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市場規模が小さく、競争も激しくないニッチ市場。大手企業が参入する可能性も低いため、中小企業でもオンリーワンの事業を創出することができる。ニッチ市場に狙いを定め業績を伸ばしている中小企業の事例を取り上げる。

プロフィール
くまがい・りょうじ●長期間性能を保持する防錆塗料など、特殊塗料の製造、卸、販売、施工まで手掛ける会社を設立。その後バッテリーのリサイクル事業、輸入塗料の販売、米国輸入雑貨の販売など4社を立ち上げグループ化、2022年の9月に地元企業に一括売却した。30年以上にわたりオンリーワンかつニッチな新規事業を提供し続けてきたノウハウを広めるため、現在は株式会社オービット代表取締役の肩書で経営・営業コンサルタントとして活動。

中小企業が小さな市場でオンリーワンの存在になるポイントは何か。『競争しないから儲かる! ニッチな新規事業の教科書 小さな井戸の金のカエルになる方法』(すばる舎)の著者である熊谷亮二氏が、アイデア出しのコツや組織づくりの考え方などを解説する。

ニッチを狙え!

 ニッチという言葉は、もともと玄関の壁などで花瓶などを置くために少しくぼんでいるスペースのことを指す建築用語です。それを米国の経営学者フィリップ・コトラーが「より小規模で特定化されたセグメント」と再定義し、特定のニーズや小規模な市場に向けて製品やサービスを提供し、顧客をつかむ戦略が「ニッチマーケティング」と呼ばれるようになりました。競合が少ないニッチ市場で高シェアを獲得できれば、中小企業でも高い利益率を上げることができます。

 ニッチ市場で新規事業をゼロベースから立ち上げるときの心構えで必要なのは、通常の「PDCAサイクル」が通用しない場合が多いことを意識することです。ゼロから事業を立ち上げる計画はそう立てられるものではありません。それよりは自分が考えたアイデアをもとに、とにかく動いてみる。動くことによってサイクルを回し、チェックと改善を経てはじめて計画作成の段階にいくわけです。というのも、最初からしっかり計画を作り込もうとすると、社内からネガティブな意見が発生するなど計画の段階でとん挫することが少なくないからです。まずは行動し、行動しながら積極的に情報収集をし、臨機応変に製品のコンセプト等を変えていく柔軟性が大切です。

 この「Do」から始める「DCAサイクル」に取り組むときには、経営学の世界で最近浸透してきた「エフェクチュエーション」という考え方が参考になります。インド人経営学者サラス・サラスバシーが、著書『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』の中で提唱した理論で、予測や計画から行動を起こすのではなく、今もっている資源(自分の知識や能力、経験、人脈など)を最大限に生かして結果を出していくアプローチの方法を指します。現代のように将来の予想が極めて難しい「VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代」に適している手法だと思います。

日常の違和感を大切にする

 ではニッチ製品を成功に導くアイデアはどのように生み出せばよいのでしょうか。アイデアは特別な人だけではなく、誰にでもひらめくものですが、それには普段から常に探し求め潜在意識にプレッシャーをかけておくことが必要です。その際、次の8つの習慣を身に付けるとよいでしょう。

  1. 常に課題について考え続ける
  2. 疑問や驚きの理由を真剣に考える
  3. 多くの体験をする
  4. 何にでも疑問をもってその場で聞くようにする
  5. なぜここに?なんのために?と考える
  6. なぜ安い?と考える
  7. 色や形に疑問を持つ
  8. 常識や慣習、ルールを疑ってみる

 これらのポイントに共通するのは、「日常生活の違和感を大切にする」「人があまり注目しないことに注目してみる」ことです。きれいな山の景色ひとつとっても、目的が違えば見えるものも違います。ある人は木を見ていて、また別の人は鳥を探しているかもしれません。変わった人は電線がどのように引かれているかを確かめているでしょう。そうした視線で日常を送ることで、人と同じ考えしか浮かんでこない状態に陥ることを避けるようにしましょう。

 中小企業がニッチ商品で競争に勝つためにまず心得ていただきたいのは、値引きをしなければならないような商品は最初から取り扱わないことです。価格競争には絶対加わってはいけません。薄利多売は大手企業だからこそ成り立つビジネスモデルで、中小企業は常に高い利益率を意識する必要があります。個人であれば高所得者層、企業であれば資金的に余裕のある会社をターゲットにし、たとえ100人が振り向かなくても、お金を持っている10人に刺さるような商品を考えることが大切です。私の経験から言えば、競合商品や相場の価格などを考慮し売価を算出した結果、利益率が3割以下の場合は計画を断念した方が賢明だと思います。

 またニッチ戦略を計画している業界の将来性について、事前によく確認しておくことも必要です。斜陽産業には絶対入ってはいけません。「残り物には福がある」という考え方もありますが、市場全体のパイが縮小している産業では苦労が報われない可能性は極めて高いでしょう。いずれにしろ中小企業が勝負に勝つためには、ナンバーワンではなくオンリーワンを目指す「戦わずして勝つ」戦略が最善の策になります。

 オンリーワンのニッチ戦略を成功させるのに一番シンプルな方法は、まだ日本には存在しない商品を生産している海外メーカーと日本での独占販売契約を結んで販売するやり方です。またメーカーであれば、すでに存在する複数のものの新たな組み合わせでニッチ商品を生み出すことができます。かつて私は、ゴムシートの上にステンレス板をとりつけた「ラスタッフ1600」という特許取得商品で文部科学大臣賞を受賞したことがあります。プラント設備で配管と架台が接触する部分に挟んで接点の腐食を防ぐための部品ですが、年間2億円の売り上げを記録したこともあり、ヒット製品になりました。世にある発明品は、だいたいすでに「あるもの」と「あるもの」を組み合わせたものであるということを意識してください。

適材適所の人員配置を

 ニッチ商品を生み出すための社内コミュニケーションのあり方や組織作りについても簡単に触れておきましょう。ニッチ商品のアイデアを出すためには、社長1人や少人数の幹部の力に依存するのではなく、できるだけ多くの社員の意見を聞く機会を設けるのがよいでしょう。お茶やお菓子をつまみながら、ワイワイガヤガヤ自由に意見を言い合えるリラックスした場では、思いもよらないアイデアが出ることがあります。そうしたアイデア出しの場では、①年齢性別の異なる多彩な人を集める②他人のアイデアを否定しない③どんなアイデアも受け入れる④複数のアイデアを掛け合わせてふくらませる⑤時間は1時間以内⑥テーマ以外の内容も記録する──などがポイントになります。

 私は会社組織には①既存事業を行う部隊②10から100を作る部隊③ゼロから1を作り10までもっていく部隊の3つがあると役割分担がはっきりすると思っています。さらにニッチ商品を開発する際には、③を1グループ(アイデアマン)、2グループ(試作班)、3グループ(実行・販売班)の3グループに分け、従業員の性格や得意/不得意に応じて適切に配置するとよいでしょう。小さな会社では1~3グループをすべて社長が行うこともあり、また2、3グループを外注に出すこともあります。いずれにせよ適材適所の人員配置で得意分野に集中してもらうことが大切です。販売の道筋がある程度ついた段階で①、②の既存事業部隊に業務を移管し、部隊③は次々に新たな商品開発にとりかかっていくのが理想です。

新製品開発は特許取得を前提に

 知財戦略も重要です。製品やサービスをつくってから特許を取得するかどうか検討するのでは遅いと考えてください。企画段階から弁理士に相談をし、最初から特許取得を前提として商品化したほうが、競争壁を着実に高めることができるからです。特許の取得は営業活動の際にも有力なアピールポイントになります。

 私がかつていた塗料業界では、少し材料の配合を変えただけで類似品を出すことが可能なので、あまり特許が意味をなさない場合もありました。そうしたケースでは、あえて特許をとらずに分析が難しい添加剤などを加えて素材の「ブラックボックス化」を狙うこともあります。ただしそうした手法をとるにも、弁理士など専門家の意見に基づいて行うことが必要です。

 2023年、佐渡島の金山が世界遺産に登録される少し前に、金のカエルが発見されたというニュースがありました。このニュースを聞いたときに、ニッチ市場で新規事業を成功させる中小企業のイメージとして、金のカエルがぴったりだと感じました。井の中の蛙ということわざがありますが、狭い井戸の中でも普通の緑色のカエルではなく、オンリーワンの金のカエルを目指せばいいのです。

 巨大企業のクジラが活動している大海原に中小企業のカエルが出て行っても、まず勝負になりません。体の大きなクジラが入ってくることができない小さな井戸のなかで勝ち抜く戦略を考えてください。

(協力・税理士法人白山コンサルティング)

掲載:『戦略経営者』2025年3月号