実践事例
刈谷敏久税理士事務所 刈谷敏久会員(TKC四国会)
事業の中身に踏み込んだモニタリングを
標準業務にしたい
売上げの中身をどう分けるかがカギ
── 事務所の7000プロジェクトの実績を教えてください。
刈谷 利用申請書の受理を受けている件数は6件ですが、3月末までにあと2件利用申請したいと思っています。モニタリングまで入っている案件は3社あり、それとは別に再生支援協議会の案件でも1社モニタリングを行っています。
── 7000プロジェクトの業務については、どういう体制で臨んでいますか。
刈谷 基本的に私が経営改善計画の骨子の部分をまとめて、職員に計画書として作成してもらいます。モニタリングはその企業を担当している職員の仕事です。
簡単な案件はすべて事務所で対応しますが、売上げの大きい企業などの案件では、計画策定の部分で外部の経営コンサルタントにも入ってもらっています。売上げを増やさないとどうしようもないようなケースには、われわれの力だけでは対応できません。自分たちの力を過大評価せず、周りと力を合わせれば何でもできます。餅は餅屋で他の専門家に任せることも必要ではないかと思います。
── 経営改善計画の策定において、意識していることは。
刈谷 計画を策定するときに重要なのは、売上げの中身をどのように分けて考えるか。売上げを単純な「科目×部門数」のマトリックスだけではなく、利益率が同じようなもの、あるいは市場を同じくするもの、そういうもので分類していけるかどうかが重要なのです。これは財務の中だけでは見えません。社長にインタビューしながら考えていかないといけない。そこが出てこないと、モニタリングも意義が薄れてしまいます。
分類した上で、それぞれ今後どういう手を打っていくのかを社長に考えていただく。どこに注力するかと言ったら、やはり利益率の高い部分に注力しなければいけないし、そういうことが見えてこないとまずいですね。打ち手によって原価なども変わっていきます。それを社長とやり取りしながら、計画は基本的に社長に作ってもらいます。計画の中身はわれわれが作ってはいけないと思います。
また、「金融のルール」を守ることを意識しています。返済内容を途中で変えることや再リスケはできないのが絶対条件だと、社長にも職員にも言っています。
社長に事前レクチャーをして会議に備える
── モニタリングはどのような方式で行っているのでしょうか。
刈谷 当事務所主催のバンクミーティング形式で行ったケースもありますが、基本的には信用保証協会の「経営サポート会議」を利用しています。
モニタリング会議では、私も職員も口を出さず、徹底的に社長に話してもらいます。その準備として社長に事前レクチャーをしています。モニタリング会議自体にかかる時間は30分から1時間程度であっても、その前に社長と何時間も事前のレクチャーをしているのです。この部分では料金はいただいていませんが。
── 事前レクチャーではどのような話をするのですか。
田内 社長に「ここの数字が前期と大きく変わっているからきっと指摘されますよ」とか、「こうなっているのはなぜか分かっていますか」という、金融機関から聞かれそうな部分の話をしています。
刈谷 レクチャー以外にも一つ例を挙げると、実績数値とそうなった原因を記入する表を作ってもらっています。なぜ利益率がこうなったのかなどといったことですね。会計事務所が作るのではなく、社長に教えて、それを作れるようにする。社長が作ったものを担当者に送ってもらい、担当者が手直しをして私がチェックする。違うところがあればそこを指摘して、戻します。これを繰り返すと社長も担当者もレベルアップします。
予算未達の「言い訳シート」も用意
── モニタリング会議にはどのような資料を用意していますか。
巡回監査担当者の田内宏和氏
田内 私が担当している建築業の例で言うと、試算表や実績表はDAIC2から出しており、資金繰り表などは、社長に作っていただいています。完工した物件についても「完成工事一覧表」を社長に用意してもらい、個別の利益率を確認できるようにしています。作成時点で請求書が届いていない分などがある場合は「最終的にはこれぐらいに落ち着く予定です」という数字の見通しを開示します。
刈谷 完成工事別の利益率は必ず社長が説明します。一覧表の利益率を一件ずつ確認していく。資料で裏付けがきちんとできているから社長が話せるのですね。
田内 この他に「例外物件」についてもまとめてもらっています。例外物件というのは特別な理由があって、利益率が目標に届いていない物件です。「見学会実施のためにどうしても獲得したい物件だった」とか「発注ミスがあった」「手直し工事があった」などと例外となった事由と完成工事高、完成原価、粗利益額、粗利益率を一覧にしています。
刈谷 早い話が「言い訳シート」ですね(笑)。なぜこれを作ったかというと、銀行から「予算と違いますよ、何が原因ですか」と必ず聞かれるわけで、社長がそれを答えられなければ駄目だからです。未達の部分については疎明しないといけません。「こういう理由でこうなりました。それに対しては担当者にこういう指示をしています」などと、起きたことに対する理由を説明した上で、同じようなことが起きないようにするための改善策を話すわけです。
口頭だけでなく、書面にして出せば、履歴も残ります。社長が反省の念を込めて「今後頑張ります」と書いて金融機関に出すのです。社長の本気度が伝わります。会社を変えていくときにはここまでやらないといけないのです。
── モニタリングで他に注意している点はありますか。
刈谷 モニタリング会議の資料で何か数字の不一致等があると一気に信頼度が落ちますから、そこは注意が必要です。社長が作った資料の現場データと財務データの齟齬がないかどうか、担当者と私が徹底的にチェックします。言葉の間違いならまだいいですが、数字の間違いは絶対にないように気を付けています。
── モニタリングが企業にとっていい影響を及ぼしたと感じる点はありますか。
刈谷 モニタリングがあることによって社長の本気度が上がることですね。3カ月ごとに金融機関の前でしゃべらなければならない。そこで予算に到達していなかったら、怒られるし大変なことになるわけです。これが1年に1回しかないと経営者も本気にならないわけですよ。本来なら毎月やってもいいぐらいです。社長にとって3カ月に1回、「怒られるんじゃないか」とドキドキすることが必要だと思うんですよね。それがあるから社長の本気度が上がり、実績が出るのです。
他人、それも金融機関から見られる。怒られる可能性がある。下手すると与信が付かなくなってアウトになる。計画を達成できなければ潰れてしまう。金融機関の前に出るというのはそういう気持ちでなければいけません。
関与先や金融機関からの信頼度が上がる
── 経営改善計画モニタリング中の企業の巡回監査について、担当者として通常と何か違うと感じるところ、あるいは意識的に変えているところはありますか。
田内 外部に見せる、しかも金融機関に見せるものなので、監査の精度そのものも気を付けていますし、業績のよし悪しに意識が行きますね。特に計画と実績の乖離には気を付けており、乖離が出ていたらすぐに「なぜ出ているのか」を確認して対策を促すようにしています。
刈谷 P/LやB/Sを見てその数字を伝えるだけではなく、売上げの内訳は何かを掘り下げて、数字の中身を見ることが必要です。それをやると職員がぐんと成長して頼もしくなります。
数字の照合は誰でもできるけども、その奥底にあるものが分かりはじめた。まさに経営助言ができるようになったんですよ。モニタリングこそ会計事務所の力を発揮するチャンスです。本当の意味で関与先や金融機関からの信頼度がアップするのはここだと思います。
── 当事業に対して今後どのように取り組んでいくか、お聞かせください。
田内 自分の担当先でこの事業を提案して社長に断られたところが数件あります。でも近い将来絶対に必要になるタイミングがくると思うんです。そこに日々気を付けて、「今なら社長が同意してくれるかもしれない」というタイミングを見逃さないようにしたいです。手遅れになることのないようにしたいと思います。
刈谷 モニタリングは今後事務所の標準業務になるだろうと思います。金融機関を巻き込んだものもあれば、そうでなないものもある。濃淡はあれどもすべての関与先にモニタリングをしなければいけない。その時にどこまで企業の事業の中身に踏み込んでいけるかが大事です。
支援事業のモニタリングの場は、事前に予習をして、その場で報告するわけですが、われわれの経営助言のモニタリングは、巡回監査でお客さまから理由などを引き出して実績を社長の腑に落とす。そういうモニタリングにしていかないといけないと思います。
経営改善計画モニタリングのポイント
- ●再リスケ禁止など「金融のルール」遵守を会計事務所と社長が意識する。
- ●モニタリング会議で社長が業績とその理由を話せるように、事前にレクチャーをする。
- ●業績未達の部分は特に詳細に理由等を説明できるよう事前に文書化しておく。