特集

米国の歴史に学ぶ、税理士と金融機関との 「顔の見える関係」醸成のプロセス

いつの時代も中小企業金融のカウンターパートは地域金融機関

TKC全国会会長 坂本孝司

 TKC全国会会長 坂本孝司

 昨年4月に、金融庁による「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(経営者保証に依存しない融資慣行の確立)が適用開始され、1年余りが経ちました。この間、TKCの各地域会・支部では、地域金融機関が改正監督指針に適切に対応できるように「トップ対談」あるいは「実務者協議」等を展開し、金融機関との「顔の見える関係」構築に向けた取り組みが着実に進められ、一定の成果がみられています。

 その一方で、地域によっては、金融機関との連携において手応えが感じられない、あるいは期待するような進展がみられないと感じるケースも少なくないと思われます。それは具体的には、税理士が税務・会計・保証・経営助言業務(税理士の4大業務)の全てを「独立した公正な立場」で行っていることへの理解が浸透しておらず、税理士による書面添付(保証業務)やTKCモニタリング情報サービス(MIS)あるいは中小会計要領チェックリスト、さらに認定経営革新等支援機関制度(認定支援機関制度)や会計参与制度など、我々の業務への理解が十分に行き届いていないからではないでしょうか。

 しかし声を大にして申し上げたいのは、「ここが我慢のしどころである」ということです。

 というのは、現在、税理士と金融機関とが相互補完、相互依存の関係にある他の先進自由主義諸国においても、決して最初から両者の信頼関係が築かれていたわけではないからです。はじめは水と油ともいえる関係の中、不断の努力で相互理解を進め、強固な連携が図られていきました。

 わが国の中小企業金融における税理士のカウンターパートは地域金融機関であり、この関係は今後100年経っても変わらないはずです。とすれば他国の歴史をみれば明らかなように、中小企業支援という共通の目的を持つ両者が相互の業務の理解を深め、信頼関係を築いていかない限り、現状からの進展はみられません。

 そこで今回、米国での会計士による保証業務の実態とその歴史、金融機関との関係の歴史的変遷について、拙著『職業会計人の独立性──アメリカにおける独立性概念の生成と展開』(2022年、TKC出版)に収録した代表的な文献を検証して、我々の運動の位置づけをあらためて整理したいと思います。

米国における会計人と金融機関との関係(1900年代、1960年代)

1900年代初頭

「銀行間の激しい貸出競争」と「会計士による監査証明に対する銀行側の不信」が「銀行のための信用監査」の一般化を妨げた

 1900年代初頭は、まだ会計士という仕事の定義やイメージが確立されていませんでした。『監査論』で有名なR・H・モンゴメリーは、公認会計士の前身である公共会計士(public accountant)の当時の社会的評価について、「世間では、公共会計士は仕事のない簿記係であり、飲んだくれだと思われている」と述べています(1)。独立した会計プロフェッションとは程遠いイメージであったことがうかがえます。

 そういう中で、一つの重要な出来事があります。端的に言うと、1914年、連邦準備法において、5,000ドル以上の手形借入を行おうとする企業は銀行に財務諸表を提出しなければならない旨が定められました(2)。それを受け、1915年、J・E・マスターという公認会計士がマサチューセッツ州のボストン信用供与者協会(Boston Credit Men's Association)において「信用の基礎としての財務諸表(Financial Statements as a Basis of Credit)」と題する講演を行い、信用供与者に向かって「信用の基礎としての財務諸表」と「独立した監査証明」の必要性を強調したのです(The Journal of Accountancy:1915年5月号に掲載)。信用供与者協会とは、金融機関や信用調査会社などにおいて融資審査や信用調査を行う者等によって構成された団体であると考えられます。

 皆さま、信用供与者協会は、貸出を支援し、この問題(不正確かつ誤解を招く財務諸表=筆者注)に対して圧力をかけることさえできる、特別な立場にあります(3)
 ここで、私は、会計プロフェッションこそが、財務諸表をより有益で信頼できるように(trustworthy)支援するための最適な立場にいるということを申し上げたいのです。特に、信用目的のために提出される財務諸表の適切な形式と内容を確保するためのわれわれの努力に関して、皆さまのご支援とご協力をいただきたいと存じます(4)

「信用の基礎としての財務諸表」と「独立した監査証明」の必要性を法律の仕組みとして初めて求めた点は歴史的に重要です。ただし、この「銀行のための信用監査(credit audit)」は、その必要性は叫ばれながらも、結果的に一般化されませんでした。

 会計監査の歴史は、イギリスで育成した精密監査(detailed audit)が、1880年代にアメリカに導入されて20世紀初頭の貸借対照表監査を生み、1929年に始まる株式恐慌を直接の要因として財務諸表監査へと変貌したというのが大きな流れです。そして日本の通説では「貸借対照表監査は、およそ1900年代から1930年代初めまでのアメリカにおいて、銀行が短期融資を求める者の返済能力または財政状態を判定するために、公共会計士(public accountant)による監査証明を添付した貸借対照表を提出することを要請したことにより発達したもので、銀行のための信用監査である(中略=筆者)。アメリカの会計職業は、この信用監査により発展した」とされています(5)

 わが国におけるこの「通説」に対して、金融庁公認会計士・監査審査会会長を務められた千代田邦夫立命館大学名誉教授は、「銀行のための信用監査は、『通説』が主張するほど一般化されてはいなかった」「信用監査の展開は1920年頃までは遅々("slow progress")としていたこと、1920年代以降中小企業を中心に信用監査が徐々に進展したこと、しかし、この事実をもってしても、アメリカにおいて信用監査が『一般化した』とか『全盛期を迎えた』と見ることは困難である」「アメリカの会計職業は決して信用監査によって発展したのではない」とされました(6)。そして「アメリカ銀行協会や各州銀行協会、手形交換所協会等による公共会計士監査の要請の決議や勧告にもかかわらず、それが広く利用されなかった原因は何か」と問題提起され、次の2点を挙げています(7)

① 銀行間の激しい競争
 これが、銀行をして公共会計士監査の採用を借手に積極的に推し進められなかった最大の原因である。例えば、アメリカ公共会計士協会(AAPA)は、その小冊子『商業手形の受容性(The Acceptability of Commercial Paper)』において、「アメリカ銀行協会は信用を求める申請書に含まれるすべてのステートメントに公認会計士の監査を強制することに好意的な決議をしているが、これが一般的になるのを妨げている唯一の原因は銀行間の競争である」と指摘されています(銀行間の激しい貸出競争の中で、銀行は借手に対して監査済のステートメントを徴求することができず、未監査のステートメントを受理せざるを得なかったのです=筆者注)。
② 銀行側の公共会計士に対する不信
 1913年に行われた信用監査の実態調査で、次のような反対意見が見られたという。
「当銀行はこれまでの貸出で多額の損失を被ったが、これらは、公共会計士あるいは会計専門家と称する者の作成した計算書類に基づいて行われた貸出であった」「私たちの経験では、監査証明の添付された計算書類は少しも保全にならなかったということである」「私たちは、あなた方[公共会計士]よりもその価値を知っている」「私たちは公認会計士によって監査された得意先の計算書を信頼するけれども、しかし、それよりもむしろ私たち自身の検査の方を優先する」「私たちは借手の計算書類を検討する組織を有しているので、会計士による監査証明には関心がない」「会計士の監査証明が計算書類に安全性を付加するとも思わない」。
(千代田邦夫『貸借対照表監査研究』2008年、中央経済社)

 そして千代田教授は、1915年9月現在48州のうち39州が公認会計士法を有していたが、程度の低い州もあったとし、「このような無価値な(公認会計士=筆者注)証書を有する公認会計士が全体としての水準を低めてしまったことも事実である(8)」とされています。このように、「銀行間の激しい貸出競争」と「会計士による監査証明に対する銀行側の不信」が、「銀行のための信用監査」の一般化を妨げていました。かかる状況下で前述のマスター会計士による信用供与者協会での講演(1915年)が行われたのでした。

 この状況は、現在のわが国の状況と通じるものがあります。低金利下において金融機関の間での貸出競争は厳しく、また金融機関の一部には依然として、中小企業の決算書、税務申告書に対する不信感が根強く残っています。1900年代初頭の米国と酷似しているといえます。

1960年代

会計士業界と銀行業界双方による「期待ギャップ」を埋める努力で、相互依存関係を構築

 それから約50年後、1960年代の米国は、銀行業界と会計士業界との関係が大きく変わっていく激動の時代となります。

 1963年、米国では金融機関と公認会計士との間で、顧問先の財務計算処理の受託競争が激化していました。その後、1966年になり、全米銀行家協会と公認会計士協会(AICPA)とが相互依存関係を確立するに至ります。TKC全国会初代会長の飯塚毅博士はその経緯等を次のように解説するとともに、我々TKC会員に奮起を促しました。

 それは1963年のことでした。たしかR. E. Witschey会長の時代です。AICPAは、自らの手で作り上げた膨大な行動基準書の中の倫理規定とその施行規則 "Ethics, Bylaws" とを大量に印刷して、米国内の全銀行に送りつけ、この倫理規定には厳たる拘束性があることを特に書き添え、同時に会計事務所の地域別リストを同封してやったのでした。それは、米国会計人による全米銀行への静かなる反省要求と啓蒙の手段だったのです。(中略)銀行が会計人から奪った顧問先の財務に関するデータは、専門職業会計人による厳密な監査を経たものではないから、多数の誤謬を含んでおり、単に電算機を使ったという形式だけで、その実質は厳格な税務調査には堪えられない。銀行には、その取引先の財務を精細に監査するだけの人員はいないし、もちろん監査の訓練もなされていない。(中略)
 第二に、銀行は企業を外見からしか知り得ない。個別企業の内容と実態の詳細は巡回監査(米国の倫理規定ではField Auditと呼んでいる)を毎月的確に実施している職業会計人だけが知悉しているのであって、銀行にはこの能力はない。たとい銀行が融資の保証として不動産等の担保を取っていたとしても、銀行は世評を懼れて大胆な担保権の行使はしたくないはずだ。
 だとすれば銀行は、この点でも、厳格な行動基準書に準拠している職業会計人の責任ある助言に頼らざるを得なくなるはずだ。とすれば、職業会計人を銀行の被害者として位置づけるのは間違いで、職業会計人と銀行とは、相互補完の関係に立つべきものだ、ということだったのであります。
(飯塚毅『TKC会報』1977年8月号巻頭言「TKC会計人行動基準書の策定について」)

 また、1960年代における金融機関と会計士との関係についてJ・L・ケアリー氏は大著『会計プロフェッションの登場(The Rise of the Accounting Profession)』(1970年)において、次のように述べています(9)

 非公式、かつ、ひっそりと銀行家たち(bankers)は、低水準の監査についての調査も行った。一定の業務水準に達していない会計事務所をブラックリストに載せたことを事実として認めた銀行はないが、銀行家たちが慎重な影響力を行使して、借入見込みのある企業に対して、信頼性がある(be reliable)と知られている会計事務所による監査を受けるように説得したことは隠し事ではなかった(傍点は筆者)。
 ロバート・モリス協会(The Robert Morris Associates)は、絶え間なく、監査基準と監査手続に関する資料をそのメンバーに配布した。その資料では、ロバート・モリス協会と協力したAICPA(アメリカ公認会計士協会)の委員会によって、信用目的で提供された財務諸表が水準に達しているか否かを銀行家たちが判断するのに役立つパンフレットや案内用小冊子(pamphlets and brochures)の作成が奨励されていた。
 これらの共同活動は、1966年に、全国の1万5,000を超える商業銀行を代表するアメリカ銀行家協会(American Bankers Association)の提案によって、銀行家と公認会計士との全国規模の評議員会が組織化されたことを契機に広がりをみせた。評議員会はAICPAとアメリカ銀行家協会の代表者で構成され、一部はロバート・モリス協会のメンバーでもあった。当グループは、現下の相互の関心事に関する課題を審議する一連の会議をもった。そして、その結論は銀行家たちに広く配布される案内用小冊子などに掲載された。
 その第一は『監査人の報告書:その意味と重要性』に関する小冊子(booklet)であり、第二は『中長期の事業資金貸出契約における財務諸表の提供』に関するものであった。

 文中のロバート・モリス協会とは、連邦準備法が一定の借入に関して財務諸表の銀行への提出義務を定めた、1914年に設立された融資審査や信用リスク等に関する専門家組織で、金融機関およびその幹部、金融機関にサービスを提供する会計士・弁護士、大学教員などから構成されています。

 以上、諸文献が示すように、少なくとも1960年代中頃までは、日常の融資審査やモニタリング業務の際に融資先企業の財務諸表をはじめとする財務情報に触れることが多かったであろう金融機関において、会計士による監査についての「期待ギャップ」が歴然と存在していましたが、米国銀行家協会の提案を契機にしてAICPAはそのギャップを埋める努力を行っていったのです。それにより1960年代後半に金融機関と会計人の相互理解が一挙に進み、今日の関係に至りました。

「期待ギャップ」とは、社会からの監査に対する期待と、会計士による実際の監査の内容とのギャップのことです。社会は会計士監査があればあたかもその企業全てを良いと思うような面がありますが、会計士監査はあくまでもその企業の財務諸表の適正性について意見を表明することです。

 日本における中小企業金融でいえば、決算書あるいは税務申告書のユーザーである金融機関側と、税理士との間に「期待の幅」があります。米国と同様にこのギャップを埋めていくことが必要です。その方法は二つあります。一つは、個々の税理士が書面添付や中小会計要領準拠による決算書等の精度や件数を上げる努力をすること。もう一つは、まさに今TKC会員が全国で展開しているトップ対談や金融機関の幹部、中堅の方々との勉強会において書面添付や中小会計要領、同チェックリスト等の中身についてしっかり説明し、税理士がどの程度の信頼性を付与しているかを理解していただくことです。どちらかだけではなく、この二つを同時に行っていくことが重要です。

1960年代

中小企業の監査・保証は「顔の見える関係」が前提で実施されると指摘(マウツ/シャラフ『監査の哲学(The Philosophy of Auditing )』)

 1960年代の米国は激動の時代といいましたが、R・K・マウツ/H・A・シャラフの名著『監査の哲学(The Philosophy of Auditing)』が世に出た時でもありました(1961年)。この書籍は、それまで作業、技術と思われていた監査を一つの哲学であると論じ、学問的に構築した画期的な内容でした。

 その中で大手事務所と小規模事務所で異なる独立性概念について論じ、小規模事務所に関して「その依頼人のためにさまざまな業務を提供しているから、現状のまま引き続き業務を行うことを認めること」は、「いわゆる公共監査を行う小規模な会計事務所はきわめて少ないという事実を認識するからである。監査が小規模事務所によって行われる場合、その監査は、一般に銀行の要請によって行なわれ、限定された有用性しかもたない。地域の銀行は地域の会計実務家(accounting practitioners)を、しかも、そのいずれが信頼できるかを概ね知っている。われわれの見解では、何らかの方法で小規模の会計事務所が監査を行うことを制約することは、彼らの依頼人やその他の人々に業務を提供することを、より一層困難にするだけであって、そのような制約から生じる何らかの重要な見返りの利益も伴わないであろう」と結論づけています(傍点は筆者)(10)

 つまり、中小企業の監査業務については「場の条件」が異なるため、株式公開会社と同じにすべきでないと指摘しています。金融機関は地域の会計専門家をよく知っている、いわば「顔の見える関係」であるから、顔の見えない関係である投資家に対して行う監査とはその概念・内容が異なると主張したわけです。

近年の米国中小企業金融における会計と会計人の役割

 ここで、近年の米国の銀行と職業会計人業界との関係についても確認します。以下の報告があります(青木武「リレーションシップ・バンキング再考─米国の中小企業向け貸付テクノロジー─」『信金中金月報』2004年12月号、144頁)。

 多くの米銀バンカーが口をそろえて効果があるというのは、職業会計人からの紹介である。職業会計人は、企業の財務内容を見ているため、どの企業の業績が良いかをよく知っている。優良顧客を職業会計人からの紹介で得る銀行は米銀に多く、さらに職業会計人はその企業のモニタリングもしてくれる。優れた会計事務所との良好な関係はそうした二つの意味で重要となっている (傍点は筆者)(11)
(銀行は=筆者)与信額が多くなれば公認会計士の監査、少なくともレビューを求めることは当然のことである(12)

 このように米国では金融機関と職業会計人の相互補完が醸成されているわけですが、中小企業金融においてはドイツのような財務諸表の信頼性保証を義務付ける制度的な仕組みが存在していません。制定法の国であるドイツと比べ、米国はプラグマティズム(実利主義)が浸透しているので、中小企業金融における財務情報への対応も金融機関ごとに多様性があります。

 それらの状況に関するオフィシャルな資料がほとんど存在しない中で、中小企業金融公庫総合研究所による貴重な現地調査資料(大手銀行から中小銀行まで12行に対するインタビューを実施(13))によれば、日本のように中小企業を定義する中小企業基本法等が存在せず、各銀行には独自の区分による「中小企業(Small Business)」というカテゴリーがあり、その定義も一律ではないようです。例えば、年商(100万ドル以下や1,000万ドル以下など。現在の約1億5,000万円以下や約15億円以下)。融資額(100万ドル以下や180万ドル以下など。現在の約1億5,000万円以下や約2億7,000万円以下)、従業員数(500人以下)、あるいはそれらを組み合わせています。こうした区分の下で各金融機関における中小企業金融への対応を整理すると次のようになります。

  • ◎中小企業からは通常、貸借対照表、損益計算書(過去3年分)、税務申告書(過去3年分)、事業計画書(1年分)、さらに経営者の財務状況と財務書類の提出を求める。
  • ◎中小企業の財務諸表の信頼性は不十分なケースがある。
  • ◎財務諸表の信頼性が欠ける場合は、IRS(内国歳入庁)より税務申告書を取り寄せて、その整合性を確認する。これらの作業を通じて企業の財務諸表が信頼に足るものであると確認できた場合には、財務諸表は当該企業の返済能力を占める重要な書類であるので、これを精査する。
  • ◎公認会計士のレビューがない決算書は、(金融機関の)顧問の公認会計士に見てもらう。
  • ◎融資額が一定水準を超えると、会計士の監査済みの財務諸表の提出を求める。一方、中企業(Lower-Middle)、中堅企業(Middle-Market)の場合は、外部の会計士によってレビューや監査を受けている。

 ここで極めて重要なのは、銀行は「中小企業の財務諸表の信頼性を税務申告書との整合性で判断している」という点です。税務と会計が連動している日本(確定決算主義)やドイツ(基準性の原則)と異なり、税務と会計が完全分離している米国においても税務申告書を財務諸表の信頼性確認の重要な手段としているのです。

 また、融資額が「ある水準」を超えると、銀行は、公認会計士によるレビュー、監査済みの財務諸表の提出を求めます。例えば、「ある中堅銀行では、与信額が100万ドル(現在の約1億5,000万円)以上なら公認会計士によるレビュー、500万ドル(約7億5,000万円)以上なら監査を求めている(14)」との指摘がある一方で、「中企業・中堅企業の場合は、外部の会計士によってレビューや監査を受けている」とした前記の銀行の「中企業」の定義は「年商1,000万~5,000万ドル(約15億円~75億円)、平均融資額500万ドル~600万ドル(約7億5,000万円~9億円)」です。

 このように閾値(融資金額や企業規模など)は一律ではなく多様性があるものの、米国中小企業金融では、融資金額や企業規模などが「ある水準」を超えた場合に銀行は公認会計士によるレビューや監査済みの財務諸表を求めるという実態があります。わが国に置き換えてみると、米国のように約7億5,000万円あるいは9億円近い融資を受けている企業がどのくらいあるか。銀行融資を受けていない無借金経営は全体の約4割で、残りの約6割が融資を受けていますが(財務省財務総合政策研究所)、その中の1割にも満たない数ではないかと思います。

保証業務(書面添付)の実績は米国と比べても引けを取らない

 翻ってみると、今、税理士による書面添付(保証業務)はわが国300万法人中の約1割、30万社に実施されています。この数字は、米国での保証業務の実績と比べても引けを取らない状況です。書面添付は税務申告書の直接的な信頼性の保証と決算書の間接的な信頼性を担保する仕組みです。わが国においてすでに社会的インフラとして機能している点を認識した上で、より一層の拡大を目指すことが重要です。

 本来、財務書類(計算書類)に対する保証は、公認会計士(監査法人)による「正規の監査」が最も優れています。ただし、それを多くの中小企業に導入することは、以下に示す三つの制約から現実的ではありません。この考えは、武田隆二TKC全国会第三代会長の「経理自由の原則」(神戸大学会計学研究室編『会計学辞典』第6版、同文舘出版、2007年)から着想を得ました。

  • (1)制度的制約 多くの中小企業では税理士(税理士業務に従事する公認会計士を合む)が計算書類の調製を行っており、これは「正規の監査」ないしレビューの前提条件である監査人の外観的独立性に違背します。したがって中小企業は税務会計の顧問である税理士とは別に、会計監査のために他の公認会計士を委任する必要が生じるということです。
  • (2)コスト負担的制約「正規の監査」は高い証明度ですが、当然それだけコストもかかります。我々が通常の顧問料に加えて百万円単位の報酬を頂くことは現実的に可能ではないし、中小企業にとってそのようなコストは過重負担です。まして今は低金利下であり資金調達コストよりも支払う報酬が高くなっては本末転倒です。
  • (3)証明度的制約 中小企業金融における決算書の信頼性は、ドイツの例(蓋然性を保証するベシャイニグング)を見るまでもなく、「正規の監査」レベルまでの証明度は必要ありません。

 保証に関するコストと、保証から得られるベネフィット(企業が受ける便益)との相関関係から導かれ、証明度と監査コストはトレードオフの関係にあります。書面添付は、税理士が通常の顧問報酬の中で実施できるため中小企業にとってコストアップすることなく、コスト・ベネフィットの観点からも有用な制度です。税務申告書を直接的に保証しながら決算書を蓋然性レベルで保証でき、かつ、①税務関係書類である科目内訳書、②経営状況(添付書面、法人事業概況説明書)、③税理士事務所による「帳簿書類の監査の頻度」などを参照できます。この仕組みであれば金融機関が税理士と連携することで安心して融資できるような現実的な制度として浸透します。

 さらに、先述したマウツ/シャラフが指摘したように、中小企業の監査・保証業務は不特定多数の投資家ではなく、「顔の見える関係」を前提として実施されることが特徴です。不明点があれば経営者や経営者の承諾を得て顧問税理士に確認することも可能です。書面添付はその点からも中小企業金融に資する最適な制度と考えます。

 一点留意するとしたら、書面添付が行われている30万の企業と、金融機関側が保証業務を要請したい企業において、一部若干のずれがあるかもしれないという点です。例えば金融機関が多額の信用供与をするような中堅企業には全部監査は不可能で書面添付できないケースがあります。しかしその場合にも、中小会計要領チェックリストや決算書の信頼性向上を目的として2005年に創設された会計参与制度で対応できます。このずれを埋める努力も業界を挙げて行っていくことが必要です。

「期待ギャップ」の解消に向けて今が我慢のしどころ

 以上、米国での会計人による保証業務を通じた金融機関との相互補完関係の歴史を主要な文献から辿りました。わが国の現状と驚くほど酷似していることがお分かりになると思います。前述したように、米国における会計人と金融機関との歴史とは一言でいえば「期待ギャップ」の解消に向けて双方が努力した歴史(=「顔の見える関係」醸成)でもありました。50年かけて「顔の見える関係」を構築した米国の歴史を教訓にすれば、わが国の今の税理士と金融機関との連携は、その「過渡期」にあると理解できます。冒頭に「ここが我慢のしどころである」と申し上げたのはそういうことです。今が正念場です。単なる顔なじみではなく、トップ対談や金融機関幹部との勉強会等を通じて不断の努力で互いの業務を正しく理解し合う関係を全国各地で構築していくことで、真の連携に至ります。

 また金融機関との勉強会では、「決算書の信頼性は識別可能である」という厳粛な事実もあらためて伝えましょう。書面添付は税理士が資格を懸けてその品質を担保し、間接的に決算書の信頼性を付与していること(レビューレベル)や、中小会計要領は大企業にとっての会計基準である時価主義を中心とした国際会計基準とは一線を画した取得原価主義に基づく損益アプローチであること等をよくよく理解していただく。TKCの発行する「記帳適時性証明書」も円滑な中小企業金融に欠かせないものです。こうした「決算書の信頼性は識別可能である」ことへの理解が行き渡ることで、金融業界と税理士業界の相互の連携が進展します。

 歴史を教訓に金融機関との「顔の見える関係」構築の運動を続けよう

 現在、国による金融監督指針改正や「経営者保証に関するガイドライン」推進等、円滑な中小企業金融に向けたフォローの風が吹いています。信用保証協会向けの監督指針(経営者の個人保証なしの融資促進等)も改正され、本年6月に施行されます。中小企業金融における大きな地殻変動が起きており、金融機関と税理士との本質的な連携は、ようやくその機が熟してきたといえます。

 追い風には、TKCモニタリング情報サービス(MIS)の利用申込件数が33万件を超えて金融機関の現場での認知が高まり、経営情報の把握や融資資料の作成等に非常に寄与しているとの声が多く寄せられていることも挙げられます。そういう現場を担っている方々が5年後、10年後の近い将来、金融機関のトップ、幹部として日本中に溢れた時、真に健全な中小企業金融が実現することとなるに違いありません。

 TKC会員よ、決してひるむことなかれ。やるべきことは明確です。我々は米国の先例に学び、引き続き中小企業金融に資する書面添付、中小会計要領(中小会計要領チェックリスト活用)、認定支援機関制度や会計参与制度に取り組むとともに、金融機関との相互理解を図る努力をしていくのみです。自信を持って運動を続けましょう。

◆注
  • 1 Carey (1969):pp. 45-46.
  • 2 山桝(1961):130‐131頁を参照。
  • 3 Masters (1915):p. 343.
  • 4 Masters (1915):p. 343.
  • 5 千代田(2008):「はじめに」のⅰを参照。なお、「public accountant」を千代田教授は「公会計士」と邦訳されている。以下本研究における邦訳の一貫性から、「public accountant」を筆者の責任で「公共会計士」と表記している。
  • 6 千代田(2008):「はじめに」ⅰ‐ⅱ。
  • 7 千代田(2008):310‐312頁。
  • 8 千代田(2008):312頁。
  • 9 Carey (1970):pp. 168 - 169.
  • 10 Mautz/Sharaf (1961):p. 230. マウツ/シャラフ=近澤監訳(1987):311頁。
  • 11 青木武(2004):43頁。
  • 12 青木武(2004):44頁。
  • 13 中小企業金融公庫総合研究所(2007)所収の「参考資料(インタビューメモ)」
  • 14 青木武(2004):44頁。
◆引用・参考文献
  • Carey, John L. (1965) The CPA Plans For the Future, American Institute of Certified Public Accountants. 訳書としてケアリー=加藤訳(1970)がある。
  • Carey, John L. (1969) The Rise of the Accounting Profession: From Technician to Professional 1896-1936, American Institute of Certified Public Accountants.
  • Carey, John L. (1970) The Rise of the Accounting Profession: To Responsibility and Authority 1937-1969, American Institute of Certified Public Accountants.
  • Masters, J. Edward (1915) "Financial Statement as a Basis of Credit," The Journal of Accountancy, May 1915, pp. 334 - 343.
  • Mautz, Robert K. /Sharaf, Hussein A. (1961) The Philosophy of Auditing, Florida, American Accounting Association, 1961. 訳書としてマウツ/シャラフ=近澤監訳(1987)がある。
  • 青木武(2004)「リレーションシップ・バンキング再考─米国の中小企業向け貸付テクノロジー─」『信金中金月報』2004年12月号
  • 飯塚毅(1977)「TKC会計人行動基準書の策定について」『TKC』第56号、1977年8月
  • 坂本孝司(2019)『税理士の未来─新たなプロフェッショナルの条件』中央経済社
  • 坂本孝司(2022)『職業会計人の独立性──アメリカにおける独立性概念の生成と展開』TKC出版
  • 武田隆二(2007)「経理自由の原則」神戸大学会計学研究室編『会計学辞典 第6版』同文舘出版
  • 中小企業金融公庫総合研究所(2007)『米国銀行の中小企業向け融資戦略の実態~リレーションシップ・バンキングを活用した融資現場の視点から』中小公庫レポート、№2007‐1
  • 千代田邦夫(2008)『貸借対照表監査研究』中央経済社
  • 山桝忠恕(1961)『監査制度の展開』有斐閣

(会報『TKC』令和6年6月号より転載)