2023年4月号Vol.130
【デジタル・ガバメント ここがポイント!!】公共サービスメッシュが手続きのデジタル化を促す
株式会社TKC 自治体DX推進担当部長 松下邦彦
引越し手続きのオンライン化・ワンストップ化を推進する「引越しワンストップサービス」が本年2月に始まりました。また、デジタル庁は窓口DXに資する機能を提供する「自治体窓口DXSaaS」を準備しています。このように行政手続きのデジタル化が本格的に普及しつつあります。一方で、自治体は標準準拠システムへの移行を進めており、移行後の自治体システムは新たな情報連携基盤となる「公共サービスメッシュ」に接続されます。
本稿では、自治体情報システムの標準化・共通化と公共サービスメッシュが、行政手続きのデジタル化にどのような影響を与えるかについて確認してみます。
現状は紙の事務をそのままシステム化
行政手続きをデジタル化する目的は、いうまでもなく住民サービスの向上と業務効率の向上です。「スマホ60秒」のように住民サービスの向上が注目されることが多いですが、職員が減少する中で行政サービスを維持・改善するためには業務効率の向上も欠かせません。
行政手続きにかかるシステムは、手続きの入口となる「オンライン申請関連システム」(オンライン申請システムと申請管理システム)と、認定、証交付、給付、賦課といった処理を実施する「業務システム」の二つに大別されます。この二つは今まで別個に構築されてきました。
両者が分かれていた理由は、紙による手続きをそのままシステム化していることにあります。紙の申請では、利用者は申請書に必要事項を記載して手続きの窓口に提出し、申請書を受け取った職員はその内容が制度の求める要件に合致しているかを審査し、合致していれば業務システムに入力して業務処理を実施します。
一方で、従来のオンライン申請では、利用者が申請データを作成して提出し、職員が受領した申請データを表示して審査するまでの機能をオンライン申請関連システムでカバーし、審査を終えた申請データを業務システムに連携します。図の〈現状〉のように、従来のオンライン申請関連システムは、紙の申請書と全く同じ業務プロセスで申請書の作成とその審査をシステム化しているのです。
現状の手続きデジタル化の問題点
ここでまず問題となるのは、職員による申請内容の審査が、紙の場合とオンライン申請の場合とで別の作業プロセスになることです。これを解消するには、庁舎内でも紙の申請書を作成するのではなく、システムによって申請データを作成し、審査も電子的な方法に統一する必要があります。「書かない窓口」を実現する窓口システムは、いわば庁舎内におけるオンライン申請システムです。オンライン申請システムと窓口システムは一体的に整備することが望ましいのです。
また、従来のオンライン申請関連システムは、業務システムのデータが利用できません。業務システムには紙の申請書内容を入力するための補助機能や審査のための補助機能が備えられています。例えば、入力にあたって住所の候補文字が表示されたり、世帯員の一覧が表示されたりします。また、申請した利用者の所得情報等を取得し、それが要件に合致するかを確認する機能もあります。こうした入力補助や審査補助の機能は、業務システムが保持する業務データによって実現されています。従来のオンライン申請関連システムは業務システムのデータを連携できないため、こうした入力補助や審査補助の機能を備えられず、利用者の使い勝手の向上と職員の業務効率の向上が困難でした。
手続きプロセス全体の最適化が必要
業務システムのデータがオンライン申請関連システムで利用できないのは『地方公共団体における情報セキュリティポリシーに関するガイドライン』の規定により、マイナンバー利用事務系ネットワークからインターネット接続系ネットワークに業務システムのデータを送ることが不可とされていたためです。これを可能とするのが公共サービスメッシュです。
業務システムのデータがオンライン申請関連システムで利用できるようになった時には、図の〈将来〉に示すように、両者を一体化して広義の業務システムとして認識し、個々の手続きにかかるプロセス全体の最適化を図ることが重要になります。オンライン申請機能は、個々の手続きを実施する業務システムへのデータ入力機能に位置付けられ、手続きごとに利用者の入力を補助する機能を備えます。また、申請管理機能では手続きごとに職員の審査を補助する機能を備え、業務システムは業務処理機能に特化します。
このように手続きプロセス全体を最適化することによって、利用者の利便性と職員の業務効率が向上できます。なお、業務システムが用意されていない手続きのために、汎用的なオンライン関連システムは引き続き必要とされるでしょう。
公共サービスメッシュによる業務システムとオンライン関連システム等とのデータ連携は、自治体情報システム標準化における「データ要件・連携要件」を標準準拠システムが実装することによって可能となります。システム標準化は、手続きのデジタル化においても大きな意味があるのです。
将来は手続きのデジタル化に関して、広義の業務システム全体が標準仕様の対象となることも想定されます。現在の標準仕様は基本的に紙の申請を対象としているからです。とはいえ、広義の業務システムはまだほとんど実現されていません。手続きプロセス全体の最適化は当面は標準化の対象とせず、さまざまな実装による実地検証を経てから対象とすることが望ましいのではないでしょうか。
なお、手続きのデジタル化では、システムだけでなく、手続きの制度そのものの見直しが必要になることも想定されます。手続きプロセス全体の最適化を進める中で、この点についても徐々に明らかになっていくことが期待されます。
掲載:『新風』2023年4月号