2023年4月号Vol.130
【特集】デジタル推進担当と考える行政デジタル化の未来
参加者(市町村名50音順)
静岡県裾野市 市長戦略部 戦略推進課 係長 中原 義人 氏
埼玉県深谷市 市民生活部 収税課 主査 齋藤 理栄 氏
宮崎県都城市 総合政策部 デジタル統括課 副主幹 佐藤 泰格 氏
株式会社TKC 自治体DX推進本部 副本部長 篠崎 智
司会)株式会社TKC 代表取締役専務執行役員 飛鷹 聡
「情報システムの標準化・共通化」への対応準備が本格化する中
全国の市区町村には“その後”を見据えた取り組みも欠かせない。
そこで今号では、全国屈指のDX先進団体である
3市の推進担当者とともに、行政デジタル化の未来を考える。
──行政デジタル化への取り組み状況を教えてください。
中原義人 氏
静岡県裾野市 市長戦略部 戦略推進課係長
齋藤理栄 氏
埼玉県深谷市 市民生活部 収税課 主査
佐藤泰格 氏
宮崎県都城市 総合政策部 デジタル統括課 副主幹
佐藤 都城市では、2019年に「都城デジタル化推進宣言」を行い、今年1月には『都城市DX推進計画』を策定しました。加えて、このほど「都城市スマートシティ推進条例」の制定を市議会に提案しました。推進組織としては21年4月にデジタル統括本部を設置し、市長自らCDO(最高デジタル責任者)に就任。これは全国でも非常に珍しいケースです。
また、21年度から5年間で100件のデジタル関連新規事業の創出にも取り組み、現在90件を超える事業が動いています。各部局へ、毎年度必ず一つ以上のデジタル関連事業に取り組むことを求め、市長と各部局長が取り交わす「政策合意書」でKPI(重要業績評価指標)を設定して事業の達成状況を管理しています。一例がマイナンバーカードの普及促進です。重点項目については毎月報告を求めることで、組織のパフォーマンス向上に努めています。
中原 裾野市では18年11月に『裾野市データ活用推進計画』を策定し、全庁的な推進体制の下でマイナンバー活用やEBPM(証拠に基づく政策立案)など、いまのDXにつながる本格検討をスタートしました。昨今では、BPRの観点からのデータ活用や業務効率化へと検討範囲も拡大しています。
また、昨年には新たに市長が市のミッション〈日本一市民目線の市役所〉を掲げ、その実現に向けた「市長戦略」という行動指針を策定しました。現在、この方針に沿ってデジタルを〝手段〟とした業務改革や働き方改革に取り組んでいます。『自治体DX推進計画』は現在は未策定ですが、新年度にはデジタル推進に特化した部署を新設して取り組みのさらなる加速を目指します。
行政手続きのオンライン化については順次対応を進めるとともに、市独自の届出や申請などの棚卸しを進めています。また、窓口サービスでは現在、デンマークの企業と「窓口オンライン予約・発券システム」の実証実験を行っています。これにより来庁予約で市民の待ち時間を減らし、職員のリソースを平準化することを目指します。
齋藤 深谷市では、昨年3月に『深谷市デジタル推進計画』を策定し、目指す姿として〈デジタル技術の活用によるスマートな市役所〉を掲げました。
取り組みのターニングポイントとなったのが新庁舎建設です。「職員が働きやすい環境整備が市民サービスの向上にもつながる」と考え、20年7月の庁舎オープンに合わせて無線LANやテレワーク環境などの運用を開始しました。窓口改革への取り組みもその一つで、職員が市民からの聞き取りと市が保有するデータをもとに手続きを支援する「書かない窓口」を実現しました。
行政手続きのオンライン化が進んでも窓口に来る方がいなくなることはありません。そのため、窓口手続きをシンプル化することで、市民に〈早い・簡単・非接触な市役所〉を実現するとともに、窓口業務の最適化・効率化を追求しています。
一方、行政手続きのオンライン化では昨年3月に『深谷市における手続きのオンライン化方針』を策定しました。今後3年間で約2000手続きをオンライン化する計画で、対象手続きをオンライン化しやすいものから四つのステップに分類し、順番に取り組みを進めている状況です。
職員の意識・行動を変える
篠崎 深谷市では窓口改革にあたりBPRを進めていますが、どのような取り組みをされているのでしょうか。
齋藤 職員自身が課題を見つけ、解決策を考えなければ継続した取り組みとはなりません。そこで、22年度から総務省地域情報化アドバイザーとして活動する中で、派遣依頼があった支援先に対し、職員自身が住民になりきって窓口体験を行うカスタマージャーニー調査をお勧めしています。残念ながら深谷市では実施できていませんが、こうした取り組みによりお客さま中心の思考が深まると考えています。
実際に窓口体験を行うと、住民が2時間半以上かけて転入手続きをしていることが分かります。また他の窓口のことに意識が向き、例えば「どの窓口でも職員は同じ説明をしている」と気付くことで、このムダをいかに改善するかを考えるきっかけとなります。
──なるほど。そうしたDX推進上の課題は何で、それをどう解決しようとされているのでしょうか。
佐藤 やはりDX推進の鍵を握るのは〈職員の意識改革〉です。自治体には、ちょっとした失敗も避けたいと思う組織文化があり、不確実性が伴う新たな挑戦をなかなか受け入れない側面もある。これを変えるには、トップの明確な意思表示と旗振りが必要不可欠だと思います。
実際に職員の意識や考え方が変わると施策の高質化が図られます。例えば、マイナンバーカードの普及では市民税などのデータも使って保有状況を分析し、企業向け出張申請の強化や1人からでも出張申請補助を行うなど、相手に合わせた活動を展開しました。その結果がカード交付率90%超という成果につながったと考えています。
また、DXの意義を浸透させるには一定の時間が必要です。そこで職員研修の拡充とともに、22年度から各部局の総括担当を「デジタル推進担当」と位置付け、〈課題からスタートするデジタル化〉に取り組んでいます。これは年度当初に各部局が抱えている課題調査を行い、その解決のためにデジタル技術の導入を現場と一緒に考えていくものです。これにより、現場主体で彼らのニーズに沿った取り組みを進めることができると考えています。
中原 おっしゃるとおり、DXは変革への挑戦です。挑戦をするにはそれなりの熱量と必然性がないと〝面〟の動きにならず、継続性も担保できません。
DXを〝自分ごと〟として捉え、実際の行動につなげるには、自治体も「ミッション」(果たすべき使命・役割・存在意義)や「ビジョン」(将来目指す姿)、「バリュー」(そのために何をするか)を策定し、全ての職員が共有する必要があると考えています。併行して、ウェルビーイングの観点から職員の〝幸福感〟を高めていくことも欠かせませんね。
──それは民間企業でも大きな課題です。また、ITスキルギャップの問題も指摘されています。
中原 職員のリスキリング/アップスキリングは必要です。ただ、幹部職員がパソコンの操作は不得手でも、変革の重要性を理解して部下に指示を行えば、組織は目標に向けて動きます。そこで、今春から幹部職員を対象とした研修に注力していきます。
齋藤 その点では、デジタルが不得手な人に無理を強いるのではなく、得意な人が作成したものをみんなで使う環境づくりも有効と考えています。一例として、深谷市ではRPAの活用促進のためにワーキンググループをつくり、チャットルームでの意見交換や自作プログラムの発表会などを行っています。こうしたことも、職員の意識改革やモチベーション向上、意欲的な取り組みにつながるのではないでしょうか。
デジタルで、プロセスを変える
本誌編集委員 篠崎 智
司会)本誌編集人 飛鷹 聡
篠崎 業務改革という点では、情報システム標準化を見据えた窓口改革やBPOの動向も気になります。
齋藤 窓口改革では昨今、「窓口DXSaaS」が盛んに報道されていますが、誤報も多いですね。正しくは、〈ガバメントクラウド上で複数事業者のサービスを提供し、自治体はその機能を選択して利用することで窓口DXに取り組みやすくする〉構想です。
篠崎 中にはアプリをダウンロードしてすぐに使えるという誤ったイメージもありますが、実際に導入するにはネットワークの整備やデータ連携の定義などさまざまな準備作業が必要です。
齋藤 解決すべき課題はまだありますね。さらに使いやすいものとするためにも、国と地方、ITベンダーが一緒に考えていくことが望まれます。
また、オンライン化が進むことで、BPOのあり方も変わっていくと考えています。例えば、現状では住民宛ての書類は郵送が基本で、多くの団体がその業務プロセスの一部をアウトソーシングしています。職員が封入封かんをする、あるいは郵送不要な封筒の引き抜きを発送直前まで行うなど、これは非常にムダが多い業務です。欧米では、自治体はデータを提供し、希望する方に受託事業者が紙で送る方式が広まっており、日本でも同様のスタイルの浸透が期待されます。個人情報の取り扱いなど検討すべき課題はありますが、これを解決できれば大きな業務改善につながるでしょう。
佐藤 BPOでは、特に小規模団体の場合、これまでは発注量が限られるためコスト抑制はなかなか困難でした。システムの標準化・共通化で帳票も標準化されることにより複数団体で共同調達するケースが増えるでしょうし、委託費の割り勘効果も期待されます。
窓口DXSaaSは活用も考えていますが、導入には十分な時間と準備が必要でしょう。ただ、行政デジタル化において、こうした全国共通の〝場〟が構築されることは大きな一歩ですね。これにより、これまでDXに踏み切れなかった団体にとっては追い風となると思います。
篠崎 おっしゃるとおりですね。当社でも、サービスを提供する新たなチャネルとして対応検討を進めています。
中原 窓口DXSaaSは、基幹系システムとの親和性が極めて重要ですね。
また、今後さまざまな事務や事業でアウトソーシングが進むと思いますが、BPOはあくまでも人的リソースをコア業務に集中させるための手段です。例えば、支援が必要であるにも関わらず届いていない人への働きかけや援助などアウトリーチの分野で伴走してもらう、あるいは高度に専門性の高い業務への助言など、課題に合わせて適宜手法を使い分けないと、行政サービスの継続性が担保できなくなるという危惧もあります。
齋藤 われわれがお客さまと最も多く接するのは窓口です。利用者視点で考えれば、「書かない窓口」が実現されたら、次は「待たない窓口」「窓口を回らない」こと、最終的には「窓口に行かない」ことが期待されます。
さらには、行政からお客さまに必要な情報を積極的に知らせる「プッシュ型サービス」により、利用者は〈使う・使わない〉を選択するだけで済むよう進化していくことが理想でしょう。
──行かないということでは遠隔窓口なども注目されています。
齋藤 深谷市も本庁舎のほか3カ所の総合支所を置いています。近くに支所があっても手続きによっては本庁舎に出向く必要があり、お客さまは不便を感じていると思います。その点では、それぞれの支所にオンライン窓口を設置することも有効だと考えられます。
加えて、窓口改革では行政サービスの多言語化対応も重要と考えています。現在、遠隔通訳サービスを活用していますが、かなりの需要があり、こうしたコミュニケーションツールの活用も考えていくべきですね。
中原 デジタル技術の進化は実に凄まじく、いまやLGWAN-ASPサービス以外にも、特定通信やβモデルなどを経由してインターネット上のサービスを利用できるなど選択の幅が広がっています。一方で技術的な基盤整備は必要で、今後は情報セキュリティーやネットワーク回線の途絶といったリスクを考えた上で、その時々で住民や職員に最善のサービスを選択していくという柔軟性が求められると考えています。
また、裾野市では基幹業務をはじめ多くの業務にTKCシステムを導入し、全国に先駆けてクラウドサービスの活用を進めてきました。ガバメントクラウド上で各社のサービスを選んで使うのが主流となりつつある中で、ITベンダーと自治体が協業してよりよいサービスやシステムを創り上げていくことが、これまで以上に重要となるでしょうね。
さらに、まちづくりの観点では行政の公助に加えて住民主体による共助を進める動きがあり、デジタル基盤整備ではそうした視点からのアプローチも欠かせません。
佐藤 住民が最も期待するのは〈行政手続きの簡素化〉です。全国的に見てもまだオンライン申請の伸びは鈍い状態ですが、要因の一つとして利用者の意識が〈オンラインで申請する〉ことに行きついていないのではと考えています。そこで利用環境を拡大し、まずは一度使ってもらうことで利用者層を広げる取り組みを進めています。
一例が「IAM」というふるさと納税のワンストップ特例申請ができるアプリで、提供開始から5カ月間で130万件のダウンロードがありました。オンライン化は、他の住民サービスでも有効です。市では昨年、公共施設の管理業務と利用者の手間を軽減するため「スマートロック」※の実証実験を行いました。4桁の暗証番号であれば高齢者の方も利用しやすく、アンケートでも「もう元に戻りたくない」という意見を多数いただきました。
ポイントは利用者視線
──これまでの話を総括すると、DXには人とプロセスの変革が必要で、そのために適切なツールや手法を選んでいくということですね。今後の計画についてはいかがでしょうか。
齋藤 収税課の取り組みとなりますが、税公金の支払いでは未だに納付書で支払う方が多く、この現金の授受にかかる窓口職員の負担も大きなものとなっています。そこで、公金自動収納機をショッピングセンターと本庁舎に設置したいと考え、「デジタル田園都市国家構想交付金公募事業」に申請しました。実現すれば全ての税公金の支払いができるようになります。
これにより納税者の利便性向上を図るとともに、専用機から納付書のデータを取り込むことで職員の作業負担を軽減できると考えています。
中原 市民サービスの向上ということでは、オンライン申請での電子決済の導入を検討するなど、まずは〝かゆいところに手が届く〟ことから着実に進めていく計画です。また、庁内に向けては、デジタルを有効に活用すれば仕事がやりやすくなると職員に気付いてもらえる環境づくりに取り組みます。具体的には、庁内ネットワーク環境を再構築し、組織内のデジタルコミュニケーションの活性化を進めます。
少し抽象的ですが、オンラインでつながるメリットは、相手との物理的な距離を縮めることだと思います。しかし、これと信頼関係の構築はまた別の話です。その意味では、DX推進の必要条件として職員一人ひとりが安心して発言・行動できる「心理的安全性」が不可欠だと考えています。失敗を許容し、挑戦を後押しする組織文化の醸成にも取り組んでいきたいですね。
──民間企業でも、成長の前提として心理的安全性は重要と考えています。
佐藤 第一に、オンライン申請の拡大と併行して取り組みたいのが全庁的な申請書の見直しです。例えば、保険の手続きでは保険証の記号・番号を記入すれば個人特定ができるため、あとは署名をしてもらうだけとすることができないか。小さなことですが、デジタル化ではこうした住民や職員が〝便利さ〟を実感できる改善の積み重ねが重要です。
第二が、書かない窓口のように市民が意識せずともデジタル化の恩恵を受けられるようにすることです。そのためバックオフィス側の環境整備を進め、デジタルが不得手な市民の利便性向上にも貢献したいと考えています。
最後が持続可能なまちづくりで、市では「10年後の人口増加」を目指して、いろいろな施策を展開しています。この点でも、デジタルは教育や生活などさまざまな場面で都市部と地方の格差を埋める有効な手段となるでしょう。
──最後に、国やITベンダーに期待することを教えてください。
中原 いまやIT人材の質・量の不足は日本社会全体の課題です。その底上げを図るためにも、ぜひ国には自治体だけでなく民間企業の専門人材の育成支援を期待しています。また、裾野市ではこれからも実効性のあるデジタル化へ挑戦し続ける計画ですが、制度面などわれわれの力ではどうにもならないこともあります。そうした点でも柔軟な支援をお願いしたいですね。
齋藤 実際にシステムを使う利用者は、自治体職員や住民です。国やITベンダーの皆さんには、ぜひ新しいサービスやシステムの開発に利用者も参加させていただきたいですね。意見交換をしながら一緒にプロトタイプをつくり、住民や職員の評価を受けて、必要な機能を実装し、よりよいものに仕上げていくことを期待しています。
佐藤 そうですね。自治体職員はデジタルの専門家ではありませんが、地域の課題とは長年向き合ってきました。われわれが課題を示し、デジタル庁やITベンダーの皆さんに技術的な解決策を探求してもらう──こうした取り組みを通じて、「誰一人取り残されないデジタル社会」の実現を進めていければありがたいなと思います。
──皆さんの話を伺い、未来を見据えた取り組みが着々と進められていることが分かりました。TKCとしても、お客さまや国と一緒になって〝利用者視点〟の行政デジタル化の創造に取り組んでまいります。本日はありがとうございました。
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掲載:『新風』2023年4月号