書面添付実践
関与先社長に書面添付の効果を伝え実践件数倍増を実現!
松岡慎也税理士事務所 松岡慎也会員(TKC近畿兵庫会)
松岡慎也会員
兵庫県神戸市の松岡慎也税理士事務所は、書面添付を事務所と関与先の経営に活かすべく、平成30年における実践件数を前年の23件から46件に倍増させた。松岡会員は、TKC全国会の運動方針を積極的に事務所経営に取り入れ、地域におけるオンリーワンの存在を目指したいと語る。
お客さまと信頼関係を作りなくてはならない存在へ
──事務所は神戸市の三宮駅から市営地下鉄で約30分の場所ですね。終点の「西神中央駅」から徒歩1分で事務所に到着しました。周りはマンションが多いようですが、駅前は商業施設も充実していて便利そうですね。
松岡 このあたりは神戸市が区画したニュータウンで、数十年前は山ばかりでした。いまから2年前にここに事務所を移転しました。
──本日は、TKC全国会第2ステージにおいて松岡先生が大きな成果を挙げられた書面添付の推進を中心に話を伺いたいと思います。はじめに、事務所概要をお聞かせいただけますか。
松岡 事務所の開業は平成22年6月です。今年で9年目になります。現在、関与先は140件くらいあり、そのうち約100件が法人のお客さまです。職員は、非常勤を含めて8名という体制です。
──どのような業種のお客さまが多いのですか。
松岡 業種に目立った偏りはありません。ほとんどが一般の法人関与先なのですが、明石の海がすぐ近くなので漁師さんの関与も何件かしています。実は、祖父が二見町の漁師だったので、そのつながりのお客さまが増えています。顔見知りの孫ということもあって、親しみを持っていただけるようです。漁業組合の顧問もしています。
──お客さまに対して大事にされていることは何ですか。
松岡 何よりコミュニケーションをよくとるようにしています。経営助言の際は、なるべく難しい専門用語を使わずに、できるだけ分かりやすく伝えられるように気をつけています。お客さまとの信頼関係を深めて、地域にとってなくてはならない存在になりたいと思っています。
神戸市の郊外に事務所を構え顔見知りを増やして紹介を得る
──どうして税理士になろうと思われたのでしょうか。
松岡 私が学生のころは、いまと違って就職氷河期でした。ですから資格取得が当たり前だったんです。将来は独立して経営者になってみたいというあこがれもありました。大学では法学を専攻していましたから弁護士になることも考えましたが、働きながら科目ごとに合格すればよい税理士の試験を受けることにしました。そして、大学を卒業してから明石市にあるTKC会員事務所に勤めているときに税理士資格を取って、平成20年には勤務税理士としてTKCに入会しました(Ⅲ型会員)。
──その後、独立されて不安はなかったですか。
松岡 開業前に事務所見学で多くの先輩会員のお話を直にうかがえたので、独立後のイメージが持てましたから不安はそれほどありませんでした。
また、どうしたら関与先拡大ができるのか、その方法は人によってさまざまであることも知りました。もし、関与先拡大に一つの方法しかなければ、すでに力のある事務所による独占状態になっているはずです。決まった方法がない分、自分らしさを出しながら充分やっていけると思いました。
──具体的にはどのような拡大方法をとられたのですか。
松岡 地域でオンリーワンの存在になるために、事務所は神戸の中心地ではなく、郊外に構えることにしました。そして、できるだけ地元で多くの方々と知り合うことによって、それがお客さまの紹介にもつながればいいなと考え行動しました。それでもダメだったら、ウェブや紹介業者の活用も視野に入れていました。
──実際にはどうでしたか。
松岡 開業1年目はお客さまが全然増えなくて、そのときは苦しかったですね。でもそうした状況の中で地元の商工会議所など、いくつかのコミュニティに加わって、頻繁に顔を出すように心がけました。そこのメンバーの方々と自然な形で懇意になっていくうちに、徐々に関与を依頼されたりお客さまを紹介いただけたりするようになりました。いまは年間10件くらいの紹介がコンスタントにあります。
税理士は、お客さまの立場に立ってよい仕事をすれば「ありがとう」と感謝されますし、お客さまと長くおつきあいすることもできるので、この職業を選んで本当によかったです。
新しい書面添付実践先を職員と選定 社長と一人ずつ会って効果を説明
──ゼロからの開業でお客さまを着実に増やしてこられたのですね。書面添付実践においても、平成29年の実績が23件だったのに対して、平成30年の実績が46件と倍増しています。
松岡 TKC全国会の第2ステージの開始と神戸西支部の支部長になったタイミングが重なって、率先して目標に取り組まなければ格好がつかなかったからです(笑)。それは半分冗談ですが、書面添付に限らず、TKC全国会が掲げる運動方針に沿ってコツコツと実績を挙げていくことは、事務所の付加価値を上げることにもつながると以前から考えていましたから、よいきっかけになりました。
──具体的には書面添付をどのように推進されたのですか。
松岡 特に変わったことをしたわけではありません。信頼関係ができていて書面添付を実践できそうなお客さまに対して、この機会にあらためて働きかけることにしました。
まず、職員と相談しながら30件くらい選定して、私が社長さんに一人ずつお会いして、「税理士法で定められている書面添付制度というものがあるのですが、実践してみませんか?」と提案しました。
その際、書面添付実践におけるお客さまへの効果として、決算書類と申告書の信頼性が向上すること、税務当局のみならず金融機関からの評価も上がること、そして、税理士への意見聴取制度というものがあり、そこで特に問題となる事項が認められなかった場合には、税務調査が省略される可能性が高まることを強調しました。
──ご提案はスムーズに行きましたか。
松岡 やってみたら、断られたケースは1件もありませんでした。それまでは、小規模なお客さまについてはそこまでしなくてもよいだろうと判断していたのですが、よくよく考えてみると、よい効果があって、社長さんの同意が得られるのなら、書面添付を実践しない理由はありません。
──職員さんのご協力も必要ですね。
松岡 新しい実践先の選定を含めて、職員には書面添付への積極的な取り組みをお願いして、それに応えてくれています。ありがたいですね。
添付書面の作成に当たっては、はじめに『TKC全国会による書面添付制度総合マニュアル』などを参考にしながら職員に担当先の文面を考えてもらって、その内容を私がチェックして添削しながら完成度を高めています。それが職員にもよい経験になっているようです。添付書面の作成に慣れるにしたがって、職員からも記載内容などのアイデアが出るようになってきて、個々のレベルが上がっているように思います。
書面添付実践により得られる効果
税務に関する専門家として、その申告書の作成に関してどのように調整し、月次巡回監査を通じてどの程度内容に関与したものであるかを、添付書面の中に自ら積極的に明らかにすることにより、以下のような効果が得られると考えられます。
(1)会計事務所
- ①税理士の公共的使命の完遂
- ②高い社会的信頼の獲得
- ③事務所の業務品質の向上、職員のスキルアップ
- ④責任範囲を明確化することによる事務所の法的防衛体制の確立
(2)関与先
- ①決算書類および申告書の信頼性の向上
- ②税務当局からの評価の向上
- ③金融機関からの評価の向上
- ④企業コンプライアンスの向上
(3)税務当局
- ①税務行政の円滑化と効率化が図れる
- ②調査事務の効率的な運営が図れる
(4)金融機関
- ①「情報の非対称性」が緩和し、事業性評価に活用される
- ②経営者保証ガイドラインに基づく経営者保証免除の審査に活用される
(『TKC全国会による書面添付制度総合マニュアル(第5版)』より抜粋)
書面添付は責任範囲を明確にし事務所の強みを示すことができる
──書面添付は勤務時代からされていたのですか。
松岡 はい。ですから、開業したら書面添付を事務所経営にも活かしたいと思っていました。書面添付に取り組む上でとても印象に残っているのは、TKC入会セミナーでお聞きした、当時の全国会会長の仁木安一先生のお話しです。そのとき仁木先生は、書面添付について「最初から完璧を求めなくてもよい。正直に、うそを書かなければよいのだから、勇気を出して実践してほしい」というお話をされて、わが意を得た思いがしました。
添付書面には、月次巡回監査に基づいてどこまで関与先の状況を把握しているのか、どのような相談に応じているのかを記載するわけですから、事務所の責任範囲を明確にできます。それは、事務所の業務水準、すなわち強みを示していることにもなります。
一方、税務当局にとっては税務調査の効率化につながるわけですし、金融機関にとってみてもスムーズな融資に役立っていると思います。
──金融機関からのTKCモニタリング情報サービスへの期待も高まっていますが。
松岡 それについては、少し出遅れていましたが、地域においても金融機関の認識がかなり進んできました。私の事務所では昨年から取り組んでいます。決算書と併せて、できる限り添付書面も送信するようにしています。
──金融機関の反応はいかがですか。
松岡 わざわざ取引先に出向いて決算書を取りに行かなくても済むようになったと、とても喜ばれています。しかも、税務署に電子申告したデータと同じものが受け取れるわけですから、非常に安心されているようです。
TKCビジネスモデルで標準化し次の10年に向けステップアップを
──TKC方式による自計化の推進状況を教えてください。
松岡 現在の関与先への自計化率は7割くらいです。事務所の将来を見据え、書面添付とともに自計化の導入件数をもっと伸ばしたいと考えています。それが当事務所の課題である経営助言の前提でもあります。
ネットバンキングを始めデジタル化が当たり前になる中で、財務エントリから自計化への切り替えをTKC社員の皆さんのご協力を得ながら進めています。自計化推進は、事務所の体質改善には欠かせません。そうしないと、マンパワーが限られている中で、将来的に効率よくよりよいサービスを提供することはできないと考えています。
──今後の抱負をお聞かせください。
松岡 会計事務所業界は、いまよりも二極化が進むだろうと思います。一つは、所長が直に関与先を担当できるくらい規模で量よりも質を求める事務所。もう一つは、多くの税理士を組織化して規模を拡大しつつ、スケールメリットで勝負する大型の事務所です。そのような状況を見据えて、私は事務所を近いうちに法人化したいと考えています。
そのためには、巡回監査の質をもっと高めて、TKCビジネスモデルで事務所業務をしっかりと標準化していくことが必須となります。もうすぐ開業10年という節目を迎えますので、次なる10年に向けて業務水準をさらに引き上げたいと思っています。
兵庫県明石市出身。42歳。平成20年Ⅲ型入会、22年開業。現在、近畿兵庫会神戸西支部長を務める。
松岡慎也税理士事務所
(TKC出版 古市 学)
(会報『TKC』令和元年8月号より転載)