制度改正
今後の中小企業金融のあり方ー監督指針一部改正を踏まえて
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金融庁監督局長 伊藤 豊
- 伊藤 豊◎いとう・ゆたか
1963年11月生まれ。東京大学法学部卒業後、1989年大蔵省入省。米国コーネル大学留学。大蔵省銀行局銀行課課長補佐(長信銀・信託担当)、金融監督庁監督部銀行監督第二課課長補佐、産業再生機構企画調整室上席企画官、東京証券取引所上席審議役、財務省主税局税制第二課長、同大臣官房秘書課長、金融庁監督局審議官、同総合政策局総括審議官、2022年から金融庁監督局長。
本日は、このような大勢の皆様の前でお話できるという貴重な機会をいただきましてありがとうございます。今回は、この4月から適用している「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」における経営者保証の考え方、また、ポストコロナにおけるゼロゼロ融資の返済が本格化する中での事業者支援について、お話したいと思います。
1.監督指針改正と経営者保証
安易な個人保証依存の融資を抑制し事業者・保証人の納得感を向上
伊藤豊
金融庁監督局長
ご承知の通り全国銀行協会と日本商工会議所を事務局とした研究会で策定された「経営者保証に関するガイドライン」(ガイドライン)が適用開始になったのは、2014年の2月のことです。ガイドラインの概要をおさらいしておきますと、中小企業が次の3要件を将来に亘って充足すると見込まれるときは、金融機関が経営者保証を求めない可能性や、代替的な融資手法を活用する可能性を検討する旨が規定されています。
要件の一つ目は「法人個人の一体性の解消」です。社会通念上、適切な範囲を超える、法人から経営者への貸付等による資金の流出の防止。あるいは、経営者が法人の事業活動に必要な本社・工場・営業車等の資産を所有している場合、法人所有とすること等が挙げられます。
二つ目は、「財務基盤の強化」です。業績が堅調で十分な利益(キャッシュフロー)を確保しており、内部留保も十分な場合。あるいは、業績はやや不安定だが、業況の下振れリスクを勘案しても、内部留保が潤沢で借入金全額の返済が可能と判断できる場合。さらに、内部留保は潤沢ではないものの、好業績が続いており、今後も借入を順調に返済し得るだけの利益(キャッシュフロー)を確保する可能性が高い場合等が挙げられます。
そして三つ目は「財務状況の適時適切な情報開示」です。本決算の報告のほか試算表、資金繰り表等の定期的な開示等が挙げられます。定期的な情報開示は、月次や四半期単位が望ましいとされています。
こうした自主規制ルールであるガイドラインの運用を開始してすでに約9年が経過しており、金融機関による新規融資に占める経営者保証に依存しない融資の割合は、徐々に増加してきています。2022年度の実績では、約3割を占めていますが、この数字はまだ十分とはいえません。
傾向を見てみると、規模の大きな企業が経営者保証を徴求されるケースは少ない一方で、規模が小さい企業ほど経営者保証を徴求される割合が大きくなっています。また、企業経営者へのアンケートでは、経営者保証が経営に与えるネガティブな影響として、「前向きな投資や事業展開が抑制されてしまう」「早期の事業再生への着手が遅れてしまう」という声が半数近くを占めています。
そしてもう一つの大きな問題となっているのが、事業承継時の個人保証の問題です。社長がご子息など親族に会社を引き継ごうとしても、多額の借入金の個人保証も引き継ぐとなった際には、「事業を引き継ぐのは嬉しいですが、借金の個人保証まで引き継ぐのは勘弁してほしい」となりかねません。親族外承継となればなおさらでしょう。したがって、後継として適任者がいたとしても信用保証がネックになって円滑な引継ぎができないということになってしまうわけです。
このような状況を変えるために、さらに踏み込んだ対策として昨年の12月に、経済産業省・金融庁・財務省により「経営者保証改革プログラム」を公表しました。その一環として金融庁では「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等(監督指針)を一部改正し、今年4月から適用しています。保証を徴求する際の手続きを厳格化することで安易な個人保証に依存した融資を抑制するとともに、仮に保証を徴求する場合にも事業者・保証人の納得感を向上させる、というのがねらいです。その主な施策は次の通りです。
(1) 金融機関が個人保証を徴求する手続きに対する監督強化
- ①金融機関が経営者等と個人保証契約を締結する場合には、保証契約の必要性等に関し、事業者・保証人に対して個別具体的に以下の説明をすることを求めるとともに、その結果等を記録することを求める。
- ・どの部分が十分ではないために保証契約が必要となるのか。
- ・どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるか。
- ②右記の結果等を記録した件数を金融庁に報告することを求める。
- ③金融庁に経営者保証専用相談窓口(経営者保証ホットライン)を設置し、事業者等から「金融機関から経営者保証に関する適切な説明がない」などの相談の受付を開始。
- ④状況に応じて、金融機関に対して特別ヒアリングを実施。
(2) 経営者保証に依存しない新たな融資慣行の確立に向けた意識改革
- ①金融機関に対し、「経営者保証に関するガイドラインを浸透・定着させるための取組方針」を、経営トップを交え検討・作成し、公表するよう金融担当大臣より要請。
- ②地域金融機関の営業現場の担当者も含め、監督指針改正に伴う新しい運用や経営者保証に依存しない融資慣行の確立の重要性等を十分に理解してもらうべく、金融機関・事業者向けの説明会を全国で実施。
- ③金融機関の有効な取組みを取り纏めた「組織的事例集」の更なる拡充及び横展開を実施。
こうした施策に基づいて、いろいろな手続きを金融機関にお願いしているところです。
ガイドライン適用3要件を満たすための税理士等外部専門家への期待
一方、税理士を始めとする外部専門家の皆様におかれては、改正監督指針に基づいて金融機関より経営者保証について「なぜ解除できないのか」等の説明を受けた事業者に対して、ガイドラインの要件に関する検証や助言等に取り組んでいただきたいと思います。同ガイドライン研究会事務局が作成したパンフレット「経営者保証ガイドラインをご存知ですか」にも、先に述べたガイドライン適用の3要件(法人個人の一体性の解消、財務基盤の強化、財務状況の適時適切な情報開示)に関して「外部専門家(公認会計士・税理士等)の検証を受けることが望ましい」と記されています。これは、中小企業の最も身近な相談相手である顧問税理士からの適切な助言や指導を期待していることに他なりません。
ここで、税理士の関与により経営者保証の解除が実現した事例を紹介させていただきます(中小企業庁「事例で見る経営者保証の解除~課題解決のポイントとその効果」より)。
【建設業の事例】
- ◎新経営者は企業成長のために設備投資を検討するも、経営者保証を提供しなければならないことがネックとなり、資金調達に踏み切れなかった。
- ◎旧経営者から事業を引き継いだ際、担当税理士から「経営の基本は、会計数値をきっちり把握し、財務基盤の強化をすることが大切である」というアドバイスを受けたことをきっかけに、経営者保証解除に向けた取組みを開始。
- ◎これまでは金融機関からの求めに応じて試算表や決算書を提出していたが、会計事務所協力のもと、会計ソフトに搭載されたモニタリングサービスの機能(金融機関に対して毎月自動的に試算表データをデジタルで共有する機能)を使い、試算表を月次で開示するようにした。
- ◎金融機関に対する情報開示を充実させたことで、新規調達にあたり、経営者保証に依存しない形での調達を実現。経営者保証の解除を受けて、経営に対する責任感が一層高まるとともに、設備投資の検討など、新たな挑戦への意欲も高まった。
もちろん、すべてがこの事例のように上手くいくとは限りませんが、ガイドライン適用の3要件を満たすことによって経営者保証が解除され、ひいては会社がよくなる、いわば「一石二鳥」の効果が期待できるということです。こうして経営の王道を追求する経営者が増えるような支援に向けて、税理士の皆様には引き続き取り組んでいただきたいと思います。
税理士法には、書面添付制度という仕組みもございます。例えば、法人個人の一体性の解消について、会計上は綺麗に分かれているものの、利益の大部分は社長の給料になっているというようなケースもあるかもしれません。金融機関も一律ではなく個々のケースに応じて判断する必要がありますが、書面添付制度はその際にも第三者による「お墨付き」があれば安心できるという意味で、有効な仕組みだと思います。参考として「確定申告書添付書面を活用した金融機関の取組み」の事例を掲げておきます(資料1)。
2.ポストコロナにおける事業者支援
事業再生・資本基盤強化に向けて資本性劣後ローンを促進
次に、事業者支援についてです。その前提として民間ゼロゼロ融資の返済状況を確認すると、2023年3月末時点で約5割が元金返済中です。ただし、宿泊業は据置期間中と条件変更の比率が他業種と比べて高くなっています。そして、民間ゼロゼロ融資の返済開始は、2023年7月から2024年4月に集中する見通しですから、まさにいま、正念場を迎えているといえます。
したがって、これから重要になってくるのが事業者の実情に応じた適切な支援です。大別すると、収益を上げる投資計画があるものの増大した債務により必要な融資が受けられない事業者に対しては、BSを改善する事業再生支援や資本基盤の強化が必要です。また、事業を見直すことにより収益を上げることができる事業者に対しては、PLを改善する経営改善・事業転換・事業再構築支援が必要です。さらに、一時的な要因により資金繰りに支障をきたしている事業者に対しては、条件変更や借換え等による資金繰り支援・返済猶予が必要です。
このようないくつかの支援のうち、今回は、事業再生・資本基盤強化に向けた「資本性劣後ローンの促進を通じたニューマネーの供給」に関して説明したいと思います。
BSを改善するときに、一番わかりやすいのは債権放棄です。とはいえ債権放棄を伴う事業再生となると、手間がかかり専門家の支援も必要になるということでどうしても大掛かりになってしまいます。いますぐ対応しなければならないコロナ禍の影響という意味では、どちらかというと小規模の企業のほうが痛手を被っています。そのような企業の中にも将来的な稼ぐ力を秘めている可能性が多くあるわけです。そこのBSを何とかして改善する方法として、日本政策金融公庫による「コロナ資本性劣後ローン」があります。
このコロナ資本性劣後ローンを利用できる事業者の該当条件の一つに「事業計画を策定し、民間金融機関等による支援体制が構築されている」ことが挙げられます。支援体制とは、原則として融資後おおむね1年以内に民間金融機関等からの出資又は融資による資金調達が見込まれることを指しています。なお、民間金融機関等からの協調支援を希望しない方等である場合には、認定経営革新等支援機関(認定支援機関)の支援を受けて事業計画を策定する方が対象となります。したがって、認定支援機関の多くを占める税理士の皆様、その中でも最も多くを占めるTKC会員の皆様には、このコロナ資本性劣後ローンを顧問先が利用できるように、将来のプランを思い描けるようなお手伝いをしていただきたいのです。
ここで日本政策金融公庫の資料から、コロナ資本性劣後ローンを使った税理士との連携事例をご紹介しましょう(資料2)。業種は料亭で従業者数は20人。取引金融機関は日本政策金融公庫のみです。「公庫は、融資後のフォローアップにおいて、直近で大幅な赤字を計上したものの、今期は利用客が回復して赤字が縮小し、来期は新事業が軌道に乗って黒字化が見込まれることを把握。これを踏まえ、キャッシュアウトの抑制や民間金融機関からの資金調達への呼び水効果等を勘案し、コロナ資本性ローンの活用を提案」。そして「認定支援機関である顧問税理士が事業計画書の策定を支援。公庫はこれに基づきコロナ資本性ローンの融資を実行した」ということです。このときの資本性劣後ローンは4000万円で、これにより金融機関が自己資本とみなせる資産は▲3000万円から1000万円へプラスに転じました。
今日お集まりの皆様の顧問先の中にも、このような規模の企業が数多くあるのではないかと思っています。
税理士と金融機関の連携等地域一体で事業者支援に取り組んでほしい
地域の関係者の連携・協働による事業者の経営改善・事業再生・事業転換支援等の取組みを、一体的かつ包括的に推進する観点から、2021事務年度より財務局が経済産業局と連携し、都道府県ごとの事業者の支援にあたっての課題と対応策を関係者間で共有する「事業者支援態勢構築プロジェクト」を推進してきました。実際に、各地域が抱える課題に応じた具体的な取組み事例が見られ、事業者支援に向けた地域の関係者間の態勢構築・連携強化が進展しています。
例えば、事業承継については、主な相談相手が顧問税理士の皆様であり、税理士を起点とした支援機関の連携強化が重要になるとの認識から、税理士会や自治体、経済産業局と連携し、事業承継・引継ぎ支援センター、官民金融機関等が、税理士に対して、事業承継支援に関する業務や態勢、具体的事例等を紹介する説明会を開催するなどしています。皆様の中にも声がかかった方がおられるかと思いますけれども、そのような取組みをこれからも一層進めていきたいと考えています。
結びとして、税理士の皆様には以前にも増して指南役、あるいはアドバイザーというお立場で中小企業の経営者に伴走していただきたいと思っています。顧問先から絶大な信頼を得て、真に成功されている税理士の皆様はそうした取り組みをすでにされていて、それが金融機関からの信頼にもつながっているのではないでしょうか。事業者支援に関する政府の支援策を踏まえて、また、監督指針改正も契機として、中小企業の経営改革・経営改善支援等に力を注いでいただきたいと思います。TKC会員の皆様のさらなるご活躍を祈念しております。ご清聴ありがとうございました。
(会報『TKC』令和5年9月号より転載)