事務所経営
基本方針は「一歩一歩着実に」自計化推進で関与先の成長に貢献したい
菅野敦史税理士事務所 菅野敦史会員(TKC東北会)
菅野敦史会員
父親が職員として勤めていた事務所を親族外承継し、先輩会員のアドバイスを受けTKCビジネスモデルの事務所経営を少しずつ推進してきた菅野敦史会員に、システム移行やTKCモニタリング情報サービス推進、事業承継支援等についてお聞きした。
東京・埼玉の会計事務所を渡り歩き親が勤める福島の事務所を親族外承継
──菅野先生は2代目で、親族外の事務所を承継されたとお聞きしました。まず事務所の沿革を教えていただけますか。
菅野 当事務所は先代の似田(にただ)吉宏所長が1966年に開業したので、50年以上の歴史があります。似田先生は元々福島の先達会員事務所の勤務税理士で、私の父もその事務所で職員として働いていたので、似田先生が独立するときに声をかけていただいたそうです。
私は父の影響で小さい頃からTKCの名前を知っていたため、大学卒業後の進路として(株)TKC一本に絞って就職活動をしました。首尾良く最終面接までいったのですが、結果は入社できませんでした。
他の会社は受けていなかったので途方に暮れましたが、「それなら税理士を目指そう」と気持ちを切り替え、東京・埼玉の会計事務所で修業しながら、池袋の簿記専門学校に通って勉強をしました。その後2年間大学院に通い、約7年かけて資格を取得しました。
──無事に資格を取得できたので、開業するために地元の福島に戻られたのですか。
菅野 いえ、実は独立する考えはなく、当時勤務していた事務所で働き続けるつもりでした。しかし父から「似田先生も高齢で継いでくれる人を探している。お前が帰ってこないか」と説得されたため、福島に戻ることにしたのです。
似田事務所に入所したのが2002年で、その後TKCに入会。2007年には会計法人の(株)菅野・似田共同会計(現・(株)菅野共栄会計)を設立し、私が代表取締役に就任しました。
似田先生のことを慕っているお客さまも多かったため、承継を一気に進めるのではなく、時間をかけて徐々に引き継ぐことを意識しました。そして今年3月に似田先生が税理士会を退会したことで承継が決着したというのが経緯です。
──現在の関与先数はどのくらいなのでしょうか。
菅野 月次巡回監査の対象関与先は法人で約160件、そのうち約90件がTKC自計化システムの導入を完了しています。自計化システムを導入している関与先には、基本的に継続MASと書面添付も実践しています。
先輩会員の話を聞いて自計化推進を決意 職員の納得を得ながら1件ずつ進めた
──2002年に似田先生の事務所に入所した当時の状況を教えてください。
JR福島駅から車で数分と好立地にある事務所
菅野 所長が長年にわたって信頼関係を構築してきた関与先ばかりなので安定していましたし、職員も父をはじめベテランばかりなので頼りになりました。その一方、高齢の経営者が多く、手書きの帳簿や記帳代行のお客さまも少なくありませんでした。
自計化をしているお客さまも約7割は他社利用で、TKC自計化システムは3割程度という状況。職員として働いていた頃からシステムはTKCに統一した方がいいと思っていたので、なるべくその方向にもっていきたいと感じました。
──なぜシステムを一本化すべきだと考えるようになったのですか。
菅野 税務申告はTKCシステム、会計は他社システムだと一気通貫ではないので、単純に非効率的だからです。それに、電子化によって効率化・省力化できるところはどんどん取り入れていかないと、時代の変化に取り残されるという危機感がありました。
もう一つは、入会後に東北会で活躍している数人の先輩会員にアドバイスを求めたことです。ほとんど全員が「うちは100%TKCシステムで自計化しているよ」と話していて、例えばある先達の先生も、ある時期にTKCシステムへの一本化を決意し時間をかけて徹底的に移行させたそうです。
「あの先生だからできる」と言い訳をするのではなく、まずは真似をしてみて、うまくいかなかったら自分なりに工夫すればいいと思いやってみました。
──最初は何から始めたのですか。
菅野 まず新規で顧問契約をするお客さまについては、TKC自計化システムの導入を前提にしました。
問題は既存のお客さまですが、職員も経営者もこれまでのやり方に慣れているので、一度に変えるのは難しい。そこで、お客さまや職員に自計化の優位性を説明することから始めました。
特に、私は職員の経験があるのでその気持ちが分かるのですが、人間は心から納得しないとなかなか本気で動きません。当事務所では月に一度丸1日かけて所内会議をしているので、そうした機会に「自計化をすることによって、お客さまにも事務所にもこんなメリットがある。だからみんなで進めていかないか」と話をしました。
もちろん、それですぐにうまくいくわけではありませんでしたが、何度も繰り返し話をすることで想いが伝わり、今では職員全員が同じ目線で自計化推進に取り組めています。
これは自計化だけでなく、TKCモニタリング情報サービスや早期経営改善計画策定支援、企業防衛などすべて同じです。意義・目的をしっかり納得してもらい、それから期限を決めて1件ずつ推進するのが私のやり方です。
OMSで対象関与先を絞り経理交代等のタイミングを逃さず提案
──自計化への移行対象の関与先はどのように決めているのですか。
菅野 OMSを使い「税務はTKCシステムで財務は他社システム」という関与先を抽出し、一覧で確認します。その中から、例えば「この会社は来月に経理担当者が交代する予定なので、そのタイミングで提案しよう」あるいは「この会社はあと数年で社長が廃業する予定だから見合わせよう」などと対象を絞っていくのです。
そうして対象を決めた後は、しっかり進捗確認をすることも重要です。毎月の所内会議では、TKC自計化システムの導入を提案した結果と今後の目標をみんなで確認することで、導入機会を逃さないようにしています。
──関与先経営者に提案する際の工夫などはありますか。
菅野 特別な「殺し文句」があるわけではなく、自計化して日々の数字をタイムリーに把握することで業績改善につながること、書面添付やTKCモニタリング情報サービスなどが提供できるようになることなど、お客さまにとってのメリットを根気よく説明しています。
実際に、自計化した関与先の社長からは「毎日業績を確認できるので、次の打ち手が見えるようになった」と喜んでいただけています。
約60社の関与先がTKCモニタリング情報サービスを利用
──TKCモニタリング情報サービスを積極的に推進されているそうですね。
事務所に掲示されている経営理念(所訓)
先代の似田所長の教えが今も引き継がれている。
菅野 現在約60件のお客さまに「TKCモニタリング情報サービス」を利用いただいています。福島県支部は、東邦銀行や福島銀行、大東銀行をはじめ多くの地域金融機関と覚書を締結するなど関係が良好なので、推進環境は整っていると思います。
──取り組もうと思われたきっかけは。
菅野 いま税理士は「将来なくなる職業」の一つに挙げられています。確かに今後AIによって多くの業務がコンピュータに代替されるかもしれませんが、例えば夢を語ってそれを目標に落とし込むということは人間にしかできませんし、目標を達成した時に一緒に喜ぶといった感情の共有も機械には不可能です。
AIに任せられるところは任せ、空いた時間で経営助言や書面添付、早期経営改善計画策定支援などの付加価値の高いサービスを提供し喜んでいただければ、税理士の仕事はなくならないはずです。そのためにも、最新技術を徹底的に活用しようと考えたのが一つ。
もう一点は、お客さまにとってメリットがあるからです。当サービスを使って金融機関に決算書や月次試算表を提供していれば、例えば新たに融資を受けたいという話になった時、これまでは決算書のコピー等の書類を準備する必要がありましたが、そうした手間が省けスピーディーな融資につながりやすくなります。
金融機関にとっても、信頼できる財務データがあれば審査の手間が軽減されますし、何より融資先から常に情報が届くという安心感につながるはずです。
──実際の金融機関の反応はいかがでしたか。
菅野 当初は金融機関の支店担当者に当サービスの利用開始が伝わっていなかったり、データが届いても先方のPCの設定等の問題で開けなかったりするなど小さなトラブルがありました。ただ、支店の担当者と電話で話すなどコミュニケーションがとれましたし「菅野事務所はこんなサービスを推進しているのか」と分かってもらえる機会になったので、結果としてはよかったと思っています。
もちろん現在はそうしたトラブルもほとんどなく、多くの金融機関に「便利になった」と喜んでいただけていますね。
──今後はもっと件数を増やせそうですね。
菅野 自計化が完了している経営者は会計に対する意識が高く、当サービスのメリットを説明すればご理解いただけるので、件数は増えていくはずです。
ただ一方で、金融機関からの借り入れは、当サービスにまだ対応していない日本公庫さんだけというお客さまも多いので、今後対応していただけるようになればもっと件数が増えると期待しています。
廃業する予定の経営者に合併を提案 関与先の承継支援はますます重要に
──菅野先生自身は円滑な事務所承継をされましたが、関与先の承継支援についてはいかがですか。
菅野 できるだけ早い時期に特例事業承継税制の情報提供をすべきだと思ったので、7月に関与先向けセミナーを開催します。というのは、この特例の創設をきっかけに、全国展開しているような大手税理士法人が高額な手数料で経営者に承継コンサルティングを提案する動きが始まっているからです。
特に、比較的規模が大きく業績が良いお客さまにはすぐにでも「当事務所でも承継の支援ができます」と伝えないと、知らない間に大手事務所と契約を結んでしまっていたという事態が起こりかねません。
仮にそうした動きがなかったとしても、経営者の高齢化が進んでいる現状において、承継支援は廃業による関与先減少を防ぐ意味で重要です。先日もある黒字経営の関与先の社長から「後継ぎがいないから廃業しようと思う」と相談を受けたので、類似業種の別の関与先を紹介して合併の仲介をしました。具体的には、双方に早期経営改善計画を策定してもらった上で、買収側の関与先が金融機関から資金を調達し、もう1社の営業権を買い受けるスキームを提案しました。
何もしなければ優良関与先を失うだけでしたが、年間60万円程度の顧問料を維持できた上に2件分の早期経営改善計画策定支援の手数料にもつながり、全員にとって良い結果になったと思います。
──今後の事務所の展望、目標をお聞かせください。
菅野 私はこれまで先輩会員のやり方をモデリングすることで自計化やTKCモニタリング情報サービスの推進に取り組んできました。すぐに結果が出るような秘訣はありませんが、着実に前には進んでいます。
剣豪の宮本武蔵が残したと言われている「我、神仏を尊び、神仏を頼らず」という言葉があります。「神仏に感謝しお参りはするけれども、神頼みということではなく、あくまでも結果を出すのは自分の努力である」という意味で、私の座右の銘にしています。今後も職員の力を借りながら自計化推進の努力を地道に続けて、お客さまの成長に貢献していきたいと思います。
菅野敦史税理士事務所
(TKC出版 村井剛大)
(会報『TKC』平成30年7月号より転載)