実践事例
知念税理士事務所 知念直美会員(TKC千葉会)
本気でぶつかり
社長の「経営者魂」に火を点ける!
支援先企業の概要
業 種: | 飲食業 |
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年 商: | 1億円 |
従業員数: | 28名(パート従業員含む) |
借 入: | 地方銀行1行(保証協会つき)、日本政策金融公庫 |
経営状況: | 景気の悪化とともに売上が下がるも、「どんぶり勘定」であったため窮境原因が分からないままどんどん利益率が低下、直前期の経常利益は約▲380万円。暫定リスケ中。商工会議所が相談窓口となり、知念税理士事務所を紹介される。 |
「改善して承継を」と社長に覚悟を迫る
知念直美 会員(TKC千葉会)
知念税理士事務所
千葉県市原市南国分寺台5-2-9
職員数: | 6名(うち巡回監査担当者4名) |
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関与先件数: | 70件(法人・個人含) |
経営方針: | 「女性だけの最強チーム」をつくる |
── 支援企業について教えてください。
知念 昨年7月、市原商工会議所から依頼をいただいた企業で、当初は関与先ではありませんでした。業種は飲食店です。社長は職人気質で、人は良いのですが経営者としての自覚や数字への意識がなかったんですね。顧問税理士はいたものの、年に1回まとめて決算処理をしていたので社長は経営状況をまったく把握できていない状態。それでも日銭はなんとか回っていたのですが、リーマン・ショックを境に売上が徐々に下がり、暫定リスケを受けている最中とのことでした。
3期分の決算書を見た限り経営改善はかなり難しいと感じていたので、ひとまず職員と一緒に社長の考えを聞きに行きました。事前にお店に食べに行って問題点も分かっていたので言いたいことはたくさんありましたが、私はぐっとこらえて社長の考えをじっと聞く。職員には、社長の言葉を一言もらさず議事録として残してもらうようにしました。
── 聞き役に徹したと。
知念 初めて会った女性二人から、いきなり悪化した業績について言いたい放題言われても引いちゃうでしょう(笑)。だから、まずは「社長はどんな気持ちでお店を始めたんですか」と創業時の思いから聞くようにしました。一通り料理やお店に対する熱意を思い出してもらった後で、次に「一番良かった時はいつでしたか?」と業績が好調だった時のことを振り返ってもらったんです。これは現在と比較して自分の言葉の中から問題点を見つけてもらうため。ただ、社長は半ば経営を諦めていて、最後に「これ以上は続けられないと思う」と言っていました。
2週間ほどして、奥様同席のもとで2回目の面談をしました。そして「社長が本当にやる気なら、私たちは本気で支援します。その代わり相当きついし、これから立てる経営改善計画は、あくまで社長の計画。会計事務所は支援しますが、社長の覚悟がなければ絶対にうまくいきません」ときっぱり言ったんですね。1回目の面談で息子さんが後を継ぎたいと言ってくれているという話は聞いていましたから、「社長、息子さんが社長の背中を見て『会社を継ぎたい』って言い出すなんて、商売やっていてこんな幸せなことないですよ。だったら、息子さんのためにもうひと踏ん張りして、健全な会社にして渡しましょうよ。これは最後のチャンスです」と最後通告をしました。
これで社長も奥様も覚悟を決めてくださった。二人とも「頑張ります!」と涙ながらに言ってくれたので、今回の支援事業を利用して経営改善計画を作ることが決定。最後は皆で泣きましたね。
── 「奥様同席」の理由は?
知念 奥様に経理を担当していただきたかったということと、私は基本的に「家業は家族でやるもの」と考えているからです。ご家族の理解や協力がないと自営業はうまくいかないと思うんですよね。何といっても一番の味方ですから……。「良い時も悪い時もそばにいて気持ちを共有してあげてください」とお願いしています。
社長からの依頼で関与することになったのですが、実はこの会社は8月決算でした。ですから経理指導と自計化を進めて経営改善計画を作るのと同時に、決算を組むというミッションも出てきた。しかも12月には暫定リスケの期限が来るので、11月末までにはバンクミーティングを終わらせなくてはいけないという状況……。まさに時間との戦いでしたね。
── 具体的には何から始めましたか。
知念 社長の意識改革です。まず一番にお願いしたのはバックヤードなど見えないところの掃除。申告書と一緒で、「見えるところだけキレイにすればいい」という姿勢は経営者として失格ですし、従業員も含めて会社が変わることへの意識付けをしたかったからでもあります。
また「職人」から「経営者」へと脱皮してもらうため、現金管理や食材管理、売れ筋メニューの把握などを徹底指導。社長のイメージしていた売れ筋メニューと実際に出ていたものが違った時は、目からウロコだったようです。これをきっかけに「管理すること」「経営すること」を肌で理解してもらえました。同時進行でFX2を入れ、奥様と職員で初期指導と経理体制の整備を進めてもらいました。
4回目の面談からは社長に事務所に来てもらって計画策定の準備を進めていたのですが、社長が「アイデアノート」を持参するようになったんです。そこに書かれていたのは、最初は言葉だけでしたが、そのうちに数字も書かれるように。これをすれば売上がいくら上がるとか、原価がいくら下げられるとか。あんなに数字が苦手だったのに……。奇跡かと思いました。その時、すごくうれしかったことを覚えています。「先生が自分たちのことを真剣に考えてくれるから、僕も応えなきゃと思ったんです」と。晴れて「両思い」になれたので(笑)、「この会社の経営改善はうまくいく」と思えました。
バンクミーティング時は事前資料の送付を
── 金融機関との調整や申請手続きについてはいかがでしたか。
知念 この会社は地銀1行と日本公庫からの借り入れがあったので、計画を作ることが決まった段階でこの支援制度を利用する旨、各金融機関へご挨拶に行きました。その時は、経営改善支援センターに出す申請書と経営改善計画のデモデータを持参し「最終的にはこういった書類に印鑑をいただきたい」と説明。金融機関には本部決裁などもあるので、計画を作る前段階で取り付けを終えておくことが必要です。申請書は経営改善支援センターの方にチェックをいただきながら作成し、9月に無事受理されました。
── 経営改善計画策定の段階で、一番重視されたのはどんな点でしょう。
知念 最大の窮境原因は原価率の高さ(42%超)にありました。そこで継続MASの画面を見ながら売上・原価・利益のシミュレーションを行い、「原価率の改善が最大の目標」だと社長に認識してもらったんです。そして味が変わらないことを前提に、原価率の高い材料の調整や仕入れ先の変更・価格交渉ができないかなど、一つひとつ社長と議論。社長がアイデアを出し、私が継続MASで数字の裏付けをしながら計10個の具体的なアクションプランを策定しました。
10月いっぱいかけて経営改善計画を完成させ、11月中旬に商工会議所の会議室を借りてバンクミーティングを開催。バンクミーティングの開催案内は商工会議所の方から出していただいて、当日は金融機関だけでなく保証協会の担当者にもお越しいただきました。保証協会の方の参加は必須ではないそうですが、参加いただいた方が円滑に進むと思います。
── どのような点に留意されましたか。
知念 当日、社長には「私の経営が至らないばかりに、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とお詫びから入ってもらうようにしました。皆さんお忙しい中で集まっていただくわけですから、こういった社長の姿勢は重要だと思います。
皆さん概ね協力的で、計画についても好感触ではありましたが、返済金額をこれまでの半分以下にするという内容だったので、メイン行の方がちょっと渋い顔。さらに保証協会の方からも保証料の責任保有割合について若干の指摘がありました。開催日の4~5日前に資料を送っていましたが、加えて計画の概要について事前に説明しておけばよかったと、いまは反省しています。その後計画を作り直し、無事に同意をいただいて実行段階へ移ることができましたが、やはり事前の根回しは必要だなと思いました。
── 今年4月、1回目のモニタリング報告会を開催されたそうですね。
知念 今回も商工会議所の会議室をお借りして、2時間くらいかけて開催しました。今度は失敗しないように、資料は2週間くらい前に関係者に送り、事前に質問を受けるかたちに(笑)。私から計画の進捗状況を、社長からはその背景等を説明する役割分担で進めました。売上目標や原価率の改善等、概ね計画通りだったので報告会は結構スムーズでしたね。
── モニタリング期間については。
知念 6カ月にしています。3カ月だと少し短いし、1年だと管理しきれないし計画通りに進まなかった時に「次の打ち手」が打てない。業種にもよると思いますが、モニタリングは3年続くことを考えると、金融機関等へ報告するペースは半年ごとで十分だと思いました。基本的に、巡回監査で毎月チェックしていますからね。
「先生と出会えてよかった!」
── 現在の率直な感想はいかがですか。
知念 本当は支援を待っている中小企業の方はたくさんいらっしゃることを痛感しました。「助けて」というサインを見落とさないで、私たち税理士が手を差し伸べていかなければと感じています。
正直にいえば、債権者の心情をくみ取って金融機関が稟議書を書きやすいように配慮したり、社長の悩みを共有したりしなくてはならないので、パワーは必要ですし、私たち税理士は重要な役目を担ってしまったとは思います。でも、だからこそ税理士が真ん中に立って、両者の心情や言葉を変換してあげるべきなんです。
今回支援した社長は、最初の頃はずっと下を向いて目も合わせない人でした。それが経営計画を作る中で、だんだん顔が上がって顔つきが明るくなり、いまでは「毎日わくわくして、毎朝起きるのが楽しい。今日は何を思いつくだろう」って言うんです。経営者としての血が騒いできたんですね。「先生と出会えてよかった!」と言ってくださいましたし、私も社長から元気をもらえました。「認定支援機関」と名乗った以上は、税理士の使命としてこうした良い事例を1件でも多く増やすべき──。そう強く思います。
経営改善計画策定支援のポイント
- ●徹底的なヒアリングに努め、社長の「覚悟」と「本気」を引き出すために全力でぶつかる。
- ●経営・管理する感覚を体感してもらうため、データの収集からスタートする。
- ●「社長の計画」であることを強調。アイデアは社長から出してもらい、会計事務所は継続MASで数字の裏付けを行う。具体的かつ実行可能なアクションプランを細かく策定する。