独立開業
目指すは「親身なパートナー」経営改善支援で関与先とともに成長したい
浅野雅大税理士事務所 浅野雅大(中部会岐阜支部)
浅野雅大会員
「もっとお客様の親身になって仕事がしたい」。そう決意して銀行員から税理士に転身し、故郷の岐阜県で開業した浅野雅大会員。開業から10年以上が経ち「徐々にやりたかった仕事ができるようになってきた」と手応えを感じつつある浅野会員に、事務所経営の苦労や関与先拡大の取り組みなどをお聞きした。
「お客様の親身なパートナー」を目指し銀行マンから税理士に転身
──浅野先生は金融機関ご出身とのことですが、開業までの道のりをお聞かせください。
浅野 私はもともと岐阜県で生まれ育ったのですが、東京の大学に進み、いわゆるダブルスクールをしながら税理士資格の取得を目指していました。理由は父が会計事務所職員でしたので、税理士という職業に馴染みがあったからです。
といっても当時は独立開業までは考えておらず、卒業後は信託銀行に就職しました。信託銀行は相続や遺産整理に関連した業務があるので、税理士試験で学んだ知識が活かせると思ったのです。
──銀行ではどのような業務をされていたのですか。
浅野 信託銀行の業務は幅広く、普通銀行と同じ融資や預金集めだけでなく遺産整理や遺言執行、不動産屋が行うような土地の売買などの業務も経験しました。
また不良債権の処理では、債権が焦げ付いている会社のビルに行って、その会社がまだ業務を行っているか確認しに行ったりしました。当時業績不振で倒産寸前だった会社が現在では復活していたり、逆に元気だった会社がつぶれてしまっているなど、時代の流れを感じますね。
結局、銀行に4年間勤めたあと平成10年に退職し、父が勤めていた会計事務所でお世話になることにしました。学生時代に2科目、信託銀行時代に2科目合格していたので、残りは1科目という状況でした。
──もともと独立開業をするつもりではなかったとのことですが、どのような心境の変化があったのですか。
浅野 もっとお客様の親身になって仕事をしたいという想いが強くなったからです。例えば会社の方針としてある商品を重点的に販売したいということはよくあることですが、当時はお客様にとって必ずしも最適とは言えない預金商品等でも、それをお勧めしなければいけない場面もありました。
その点、税理士はお客様がいやがることを言わなければならない時もありますが、それは本当にお客様のためになるからこそ。当事務所の経営理念【お客様の喜びが私たちの喜び ──親身なパートナーとしてみなさまの繁栄に貢献し、地域社会に笑顔の輪を広げます】も、そうした想いから決めたものです。
地元の会計事務所に勤めてから約1年半で残りの1科目を合格したので、それから1年半後の平成13年に父とともに独立・開業しました。
──開業と同時期にTKCに入会されていますが、以前からTKCのことはよくご存じだったのですか。
浅野 いえ、確かに学生時代からメジャーなシステムベンダーとして名前は聞いていましたが、当時の印象は「合格するとバラの花束をもってくる」ということくらいで(笑)、それほど詳しくは知りませんでした。
もともと勤めていた事務所はTKCではなかったので、開業後もその事務所で使っていたソフトを引き続き使うつもりでした。ただ他のベンダーからも話だけは聞いてみようと思い、当時の岐阜センター長に来てもらったところ「TKCは誰でも入会を勧めるわけではなく、租税正義に取り組める人でなければ入会は勧めない」と言われたんです。自分も脱税を見過ごしたくないという気持ちがあったのでそうした理念に共感したこと、またそうした理念を遡及訂正ができないシステムで担保していることが入会を決めた最大の理由です。
その他にも、研修制度が非常に充実している点や『TKC経営指標(BAST)』を活用した同業他社比較が経営助言に活かせることにも惹かれました。
浅野会員と父親の幸彦さん(後列左から2人目)を囲んで職員の皆さんと
会計事務所勤務経験のある父のおかげで翌月巡回監査率100%を実現できた
──事務所の概要についてお聞かせください。
JR岐阜駅から車で約15分の場所にある事務所。
1階と2階が事務所スペース、3階は自宅となっている。
浅野 関与先件数は法人・個人をあわせて95件、職員はパート1名を含め6名で、3名が税理士を目指し勉強中です。翌月巡回監査率は100%、FX2など自計化システムと継続MASの導入関与先はともに65件、書面添付は平成23年の実績で34件でした。
──翌月巡回監査率100%とは素晴らしい数字ですが、どのようにして実現させたのでしょうか。
浅野 勤めていた会計事務所を辞めるときにいくつか関与先を引き継いだのですが、すべて記帳代行型で他社ソフトによる年1決算だったので、当然最初はゼロ%でした。そこから決算の都度「今後は毎月お邪魔する形に変えたい」と1件1件お願いすることからはじめ、同時に自計化を進めました。
助かったのは、経験豊富な父が常に事務所にいて電話や来客に対応してくれたこと。おかげで安心して外出でき、巡回監査体制を軌道に乗せられました。
──他社ソフトからTKCシステムへの移行でご苦労されている会員先生も多いのですが、関与先さんの反応はいかがでしたか。
浅野 幸い、ほとんどの関与先は強い抵抗もなく応じてくれました。ただ1件だけ、巡回監査体制に移行してしばらく経ってから「業績が悪くて顧問料を払えない」と契約を解除し前の会計事務所に戻ってしまいました。本来ならそうした関与先こそ巡回監査を通じて経営助言をすることで業績を回復させなければいけないのに、自分の力不足を痛感しました。
また90%を超えてからしばらく足踏みをしました。というのは、どうしても1ヶ月遅れになってしまう関与先が2件あったからです。「何とかしなければ」と思って遅れる理由を詳しく聞いてみると「請求書の発行で忙しい」「締め後の買掛金を計上する作業が大変」ということでした。でも決算の時はそうした問題をクリアしてやっていただいているので、結局「やればできるはず」と説得し、協力してもらえるようになりました。
少人数制の勉強会「経営者塾」で社長の行動がたちどころに変わった
──関与先の業績改善のために、どのような取り組みをされていますか。
経営者塾の開催を告知するチラシで
関与先に参加を呼びかけている
浅野 まず経営計画を社長と一緒につくるわけですが、やはり押しつけられた計画だと社長にはなかなか実行してもらえません。社長からじっくり話を聞いて、設定した予算を実現するためには何をやらなければいけないのか、社長自身に気付いてもらうことが一番大切なのだと感じます。そういう意味では、継続MASは数字だけでなく行動計画まで踏み込んで作成できるので便利ですね。
また、非常に効果的なのが昨年末から始めた少人数制の勉強会「経営者塾」です。当事務所では5人の社長に毎月事務所に来てもらい経営理念を考えたり経営計画を練ったりする実践形式で行っています。それまで行動計画管理表を作ってもなかなか実行できなかった社長が大きく変わってきています。
もちろんそれまでも毎月の巡回監査を通じて指導したり、「TKC経営支援セミナー」なども開催していたのですが、セミナーのような大人数相手の講義だとどうしても社長の本気度が低くなることは否めません。
その点「経営者塾」は、他の社長が真剣に取り組んでいる姿をすぐ近くで見るからか非常に刺激になるようです。しかもみんなの前で「次回までにこれを実行します」と宣言するので、社長も本気にならざるを得ないのでしょう。
──具体的には、社長の行動がどのように変わったのでしょうか。
「経営者塾」では、少人数で密度の濃い講義が行われている。
浅野 講義の中で「毎月の業績を社員にも公表すべき」と話をしたところ、ある社長は公表のために財務の健全化に一層取り組むようになりました。
また他の社長は、それまで1年以上も計画倒れになっていた営業DMの発送に着手し顧客のリストアップをはじめるなど、非常に反応が早かったです。
日本の中小企業政策でも、中小企業が厳しい内外環境を勝ち抜いていってもらいたいという方向性が明確に示されている中で、TKC会計人にも、経営者の皆さんに自立的かつ自律的に行動していただく必要性に気付いていただくための「ビジネスドクター」としての役割が求められていると思います。「経営者塾」での社長たちの変化を見て、やはり私たちTKC会計人がやらなければならないことは多いのだと感じました。
──他に、経営助言の際に工夫されていることはありますか。
浅野 税理士は数字を見て経営状態を判断し、適切な助言をすることができますが、具体的な改善策についてはその業種のプロである社長の方が実際のところ詳しいのが真実だと思います。ですので、そこまで踏み込んでアドバイスする場合は、言い方に気を付けるようにしています。
例えば、ある飲食店の関与先がビルの地下にあり場所が分かりにくかったので、何か工夫をしないと誰も入りそうにありませんでした。そこで頭ごなしに「指導」するのではなく一消費者の視点で「歩道から入り口が分かりにくいようですが、社長さんはお客様を誘導するためにどのようなことをやるつもりですか?」と遠回しにアドバイスをすることで、社長自身に気づいてもらえたという経験がありました。直接「看板を置いたらどうですか」と言ったら、「そんなことわかっているよ」と反発されていたかもしれません(笑)。
飛び込み営業やITを駆使し常に新規関与先候補を開拓
──金融機関のご出身ということで資金繰りや融資に関する知識が強みの一つとなっていると思うのですが、その点はいかがですか。
浅野 確かに銀行時代の経験が活かされることはあって、例えば融資の際に銀行の担当者が経営者のどんなところを見ているのかが分かりますから、資料も準備しやすいです。あるいは「10年以内に債務超過を脱することを目標にして、改善行動を盛り込んだ経営計画にすれば格付けが上がりますよ」などとアドバイスをしています。
また融資を申込む際には、一行だけでなくもう一行にも声をかけて少しでも有利な条件を引き出すなど、昔自分がされていたような駆け引きをすればいいので(笑)、特に創業社長などと一緒に交渉に行くと非常に喜んでもらえます。
──では逆に、事務所経営において最もご苦労されていることは何でしょうか。
浅野 やはり関与先の拡大でしょうか。普段から地銀や信金などに頻繁に足を運んだりセミナーの講師を引き受けるなどコミュニケーションを密にすることで、関与先紹介につながっています。
ただ金融機関からの紹介を待っているだけではダメなので、年に2回「お客様ご紹介キャンペーン」を実施しています。これは関与先にお客様候補を紹介してもらう取り組みで、ご紹介いただくと1000円分、顧問契約が決まると3万円分の商品券を紹介者に贈呈しています。実は普段もお客様候補を紹介いただいたときは商品券を差し上げているのですが、職員も巡回監査の度に「紹介してください」とは言えません。だから「キャンペーン」という形にして社長にお願いしやすいようにしているんです。
あとは最近Web経由の新規開拓にも力を入れ始めました。例えば専門の業者にSEO(検索エンジン最適化)を依頼し「岐阜・税理士」などのキーワードで検索したとき上位に表示されるようにしたり、事務所のフェイスブックを作成して積極的に情報発信をしています。
また開業当初は新規オープンしたコンビニや飲食店などのお店に私が飛び込み訪問をしていたのですが、最近それに職員も取り組んでくれるようになりました。タウン情報誌などで調べたり街を歩いていて見つけたらとりあえず行ってみて、先日もそうやって1件契約につながりました。
──突然訪問して契約まで話を進めるのは簡単ではないと思いますが、顧問契約のメリットをどのように説明されているのですか。
浅野 「今は10年に10%しか生き残れない時代なので、数字をしっかり見て経営に活かさないと続けられませんよ」とストレートに話します。もちろん青色申告の特典など他の様々なメリットも伝えますが、やはり一番アピールするのは「しっかり数字を見て経営すれば業績が伸びる」ということですね。
──飛び込みなど地道な方法からITの活用まで、様々な工夫をされていることがよくわかりました。
浅野 ただ案件は多くても実際に契約につながるのは年間10件弱と厳しい状況です。私の事務所は新規契約の際は自計化システムの導入が前提なので、それを受け入れてもらえないという理由で契約を断らざるを得ないことが多いからです。職員もFX2に慣れていますし今から記帳代行に逆行も当然できないので泣く泣く諦めます(笑)。
また顧問料についても最近は金額を重視される社長も多いですね。当事務所も特別高いわけではないのですが、やはり月次巡回監査が前提だと月1万円では受けられません。
もちろん何もしなければ廃業・倒産で関与先は減っていく一方なので、今後も引き続き関与先拡大には力を入れていきたいと思っています。
財務経営力の強化を支援できる税理士事務所でありたい
──事務所ホームページに「少しずつやりたかった仕事ができるようになってきた」と書かれていますが、どのような点でそうお感じになっているのですか。
来客時には職員さんが笑顔で出迎える
浅野 先ほど申し上げた通り「お客様の親身なパートナー」になることを目標にしているのですが、これまではそうした理念が、私を含めて全職員に浸透しているとはいえない状態でした。例えば「あの社長は交際費を使いすぎる」とか「あの会社は入力が遅い」などつい思ってしまうこともありますが、そうした気持ちを抑えて前向きになる言葉をかけてあげることが本当に「親身」であるということ。毎朝事務所の経営理念を唱和したり、理念に沿った行動の事例などを繰り返し職員に伝えることで、最近は少しずつ行動に落とし込めるように変わってきたなと感じています。
また実務面では、巡回監査担当者が訪問したときに、監査を早く終わらせて社長に経営助言をする時間を増やすという目標があったのですが、それが少しずつできるようになってきました。こうして職員が育ってくれているので、今後は自分が担当している関与先もどんどん任せていきたいと思っています。
──職員さんの教育・研修では、他にどのような取り組みをされていますか。
浅野 各種研修には積極的に参加してもらっていますし「TKC巡回監査職員研修制度」の中級・上級実務試験も受験させています。因みに、昨年の試験では1名が上級試験に合格しました。
また現在3名の職員が税理士資格取得に向け専門学校や通信教育で勉強中なので、残業を少なくするなど事務所としても協力体制をとっています。合格した暁には税理士法人化したいと考えているので、成果が出るのを楽しみにしています。
──資産税・医業分野にも力を入れているそうですね。
浅野 一般企業と同様、会計事務所も強みがないと生き残りが難しい時代なので、事務所の得意分野を持つことは重要だと考えています。
資産税についてはこれまで信託銀行時代の知識や、同期からの紹介もあり件数をこなしてきたので、そうした強みをもっとアピールしていきたいですし、医業関係は歯医者に専門特化しているので、歯医者さん向けのセミナーなどを開催し今後一層の拡大につなげたいと思っています。
──最後に、今後の目標をお聞かせください。
浅野 もっと関与先の「業績改善」に強くなることが目標です。もちろん税務もしっかりやりますが、関与先に喜んでもらうにはこれが一番効果的です。中小企業庁や金融庁が求めている「中小企業の財務経営力の強化を支援できる税理士事務所」でありたいと思っています。
また年に一人職員を採用できるくらい関与先を増やし、事務所を大きく成長させたいと思っています。
(TKC出版 村井剛大)
大学卒業後、4年間の信託銀行勤務を経て地元の岐阜県に戻り、会計事務所に入所。平成13年TKC入会と同時に開業。現在中部会創業・経営革新支援委員長を務める。40歳。
浅野雅大税理士事務所
関与先95件(法人56社・個人39名)、職員6名、
翌月巡回監査率100%、FX2他自計化導入65件
住所:岐阜県本巣郡北方町曲路3-46
電話:058-320-3101
(会報『TKC』平成24年5月号より転載)