に向けて取り組んでいきたいと考えています。
掲載:『新風』2025年1月号