書面添付実践

書面添付実践件数の飛躍のきっかけは「正直に、うそを書かない」の一言

杉本幹弘税理士事務所 杉本幹弘会員(TKC西東京山梨会)
杉本幹弘会員

杉本幹弘会員

山梨県に事務所を構える杉本幹弘会員は、書面添付の実践件数を年間2件から41件へと飛躍的に伸ばした。実践へと一歩踏み出したことで、関与先、金融機関とつながりが深まったことに手応えを感じ、「書面添付は難しいものと勝手に自分で壁を作っていた」と振り返る。

社長が自社の数字を語れるように一生懸命に指導・助言する

 ──杉本先生は書面添付実践件数を大幅に伸ばされました。本日はその秘訣をおうかがいしたいと思います。まず事務所の概要を教えていただけますか。

 杉本 2005年4月に開業し、まもなく14年目です。現在職員は2名で、関与先は法人と個人あわせて約80件です。

 ──TKC入会のきっかけは。

 杉本 職員時代、甲府にあるTKC会員の事務所で10年間お世話になっていました。そこで税理士資格を取得し、独立開業したのですが、TKCに入会したのはそのときの所長の影響が大きいですね。お客さまからの信頼があり、所長のような税理士になりたいという気持ちが強かったです。

 ──事務所経営で特に力を入れていることは何でしょうか。

 杉本 ひと言で言うと企業の黒字決算のお手伝いです。そのための税理士のサポートは「会計」に行き着くと思います。企業からすると会計はいかにお金が回るかですから、資金繰りをよくするお手伝いにも力を入れています。
 実際に、近年は関与先の融資申し込みの際に同席を依頼されることも増えました。経営者は商売の説明はできますが、それを数字に置き換えて金融機関に説明することは苦手です。しっかりご自身の言葉で語ってもらえるように、月次回監査の指導の中でもその点を重視しています。私もスタッフももっと継続MASを活用した支援をしたいと考えています。
 こうした考えを持つようになったのは、西東京山梨会の中小企業支援委員長を2015年まで2期4年務めた経験からです。税理士は認定支援機関として、税務だけでなく企業の財務経営力と資金調達力の強化、金融機関との連携などに力を注いでいく重要性を学びました。当時はついていくのに必死でしたが(笑)。
 同時に、会計事務所には「人間力」が欠かせないと思っています。人間力とは「一生懸命かどうか」。巡回監査などでお会いするときはもちろん、それ以外でもお客さまを思い浮かべてどれだけその発展に向けて一生懸命になれるか。結局はそういうことが大切なのだと思います。

まず一歩踏み出す。自分が勝手に作っていた壁は崩れて事務所経営が変わり始めた

 ──書面添付の実践件数を年間で2件から、41件へと大幅に伸ばされたわけですが、取り組んだきっかけをお聞かせください。

所内風景

スタッフ2名と書面添付推進に取り組む

 杉本 二つあります。一つは一昨年(2017年)の11月に大阪で開催されたニューメンバーズフォーラムの分科会で、全国会中小企業支援委員会の松﨑堅太朗副委員長のお話を聞いたことです。テーマは書面添付ではありませんでしたが、自分も決して最初から立派な書面添付ができていたわけではないとお話しされました。
 その中で印象的だったのは「添付書面にはうそを書かなければいい」という言葉です。「申告書を作成するにあたり何を見てどう判断をしたか。正直に、うそを書かなければいい」と。その言葉で書面添付のハードルが一気に下がりました。
 もう一つがその夜の懇親会で、西東京山梨会の書面添付推進委員長と全国会の書面添付推進副委員長を兼務されている金成祐行先生が私の隣に来て、「まずやり始めることが大事だよ」と。金成先生からは書面添付について以前から実践を勧められていましたが、なかなか行動に移せていませんでした。大阪でのこの出来事を機に、「やってみないと書面添付が良いかどうかも判断できない。まずやってみよう」と取り組む決意が固まりました。

 ──書面添付の実践を躊躇されていた理由は何ですか。

 杉本 自分の中で勝手に高い壁を築いていたことです。書面添付は難しくて私にはできない、洗練された文章が必要という先入観や懲戒という罰則規定、そのほかにも新たな業務が増えてしまう等。
 しかしいまなら言えるのですがそれらはすべて思い込みでした。実際に取り組んでみると、やらない自分が勝手に作っていた壁なのでそれを乗り越えるのはそんなに難しくなかったのです。
 添付書面に書いた文章は洗練されたものでなかったかもしれませんが、まず一歩踏み出したことで、いま事務所経営に良いことが起きています。もっと早くやっておけばよかったと感じているほどです(笑)。

「顕著な増減事項」を意識した巡回監査で社長の自社の数字の説明能力も高まる

 ──どのように書面添付を推進されましたか。

杉本会員の似顔絵が目を引く事務所の外観

杉本会員の似顔絵が目を引く事務所の外観

 杉本 まず所内の二人のスタッフに「これからは書面添付をやっていこう。月次関与している全企業に実施しよう」と私の考えを伝えました。その上で次のような話をしました。
 書面添付はお客さまにとって税務署だけでなく金融機関へのアピール材料にもなる。税務、会計業務はしっかりやっているのだから、それにひと手間かけて添付書面を作ることで申告書、ひいては決算書の信用力が格段にアップする。せっかく税理士法に基づく制度があり、しかも金融機関が書面添付制度に関心を持ち始めたという外部環境の変化もあるのだからやらない理由はないよと。
 そのため、関与先によって書面添付をする・しないという区切りもなくなりました。月次関与のお客さまについてどこまで見たかを正直に書けばいいわけですから。しっかり取り組んで、全国会による事務所表彰旅行を目ざすことも励みとし、おかげさまで書面添付純増上位80事務所部門に入賞しました。
 所内で方針を出した後は、TKCの書面添付研修会への参加や、他の会員事務所の添付書面を見せていただき内容を充実させるポイント等を学び、所内で共有していきました。二人のスタッフが書面添付への私の考えを素直に受け止め、標準業務に組み入れて頑張ってくれました。

 ──関与先さんにはどのようなご説明をされましたか。

 杉本 書面添付に伴う意見聴取制度により突然の税務調査はなく、まず会計事務所が税務署の疑問点に応えてそれで解決されれば調査は省略になりますといった説明をすると、関心を示されました。
 企業にとって税務調査は心理的にも時間的にも負担以外の何物でもありません。通常業務ができなくなり、損失も大きいわけです。
 お客さまによって感じる書面添付の魅力はそれぞれで、税務調査における安心感をもたれる方もいれば、金融機関向けの取り組みとしてプラスの影響があればと考えられる方もいました。

 ──書面添付の前提となる巡回監査において、工夫された点などはありますか。

 杉本 今まで以上に添付書面の「顕著な増減事項」を意識した巡回監査になりました。数字が大きく動いた要因を社長への質問を通じて把握しています。同時に、質問に答えてもらうことで社長自身の説明能力も高まり、それは金融機関とのやりとりにおいて役立つと思います。

意見聴取が3件あり全て調査省略に金融機関からも喜ばれ関与先紹介を受ける

 ──書面添付を実践されて関与先さんや金融機関との関係などに変化を感じることはありますか。

 杉本 昨年意見聴取が3件ありましたが全て調査省略になり、お客さまが非常に喜んでくれました。税務調査については以前よりも回数が減りました。取り組んで1年目なので、結果が出てくるのはこれからだと思います。
 書面添付に対する評価は、とりわけ金融機関から感じます。私の事務所では、添付書面をTKCモニタリング情報サービスで提供しているのですが、金融機関の融資担当の方から、「添付書面によって昨年と変わったところがよく分かりました」とお礼の電話がありました。
 注目しているのはやはり添付書面の「顕著な増減事項」です。金融機関の方は、昨年と比べて大きく変動した数字についてこれまで取引先の社長に確認していたそうですが、「事前に添付書面を読んでおけば社長と突っ込んだ話をすることができます」と喜ばれました。
 さらに直近のケースだと、関与先の設備投資の件で社長さんと一緒に訪問した金融機関の支店長から、「失礼ですが社長とどういうご関係ですか」と尋ねられました。私が融資のために書面添付やTKCモニタリング情報サービスに熱心に取り組んでいたので、てっきり親戚関係などではないかと思われたとのことでした(笑)。
 後日、その金融機関からは関与先の紹介を受けました。書面添付を行った結果としての金融機関からの紹介は初めてで、そのときはっとしました。それは、これまで書面添付などをしっかりやってこなかったから事務所の業務内容が認められず、紹介などに至らなかったのではないかということです。
 金融機関と連携したいのであれば、金融機関に役に立つ情報の提供や、融資先を親身にサポートできる業務内容を知っていただく必要があります。相手の立場に立てば当然です。書面添付とTKCモニタリング情報サービスを使えば事務所の取り組みを知っていただけると実感しました。

「TKC書面添付フォーラム」で金融機関の書面添付に対する見方が変わった

 ──書面添付のことを地域の金融機関がよくご存じなのですね。

 杉本 これまでも地域金融機関と連携が深められていましたが、昨年11月に山梨県甲府市で開催された西東京山梨会の書面添付フォーラムが大きいです。金融機関から本店、また支店長や融資担当の方たちが多数参加され、そこで書面添付の意義やいかに金融機関にとって役立つか理解を深めていただきました。金融機関の方たちの書面添付に対する見方が変わる大きなきっかけになったと思います。
 さきほどお話しした私の事務所の書面添付を喜んでくださった金融機関の方お二人も、そのフォーラムに参加された方です。そういう予備知識、前提があった上で添付書面をご覧になったからこそ、価値を感じてもらえたのだと思います。
 書面添付に対する金融機関の認識は変わってきたと感じます。事業性評価融資に取り組む中で、顧問税理士を頼りにし、コミュニケーションを取りたいというニーズは増している。その中で、TKC会員事務所の月次巡回監査に基づく税務と会計に関するチェックと、書面添付を使った保証という部分が、金融機関にも魅力があるのだと思います。
 このような追い風がある中で、書面添付をやらない理由は何もないと思います。今回一歩を踏み出すことができたので、これらからは品質の向上にスタッフと一緒に取り組んでいくつもりです。

業務の「品揃え」を増やして選ばれる会計事務所になりたい

 ──今後の事務所のビジョンについてお聞かせください。

 杉本 朝礼を重視していて、そこで仕事の意義・目的を説明し、職員が腑に落ちるように努めています。朝礼では飯塚毅全国会初代会長の日めくりカレンダー『自己探求のことば』をスタッフ全員で唱和しているのですが、そのことで「人間力」を養うきっかけをつかみ、新鮮な気持ちで1日のスタートを切ることができています。
 今回書面添付に取り組み、会計事務所として提供する商品、サービスの「品揃え」の重要性を痛感しました。これまでそうしたことを怠ってきたから関与先拡大なども少し停滞していたように感じます。お客さまや金融機関から喜ばれ選んでいただくために、TKC全国会の運動方針を事務所の標準業務にして、品揃えを強化していきたいと思います。


杉本幹弘(すぎもと・みきひろ)会員
山梨県出身。48歳。2005年4月独立開業、TKC入会。
経営理念は「黒字決算支援で社長の夢の実現をお手伝い」
杉本幹弘税理士事務所
 山梨県中巨摩郡昭和町河西938-1

(TKC出版 清水公一朗)

(会報『TKC』平成31年4月号より転載)