新型コロナの水際措置が撤廃され、再び活況を呈しつつあるインバウンド市場。2025年には大阪・関西万博開催も控え、いっそうの盛り上がりが期待される。インバウンド向けに付加価値の高いサービスを提供し、需要獲得に成功している企業の取り組みを掘り下げてみた。

──昨今のインバウンドの状況を教えてください。

インバウンドが帰ってくる

齊藤 訪日外国人旅行者(インバウンド)数は、2019年まで増加傾向にありました。ピークである同年には3,188万人が訪日し、消費額は4兆8,000億円にのぼっていました。20年以降、新型コロナの影響によりインバウンド数は大幅に落ち込んでいましたが、22年10月に水際措置が緩和され、再び増加に転じています。23年1〜9月までの実績は1,700万人を上回り、9月単月ではコロナ前の水準をおおむね回復しています。

──消費額など直近の動向は?

齊藤 23年10月に公表した「訪日外国人消費動向調査」(同年7〜9月期)によると、「同期間におけるインバウンド数()」は、約658万人でした。これはコロナ前である19年の同期間における人数(約709万人)の90%超に相当します。インバウンドの1人あたり旅行消費額については、16万3,000円(19年7〜9月期)から21万1,000円に増加しました。

──インバウンドは、どのような用途で消費されていますか。

齊藤 消費の費目別内訳を調べたところ、19年の同時期と比較して「買物代」が減少する一方、「娯楽等サービス費」や「宿泊費」は増えていることが分かりました。日本での滞在日数が伸びている要因として考えられるのが「円安」です。また、アジアへの旅行を検討している米国人にとって、旅客便数がコロナ前の水準に回復しておらず、ビザ取得の手間を要する中国は訪問しづらいため、日本が訪問先として選ばれているといった事情もあるようです。

同期間におけるインバウンド数…訪日外客数からクルーズ客の人数(法務省の船舶観光上陸許可数)を除いた人数

地方での宿泊者増を図る

──旅行者数、消費額とも堅調に推移していると。

齊藤 ええ。政府は23年3月に新たに策定した「観光立国推進基本計画」で、25年の目標値としてインバウンドの3,200万人、旅行消費額5兆円超を掲げています。旅行消費額目標を達成する上でカギとなるのが、地方部に宿泊するインバウンドの数を増やすこと。23年1〜8月までの間、3大都市圏(東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知、大阪、京都、兵庫)に宿泊したインバウンドは5月以降19年の実績を上回っているのに対して、地方部(3大都市圏を除いた地域)における宿泊者数は19年の実績を回復するにいたっていません。

──観光庁の実施している施策を教えてください。

齊藤 文化、自然、食、スポーツ等多岐にわたる分野での特別な体験やイベント、コンテンツの高付加価値化などを支援する「観光再始動事業」の公募を実施し、約380件の事業を採択しました。採択事業の例を挙げると、香川県の豊島美術館や地中美術館での夜間を含む特別鑑賞、沖縄県のやんばる国立公園での普段立ち入ることのできないエリアへの特別ツアー、京都・祇園祭での特別観覧席の設置などがあります。

──中小企業が携わった案件は?

齊藤 東京都渋谷区のエンターテインメント事業を手がける企業は、新宿御苑で通常閉園している夜間に、3月末から4月中旬にかけて夜桜花見イベントを開催しました。サステナブルなお花見を標榜し、ライトアップやプロジェクションマッピングの一部には、燃料電池自動車による給電が活用されたそうです。米国、香港、タイなどのインバウンド客を含め、期間中11万人が来場しました。
 また、長野県松本市で旅行業を営む企業は、松本城の庭園でディナーイベントを開催。参加者は通常は飲食禁止エリアとなっている庭園で、夜間非公開の松本城天守閣を眺めながら、シェフによる地元食材を用いた料理を楽しみました。こちらの催しにはシンガポール、タイ、オーストラリアなどからの多くのインバウンド客が参加したそうです。これらは閉園時間帯に開園し、特別感のあるイベントを開催することで高付加価値化を図った事例です。なお、特設サイトにて、日本のさまざまな観光地の特色や自然体験、食にまつわる情報発信を行っています。

付加価値を価格に上乗せ

──いずれの事例も体験型のコト消費に当てはまりますね。

齊藤 日本独自の文化、芸術や自然を体験できる観光産業の高付加価値化に注力しており、成果を生みつつあります。前述したインバウンドの費目別消費額の内訳において、コト消費は娯楽等サービス費に当てはまり、その額は伸びていることが分かります。日本での滞在日数の増加にともない、体験型コンテンツの消費額も増える好循環が生まれています。
 折からの円安もあり多くのインバウンドの方は、日本における体験型サービスを割安に感じるようです。先日、北海道を訪問した際にお会いした川下りのガイドの方は、ここ15年間、サービス料金を変更していないと話されていました。インバウンドの価格に対する反応から値上げを検討したものの、日本人の利用客もいるため容易に値上げできなかったそうです。インバウンドのみを対象とした値上げを行った場合、ネットで口コミを拡散され評価が低下しかねません。そこでわれわれは、単に価格を引き上げるのでなく、インバウンド向けに何らかのサービスを追加して、その分を価格に上乗せすることなどを提案しています。

──高付加価値化の意味するところを具体的に教えてください。

齊藤「高付加価値旅行者」と呼んでいますが、いわゆる富裕層に対する観光地の持つ魅力の発信にも注力しています。インバウンドのなかには、プライベートジェット機でやって来て、数百万円単位を消費する旅行者もいます。ただ、そうした人々はお忍びのケースが多く訪問先がかぎられるため、恩恵は地域までおよんでいません。また、観光産業でも人手不足がいわれますが、彼らを接遇できる人材の育成も課題です。

観光DXでマーケティング

──近年は店舗や客室にタブレット端末を設置するなど、ITツールを活用する企業も目立ちます。

齊藤 旅行者の利便性や観光産業の生産性向上を図る「観光DX」も、われわれの推進している政策の柱のひとつです。観光産業はデジタル化が遅れているといわれており、インターネット予約に対応していなかったり、ファクスで書類をやり取りしたりしている宿泊施設や飲食店も見受けられます。ITツールにより顧客との取引を電子データとして保存できるので、業務の省力化につながるとともに、データを分析すればマーケティングにも応用できるでしょう。来店したインバウンド客の出身国をただ記録して保存しておくのはもったいないことです。

──インバウンド促進に向けた今後の方向性を。

齊藤 観光産業は宿泊、飲食、運送などすそ野が広いのが特徴です。観光庁では日本各地の魅力を発信するべく、4つのキーワードをもとに戦略的なプロモーションを実施しています。1つ目は「消費額の拡大」で、高付加価値旅行者の誘致強化や、消費単価の高い欧州、米国、オーストラリア市場への情報発信に注力します。2つ目は「地方誘客の促進」です。地方部の豊かな自然等の魅力を発信し、アドベンチャートラベルを促進します。3つ目は「持続可能な観光への対応」。ポストコロナにおいて、インバウンドに訴求力の高いサステナブルな観光コンテンツの発信を強化していきます。そして4つ目は「大阪・関西万博開催を契機とした誘客促進」です。日本政府観光局の万博サイトやSNSによる情報発信を行い、訪日旅行商品づくりを促進します。これらの取り組みを通して、今年策定した観光立国推進基本計画に定める目標の達成を目指しています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2023年12月号