2020年7月号Vol.119

【特集1 寄稿】業務とシステムの改革で
2040年の未来をひらく

武蔵大学社会学部 教授
自治体システム等標準化検討会 座長
庄司 昌彦

スマート自治体実現に向け、業務や情報システムにもかつてないほどの“大変革”が求められている。そのキーワードの一つが〈標準化〉だ。業務プロセスやシステムの標準化へ、いま、市区町村は何を考え、どう行動すべきか──国の最新動向の紹介とともに今後を展望していただく。

2040年に向けた課題

庄司昌彦(しょうじ・まさひこ)

庄司昌彦(しょうじ・まさひこ)
1976(昭和51)年、東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了、修士(総合政策)。2019年4月から現職。主な専門分野は情報社会学、地域情報化、電子行政、情報通信政策、オープンデータ・パーソナルデータ活用。内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザーなども務める。

 日本の高齢者人口(高齢者の数)は2040年頃にピークを迎えると予測されている。また、1995年に8,726万人だった生産年齢人口は2040年に6,000万人を割り込む。そして1.5人の現役世代が1人の高齢者を支える時代を迎える。
 高齢者の増加や生産年齢人口の減少は、地方自治体の予算や業務をさらに逼迫させていくだろう。しかも、人口減少による危機は全国一律にやってくるわけではなく、地域によっては既に財政危機や人手不足の問題が深刻化している。例えば、全国の地方自治体ではこの10年ほどで公務員の非正規職員化が急速に進み全職員の3分の1程度になっており、一部には3分の2近くに達している例もあるという。
 こうした現状を背景として総務省が2018年7月に取りまとめた「自治体戦略2040構想研究会」第二次報告は、今後、地方自治体が住民生活に不可欠な行政サービスを提供し続けるためには、職員が〈人間でなければできない業務〉に注力できる環境をつくる必要性を指摘した。
 これを踏まえ、総務省「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会」は、情報システムやAI等の技術を駆使して効果的・効率的に行政サービスを提供する「スマート自治体」の実現に向けた課題と方策を検討した。
 そして筆者は現在、この研究会を引き継いで2019年8月から活動を始めた総務省「自治体システム等標準化検討会」の座長を務めている。本稿では検討会の活動を踏まえながら、業務プロセスやシステムの標準化を推進する目的や、具体的な取り組みなどについて考えを述べたい。

標準化検討会の取り組み

 自治体システム等標準化検討会は、その開催要綱で、①システムの発注・維持管理や制度改正対応などで人的・財政的負担が生じている②様式・帳票が異なるため住民や企業、自治体の負担につながっている──ことを課題として掲げている。特に人口規模が一定規模以上の団体を中心に、同一ベンダーのシステムを利用する自治体間でもシステムの内容が異なることが多く、LGWAN等の共通プラットフォーム上のサービスを利用する方式への移行の妨げとなっている。また、中長期的な人口構造の変化に対応した自治体行政に変革していくためには、重複投資をなくして標準化・共同化等を推進し、デジタル化に向けた基盤を整備していく必要があるとうたっている。
 検討会では現在、「住民記録システム」の標準化を議論の対象とし、国と地方自治体、関係機関、IT企業から構成員27名、準構成員7名が集まり、本稿執筆時点までに検討会を3回、集中的な議論を行う分科会を8回開催してきた。近いうちに「住民記録システム仕様書」を決定・公表する予定だ。
 この仕様書が目指すのは、複数のベンダーが広域クラウド(近隣自治体にとどまらない全国規模のクラウド)上でアプリケーションサービスを提供し、各自治体はそれらを原則カスタマイズせずに利用し、ほとんど発注・維持管理や制度改正対応の負担なく、業務を行えるようになることだ。
 住民・企業等のサービス利用者は、自治体に対し異なる手続きで実施していた申請等が統一され、手続きの簡素化や合理化が実現する。自治体は、限られた人材や専門的な知識・ノウハウを共有することで、システム調達や法令改正対応等の業務、調整コストが減少し、他の業務に人材を充当できるようになる。また、財政面ではカスタマイズの抑制やシステム共同化による“割り勘”効果により、導入・維持管理や法令改正時の費用を削減できる。
 ベンダーは、個別のカスタマイズ要望が減ることで自治体との調整や改修作業にかかる負担が減少し、人員をAI・RPAやデータ活用等の新たな分野に充てることができるようになり、創意工夫による競争が促進される。また国・国民全体としては、事務の迅速化・正確性の向上や、データ利活用の促進等のメリットが期待できる。
 検討会が作成している標準仕様書で目指すのは、次の3点となる。
 一つ目は「カスタマイズを原則不要にする」ということだ。既存のカスタマイズの中で、普遍的に有用性が認められるものは〈標準的に実装すべき機能〉として仕様書に盛り込み、そうでないものは〈実装しない機能〉とする。標準準拠パッケージであればそのままで支障なく業務が行えるようにし、カスタマイズを原則不要にする。カスタマイズの仕分けを行うことで、自治体内、自治体間、自治体・ベンダー間の調整コストは削減され、また導入・維持管理や制度改正時の負担も削減される。さらに、自治体間でのシステム共同化の円滑化やカスタマイズに携わるエンジニアの負担削減も実現できると考えている。
 二つ目は、「ベンダー間での円滑なシステム更改を可能にする」ことである。標準装備すべき機能やデータ標準等を定めることで、ベンダー移行時の円滑なシステム更改を可能にする。異なるベンダー間において、データの標準や標準装備すべき機能を定めることにより、現在はベンダーが異なる自治体間も含めた共同クラウド化・広域クラウド化やベンダーロックイン防止による健全な競争の促進を目指している。
 三つ目は、「自治体行政のデジタル化に向けた基盤整備」である。統計データやAIの活用など今後のデジタル社会に必要な機能を搭載できるようにすることで、住民の利便性向上やデータ作成にかかる自治体の負担削減などを目指している。

新型コロナが突きつけたもの

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、自治体業務の電子化にも大きなインパクトを与えた。
 人々の移動や対面でのやりとりの自粛が要請される中で、行政においても対面での手続きや押印・郵送・FAXなど“紙”をベースとしたさまざまな手続きが課題となった。職員の働き方でも出勤者を減らし交代勤務が行われたほか、特に職員に感染者が出た場合には窓口の閉鎖や大多数の職員をテレワークへ移行することも検討せざるを得なくなった。その結果、“電子的にも”できるようになってきていたオンライン手続きが全面的に求められる事態となった。
 また特別定額給付金などの手続きでは、電子的な手段に住民が(恐らく自治体職員も)不慣れであったことによるトラブルも生じた。新型コロナへの対応は、自治体行政の電子化への課題や必要性に対する社会的な関心を高める出来事となったといえるだろう。
 ただし、政府においては感染が広がる前から、これまでになく行政の電子化への動きが強まっていたことも指摘しておきたい。
 2019年5月に成立した「デジタル手続法」は、国の行政手続きが原則インターネットで受け付けられるようにすることをうたうとともに、地方自治体にも努力義務を課している。行政手続きやサービスはデジタルを原則とする「デジタルファースト」、一度提出した情報は再提出が不要となる「ワンスオンリー」、引っ越しなどに伴う複数の手続きやサービスをワンストップで実現する「コネクテッド・ワンストップ」の3原則が柱だ。
 また昨年11月には、経済財政諮問会議において民間委員が連名で「次世代型行政サービスの早期実現のための工程化に向けて」との問題提起を行い、〈国・地方一体での業務プロセス・情報システムの標準化・共有化〉や〈地方自治体のデジタル化・クラウド化の展開〉などを強力に進めるため、「国が財源面・人材面も含め主導的な役割を果たすべき」と述べた。この議論を受けて、規制改革推進会議をはじめとする政府の会議や組織が、国と自治体のデジタル化に向けた取り組みを強化している。したがって国と自治体の業務・システムの標準化は、筆者が携わっている住民記録システムだけではなく、対象を他のさまざまなシステムに広げ、加速して取り組んでいくことが求められているといえよう。

仕事の仕方や考え方も
変化を加速させよう

 テクノロジーは急速に発展するが、情報システムを活用した自治体業務の改革には、非常に時間がかかる。情報システムの構築や更新には数年単位の時間がかかるし、システム間の連携を進めるための標準化や共同化にも時間がかかる。さらに、業務の見直しやそれに伴う条例の改正などにも時間がかかる。これらを住民記録システムだけではなく、自治体のあらゆる情報システムと関連業務で進めるとなると、現実的には5年や10年は簡単に過ぎてしまうかもしれない。
 「ペーパーレス」というテーマ一つとっても、10年で全ての業務の原則ペーパーレス化を実現できる自治体はほとんどないのではないか。
 業務と情報システムの改革になかなか取り掛からない自治体では、10年後はおろか20年後の2040年になっても、住民に手書きで名前や住所を何枚も書かせ、何度も印鑑を押させ、郵送やFAXで文書をやりとりする非効率を続けているかもしれない。文書のデジタル化も進まず場所にとらわれた業務を続け、データ分析による付加価値も社会に提供できていないかもしれない。そして職員が業務負荷で疲弊しているかもしれない。これこそまさに、避けるべき2040年の自治体の姿だ。
 悪いシナリオを少しでも避けるためのカギは、仕事の仕方と考え方を変えること、すなわち「業務プロセスの改革」であろう。各地で導入が進んでいるRPAなども重要なのはテクノロジーの新しさではなく、導入を通じてデジタル化の効果を理解し、業務のデジタル化に向けた課題を見つけ、組織や仕事のやり方を変えていくことだ。部分最適で終わらせず、得られた知見を組織内に共有し、帳票の形式や語彙(ごい)の標準化、システムの連携、デザインなどの全体最適化につなげることが求められる。
 自治体業務のイノベーションの効果は自治体内にとどまらない。コロナ対応で表面化したように、紙ベースで時間がかかる行政とのやりとりは企業や市民組織などのデジタル化の妨げとなっている。無駄な押印や対面での手続きを減らし、対面手続きでも手書きではなくデータ入力の機会を増やす、打ち合わせも簡単なものはオンラインにする──など「官民のつなぎ目」のデジタル化は、地域社会の生産性向上に加え、新たなビジネスや市民活動の促進にもつながるだろう。大きな視野で地域全体のデータ流通や業務プロセスの改革を進めることが求められる。
 自治体システム等標準化検討会の議論に対して、「意義は分かるが実行は無理だ」という助言をくださる方もいる。確かに、筆者が研究者として歩んできた15年以上の間、標準化や共同化はずっと必要性が指摘され続けてきたが大きくは進まなかった。一方で、「ぜひ進めてほしい。毎回制度が変わるたびに自治体が個別に改修するような無駄はやめてほしい」と期待してくださる現場の方も多数いる。
 今までできなかったことをどこまで実現できるかは不透明であり、全ての自治体を理想的な状態に持っていくことは確かに難しいかもしれない。だが筆者は、検討会で〈標準化・共同化を進めたいと考えている自治体が便利に参照できるもの〉を何とか作り上げ、より多くの自治体が一歩でも前進できるよう力を尽くしたいと考えている。読者の皆さまのご理解とご協力をお願いしたい。

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