事務所経営
「社会の納得」を得て勝ち残る会計事務所の経営戦略
新春座談会 「書面添付シンポジウム」講師が語る
とき:令和元年12月4日(水) ところ:TKC東京本社
TKC全国会第3ステージ1年目の2019年は、「決算書の信頼性は識別可能である」ことを内外に周知し、金融機関と税理士の連携強化を図るための運動が各種展開された。その一つが「書面添付シンポジウム」。書面添付推進委員会と中小企業支援委員会が共同で企画し、7月から11月に全国48会場で開催、計約4200名の参加者が集った。金融機関関係者も1400名超が参加した同シンポジウムは、「決算書の信頼性」を高める書面添付の基本などが強調され、大きな反響があった。そこで濱田秀文TKC全国会書面添付推進委員長の司会のもと、同シンポジウムの講師を務めた会員3名が同シンポジウム開催の成果と課題を語り合い、税理士と金融機関の実質的な連携のあり方や目指すべき会計事務所像などについて意見交換した。
出席者(敬称略・順不同)
打田高行会員(TKC東京中央会)
浅野雅大会員(TKC中部会)
安部知格会員(TKC中国会)
コーディネーター/濱田秀文会員(TKC全国会書面添付推進委員長)
事務所概要
先輩のキツイ一言に発奮!事務所の規模が14年で倍になった
濱田 本日は書面添付シンポジウムの講師を務められたお三方にお集まりいただきました。同シンポジウムを振り返り、それを踏まえて金融機関と税理士の実質的な連携のあり方や、理想の会計事務所像のヒントを探っていきたいと思います。まずは自己紹介を兼ねて、事務所経営で重視されていることや、これまでを振り返って転機となった出来事などをお聞かせいただけますか。安部先生からどうぞ。
安部知格会員
安部 私は2代目でして、先代が昭和47年5月に広島市で創業し、令和3年で50周年を迎えます。税理士法人を立ち上げた平成17年3月に、事務所を承継しました。先代からバトンを受け取ってから14年が経ちますが、その間、年商もスタッフ数もほぼ倍の規模になっています。
これは、先代がTKCビジネスモデルをベースに事務所の基盤を作って良いタイミングでバトンタッチしてくれたことと、PX2開発小委員会委員や旧巡回監査・書面添付推進委員、広島支部長などTKCのお役目をいただく中で、「背中を見られている」という意識が高まってきたことが大きいと思いますね。
忘れられないのが、数年前にある先輩が事務所に来られて「KPI見せて」と言われ、お見せしたら「よくこれで支部長やってられるね」というキツイ叱咤激励をいただいたこと(笑)。おかげさまで「このままではいけない」と奮起することができました。事務所の変革が進んだ分岐点の一つだったと思います。
いま事務所経営において一番重視しているのは、職員教育です。現場に出る職員のレベルが上がらないと、「一丁目一番地」の税務・会計業務から付加価値を積み上げていけませんから。また事務所運営はもちろん、支部長として支部の運営においても、「いかに人を動機づけていくか」に心を砕いています。入会からニューメンバーズ会員を経て、支部の役員になれるまでをイメージしながら、一人ひとりしっかり育っていただくように接しているところです。
打田 私も2代目で、先代(故石川和夫会員)が昭和41年に設立した事務所が母体です。東京・港区に事務所があります。私自身は平成17年の入所ですが、入社5年目の平成22年に先代が急逝されました。親族外でしたがいろいろなご縁もあり、私が承継することとなりました。当時は先代が80歳、私が34歳と、一世代飛んだような事務所承継でしたので何かと激変することも想定されましたが、昭和の時代から支えてくれている大番頭をはじめスタッフが皆献身的に協力してくれているおかげで、承継直後も、承継から10年弱経った今も、スムーズに事務所が回っていると思います。
先代は飯塚毅TKC全国会初代会長の薫陶を受け、晩年はTKCの理念研修の講師も務めていましたので、事務所経営においては先代の方針を踏襲してTKC理念を一番大事にしています。また、事務所の所是は「気働きある人間になること」。会計事務所は忙しい経営者を相手にする仕事ですので、経営者がいま自分に何を求めているかを瞬時に察知できる能力が必要不可欠です。その能力を磨くには人間力を高める必要がありますので、事務所内研修では飯塚初代会長の書籍を全員で読む時間をつくっています。私自身も読むたびに身が引き締まります。
平成25年に東京中央会書面添付推進委員長を拝命し、全国の名だたる先輩方とお話をさせていただく機会を得て、さまざまなご示唆をいただいていることが事務所経営に活きていると思います。特に、書面添付は税理士法上の制度ですから、税理士法についてあらためて勉強する機会をいただけたことは大きいですね。
顧客目線の支援がしたくて税理士に転身 「租税正義」「BAST」が入会の決め手
浅野雅大会員
浅野 私は銀行出身で、岐阜県本巣郡北方町に事務所を構えています。いまでこそ銀行は「顧客本位」をうたっていますが、私が勤めていた当時はそうした機運はあまりなかったんですね。税理士試験の勉強はしていましたから、入行4年目の平成10年、「税理士として顧客目線で地元の中小企業を支えたい」と思い退職。それから会計事務所業界に入り、平成13年に独立開業してTKCに入会しました。
お世話になっていた事務所が他社システム利用だったので、開業にあたっては使い慣れた他社システムで開業しようと思ったのですが、せっかくだからと、TKCを含め2~3社にお電話して話を聞いたんです。TKCからは岐阜のセンター長が来られて、租税正義について熱く語ってくださり、非常に感銘を受けました。もう一つ魅力を感じたのは、BAST(TKC経営指標)です。私は大学で経営分析のゼミに所属し、もともと財務分析に興味がありましたが、そのための良いツールがなく勤務時代も結構大変な思いをしていたので、「BASTを使いたい」というのが、TKC入会の決め手の一つになりました。
事務所経営では、巡回監査と、その延長線上にある書面添付を大事にしています。特に巡回監査は、ニューメンバーズ時代に重点活動テーマの「巡回監査率」で全国表彰を受けたこともあり、入会当初から力を入れてきました。ここ数年の巡回監査率は100%で推移しています。また認定支援機関業務にしっかり対応することも、事務所方針の一つです。
TKCに入会して4年目に、当時中部会の旧創業・経営革新支援委員会委員長だった久田英詞先生からお声掛けいただき、中部会の創経委員会副委員長を拝命しました。そこから経営革新実務研修会の講師や、中小企業支援委員会委員長などのお役目をいただく中で全国の素晴らしい会員先輩方と接し、そうした方々に少しでも近づきたいと思ったのが事務所経営の転機になっています。
濱田 皆さん、会務や人との出会いを重ねて事務所を充実させてこられたのですね。先輩や仲間から刺激をもらえるのが、TKCの良いところだと思います。
書面添付シンポジウムを振り返って
「書面添付とは何か」の基本を説明し会員事務所の業務プロセスを語った
濱田 では本題に入りましょう。書面添付シンポジウムは、金融機関に根強くある「中小企業の決算書は信用できない」というイメージを払拭するために開催しました。講師を務められた皆さんは、会計事務所と金融機関という異なる立場の参加者を対象に話を進める必要があり、ご苦労なさったのではと思います。振り返ってみて、いかがでしたか。
打田高行会員
打田 参加金融機関の中には、書面添付についてあまりご存じない方もいらっしゃると聞いていましたので、会員・職員向けに「あらためての確認ですが」という枕詞を加えながら、書面添付の基本と会計事務所の業務内容を分かりやすくお伝えするよう心掛けていました。
具体的には、金融機関の方が受け取る決算書は、会計事務所の職員が毎月汗をかきながら巡回監査を真面目に行った結果できあがったものであり、その作成プロセスを記載した書類が書面添付である──ということが分かるように説明していましたね。
安部 打田先生と同じで、私も金融機関の方に「書面添付とは何か」という基本を分かっていただくことを一番の目的に据えてお話ししました。
まず金融機関に書面添付の仕組みを理解していただき、その上で決算書の信頼性が高い・低いというのはどういうことか納得していただく。そして自計化・巡回監査を経て電子申告された決算書・申告書がTKCモニタリング情報サービス(MIS)で金融機関に届く──という、TKC会員事務所の業務プロセスをしっかり認識していただきたいとの思いが根底にありました。
また私は支部長ですから、主催者である書面添付推進委員会にも中小企業支援委員会にも属していません。会員・職員の方を前に、「皆さんの代表として、私が金融機関にお話をさせていただいています」というスタンスで講演しました。
浅野 金融機関はこれまで、融資の際に決算書や申告書、勘定科目内訳明細書など必要なところだけをコピーして、「宝の山」である書面添付には目を向けてこなかったと思います。また会員の側も、書面添付が金融機関にとって融資審査の参考資料になるということをあまり意識してこなかった。今回のシンポジウムは両者が一堂に会する機会ですから、金融機関には、融資判断に役立つ情報が添付書面に記載されていることを気づいてもらいたい。会員には、金融機関が添付書面を見てくれる時代になったことに気づいてもらいたい──という、金融機関・会員それぞれの書面添付に対する考えを変えていただきたいという観点でお話をしていました。
MISについても、「うちはTKC方式の自計化に取り組み、しっかり巡回監査をして決算書・申告書を作っている。だから提供の仕方が紙でもデータでも信頼性は変わらない」という自負があり、MIS推進の必要性を感じない会員もおられたと思います。ただ金融機関からすれば、紙で提出された決算書は「複数の決算書があるのでは」という警戒心が働いてしまいます。その点、MISは税務署へ電子申告された決算書等と同一のものが届く仕組みですので、疑う余地がない。したがって、MISで決算書が届くだけで金融機関は安心できる、ということを浸透させる必要があると思いました。そこで、MISでの提供がまずスタートで、そこからより信頼性を高めるための書類として書面添付、中小会計要領チェックリスト、「記帳適時性証明書」がある──という道筋をお伝えしました。
税理士法第46条・税理士が資格をかけて書面添付していることに高い関心
濱田秀文会員
濱田 シンポジウム終了後には名刺交換会や交流会も開催しましたので、金融機関の「生の声」も聞かれたかと思いますが、どのような反応がありましたか。また、シンポジウムの成果について皆さんはどのようにお考えでしょうか。
浅野 私は秋田・広島・山口の3カ所へまいりました。中でも秋田は、金融機関・信用保証協会を含めてかなり理解が進んでいる土地柄という印象を受けました。特に、秋田県信用保証協会の経営支援部長さんが、後日発行された協会の会報誌の中で私の講演内容に触れつつ、「新しい保証商品の開発や事業性評価にMISを活用していきたい」といった言葉を寄せておられ、うれしかったですね。
中部会シンポジウムではパネルディスカッションのパネリストを務めましたが、そこでご一緒させていただいた岐阜県信用保証協会の古田真一朗さんが尽力してくださり、2019年11月に、MISを活用した財務要件型無保証人保証の新商品をリリースしてくださいました。TKC会員が作成した決算書の品質を信頼して商品開発してくださったわけで、非常に感激しています。
打田 私は長崎・沖縄・大分と九州3カ所を回らせていただきました。全体として、九州の金融機関の方は会員と非常にコミュニケーションがとれていると感じましたが、交流会でお話しすると「書面添付という言葉を今日初めて聞きました」という方もいらっしゃいましたので、裾野が広がったのはシンポジウムを開催した成果の一つだと思います。
3カ所を回った中で特に印象的だったのは、沖縄会場で講演された沖縄銀行の松川康洋さんのお話です(『TKC会報』2019年12月号掲載)。TKC会員の取り組みをよく理解されていて、本当に素晴らしい講演でした。他行さんの前でTKC会員事務所の業務品質を広報いただいたことは大変ありがたいですし、大きなインパクトがあったのではないかと思います。
安部 私は高知と京都で講師を務めました。いずれも金融機関と会員の信頼関係が醸成されていると感じました。とはいえ、「書面添付をもっと早くから勉強するべきだった」という感想を双方からお聞きしましたね。京都では、懇親会で私の席に来られて「懲戒処分が規定されているなんて、書面添付って本当に重みのあるものなんですね」という感想を言ってくださった方もいました。
広島でも、今まで関係が希薄だった金融機関の方にご参加いただけましたので、全体として、金融機関の目がこちらを向きだしたという印象がありますね。
濱田 金融機関へのアンケート結果を見ますと、「大変参考になった」という回答が72%、「参考になった」が26%。「参考になった」ということはよく理解できたということですから、非常に高い評価をいただけたと言っていいと思います。
興味深いのが「特に参考になった事項」に対する回答です。複数回答ですが、関心の最も高かった事項が「税理士法第46条」で、56%を占めています。先ほど安部先生も触れられていましたが、添付書面に虚偽記載をすると懲戒処分があるということに一番関心を持っていただいた。MISで提出された決算書に、我々税理士が資格をかけて実践している書面添付があれば、その決算書の信頼性がさらに高まる──ということをご理解いただけたのは大きいと思います。
一方で、課題もあります。本来ならば書面添付未実践事務所の会員・職員や、金融機関の支店の方にも多くご参加いただきたかったのですが、地域によって温度差があったようです。「金融機関もたくさん参加されます」というアナウンスを事前にすれば、書面添付未実践事務所にもっと響いたかもしれません。また金融機関に対しても、支店の方にご参加いただけるよう早めに企画概要をお伝えすることが必要だったと思います。2020年も書面添付シンポジウムを開催する予定ですので、広報の仕方など今回の課題をしっかり受け止めて、より充実した内容にしていきたいと思います。
金融機関と税理士の実質的な連携強化
MISを活用した当座貸越を利用したら既存借入の経営者保証も解除された
濱田 書面添付シンポジウムのテーマの一つでもありましたが、2019年はMIS推進に力を注いだ1年でした。MIS推進による金融機関の変化、地域会や皆さんの事務所の連携が進んだ事例があればお聞かせいただけますか。
浅野 中部会では現在、MISへの理解が深い中部3県の地銀4行(中京銀行・愛知銀行・十六銀行・百五銀行)の支店回りをしてMISのポスターを配布しています。本部からTKC会員が回ることを周知していただいていますので、支店でのMISの認知度が一気に高まりました。そのおかげか、12月6日に事務所主催の経営支援セミナーを開催するのですが、毎年メインの金融機関は来てくれていましたが、今回は複数の金融機関から計7名にご参加いただくことになっています。「TKCの取り組みをもっと知りたい」と思ってくださる金融機関が増えてきた感触がありますね。
関与先にとっても良い事例が出てきています。ある不動産業のお客さまで、社長さんはまだ50代なのですが、事業承継を考え始めていらっしゃいます。ただ、10行とお付き合いがある上、不動産業ですから借入金が物件とひも付きで金額が大きく、経営者保証もある。従来から「親族外承継を可能にするためにも経営者保証を外したい」と言われていたのですが、平成30年に、商工中金がMISを活用した融資商品「対話型当座貸越(無保証)」を出されましたよね。商工中金との取引もあったので同商品を申し込んだところすぐに融資が実行され、同時に「今までの借入についても経営者保証を外します」と言ってくれたんです。「他の金融機関にも経営者保証を外す交渉ができるようになった」と、お客さまには非常に喜んでいただきました。
MISで健全企業の優位性が際立ち後継者不足解消への貢献も期待できる
安部 MISは資金調達に目が行きがちですが、受け取ったデータから企業の強みをしっかり読み取る金融機関も出てきています。先日、ある金融機関の方が、「安部先生のところのお客さまは良い会社だから、後継者のいないA社の面倒を見てくれないだろうか」と、事務所にご相談に来られました。A社は非関与先で、実現するか否かはまた別の話ですが、うまくいけばその会社で働く社員さんたちを路頭に迷わすことがなくなるわけで、結果として地域貢献ができる。地方では後継者の決まっていない会社が結構ありますので、日頃から頑張っている健全企業の優位性がMISによってより際立つことになれば、後継者不足解消への貢献も期待できると思います。
地域会では、広島銀行との関係が深まってきています。広島銀行とは平成25年の覚書締結以降、広島支部のエリアに属する全支店の支店長さん等にご参加いただき合計100人規模の情報交換会を毎年開催していて、密な連携関係ができています。その成果の一つが、令和元年10月8日にリリースされた「〈ひろぎん〉TKCモニタリング情報サービス活用ローン」です。同日に開催した中国会書面添付シンポジウムに合わせて商品開発をいただき、シンポジウムの場でいち早く発表してくださいました。この商品の最大融資額は3億円(短期継続融資は1億円)と、広島銀行の本気度を感じます。中国会ではこの広島銀行の期待にしっかり応えようという機運が高まっていますので、今後はブロックごとに、支店単位での情報交換会も開催していこうという動きが出てきています。
打田 東京中央会では中小企業支援委員長の温井德子先生が奮闘され、MISへの理解をさらに深めていただくため、中小企業支援委員会のメンバーを中心に提携金融機関の各支店を一つひとつ回る取り組みを行っています。
その中でも、港区に本店を構えるさわやか信用金庫との交流が進んでいます。同信金ではエリア長の方の尽力もあって、2019年の春頃からMIS実践会員事務所を訪問する取り組みをされています。今後、支部と支店との関係がより強いものになれば、MISをはじめ自計化・巡回監査・書面添付という「決算書の信頼性」を高めるTKC会員の業務品質が支店担当者まで浸透していくかと思います。
事務所においても、浅野先生が言われた商工中金の「対話型当座貸越(無保証)」の事例が数件出てきています。今まで商工中金との取引のないお客さまにご提案したら「ぜひ使ってみたい」ということで申し込んだところ、非常にスピーディーに融資が実行されました。この商品はMISでオプション帳表(中小会計要領チェックリスト・記帳適時性証明書・税理士法第33条の2に規定する添付書面)をすべて提出することが申込要件の一つとなっていますので、お客さまから求められたときすぐに対応できるよう、申込要件を満たすお客さまをもっと増やしていきたいと考えています。
金融機関は「交渉相手」ではなく「相談相手」であることを周知しよう
濱田 「決算書の信頼性は識別可能である」ことの理解が金融機関に広がり、金融機関との実質的な連携が深まる中、一方では「粉飾決算が増えている」との報道が相次いでいます。私は非常にショックなのですが、皆さんはどうですか。
安部 広島銀行トップの方と地域会執行部との「トップ対談」をさせていただいたとき、「粉飾決算が増えている」という話を聞いて、私も濱田先生と同様に衝撃を受け、信じられない気持ちでした。
我々TKC会員は、巡回監査を通じて経営者に自社の数字を理解していただくとともに、経営者の心にベルトをかけて、「粉飾はダメ」としっかりお伝えしているわけです。企業のことを本当に大事に思うならば、たとえ経営者の求めがあったとしても厳しく指導すべきです。
ですから今後は、書面添付はもちろん、TKC会員が巡回監査をベースにどんな付加価値を企業に提供しているのか、ということをもっと金融機関に知っていただく必要があると思います。毎月の巡回監査を通じて企業の財務経営力を強化し、黒字決算と適正申告を実現できるようしっかり支援していること、そしてTKCにはそれができる仕組みとツールがそろっている──ということをもっとアピールしないといけませんね。
打田 日頃から経営者の方が、金融機関とどんなコミュニケーションを取っているのか、というところに問題があると思います。つまり、なんとか「お化粧」をして、一時しのぎでも何でもいいからとにかく今すぐ融資を受けたい、後のことは後で考える、という感覚の経営者の方も一定数いるのだろうなと。
仮に赤字が出たとしても、なぜ赤字になったのか、窮境原因は何で、だから今後はこういう対策を考えている──ということを真摯に金融機関に説明できれば、融資を受けられないとか、すぐに融資が止まるといったことはないはずなんです。だから中小企業経営者の方に、金融機関は「交渉相手」ではなく「相談相手」であって、助けていただきながら一緒に経営をしていきたいと思っていただけるよう、会計事務所側がしっかり周知して、良い関係づくりをサポートする必要があると感じますね。
濱田 「交渉相手」だと、「弱みは見せられない」「悪いところは隠しておこう」という意識が働きがちですものね。浅野先生はどのように思われますか。
浅野 リスケが正当性を持った時期があり、それでも改善ができなくて引き続き業績が悪いという会社が現在も結構残っています。その間、金融機関の利益がどんどん減り、体力も落ち、それらがすべて重なって表面化してきているのが現在だと感じているんですね。
例えば、金融機関の依頼で最近経営改善支援に取り組み始めた会社があります。この会社の運転資金は数億円が必要なんですが、すべて証書借入で短期の借入がない。折り返し融資を受けないと約定通り返済もできない。しかし新規融資を受けようとすると、業績もあまりよくないので追加担保が求められる──という状況なんです。この会社と同じような状況で、残念ながら専門家や金融機関の適切な支援が受けられず、最悪のケースとして粉飾をしてしまう会社が多くなっているのではないかと思います。
この点、TKC会員は認定支援機関として、これまで7000プロジェクトや早期経営改善計画策定支援に取り組んできていますので、一日の長があります。少なくとも関与先には、業況が厳しくともしっかり情報開示して金融機関からの信頼を得て、経営改善して存続していただくよう支援するべきで、その重要性をあらためてかみしめています。2020年以降、金融機関の職員の皆さんと連携する機会がさらに増えていくと思いますので、TKC会員が取り組む業務の理解者を増やせるよう努めたいと考えています。
運動方針の徹底実践と事務所経営
「決算書の信頼性」に直結するから添付書面の記載内容を充実させたい
濱田 中小企業・金融機関・会計事務所の三者が真の信頼関係を築いていくことが、より一層求められているといえますね。そのためにTKC全国会では、第3ステージ運動方針として、①TKC方式の書面添付の推進②TKCモニタリング情報サービス(MIS)の推進③TKC方式の自計化の推進──の三つを掲げています。2020年は第3ステージ2年目ですが、皆さんはどのようなことに力を入れたいとお考えでしょうか。
打田 法人関与先の中には資産税関係の会社も多いのですが、自計化先の書面添付割合は約80%まで来ています。今後はその数字をさらに上げるとともに、書面添付の質を高めていきたいと考えています。最近意見聴取で「顕著な増減事項」についてよく確認が入る印象がありますので、そこの記載を厚くしていきたいと考えています。ただMISに関しては、外部借入があるのに推進できていない先がまだありますので、ここの手当ても必要だと思っています。
書面添付の質の向上もMIS推進も、巡回監査で担当者が経営者としっかり話ができるかどうかにかかっているといえます。でも実際は、担当者は非常に時間のない中で監査業務にあたっていますので、巡回監査業務をいかに効率化して、経営者と話をする時間を捻出するかが課題の一つです。
そこでカギになるのが、銀行信販データ受信機能をはじめとしたFinTechの活用です。まだ昔ながらのやり方で、仕訳を一つひとつ丁寧に入れるお客さまもいらっしゃいますが、仕訳連携はお客さまの業務改善にも役立つはずですから、FinTechの活用で監査時間を圧縮し、その分経営者と話をする時間をより多く確保していきたいと思います。
安部 書面添付と自計化については6~7割の実践率まで来ているので、今後は質の向上に力を入れたいですね。特に書面添付は、深度ある記載内容にしていくことが大事だと思っています。ありがたいことに、うちのエリアでは意見聴取で重点的に確認したい事項を、事前にまとめて事務所に共有してくれることがあるのです。その確認事項は基本的に添付書面に書いておいたほうがいいことばかりなので、そこは大いに反省して、事務所の研修で共有して「次回は漏らさず書こう」という方針にしています。
書面添付の充実のためには、巡回監査の質の向上が不可欠ですから、年1回は、所長の私も職員の巡回監査に同行するようにしているんです。というのも、代々担当者が代わって引き継ぎされているうちに、最初に私が指導したことと変わっているということが随分ありましたので……。「職員にすべてお任せ」ではなく、現場で何をチェックすればいいのか、どこに気を付ければいいのか、という指導を、所長自ら担雪埋井の精神で行う必要があると考えています。
ただ、MISは苦戦中です。実は父の時代の指導が厳しかったこともあり、うちの事務所の黒字割合が8割超なんですね。バブル期に「事業を広げたい」「投資したい」というご相談があっても、「社長の好きにしていいよ。でも顧問契約は解除ね」という指導方針だったんです(笑)。だから真面目に本業を頑張って無借金経営を続けている会社が多い。これは事務所の自慢ではありますが、ことMIS推進に関しては、それが裏目に出ているという……(笑)。ただ、いつ何時資金調達が必要になるか分かりません。「メイン行にはMISで決算書・試算表を提出しておきましょう」と関与先にお伝えして、推進しているところです。
浅野 実践割合にすると、月次巡回監査先では書面添付約85%、MIS・自計化は100%と、やりきった感があるので、これからは関与先拡大に力を入れ、地域での事務所の認知度を高め、数を増やす努力をしていきたいと思っています。
MISは、現在中部会の巡回監査・事務所経営委員長を務めていますので、委員長としての矜持を示したくて全社実践を目指していますが、たまにOMSで推進状況をチェックすると、追加申込が漏れているところが見つかるんですよね。リニューアルオープンのために新規融資を受けていたとか、最近MISを採用し始めた金融機関への申込が漏れていた、など。見直しは常に必要だなと思っています。
今後力を入れていきたいことは、私も添付書面の記載内容の充実ですね。先日、中部会の研修会で久田先生の添付書面の記載例を見せていただきましたが、事業内容や売掛金・棚卸の計上の仕方までしっかり記載されていて、惚れ惚れする内容でした。さっそく事務所に帰って、毎月の巡回監査や決算監査で経営者にしっかりヒアリングし、読めば目の前にイメージがわくようにしようという方針を出したところです。添付書面の記載内容の充実度合いは、「決算書の信頼性」にも直結しますし、もっと内容を充実させて、税務当局の方が「ここまでチェックされていれば調査の必要はないな」と思ってくれるレベルを目指したい。意見聴取すらない事務所が理想です。
AI・ICT時代の会計事務所経営
AI・ICT化が進むほど巡回監査の重要性が増していく
濱田 「AI・ICTの進展で税理士は不要になる」など、一時は税理士業界の将来を悲観的に見る向きもありました。そこで10年後、20年後も「社会の納得」を得て勝ち残っていける会計事務所像について、皆さんのお考えをお聞きしたいと思います。
打田 試算表や決算書を作る労力は、テクノロジーが進展すればするほど軽減されていくと思います。でも、会社の状況はどんどん変化していくし、経営課題も当然に変わっていきます。そうすると、電話やメールだけでは分からない部分がどうしても出てくるはずなんです。刻々と変化する経営課題に、経営者と一緒になって会計事務所がしっかり向き合うためにも、今後ますます深いコミュニケーションが求められると思います。
そのためには、毎月の巡回監査で「フェイス・トゥ・フェイス」の関係をしっかりつくること。月次でお会いして経営者とお話をする中で気づいていただいたり、課題を共有して解決に向けて知恵を出し合ったりといった、伴走型の支援が会計事務所により求められる時代になっていくでしょう。それに対応することが、税理士業界全体が生き残るためにも必要なことだと感じていますね。
浅野 『TKC会報』2019年11月号に、AIの研究者である東京大学の池谷裕二教授の講演録が掲載されていました。「人間とAIは共同作業によって高みを目指しつつ、この先も、人間らしさや人間の強みが失われることは永遠にありえない」という言葉で締めくくられていて、すごく勇気をもらえました。これから税理士業界もAI・ICT化が進んで、例えば、キャッシュレスで領収書がなくなり、メールで届いた請求書からデータが自動で読み込まれて仕訳が起きる──というような、業務の簡素化・効率化が進むだろうと思います。
有効に使うべき技術はもちろん使うべきですが、そこで大事なのは、人間らしさ・人間の強みをしっかり自覚すること。それが巡回監査であって、AI・ICT化が進んでいる社会だからこそ、我々会計事務所の根幹に据えるべき業務なのだと強く思います。まさに、巡回監査をベースに、坂本孝司TKC全国会会長が言われる「税理士の4大業務」のうち保証業務と経営助言業務を実践する。そうしてお客さまの悩み事や経営課題に一緒に向き合い、経営者のパートナーとしての存在感を発揮できれば、きっと勝ち残っていける事務所になれると信じています。
安部 お二方とまったく同意見です。冒頭、打田先生が「人間力を高めていくこと」に力を入れているとおっしゃいましたが、私もそれはマストだと思います。AIやFinTechなどの新しい技術を駆使しながら、経営者のそばに寄り添い、時には厳しく指導する。かわいいわが子が非行に走ろうとしたら、親は熱い思いで叱るものですよね。わが子同然のクライアントが間違った道に進まないよう、直接会って、熱意をもってしっかり指導していくことが大事だと思います。
TKCでも次世代自計化システムが2020年から順次提供予定で、それにあわせて巡回監査支援システムもレベルアップされていくとのことですが、たとえ巡回監査の手法は変わっても、現場で膝を突き合わせて指導する巡回監査の本質は変わらないはずです。AI・ICT化が進めば進むほど、むしろ巡回監査で「会って話す」ことが、ますます重要になると思います。
「TKC会員関与先は100%黒字」が夢 良縁が良縁を呼ぶ事務所経営を目指したい
濱田 坂本会長は、会計帳簿を中心とした「税理士の4大業務」の徹底実践を我々TKC会員に訴えておられます。「税理士の4大業務」の実践を踏まえ、最後に、皆さんの夢やビジョンについて語っていただけますか。
浅野 坂本会長が書かれた『税理士の未来』(中央経済社、2019年)を読み、「税理士の4大業務」をしっかり実践することで、AI・ICT時代も怖くないということをあらためて認識できました。事務所の経営理念として「お客様の喜びが私たちの喜び──親身なパートナーとしてみなさまの繁栄に貢献し、地域社会に笑顔の輪を広げます」を掲げているのですが、お客さまにきちんと寄り添い、パートナーとしてお悩みに応えていくための必要な知識や能力を身につけ、磨いていきたいと思います。
TKC会員の先頭集団に置いて行かれないよう必死に走っているのですが、同時に、足下を見つめ直すことも重要だと最近感じています。第3ステージの事務所の経営基盤強化策の一つに『TKC会計人の行動基準書』の理解と実践がありますが、あらためて見直すとできていないことがたくさんありますので、2020年は『行動基準書』に照らした事務所経営に取り組んでいきたいと考えています。
それから、やっぱり職員あっての事務所です。職員に安心して働き続けてもらえるよう、お客さまから適正な評価と報酬をいただいて、職員にしっかり還元できる事務所にしていきたいと思います。
打田 おかげさまで先代に基盤を築いていただき、半世紀にわたる長いお付き合いのお客さまも多くなっています。バトンタッチを迎えられるお客さまも多いので、事業承継や後継者教育の支援にも、きめ細かく対応できるような事務所体制をつくっていきたいと思います。
また、次世代自計化システムをはじめとした新しいシステムやサービスをきちんと取り入れられる準備も進めていきたい。巡回監査において試算表や帳簿の確認の時間が圧縮できた分を、経営者と話をする時間に充てて、経営助言業務をより充実させていきたいと思います。
それと、これからを支えてもらうのは若い人たちです。20代・30代のスタッフに、「この仕事に就いてよかった」と思ってもらえるような職場づくりも必要だと思っています。時に厳しく、温かさをもって、若い人たちが楽しく元気に働ける事務所経営を目指していきます。
安部 まずは、クライアントの黒字率100%を目指したいですね。けれども私の本当の夢は、うちの事務所だけでなくて、地域全体、あるいは日本全体で「TKC会員に見てもらっているクライアントは100%黒字」という世界を実現することなんです。
いま、私が支部長を与(あずか)ってから、ニューメンバーズ会員を事務所の月初会議にお招きして、一緒にシス研TVニュースを見ています。私はシステム委員会に寄せてもらっているのでシステム開発の背景も話せるし、きっと新入会員は1人だと見ないだろうなと思って始めたことなんですが(笑)、最近はニューメンバーズを卒業した会員も加わるようになって、結構大人数になってきました。でも、かえって皆でTKCシステムやTKC会員の業務の意義について理解を深める良い機会になっているんです。
それから、大学3年生のインターンシップの受け入れも15年くらい取り組んでいます。せっかくの機会なので、「税理士業界のことや、TKC会員事務所の業務をもっとよく知ってもらおう」という思いでいろいろな業務を経験してもらっていますが、インターンが終了する頃には、簿記会計の知識のない学生も「将来は税理士になりたいです」と言ってくれる人が増えたんですよね。
月初会議にしろインターンシップにしろ、担雪埋井の精神で愛情を持ってしっかり接していれば、理解の輪が広がり、違う世界が実現できるということがよく分かりました。TKC全国会には、使命感に燃え、心に火をつけてくれる仲間がたくさんいます。そうした仲間と一緒に、動いて、理解して、伝え、周りを育てていく。良縁が良縁を呼ぶ事務所経営を実践していきたいと思います。
濱田 皆さん、「社会の納得」を得るための事務所経営のヒントをたくさんお話しいただきありがとうございました。三つの運動方針の実践に邁進し、関与先や金融機関から「絶対の信頼と尊敬」を得られるよう共に頑張りましょう!
(構成/TKC出版 篠原いづみ)
(会報『TKC』令和2年1月号より転載)