恒常的な人手不足が続くなか、持続可能な経営のためには戦略的な人材採用が欠かせない。リファラル採用やアルムナイ採用などの最新事情、中小企業の成功事例などを取材した。
- プロフィール
- えびはら・つぐお●1964年、東京都生まれ。大手メーカーを経てリクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。新規事業の企画推進、人事制度設計等に携わる。その後リクルートワークス研究所『Works』編集長。2008年、HRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。『エンゼルバンクーードラゴン桜外伝ーー』(『モーニング』連載)の主人公海老沢康生のモデルでもある。『人事の成り立ち』(白桃書房)、『人事の企み~したたかに経営を動かすための作戦集~』(日経BP)など、著書多数。
──中小企業で人材不足を嘆く声が多く聞かれます。
海老原 いつの時代でも中小企業ではなかなか採用が難しいのは常識です。経営者のみなさんがよく言うのは「この地域だから」「この規模だから」「お金がないから」「この業界だから」採用は難しいという「無理無理論」です。しかし彼らと同じ業界、同じ規模、同じ地域でもしっかり採用できている企業は数多く存在します。
──なぜ採用できるのでしょう。
海老原 採用に成功する秘訣は、次の3つを徹底することです。
1つ目は他社と同じことをやっていてはだめだということ。サービスや製品の差別化を考えるように採用戦略も差別化を目指す必要があります。
2つ目の鉄則もシンプルです。ビジネスの基本として誰もが行っているように、お客さまが喜ぶことをすること。この場合、お客さまは学生など求職者に該当します。
最後のポイントは、当たり前ですが、自社の魅力を高め、磨く努力をすること。魅力がない企業に優秀な人材は来ません。資金力がない中小企業でも、この3つをそろえれば、人手不足といえどもたいていの企業はうまくいきます。
──いつまでも横並びではいけないということですね。
海老原 歴史ある神社で有名なある観光地では、参道に名物のまんじゅうを売る店がずらりと並んでいます。ほとんどのお店がガラス張りで、まんじゅうを生産する製造機械をよく見えるように陳列しています。一軒だけがこのやり方をとっていれば観光客も面白がって集まりますが、不思議なのはどのお店もまったく同じ構図でかつ同じ値段で販売していること。ビジネスの3原則をしっかりと意識すれば、このような状況のままでいいとは思わないはずです。
──オリジナルの戦略を実行し、自社を磨くのが大切だと。
海老原 下請けの熱処理会社でセミナーをしたときに、「素人が勝手なことをいわないでほしい。ゴム長靴をつねにはくような汚ない職場で臭いもきつい。夏場は猛暑だ。そんな職場にはどうやっても人は集まらない」といわれたことがあります。しかし同じ熱処理業界でも成長を実現しながら採用に成功している会社もあります。その会社は元請け企業の海外進出に合わせて海外進出を決断、前工程と後工程の処理も開始し事業領域の拡大にもチャレンジしました。前後工程までパッケージで一括受注できる熱処理会社として業績を伸ばすようになり、採用も順調にいっています。
求職者の気持ちを考える
──2つ目のポイントは、求職者が喜ぶことをする、です。
海老原 就職活動中の学生など求職者の気持ちを考えてみてください。多くの求職者はたくさんの企業の選考に落ちるという経験をします。落ちる企業の数が多くなるにつれ肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してきます。そのうち疲れ果てて、エントリーシートを書くのも面接を受けるのも嫌になってくる。ところが企業側は、そんなことにはおかまいなく履歴書による選考、説明会の開催、面接の実施と通り一遍のパッケージを繰り返します。これでは求職者の心をつかむことはできません。
──具体的な事例はありますか。
海老原 東京都大田区のあるアイデアマンの社長にかつて、「海老原くん、面接はなんのためにあるか分かる?」と聞かれたので、「書類では見えてこない人柄を見るためにある」と答えました。すると彼は勝ち誇ったように、「面接は一番人柄が見えないよ」と言いました。考えてみれば面接とは極度に人工的な空間です。着なれないスーツをきて今まで一度もしたことがない話し方で話す学生と15~30分会話をしても、人柄が分かるはずはありません。その会社では結局、社長による最終面接をなくしてしまいました。それだけではなく就活サイトのエントリー情報の記入で十分だとし履歴書の送付も撤廃。理系だったらともかく文系の専攻や卒業論文の内容を子細に知っても事業にはほとんど関係がない場合が多いですからね。
──履歴書も面接もなくてどうやって採用を?
海老原 社長と一緒にハイキングとオリエンテーリングを実施したというのです。オリエンテーリングは、地図とコンパスをもとに宝物の場所を探し出すのですが、そこで人柄が見えてくるのだとか。重い荷物を大変そうにかついでいる女性のそばを素通りしていく男性、分かれ道でどこに行くか議論になり「君のいう通りの方向にまず50メートル進もう。そこで目印がなければ引き返して別の道を行こう」とリーダーシップをとる者など、面接よりもよっぽど本人の性格が把握できるそうです。昼休みは全員でバーベキューをするのですが、そこでも手際の良しあし、自らの担当業務が終わって他のメンバーの仕事を進んで手伝うかどうかなどが分かります。この方式にはほかにも採用にかかる時間を効率化できるというメリットがあります。最終面接を一人ずつ行う場合、例えば15人の最終候補から2~3人を採用する計画では、丸2日間かかります。しかしハイキング採用の場合は1日で終了します。同社ではこの採用方法をスタートしてから応募が3倍に増え、数年間は離職者ゼロになりました。
「コバンザメ」採用も有効
──そうしたユニークな採用方法をすべての中小企業ができるというわけではなさそうです。
海老原 この採用方法がメディアなどで取り上げられ、一時期導入する企業が一気に増えました。そうなるともう手あかがついてしまったような気がしますし、中小企業のなかには「うちは堅い社風だからそんな遊びのようなことはできない」というところもあるでしょう。何をすればよいか悩むと思いますが、その時は自社のビジネスに関係のあることを考えてみてください。例えば冠婚葬祭のプロデュースを行っているある会社は、学生向けのビジネスマナーコンテストを開催しました。ビジネスマナーに自信がない学生に基本を教え、実際にうまくできているか評価してあげる、そしてよくできている学生にその後直接アプローチするわけです。
──事業に関連した工夫で差別化をするということですね。
海老原 はい。琵琶湖のすぐ近くでフィルターなどの製造を行っているある化学メーカーの経営者に「理系の採用はともかく、営業スタッフなど文系の人材が全くとれない」と相談されたことがありました。そこで私は、サイエンスショーの企画など手がけテレビなどでも活躍している米村でんじろうさんの手法を取り入れた「でんじろう採用」を提案しました。汚れた水を飲めるくらいの透明な水にろ過するフィルターや、タバコの煙や花粉を除去してきれいな空間にするフィルターの性能を実演して学生に見せるのです。実際にそのフィルターの性能を感じた学生のなかから「こんなすごい技術にかかわってみたい」と思う人も確実に出てくるはずです。
──なかなか差別化しにくい事業内容の会社の場合はどうすれば?
海老原「コバンザメ採用」が効果を発揮する可能性があります。有名企業と日常的に取引している中小企業は少なくありません。そうした企業が説明会などで取引先の大手企業の名前を意図的に出して求職者に振り向いてもらう、いわば虎の威を借る作戦です。
例えば自動車の点火プラグを生産している会社があるとします。そうした会社は大手自動車メーカーの担当者と常日頃交渉しているはずなので、各メーカーを比較して社風の違いなどを説明できるはずです。鉄工所であれば「鉄鋼業界の明日」とでも題したセミナーを開けば日本製鉄やJFEスチールの志望者にアピールできるでしょう。携帯ショップの運営を手掛ける企業が「通信キャリア業界の今後」と題して話をすれば、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの志望者が集まるかもしれません。こうした有名企業にはほとんどの求職者が受からないわけで、行く先に悩んだ時に思い出してもらえば、応募してもらえるチャンスが生まれることになります。
M&Aによる人材獲得も
──新卒以外の採用の留意点は?
海老原 よく誤解されるのですが、大卒の新卒者に限って言えば売り手市場ではありません。若者の数は減り続けていますが、その半面ここ30年で大学の数は1.7倍、大学生の数は1.6倍に増えているからです。その一方で製造業や小売業などが主な就職先だった高卒者は5分の1に激減しています。こうした業界の人手不足はこれまで女性や高齢者の就業でなんとかカバーしてきました。15歳から64歳までの生産年齢人口はピークの1995年から現在まで約1,300万人減少する一方で、総就業者数が400万人余り増加したのは、それまで就労していなかった女性や高齢者の多くが仕事につきはじめたからです。ところがそれも目いっぱいのところに来てしまい、ほとんど余力が残っていません。
──どうしたらよいでしょうか。
方法は3つあります。1つ目は供給量の減少を単価の上昇で補い事業規模を維持する方法。
2つ目は外国人労働者の積極的な受け入れです。2019年に「特定技能」という新たな在留資格が誕生しましたが、これまで認められていなかった宿泊業や飲食業などの第3次産業でも外国人材の就労が可能になりました。人材難に陥っている企業はこの新制度の活用を真剣に考えるべきでしょう。
3つ目はM&Aです。不足している土地や人材の獲得を目的とした同業・同地域のM&Aの事例が増えています。中小企業庁が2019年に発表した調査結果「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」によると、25年までに経営者が平均引退年齢の70歳を超える中小企業・小規模事業のうち、後継者が未定なのは約127万社。また同年の日本政策金融公庫総合研究所のアンケートによると、廃業予定企業のうち約3割が業況が「良い」と回答しています。2つの調査から類推すると、もうかっている中小企業約40万社が売りに出される可能性があるということです。最大1,200万円を補助する経済産業省の「事業再編・事業統合支援型補助金」などの支援制度もあり、M&Aによって人材も同時に獲得する戦略も十分検討に値すると思います。
(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)