実践事例
塩倉宏税理士事務所 塩倉 宏会員(TKC九州会)
社長の夢を実現するため、
金融機関と社長の間をつなぐ
ホテル&レジデンス南洲館 代表取締役 橋本龍次郎氏
鹿児島銀行 営業統括部部長代理兼営業店サポート室長 宮嵜義之氏
経営改善計画策定支援事業では、窮境に陥った事業者の返済猶予等だけでなく、前向きな取り組みに対する新規融資等も対象となっている。当事業を利用して新規融資を受けた南洲館の橋本龍次郎社長と顧問税理士の塩倉宏会員、金融支援を行った鹿児島銀行の宮嵜義之氏(融資当時担当支店長)に話を伺った。
設備老朽化と新幹線開通による競争激化、
新規設備に投資する資金が生まれない
── まず、橋本社長から南洲館の事業内容を簡単にご紹介いただけますか。
橋本龍次郎社長
橋本 弊社はホテル業を営んでおります。平日はビジネス利用のお客さまがメインで、週末は観光のお客さま、インバウンドのお客さまもいらっしゃいます。天文館という鹿児島の繁華街からすぐという立地です。
地元の方向けに飲食部門にも力を入れていまして、「くろくま鍋」という新しい名物料理を売りに出しております。
年商は約1億7千万円、従業員数は24人です。
── 経営改善計画策定支援事業を利用されたわけですが、計画策定前にはどのような経営課題があったのでしょうか。
橋本 一つは施設の老朽化です。途中リニューアルを挟んで開業から31年経過しているのですが、設備投資になかなか資金が回っていませんでした。
また、新幹線開通で大手チェーンをはじめとする多くのホテルが新しく開業し、価格競争が激しくなっていたということもあります。
ホテル業は装置産業ですから最初に大きな投資が必要で、借入もしています。借入をした際の計画でずっと返済をしていましたが、先ほど言ったような理由で利益が減ってくると、予定通りの返済が難しくなってしまうということがありました。そういった状況で年間に返済した額と同額を借り直すような状態でしたので、いろいろビジョンがあっても資金がなくてなかなか実現できない。そういったジレンマに陥っていました。
── そうした中で塩倉税理士から当事業の利用を提案されたわけですが、その時はどういう印象を持たれましたか。
橋本 この制度自体まったく知りませんでしたが、これを活用することで少しでも自分のやりたいことを実現したり、ホテルの改善につなげたりできればと思い、踏み切ることにしました。
社長の夢を経営計画にし、必要な資金を確保するために当事業を利用
── 塩倉先生は当制度の利用に当たって、どのようなサポートをされたのでしょうか。
塩倉 宏 会員(TKC九州会)
塩倉税理士事務所
塩倉 南洲館さんには関与して約3年ですが、橋本社長とはかなり前にJCで知り合っていて、関与していない時期にもいろいろと話を聞いていました。
もともと社長は経営計画にすごく興味があって、いろいろな形で作っていらっしゃるんです。かなり勉強もされていて、将来こういうホテルにしたいという夢をお持ちです。その社長の夢を経営計画という形にしていったときに、不足する資金をどう手当てするかということがスタートだったのです。
初期投資の分の返済があって、利益計画から返済可能な金額は分かっていましたから、それでどう金融機関に相談に乗ってもらえるかというところで悩んでいました。メイン行からは借り換えのスキームしか提案いただけなくて、じりじりしていたところに鹿児島銀行さんにご相談したところ、新規融資の方向性をご提案いただけたのです。これには本当に感謝しています。また支援を実現できる支店長や担当者がいらっしゃったことも運が良かったと思っています。誰にでもできたことではないと思います。
── 鹿児島銀行さんはなぜ新規融資という金融支援に踏み切られたのですか。
宮嵜 ホテル業は装置産業ですから、当然更新投資をしていかなければなりません。南洲館さんは、土地は自社所有ですから賃料も発生せず、P/Lは黒字です。資金の付け方として何を考えるかというと、前向きな資金を付けるために今までの負債の分をどうにかしないといけない。足りない分を足りないだけ貸し付けるということになると、どんどん返済額が増えてしまいますので、キャッシュ・フローから逆算して、これぐらい引き延ばせば返済できるでしょうという単純な考え方です。
当然私たち金融機関は保全ということを考えますから、前向きな資金であっても、もしものときに回収できるかということはチェックします。自社所有の土地に含み益があったということも一つの要因です。
金融機関と企業の間のやり取りだけでは分からない情報を
会計事務所がフォロー
── 金融機関にとって、関与先のことを詳しく理解している会計事務所との連携にはどのような意義がありますか。
宮嵜義之部長代理
宮嵜 われわれにも多くの企業を見てきた蓄積があり、駄目になった会社も見ているわけですね。その駄目になっていった企業と同じような事象が見られたら融資にも慎重になるわけです。そうしたときに、決算書や試算表だけでは分からない情報が得られるかどうか。金融機関の営業担当者が直接その企業の経理担当者とか財務担当者と話をしても、背景にある本質の部分まで入らずに、表面上のやり取りになりがちなのですね。
そういう場合に顧問の税理士の先生に聞いて、裏側にある事情だとか数字のバッファだとか定性的な要因などを聞かせていただければ、こちらも前向きな判断をしやすくなります。ですから信頼できる会計事務所と連携して、ある意味通訳的な役割で、顧問先について私たちが知りたい情報をオープンにしていただくというのは、すごく大切だと思います。
企業の方々は金融機関のことを信用しなくても、先生方のことはすごく信頼されていることが多いんですね。おそらく金融機関からこういうことを言われたよというご相談も先生方にしていると思うんです。そこでもし信頼関係があるのだとすれば、「金融機関が言っているのはこういうことだよ」と掘り下げて話していただけると、ありがたいですね。
経営改善計画がうまくいく企業に共通するのは「社長の腹づもり」
── 経営改善計画における具体的な取り組みの内容を教えていただけますか。
「くろくま鍋」は
「全国お国自慢鍋コロシアム」で総合優勝
橋本 まず部屋の改装です。それから新しいスタイルの客室を作りました。これによって高齢者の顧客やインバウンドの顧客を集客して、稼働率や客単価を上げていきたいと考えています。
私がやりたいことはたくさんありまして、実行段階で少し変わっている部分もありますが、行動計画は全部できています。
── 橋本社長にとって塩倉税理士から受けたサポートで印象に残っていることはありますか。
橋本 相談している中で、何をやりたいのか、どういうビジョンを描いているのか、いまの課題を将来どうしようと考えているのかといったことを、いろいろ引き出していただけています。また、「夢を語りなさい」ということもしょっちゅう言われました。そして、夢を語る中で、「それいいね」と言って話しやすい場を作ってくださるのが印象に残っています。ときには叱咤激励する形で厳しい意見も言っていただきました。寄り添いながらずっと一緒に歩いていただいて、この事業を利用する前にもメインバンクさんに何度も同行していただきました。
── 鹿児島銀行さんが南洲館さんの経営改善計画で評価したポイントは何ですか。
宮嵜 社長とお話しさせてもらって、社長の「思い」の部分を評価させてもらいました。私も審査部にいた経験があって、経営改善計画を策定される会社はたくさん見てきましたが、計画がうまくいくケースで共通している要素は社長の腹づもりなのです。本気で「改善したい」とか「こうしたいんだ」という思いがある社長じゃないと、私どもも支援はできません。
私どもも厳しいことを言わないといけませんので、それを納得していただいた上で次のステップに進んでいただくということを考えると、社長の思いというところが一番見るところです。最初に経営改善計画を作ってきていただいたときに、たしか1時間弱、橋本社長が1人で全部話されました。その段階でほぼOKだという感触がありました。
7000プロジェクトは将来に向けた練習経営計画で報酬を得られる力を付ける
── 塩倉先生は事務所全体で7000プロジェクトを17件実践されていますが、事務所ではどういう方針で臨んでいるのでしょうか。
塩倉 最初にこの事業の話を聞いたとき、すごくワクワクしたんです。月次の顧問料とか決算申告という報酬に支えられている事務所経営の中で、未来業務である経営計画業務に対して報酬がもらえるぞと。
中小企業の絶対数が減少し、10年後は半減するとも言われる中では、関与先数の減少も避けられません。「今と同じだけの給料を払える事務所でありつづけるためにはこの事業に取り組むしかないぞ」と、すごく興奮して職員にも話をしました。それが方針と言えば方針です。
金融機関さんが資金繰り対策という意味での改善を済ませている企業も数多くありますが、そういう先も含めて、継続MASを使ったPDCA体制に乗せて、目の前の1、2年ではなく3年から5年先の話をして、本質的な改善や小手先じゃない金融支援につなげたいなと思っています。
── 橋本社長から当事業を利用した感想をお聞かせいただけますか。
橋本 自分たちが日々仕事をしている中で、国の施策など知らない情報がたくさんあるんだなと思いました。
また、塩倉先生からいろいろアドバイスをいただいて助かりましたし、宮嵜さんやいろいろな方たちと出会ってそこでもまたいろいろなアドバイスやご支援をいただく中で、自分の可能性が広がりました。夢に少しでも近づいていけるなということをすごく感じました。
── 塩倉先生からも7000プロジェクトに取り組んだ感想と今後の抱負をお聞かせください。
塩倉 満を持してできた施策だと思っていますし、無借金の関与先以外は全件やるべき施策だと思っています。われわれにとってのやりがいだとか関与先や社会に対する責任という側面もありますけれども、事務所経営にとって重要なのです。
この事業の補助金はいつかなくなります。補助金がなくなったときに、お客さまに「こういう支援をするので、この部分についてはこれだけの報酬をお願いします」と言えるようにならなくてはいけない。職員にもよく言いますが、いま国からその練習をさせてもらっているのだと捉えています。これからも地道に泥臭く取り組んでいきたいと思います。