独立開業
社長が経営の改善点を語りだす『BAST』と「5か年シミュレーション」の徹底活用
松岡会計事務所 松岡 茂(北陸会福井県支部)
松岡 茂会員
「巡回監査とKFSで関与先の問題点を解決したい」との思いから独立開業し、TKCに入会した松岡茂会員。開業10年が経った今、『BAST(TKC経営指標)』と継続MASの「5か年シミュレーション」機能をフル活用し、関与先経営者との対話を重視した経営改善計画の策定支援に全力を傾けている。
記帳代行業務に悩む日々
「KFSの仕事がしたい」とTKCに入会
──税理士を目指したきっかけをお聞かせいただけますか。
松岡 高校3年生のときの国立大学共通1次試験(現センター試験)直前までは、体育教師になろうと思っていました。しかし、ある教師とケンカをしたことがきっかけで、その人と同じ職業に就くことがいやになったのです。そこで別の仕事を探し、科目ごとの合格で働きながら受験できることと、地元福井で開業できることが決め手となり、税理士を目指しました。
その後上京し、昼間はOA機器販売メーカーのサラリーマンをしながら、夜は東京都立大学(現首都大学東京)の夜間学部に通う生活を続けました。大学時代に2科目を取り、卒業後は福井に帰って会計事務所で働きました。念願の会計事務所勤務でしたが、仕事は記帳代行がメインで生産性が低く、担当先の納税意識にも問題がありました。この仕事自体に疑問を感じ、複雑な心境のまま淡々と業務をこなす日々が続きました。
──平成11年3月にTKCに入会されていますが、その経緯は?
松岡 税理士試験に合格し、幼なじみの税理士に挨拶に行ったことが転機となりました。仕事の悩みを打ち明けると、その幼なじみは「TKC会員の自分はそんな仕事はしていない」と、えらいかっこいいことを言うわけです(笑)。その日のうちに、静岡会の坂本孝司先生の事務所見学会を紹介してくれました。
見学会当日、坂本先生からお聞きした記帳や会計の意義、TKC全国会の取り組みは私にとって本当に新鮮でした。特に巡回監査、KFSと、これまでの仕事とのあまりの違いに衝撃を受け、「この仕事がしたい。KFSでお客様を支援したい」と心に火がつき、独立開業とTKC入会を決意したのです。
──開業から10年経ちましたが、事務所経営はいかがですか。
業績検討会ルームなども備えている
3階建ての松岡会計の事務所
松岡 TKC全国会の施策をそのまま事務所方針に取り入れています。KFSをすれば関与先が抱える問題を解決できるし、書面添付と「記帳適時性証明書」をセットにすれば決算書の証明力が高まるなど、事務所経営にとってよい循環が生まれるからです。
また何も手を打たないと関与先が減少していく時代なので、関与先拡大にも力を入れています。以前は金融機関への営業は私だけでしたが、昨年から全員が営業することを事務所の行動計画に盛り込みました。毎月の会議で、金融機関の担当者に会えたか、どんな内容の話をしたかなど実施状況を確認しています。この取り組みを始めてから、少しずつ金融機関からの紹介が増えてきています。
──関与先の特徴を教えてください。
松岡 福井の地場産業は主に繊維と眼鏡ですが、関与先の業種に偏りはなく、製造業、サービス業などさまざまです。老舗と言われる企業もあまりなく、30代、40代の経営者が多いです。
『BAST』のデータをもとにした経営者との対話で改善点が明らかに
──松岡先生は経営改善支援に積極的に取り組まれていると伺っております。
松岡 このように経営環境が厳しいときは、黒字決算支援に力を入れなければ、関与先の満足度も高まりません。黒字決算割合を向上させるように、今年度の事務所の基本方針に「必要利益を満たす経営計画の策定支援」を掲げました。
私の事務所では関与先の経営改善支援に『BAST』を最大限活用しています。『BAST』で同業者比較を行い、他社よりも限界利益率が低い点や労働分配率が高すぎる点などを指摘すれば、経営者にその原因を考えてもらえるからです。
──具体的な事例はありますか。
松岡 昨年のケースですが、ある食品卸業の経営者に「同業他社はこれだけ高く売っているのに、なぜ社長はこんなに安く売っているのですか」と投げかけました。経営者がその原因を考えたところ、重複した仕入れで廃棄や多額の冷蔵費が生じており、コスト回収のため安売りに走っていたことが判明しました。次にそれをなくすための仕組みを経営者と一緒に考え、在庫金額や変動比率で検証し、効果を確かめると、在庫、廃棄、冷蔵費は大幅に減り、安売りをせずにすむようになりました。
──『BAST』のデータをもとに、経営者と「やりとり」ができるのですね。
松岡 そうです。さらに『BAST』の数値と比較したところ、利益率が著しく低い取引先がありました。売り上げの減少と限界利益率の変化を試算した上で取引を停止した結果、売り上げは減少したものの限界利益率はさほど下がらずに、そこにかけていた人件費、消耗品費などが大きく減少し、経営効率が非常に良くなりました。この食品卸業の関与先は来年には黒字化できそうです。
何と言っても『BAST』は全国の同業者の実際の数値ですから「説得力」が違う。経営者が関心を示します。新規関与先に初めて会うときも必ず『BAST』のデータを持参していますが、価値あるこのデータを使わない手はありません。
継続MASで経営者の考えを数値に置きかえてシミュレーション
──継続MASを使ってどのように経営改善計画を策定されていますか。
松岡 関与先が新たな融資を受けるときなど、何かあるごとに継続MASの5か年シミュレーション機能を使っています。たとえば設備投資を行うときに、①自己資金が100%の場合②50%の場合③3分の1の場合④全てを借り入れる場合など、パターンごとにシミュレーションできます。その過程で「やはり借りないほうがいい」などのやりとりもでき、経営者の意思決定に大いに役立ちます。
実際、倒産を考えていた企業のシミュレーションをして、経営改善計画を経営者と一緒に作っていくうちに、先の見通しが出てきて再建に至ったこともあります。シミュレーションは経営者に気づきを与え、金融機関と話すよい材料にもなっています。
──経営改善計画策定で留意されている点は?
松岡 経営者の仮説がない計画では意味がないので、自社を一番よく知っている経営者自身の頭で改善に向けた原因を考え、対策を講じることが大切です。そのためにSWOT分析などを用いながら、「経営者の得意なことで力を発揮できる計画」とすることもポイントだと思います。
また金融円滑化法で不良債権にされないようにするためだけの経営改善計画では、私たち税理士の存在意義はありません。その点からも、継続MASを活用して経営者の考えを実際の数値に置き換えてシミュレーションし、確認しています。
──継続MASを使った業績検討会を全関与先に実施しているそうですね。
松岡 3か月に1度の業績検討会では、経営者と私、巡回監査担当者が出席し、行動計画のない関与先には行動計画を作り、行動計画がある関与先には検証と対策を行っています。業績検討会でも意識しているのは、経営者がたくさん話してくれるように「どうして?」「なぜ?」と徹底して聞き続けることです。
──計画の進捗管理はどのように行っていますか。
松岡 仮説と実際の行動の結果を巡回監査で検証し、PDCAサイクルを回しています。また「社長ファイル」の行動計画に、経営者に「10件以上営業に行く」「重複する発注はしない」などと書いてもらい、巡回監査でその計画の実行の有無を必ず聞き取りし、確認のサインをもらっています。計画どおりでないときはその理由を尋ねて新たな行動計画として加えてもらいます。計画どおりのときは褒めて差しあげることも大事で、私たちが思う以上に、それを励みに感じてくれる経営者がたくさんいます。はじめは経営計画に関心がなかった経営者が、明確な目標が決まればそれに向かって頑張る。やはり計画の策定は大事です。
顧問契約はFX2導入が前提
よいサービスを自信を持ってすすめる
──翌月巡回監査率は95%と伺っておりますが、所内体制についてお聞かせいただけますか。
松岡 巡回監査は巡回監査支援システムを利用し、巡回監査後、担当者と「監査後検討会」を個別に行い、次回の巡回監査時のチェックポイントなどを伝えています。確認・訂正が必要な事項があれば支援システムに入力し、実際に翌月にどうしたかを提出させ、承認するという流れです。
巡回監査体制構築にはFX2による自計化も欠かせないと考えています。私の事務所では顧問契約はFX2導入が前提です。FX2のメリットを顧問契約時にしっかり説明し、「FX2を使いますか?使いませんか?」ではなく、「当事務所はFX2を使ってご支援いたします」と伝えています。選択肢があるとお客様も迷うので、良いと思うサービスを自信をもって勧めています。
他社システム併用だと、継続MASとも連動しないし、一気通貫になりません。事務所経営の観点からも、職員のことを考えても、システムは一本化したほうがいい。また記帳代行は人の日記を他人がつけるようなもので、関与先にとって全く無意味なことと考えています。
──職員錬成も重要になるでしょうね。
松岡 20代前半から30代前半の比較的若い職員が中心なので、TKCの初級・中級職員試験や、職員研修に全員を参加させて、スキルアップを図っています。木部という職員は昨年、継続MASシステム専任講師を務めました。
また1週2点改善運動をしており、「研修会では最前列で受講する」「挨拶をしっかりする」などの改善テーマが聞かれます。この運動を通じて前向きな意識を養っていければよいと思います。
継続MASをフル活用して関与先の経営改善支援に
全力を尽くしている松岡会計の皆さん
「巡回監査とKFSのワンセット」提供で地域の企業を1社でも多く元気にしたい
──TKC福井県支部創業・経営革新支援委員長として「Fおこしの会」という勉強会を主催されていますね。
松岡 「Fおこしの会」は熱いですよ。昨年からテーマを継続MAS一本に絞り、2か月に1回、30人くらいが参加し、計画策定における社長とのやりとり、策定後の金融機関との交渉、借り換えする際の金融機関や保証協会とのやりとりなど、実際に行ったことを事例発表しています。継続MASを使ったことのない職員は、まず1件やってみて、その結果を発表することにしています。
──非常に実践的ですね。
松岡 そうなんです。これほど実務的な研修はないと自負しています。この研修で学んだことを事務所に戻って情報を共有すればノウハウも蓄積されます。その積み重ねによって福井の企業が1社でも多く元気になることを願っています。
──今後の抱負をお聞かせください。
松岡 いくら精度の高い巡回監査を行って正確な月次決算ができても、比較目標とする計画がなければその効果はありません。逆に計画があっても、それを検証する月次決算ができなければ対策が検討できない。つまり巡回監査、FX2、継続MAS、書面添付、そのどれが欠けても関与先に十分なサービスを提供できないと思うのです。私はこの仕事がしたくてTKCに入りましたから、今後もKFSを「ワンセット」で提供し、例外なく誠実にやっていくつもりです。
(TKC出版 清水公一朗)
平成11年3月TKC入会、12年4月開業。所員数5名。関与先数約65件。現在TKC北陸会福井県支部創業・経営革新支援委員長。40歳。
松岡会計事務所
住所:福井市宝永1-37-17 吉田ビル
電話:0776(25)7311
(会報『TKC』平成23年5月号より転載)