大手自動車メーカーの認証不正問題で浮き彫りになった「1社依存」体質の危険性。新製品の開発や既存商品の用途拡大などを通して、販路開拓に成功した中小企業の取り組みに迫る。

取引先の増やし方

──ご著書『負けない戦略』で、中小企業の事例をもとに経営の要諦を説かれています。

井上 大学教員になる前は、従業員50名ほどの会社を経営していました。営業活動は得意だったので、取引先を開拓でき急成長。しかし長続きせず、放漫経営がたたって倒産の憂き目にあいました。商才はあったけど、経営能力が欠けていたんです。
 その後、大学院で経営学を学んで大学教員となって以来、数多くの中小企業を訪問してきました。常時30社ほどの中小企業をウオッチしていますが、成長をしつづけている企業も少なからずあります。そうした企業の経営者にライバル企業を尋ねると、きまって「競合はいません」と返答されます。ただ、大学院の講義で学んだ経営理論は、ポーターの競争戦略に代表されるように競合他社に「勝ちにいく戦略」ばかり。理論と現場がかけ離れている点に違和感を覚えるようになりました。
 中小企業を定期的に訪問し浮き沈みを観察していると、長期にわたり成長しつづけている企業の共通点が見えてくるようになりました。その共通点を9つの「戦略定石」(『戦略経営者』2024年4月号P12参照)として抽出し、「負けない戦略」と総称しています。

──戦略定石8の「適正規模を維持する」を解説された箇所で「単一事業のみの経営、特に取引先を1社のみに依存した下請け経営を、私は一輪車経営と呼んでいる。一輪車は風が吹けば倒れる……」と指摘されています。

井上 複数の事業を展開している二輪車、三輪車経営と比べると、一輪車経営のリスクはやはり大きいものです。企業が取引先を拡大する契機として、新商品開発などのイノベーションが挙げられます。中小企業におけるイノベーションに共通するのは、必ず手前に経営危機が発生しているということ。大口顧客との取引停止、経営者の突然の交代、外部環境の急激な変化などです。大企業の場合、イノベーションを意図的に行っていますが、中小企業でイノベーションを絶え間なく起こすのは容易ではありません。ですから中小企業経営者には、社員に対して危機感をもっとあおりなさいと、常々言っているんです。

新たな用途を市場に問う

──一輪車経営かどうかを判断するには、まず現状を正確に把握する必要があるのでは?

井上 決算申告後、顧問税理士から説明されてはじめて業績を知るのではなく、月次決算により取引先別の売上高等の情報をコンスタントに更新しておくことが大事です。加えて、重要な業績指標を理解して打ち手を検討するリテラシーも求められます。例えば、千葉県のスズキ機工は、月次決算データを社員に公開し、全社員がデータを毎月書きとめる作業を習慣にしています。取引先ごとの売上高の変動をつかむことができ、業績指標に対する理解も深まっているそうです。

──イノベーションを契機に取引先拡大に成功した中小企業の例を教えてください。

井上 ストロー製造で知られるシバセ工業(岡山県)は、かつて取引の95%超を大手食品メーカー1社に依存していました。しかし、飲料パックに取り付けるコンパクトかつ安価なストロー製造の要求に応えられず、食品メーカーから取引中止を通告されてしまいます。大手企業の下請けとして安定した受注を見込んでいた同社にとって、まさに経営危機です。
 当時工場長を務めていたのは、大手電機メーカー出身の磯田拓也現社長でした。磯田氏はストローの新たな用途を見いだします。ストローは飲み物を飲むためのものという固定概念から離れ、プラスチック製の薄肉パイプととらえたのです。そして「工業用ストロー」と命名し、ねじのマスキングやポンプ用ノズルといったストローの新たな用途をホームページに掲載すると、さまざまな業種の企業から問い合わせが相次ぐようになりました。このように技術、アイデアを公開して他社の技術と結合させ、新たな価値を創造する手法はオープンイノベーションと呼ばれます。

──営業活動はどのように行ったのでしょう。

井上 同社にはそもそも営業部門がありませんでしたから、営業体制をゼロから構築する必要がありました。他社で営業経験を積んだ社員を採用して見込み客からの問い合わせに対応しているほか、商品に興味を抱きそうな企業に目星をつけ、DMやサンプルを送付しています。
 昨今引き合いの強まっている医療用ストローとして、アルコール検知器用ストローがあります。これは検知器のセンサーに息を吹きかけるマウスピースの代わりに使用できる使い捨てのプラスチックストローです。あるタクシー会社から、事務員が市販のストローをはさみで切断する作業が大変なため、7センチほどのストローを製造してほしいと依頼されたのが開発のきっかけでした。販売開始以降、同様のニーズの見込める運送会社やバス会社等にDMを送付しつづけているそうです。

情報感知力を磨く

──社内でDMを製作しているのでしょうか。

井上 社員がDM製作だけでなく、業種やエリアなどを勘案して送付先企業の選定も担当しています。磯田社長が指示するのはトータルの発送件数のみ。営業会議で社員からDMの送付先と送付数、反応について報告を受けますが、ダメ出ししたりしません。社員自ら改善点を考え、DM営業の精度向上を図っています。ホームページ上での工業用ストローの実例集公開をきっかけに、アイデアがアイデアを生む相乗効果をもたらし、同社の取引先はいまや1,000社を超えました。

──ビジネスの新たなネタを探す上で経営者にはどんな視点が求められますか。

井上 時代が変化したとき素早く行動する人と、対応策がわからず逡巡する人、変化そのものを読み取れない人がいます。経営者に何より必要なのは、変化を感じ取る「情報感知力」です。今のご時世、出回っている情報は玉石混交ですが、情報を受信するのみにとどまっている人が多い。情報を自ら取りにいき、変化を感知してビジネスにつなげる。その能力が情報感知力です。
 さらに、ビジネスのアイデアを思いつくには、問題意識を常に持っておかなければなりません。日ごろから「なぜ」と考えるくせをつけることです。例えば社員にあいさつして返事がなかったとき、腹を立てるのでなく、返事がなかった理由を考えてみる。本人の体調が優れなかったからかもしれません。「なぜ」と問うくせがつくと、ひらめきが湧くようになるのです。

異業種出身者の活用を

──オープンイノベーションの重要性も強調されています。

井上 オープンイノベーションには、市場の急激な変化に対応できる、技術者の人件費・研究開発費などのコストを削減できる、自社が検討していなかった課題へのアプローチ方法や技術を提供してもらえる、といったメリットがあります。オープンイノベーションとは平たく言うと、戦略定石7の「他社の力を借りる」ことです。
 とりわけ日本の大企業は自前主義かつ秘密主義ですから、自社の技術を公開し他社と連携している例はあまり多くありません。一方、中小企業は単一事業に限られた経営資源を集中する戦略をとるため、不足する技術やノウハウを他社に求める傾向があります。そのため、オープンイノベーションと相性が良い。先にふれたスズキ機工は「ベルシザー」という工業用はさみを販売していますが、この商品は「ビニールに入った食品原料の袋を開封する際、ささくれが発生しないはさみがほしい」との食品製造工場担当者の声をもとに開発されました。開発に際して、岐阜県関市の鍛冶職人と連携。ビニールをストレスなく切断できるとあって、異物混入事故対策のツールとして評判を呼んでいます。
 ビジネスの原点は、人々が困っていることの解決にあります。取引先が抱えている課題を知るには、現場に足を運んで、実態を知る必要がある。課題をつかんだら、改善提案書をつくって提示します。削減できる手間とコストを明示できれば、採用されるはずです。大半の営業担当者は見積書のみを携えていくから、相手に出費と見なされてしまうのです。

──他社と連携するきっかけを得るには?

井上 立ち位置の異なる視点からアドバイスやアイデアをもらえるため、異業種経営者の集まりへの参加をおすすめします。第三者の視点を取り入れるという意味では、異業種企業の出身者を中途採用するのも手です。シバセ工業が工業用ストローという領域を開拓できたのも、磯田社長が異業種出身者だったからにほかなりません。
 大企業との連携で成功している中小企業に共通するのは、大企業からの下請け取引を継続させている点。連携の主導権を握るうえで、下請けとして培ってきた取引ノウハウが生きてくるのです。自社製品の開発に成功しても、下請け事業は一定程度残しておくことを私がすすめている理由はそこにあります。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2024年5月号