事務所経営
飲食業に特化した質の高い関与先支援を目指す
渡邉税務会計事務所 渡邉義道(東・東京会江戸川支部)
渡邉義道会員
開業から1年を経た頃、事務所経営の方向性を定めるために、差別化戦略を行ったという渡邉義道会員。飲食業にターゲットをしぼり、TKCシステムをフル活用した現在の事務所経営や今後の展望などを聞いた。
祖父の教えは「現場に行って会社の空気を見ろ」
──税理士を志したきっかけを教えてください。
渡邉 もともと祖父が公認会計士で、父は税理士事務所の職員でした。中学時代の文集には「税理士になって渡邉会計を復活させる」と書いてあります(笑)。両親にこの仕事をやれと言われたことは一度もありませんが、幼い頃から「責任ある素晴らしい仕事」と聞かされてきました。
転機は私が高校生の頃に、父の仕事に対する姿勢を目の当たりにしたことです。父が、担当した関与先のために有給休暇を使って、家でその会社の仕事だけをしていた時期がありました。全力でその関与先を支えようとする父の姿を見て「税理士の仕事は、金銭のサポートだけでなく、人の心を救うためにある」と実感し、税理士になって関与させていただく方の心に残る仕事がしたいと思いました。
結局、その会社は手形の不渡りで倒産してしまいましたが、経営者のご夫妻はいまでも「渡邉さんに支えてもらったから生きていられます。本当に感謝しています」と仰っています。そのご夫妻は、いまでは別の商売をはじめて、私の関与先です。
──開業までどれくらいかかりましたか。
渡邉 父が最後に勤務した税理士事務所に独立前の8年間お世話になりました。
資格取得のために専門学校に通っていた頃は、試験に受かることに集中するあまり、講師以外とは口を聞かず友達すらつくらないという時期もありました(笑)。
資格を取得して1年半ほどお礼奉公をしたあと32歳のときに独立しました。所長は、祖父の事務所で働いていたこともあったので、渡邉会計を復活させたいという気持ちを尊重してくださったのだと思います。
──独立後、すぐにTKCに入会されていますね。
渡邉 税理士会の野球部に入部して、立川直樹先生(東・東京会)に声をかけていただいたことから、事務所訪問をさせていただきました。そこでTKCのことを知って即決で入会。特に惹かれたのは、巡回監査と継続MASシステムです。
生前祖父は、「会計事務所は、帳簿を見るだけではなく、現場に行って会社の空気、経営者の顔色を見るべきだ」と周りに話していたそうです。私は、両親から常々そのことを聞いていたので、巡回監査とはまさにこれだと。それから、未来会計で経営計画策定を支援することが、理想とする事務所像に完全に合致していると思いました。
──入会後の印象はいかがでしたか。
渡邉 税理士として世の中のお役にたてることがこんなにあるのかと気づかされました。私が所属する東・東京会江戸川支部は、全国的に活躍されている先生方も多く、直接ノウハウを聞く機会があるので、支部例会には積極的に参加しています。毎回参加することで、同じ支部の先輩会員や提携企業等の方とも顔なじみになれるので、特にニューメンバーズ会員は、支部例会に積極的に参加するべきだと思います。
開業後は、(株)TKCのSCG社員のサポートに助けられたことも多く、周りの人に恵まれたからこそ、自分ひとりではどうにもならないことを乗り越えることができたと思います。
他士業からの紹介で拡大した1年目 差別化戦略に取り組んだ2年目
──関与先拡大のための取り組みについて教えてください。
渡邉 先輩会員から教わってきたことをしゃにむに実行したのが1年目でした。DMや事務所通信の送付、セミナーの開催などで事務所のアピールをしました。それから、人脈をつくるという意味で、信金の定期積立をして職員と顔なじみになる、支部例会で提携・協定企業の方との人脈をつくる、異業種交流会への参加など、思いつく限りのことはすべて実行しました。
特に効果的だったのは、他士業との交流会への参加です。いまでは、交流会で出会った社労士、司法書士などからのご紹介が、関与先拡大の有効な源泉となっています。結果が出なくても、諦めずに自分から動くことを心がけていました。
──悩みなどはありませんでしたか。
渡邉 悩みもありました。拡大への取り組みの結果、少しずつ関与先が増えた一方で、単に自分は運がよかっただけで、計画性がないように思えました。その頃、お客様から「TKC以外のシステムにしてほしい」と言われたり、料金表を見せるなり「高い」と言われることが続くなど、関与に悩むケースも増えていました。
それで、会計事務所が選ばれる理由はなんだろうと考えたんです。たとえば、飲食店で食事をするときにも、どこに行くか選ぶ動機がありますよね。税理士も理由がなければ選ばれません。もちろんTKC会員であることは、それだけで大きな強みではありますが、よそにはない自分の強みがほしいと考え、差別化戦略に取り組みました。
飲食業向けセミナーのチラシと講師を務める渡邉会員
──差別化戦略をどのように進めたのでしょうか。
渡邉 それで、「資金・時間の重点投入」「ターゲットを絞り込む」という2つを見直して、まずは、2、3年の間に時間とお金をかけるポイントを絞りました。ターゲットを絞ることで、自分の望む仕事にいきつくと思います。事務所の強みをつくるためには、長期的に取り組む必要があると考えて、的を絞らずいろいろと手をつけていた、研究会や研修等の時間の使い方を見直しました。
次に、飲食業に特化しました。同じ業種であれば成功事例をほかの関与先に伝えて、ノウハウを共有することが可能です。いまでは、法人30件、個人事業主13件の関与先のうち、飲食業の割合が3分の1ほどあります。昨年関与したところはほとんどが飲食業で、ホームページや電話、直接の来所などがありました。
──なぜ、飲食業に決めたのですか。
渡邉 実は以前、私が独立前に担当したラーメン屋さんが、経営悪化を理由に閉店したことがあって、もっとしっかりと支援していればと後悔した経験がありました。ホームページに飲食業の経営者に向けたメッセージを掲載していますが、好きな飲食店がなくなると思い出も消えてしまうようで寂しいと思いませんか。店の資産を守ることで、それぞれの店の歴史や大切な思い出を守る手助けになればという思いです。
特に個人の飲食店は、忙しさを理由に、会計事務所に経理を丸投げしているうちに、資金繰りが厳しくなるところがごまんとあります。しかし、それは税理士の責任でもあります。我々が適時に正確な記帳を経営者に指導することを最初から諦めていては、いつまでもそのような土壌は改善されないと思います。
日本フードアドバイザー協会に入会し飲食業向けの支援体制を強化
──支援をするうえで、どのような点を工夫されているのでしょうか。
事務所通信と一緒に配布する
飲食業向けニュースレター
渡邉 特に、販促の支援に力を入れています。飲食業にターゲットを絞ると決めたあとに、日本フードアドバイザー協会の設立を知って入会し、経営コンサルタント等で組織された同協会の知識を借りつつ、勉強会の開催や飲食業向けのニュースレターを発行しています。
また、「飲食店経営者特別サービス」という飲食業向けの支援メニューもつくりました。「新規出店者向けプラン」「お客様繁盛サポート」「メニュー改善」などを用意しています。
──関与先の反応はいかがですか。
渡邉 あまりこちらから「どうですか」と聞くことはしていないのですが、実際に利用された関与先からは「引き出しが増えた」と喜んでいただいています。つい先日、ある関与先で「来期に対策を打たないとじり貧になりますよ」とお話ししたところ、「チラシを作りたいから、そのためのアドバイスをしてください」というご相談を受けました。社長のご希望を聞いてすぐに対応することができたので、ご相談にワンストップで対応できることが強みですね。
──近隣地域のライバル店に同時に関与されたケースはありましたか。
渡邉 いまはまだありませんが、たとえば、牛丼屋とフレンチレストランでは提供するメニューや利用動機が違うので、客層が異なります。もし、近隣地域の飲食業に関与した場合も、当事務所が間に入って相互に連携できるような体制をつくることができれば、新たな顧客開拓などの相乗効果が生まれると期待しています。
──関与する地域は限定されているのですか。
渡邉 これまで、地域は定めていませんでしたが、今後は移動距離で40分以内の関与先を増やしていきたいと考えています。事務所からの移動距離を考えると、江東区、墨田区、台東区あたりとJR総武線沿線の千葉方面が望ましいですね。巡回監査ではきめ細かい支援ができるように心がけています。
社長との会話を重視して潜在的な意欲を引き出したい
──きめ細かい巡回監査を行う上で、特に重視していることはなんでしょうか。
渡邉 関与先の社長との会話を何よりも重視しています。たとえメールや電話で済む場合でも、現場で直に経営者の顔色をうかがいながらお話しをして、社長がいま何を考えているのか、悩みはないか必ず確認しています。私自身『TKC基本講座〈巡回監査編〉』を何度も読み返して、巡回監査の意義を確認しました。
システムはオールTKCの体制です。「どんなシステムでも対応します」というのでは、事務所のメッセージをぼかしてしまうことになりかねません。その点、TKCシステムは、関与先の経理を会計事務所の管理下に置くことができます。つまり、関与先を守ることができるシステムということです。それから、関与の前には、社長に必ず「これから会社をどうしたいですか」と経営の目標を聞くことからはじめています。
──自計化の推進はどのようにされていますか。
渡邉 1年目は、財務エントリを導入したところが2件ありました。そのような場合も、いずれはFXシリーズに移行することを前提に対応しています。ここ2年ほどは、経理体制が整っていない状態でスタートした関与先も多くありましたが、巡回監査で徐々に指導した結果、昨年からTKCシステムによる自計化体制が整いつつある状況です。
また、去年は、小規模の関与先が増えたこともあって、新たにe21まいスターを導入した関与先もありました。現状の売り上げ規模だけで判断せずに、今後の展開を見越して一軒一軒の状況に合わせたシステムの提案が可能です。これからは、事務所としてFX4クラウドにも慣れて、関与先の他店舗展開があった場合でも、すぐにシステムを導入できるようにしていきたいと思います。関与先に自社の経営状況を把握してもらうことで、つぶれない関与先を育てたいですね。
──つぶれない関与先を育てるために、事務所としての課題はありますか。
渡邉 継続MASシステムを使った関与先支援には、多様な可能性があるので、その機能を十分に活用し、さらに支援内容を充実させたいと考えています。いまは、関与先の3分の1ほどに継続MASシステムを使っていますが、これで作成した経営計画をもとに、未来の話しをすることで、社長の能力や意欲を引き出していけるのではないかと思います。この機能を使いながら、私自身も経営者の潜在的な意欲を引き出す力を身につけて、関与先の発展を促したいと思います。私の事務所は、飲食業の支援に力を入れていますが、一番大切なことは社長に自社の経営について考えてもらうことだと思っています。そうすることで、結果的に関与先の発展にも貢献できるからです。
また、リスク管理という意味では、倒産だけでなく保険の必要性も積極的にお話ししています。当初は、嫌な顔をされるのではないかと思っていましたが、ご高齢の経営者からは「私の年齢でも入れるのですね」と安心していただくことができました。自分の勝手な先入観で判断せずに、企業を守るために大事なリスク管理の指導も徹底するように努めています。
職員の経験を生かしてものづくり企業へもアプローチ
──関与先をサポートするという意味では、地域金融機関との連携も必要だと思います。
渡邉 そうですね、連携を組むという意味では、これからだと思っています。東・東京会と東京東信用金庫さんとのプロジェクトで3年ほど非関与先の経営改善計画の策定支援に3件携わりました。計画の作成を支援する過程では、金融機関の本音も知ることができました。
関与先の中には、金融円滑化法の終了が伝わりはじめた頃から、金融機関の対応が変化したケースもありましたが、その時を境に少しずつ関与先の資金繰りも改善している状況です。尻に火が付いたというか、やる気になってくださったという面があるのかもしれません。今後は経営革新等支援機関としてもしっかりサポートしていきたいと思います。
──これからの事務所経営の目標をお話しいただけますか。
渡邉 税理士は、地域に貢献して中小企業をサポートしていく存在であるべきだと思います。関与先からは、「渡邉さんに頼んでよかった」と思ってもらえる支援をすること。職員には、当事務所に入って良かったと思ってもらえる事務所にしていきたいと思います。
また昨年6月に採用した巡回監査担当の櫻井は、ものづくり企業での勤務経験があります。当事務所は、ここ2年ほどで飲食を中心とする拡大に力を入れてきましたが、今後は櫻井の経験を生かして、飲食業とものづくり企業への支援を、事務所の新たな強みとしていくことが目標です。
関与先の数を追い求めるよりも、サービスの密度の濃い、質の高い支援を目指しています。事務所の誰が巡回監査に行っても、その会社の呼吸が聞こえて来るくらいの間柄になれれば最高です。そうすれば、職員もやりがいがあって楽しく、関与先にも喜んでいただける事務所になれると思います。
──具体的にはどれくらいの規模をお考えですか。
渡邉 所長一人の事務所というのは、所長が万が一倒れたときに、関与先に迷惑をかけることにもなりかねません。その意味でも、一定の水準に会計事務所をつくりあげていく必要があると思います。ゆくゆくは職員10名ほど、関与先が100件くらいの事務所が理想です。一人あたり10件から15件ほどの担当で現場を重視して、関与先と丁寧にお付き合いできる体制を築いていきたいと思います。
商店街の近くに事務所を構え「質の高い支援を目指す」
という渡邉会員(右)と職員の櫻井さん
(TKC出版 益子美咲)
平成13年3月明治大学卒業。平成21年3月税理士登録、同年5月TKC入会。関与先件数43件(うち法人30件・個人13件)。職員数2名。趣味は小学生の頃から続けている野球。35歳。
渡邉義道税理士事務所
住所:東京都江戸川区平井3-21-20
電話:03-5875-2038
(会報『TKC』平成25年6月号より転載)