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団塊世代の800万人全員が75歳以上の後期高齢者となる2025年。仕事をしつつ家族を介護する「ビジネスケアラー」の増加が懸念される。仕事と介護を両立できる職場づくりにいち早く着手した企業の取り組みをレポートする。

プロフィール
こだいら・あらた●慶応義塾大学環境情報学部卒。1996年より株式会社日経BPで13年間編集記者として携わる。2009年フリービット株式会社に移り、BtoB、toC向け商材企画開発に従事。18年前身の株式会社リクシスに第1号社員として入社。企画部長として内部管理体制整備、資金調達、事業開発などを担当。24年より現職。
介護を支援する職場づくり

 高齢社会の進展にともない、家族の介護に直面するビジネスパーソンが増えている。

 経済産業省が今年3月に公表した「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」によると、働きながら介護に携わる「ビジネスケアラー」は45歳以降、急激に増加(『戦略経営者』2024年11月号 P9図表1)。2030年には、家族を介護する833万人のうち約4割の318万人に達する見込みだ。また、仕事と介護の両立困難による労働生産性の低下や介護離職にともなう労働損失額などを合計した経済損失額は、9兆円にのぼると試算されている。

「人材不足が加速するなか、ビジネスケアラー支援は企業にとって避けて通れない経営課題となっています」

 こう強調するのは、仕事と介護の両立支援(以下、両立支援)を図るサービスを提供するチェンジウェーブグループ取締役の小平新さん。前身のリクシスで事業を開始した18年当時、両立支援を喫緊の課題ととらえる経営者は少数にとどまっていたが、近年風向きは変わりつつあるという。

「コロナ禍で親の体調を気遣う機会が増え、介護という問題が一段と身近に感じられるようになったのも背景にあると思います。何より大きいのは、『経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太方針)』にビジネスケアラー支援を盛り込むなど、政府が両立支援に本腰を入れはじめたことです」(小平さん)

 育児・介護休業法が改正され、来年4月1日以降、段階的に施行されるほか(詳細は「改正育児・介護休業法のポイント」)、経産省は両立支援に関する経営者向けガイドラインを公表。「令和5年度健康経営度調査」には両立支援に関する設問が追加された。

 各地の自治体でも両立支援に向けた施策が相次ぐ。北海道や栃木県、埼玉県、神奈川県などがケアラー支援のポータルサイトを開設し、山梨県ではケアラーの本格的な実態調査に向け、9月に補正予算が計上された。

有休では回らなくなる

 このように政府、自治体レベルで活発化している両立支援の動きのなか、前述した経産省公表のガイドラインでは、企業がとるべき両立支援策を3段階で提示している(『戦略経営者』2024年11月号 P10図表2)。

 最初のステップは「経営層のコミットメント」。経営者自身が介護の実情と企業活動への影響を知る必要がある。そのためには、家族の介護と仕事を両立させているビジネスパーソンの体験談を聞くのも有効だろう。

 例えば、チェンジウェーブグループでは「全国ビジネスケアラー会議」をオンライン形式で開催している。小平さんは、ビジネスケアラーを取り巻く課題を把握したうえで、経営者は両立支援のメッセージを出すべきと唱える。

「全国ビジネスケアラー会議では介護に詳しい専門家を招いて、両立支援策のヒントとなる情報を提供しています。会員登録後に無料で参加でき、過去の会議動画もウェブサイトで公開しています」

 次のステップは「実態の把握と対応」である。従業員との面談やアンケート調査により、家族の介護状況の確認を行う。従業員が抱えている介護の実態は、育児と比べてつかみづらい。

 大半のビジネスパーソンは、自分が介護を抱えていると知られたくないため、家族が要介護状態になったとき有給休暇を取得して対処しようとする、というのが小平さんの見立てだ。

「1人の親の介護なら有給休暇で何とかこなせても、2人、3人……と増えていくと対応できなくなるのは明らかです。年を重ねれば、配偶者や自身の健康に気を配る必要もあります」

 育児の場合、発熱等で周囲が頻繁にサポートする機会があっても、いずれ手はかからなくなるという見通しがつく。ところが介護となると、同じ年齢でも認知症のケアが必要な人がいれば、海外旅行に出かけられるほど元気な人もいるといったように「老い」については個人差が大きいのだ。

 チェンジウェーブグループは、ビジネスパーソンの両立支援を促進するツールの開発にあたり、中小企業経営者を対象に従業員家族の介護状況を尋ねるアンケート調査を行った。従業員の家族構成や年齢を熟知している経営者がいる一方、介護状況を確認しづらいと回答する経営者も散見された。

 何かにつけてハラスメントと指摘されるご時世、従業員のプライバシーに関わる質問は慎重に行うべきだが「1on1ミーティング等を活用して、会社として家族の方の介護を今後支援していく方針ですが何か聞きたいことはありますか、などと問いかけてみるとよいでしょう」と小平さんはアドバイスする。

活用したい公的サポート

 従業員家族の介護状況を尋ねると、親の体調に不安を感じるもののどう備えたらよいかわからない、という声が挙がるだろう。そうした場合に周知しておきたいのが「地域包括支援センター」の存在。同センターは高齢者の介護全般の相談に応じてもらえる公的機関である。名称は地域によって異なり、だいたい中学校学区につき1カ所を目安に設置されている。

「遠方で暮らす高齢の親がいる従業員には、管轄の支援センターに連絡し、親の自宅住所をあらかじめ知らせるよう勧めてください。支援センターに連絡するのはまだ早いと感じるなら、支援センターの電話番号を調べて控えておくだけでも安心です」(小平さん)

 そして最後のステップは「情報発信」。従業員家族の介護状況を把握できたら、介護リテラシーの向上や両立支援促進につながる研修を実施する。両立支援に精通した外部講師によるセミナーを定期的に開催したり、介護関連の法令改正時には情報をタイムリーに発信できると良い。

「私たちは、仕事と介護の両立に関するさまざまな情報を集約したウェブサイト『ライフサポートナビ』を運営しています。いま、いち推しなのが、サポナビQAというコーナー。ビジネスケアラーの方からの相談に対する専門家の回答が掲載されているので、役立つと思います」(同)

 介護ヘルパーなどを活用して遠方で暮らす親の面倒を見つつ、仕事を両立させているビジネスパーソンは少なくない、と話す小平さん。介護が必要な家族が快適に暮らせる環境を整えるのも、孝行のひとつの形といえよう。30年には、国内人口の3人に1人が65歳以上になると予測されている。求められているのは、仕事を取るか、介護を取るかの二者択一の考え方ではなく、介護を誰にでも起こりうるライフイベントととらえ、両立を図る仕組みづくりだ。

 小平さんは訴える。

「中小企業における両立支援の出発点は、経営者自身のコミットメントです。経営者が介護問題を置き去りにしない姿勢を示せば、家族の介護状況を開示しやすい雰囲気を醸成できる。両立支援の風土づくりに率先して取り組む企業が今後、働く場として選ばれるようになるのではないでしょうか」

(構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2024年11月号