2021年1月号Vol.121
【座談会】行政も住民ももっと便利に行政デジタル化の展望化
【参加者】(団体名50音順)
福島県会津若松市 健康福祉部高齢福祉課 課長 宮森健一朗 氏
兵庫県姫路市 総務局情報政策室 主幹 原 秀樹 氏
千葉県船橋市 総務部情報システム課 課長補佐 千葉大右 氏
株式会社TKC 地方公共団体事業部
システム企画本部新商品企画推進室 次長 篠崎 智
司会)本誌編集委員 松下邦彦
価値観が180度転換し、一気に進み始めた行政デジタル化。
今秋にはデジタル庁の創設も予想され、市区町村でも対応検討が急がれる。
そこで、全国屈指のデジタル化推進団体において、最前線で取り組みを牽引する
担当者の皆さんにいまの思いや現状の課題、今後の展望などを語っていただいた。
──まず、それぞれの現在の取り組み状況について教えてください。
千葉 船橋市では、2018年2月から「書かない窓口」サービスを開始したほか、最近ではAIやRPAなど最新デジタル技術を活用し業務の効率化・標準化に取り組んでいます。また、市民サービス向上の観点では20年4月から「船橋市オンライン申請・届出サービス」を始めるとともに、防災や子育てなどの行政情報をプッシュ型で通知するスマートフォン専用アプリ「ふなっぷ」の配信も開始しました。
行政のデジタル化ということでは比較的手広く取り組んできたといえますが、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で21年度から開始予定だった「第3次船橋市総合計画」の策定が1年延期され、現状ではまだ目の前の課題解決が中心となっています。
原 姫路市では20年7月に「姫路市官民データ活用推進基本計画」を策定したほか、オンライン手続きやAI活用など、さまざまな視点から行政デジタル化に取り組んでいます。
その中で特徴的な取り組みといえるのが「姫路市行政情報分析基盤」です。いま多くの団体がオープンデータを推進していますが、姫路市では市が保有する住民情報などの業務データを分析して政策立案等に反映することにより、行政サービス向上や業務改革につなげる「EBPM(証拠に基づく政策立案)」を推進しています。また、この分析基盤により容易にデータ分析ができる環境を整備し、職員一人一人のマネジメント能力の向上につなげたいと考えています。
宮森 会津若松市は地方創生のモデル都市の一つとして、13年から国内唯一の公立ICT専門大学である会津大学などと産学官連携による「スマートシティ会津若松」に取り組んでいます。これは健康や福祉、教育、防災、エネルギー、交通、環境などさまざまな分野でICTを活用し、力強い地域社会と快適な市民生活の実現を目指そうというものです。
そのうち二つを紹介すると、まず住民基本台帳に基づく最新の〈市民の居住情報〉をGIS上で管理し、要援護者支援やバス路線の見直しなどに役立てています。また、地域情報ポータル「会津若松+(プラス)」で、本人同意の下で個人の属性(年齢・性別・家族構成、趣味趣向など)に応じた行政や地域企業などの情報を提供しています。
篠崎 昨今、市区町村の情報化を取り巻く環境は急劇な変化を続けています。こうした変化にお客さまが迅速・的確に対応できるよう、TKCでは16年に新商品企画推進室を開設し、一歩先を行くシステム・サービスの調査、研究に取り組んでいます。本日は、行政デジタル化の最前線に立つ皆さんの話を伺う機会を得てわくわくしています。
AIの活用
──船橋市では、AIやRPAなどを積極的に活用し業務効率化を進めています。これについて教えてください。
千葉大右(ちば・だいすけ)
1994(平成6)年、船橋市役所入庁。住基システムの再構築やマイナンバー制度対応など長年、行政の情報化に携わり、20年4月より現職。総務省地域情報化アドバイザーも務める。NPO法人 Digital Government Labs代表理事
千葉 現在は比較的単純な業務での活用が主流です。例えば、AI議事録は41課77会議で幅広く利用されています。またAI-OCRはバックオフィスの大量処理業務に活用していますが、適用範囲は3課6業務にとどまっています。要因は手書き文字の認識精度に限界があることで、実用化にはOCRに最適な申請書様式の改善など包括的なアプローチが必要ですが、なかなかそこまで踏み込めていないのが実状です。
篠崎 われわれもAI-OCRの活用について調査・研究を進めていますが、手書き文字の読み取り精度は100%とはいかず、確認が必要です。データをすべて手で入力するのと比べて、削減効果はどの程度あるのでしょうか。
千葉 定量的に効果を判断するのは難しいのですが、職員の作業時間は確実に縮減されたと感じています。また、AIは使い方次第で、市民サービスを飛躍的に向上させることにも役立つのではないでしょうか。個人的には、コールセンターや窓口など住民接点の場で活用が広がっていくと考えています。
とはいえAIについてはまだ理解不足があり、意識改革も必要です。職員数が減少していく中でAIなどの活用は不可欠ですが、これによって「人が不要になる」ことはありません。これらはあくまでも補助ツールです。AI導入を目的とせず、生産性が向上した分を職員でなければできない仕事に充てていくために、AIを何にどう活用するのか考える必要がありますね。
原 ほかにも、ベテラン職員のスキルやノウハウを形式知化して持つAIが、職員の判断プロセスを支援することが考えられるでしょう。職員数の減少が懸念される中、そうした〈AI職員〉を今から成長させていく必要があると思います。“賢い”AI職員の育成にはより多くの学習データが必要となるため、全国の自治体が一緒になって考えていくべきですね。
また、大量処理を得意とするという点で期待しているものの一つに、保育所等の入所選考の判定があります。AIを活用することで職員の負担軽減に加え、これまで以上に複雑な市民の希望にも十分配慮した最適な判断が可能となり、提供サービスの質も向上するでしょう。本格的に業務で活用するにはまだ高い開発費がかかります。そのため活用を考える上では、単にデジタル化の側面だけでなく、〈住民満足の向上〉の側面から具体的にどんな課題を解決するのか、明確にイメージすることが大切ですね。
宮森 AIは間違いもあります。それをどうチェックし、コントロールしていくかを考えることも重要ですね。
また、適用範囲としてはAIが得意とする〈大量データの分析〉にも注目しています。会津若松市は昨年、「福祉関係情報の集積・AI分析等による市民サービス高度化実証事業」(総務省)を実施しました。これは匿名化した福祉関係情報をAIで分析することで、DVや虐待など潜在的な要支援対象者を発見し支援に役立てられないか検証したものです。最終的な検証結果はこれからですが、今後はこうした〈未知の状況での意思決定〉などこれまでとは少し視点を変えた使われ方も広がっていくだろうと考えています。
データの利活用と個人情報保護
──姫路市では、住民情報などのデータ分析に取り組んでいます。
原 秀樹(はら・ひでき)
1987(昭和62)年、姫路市役所入庁。総合窓口を意識したC/S型福祉総合システムの設計・開発や教育ICT環境整備などICT施策推進に幅広く関わるほか、マイナンバーカードの多目的利用、EBPMなどを牽引。総務省地域情報化アドバイザー
宮森健一朗(みやもり・けんいちろう)
1986(昭和61)年、会津若松市役所入庁。長年、システム運用・管理に携わった経験を生かして市の「スマートシティ会津若松」を牽引 。09年より現職。17年にレジリエンスジャパン推進協議会レ ジリエントな地域包括ケア普及WG委員
篠崎 智
原 人口減少社会では、ヒト・モノ・カネという限られた経営資源の効率的な投下が極めて重要です。その点、自治体が保有するビッグデータは、住民ニーズの変化やさまざまな行政課題を読み解く貴重な資源といえます。
取り組みの背景には市の地域特性があります。姫路市は約540平方キロメートルと面積が広く、北部には山間地域が広がる一方で瀬戸内海には大小40余りの群島があるなど、多様な“顔”を持っています。そのためデータ分析によって地域ごとの現状をしっかりと把握し、都市計画や生活基盤の維持管理、公共施設などの適正配置に役立てていくことが欠かせません。
分析に役立つデータは住民情報などに限りません。例えば、住基システムのログ分析から〈市民がどこでどんなサービスを利用しているか〉〈事業活動量の推移〉などが把握でき、経営資源の最適化に役立てることも可能です。
宮森 市民の健康づくりという点でも、レセプト情報や健診データなどはまさに“宝の山”といえます。これを活用しないのはもったいないですよね。
篠崎 ただ、データを分析・活用するには高度なスキルが必要ですが、そのような人材はまだ少ない状況です。
宮森 おっしゃるとおり、庁内で高度な分析まで行うのは困難で、やはり外部との連携が必要と考えています。
原 また、データ利活用には非識別加工情報の取り扱いに不明確な点があるなど、まだ課題も多い。自治体における個人情報保護とデータ利活用の両立に向けて、国も全国的な共通ルールの検討を行っており、今後の動向に注目しています。
千葉 データ利活用は、船橋市も今後進めていくべきテーマです。〈非識別加工情報・オープンデータとして社会全体で活用する〉〈EBPMなど高度な分析で活用する〉ことも重要ですが、同時にもう少し身近な世界でのデータ利活用にも目を向けるべきでしょう。
例えば、職員が来年度の待機児童数をシミュレーションしたいと思っても、必要なデータを得るために関係各課との調整作業が発生します。これは大変ですよね。まずは住民の基礎データだけでももっと手軽に活用できるよう改善されるべきだと思いますね。また、紙で保管された情報はそのままでは分析に利用できないため、デジタル化により“すぐに使える状態”としていくことも重要です。
宮森 さらに、部門間連携という課題もあります。例えば、福祉では介護や障がい、生活保護などの情報が制度ごとに管理されていますが、関係課で共有されていません。情報が一元的に管理・共有されていれば、複雑な課題を持つ住民の相談にもワンストップで対応できるようになります。そのためにも情報共有のあり方を考え、いろいろな視点で行政が保有するデータを利活用する工夫が必要だと思いますね。
原 おっしゃる通りですね。包括的な相談体制の実現には、個人や世帯が抱える課題を関係課が共有できる仕組みが必要です。
篠崎 特に福祉相談の分野では、関係課の情報共有が重要ですね。TKCの福祉相談支援システムも〈情報を一元的に管理・共有できる〉点が評価されています。また、こうした関係課のデータ連携は、ほかにも引っ越しや子育てなどでも有効と考えています。
千葉 近年、高齢や介護、障がい、生活困窮、子育てなど複数の課題を抱える世帯が増えており、制度や分野を超えた包括的な支援は必要不可欠ですね。船橋市でも、分野ごとに分かれていた業務システムの統合も視野に入れた検討を開始しました。
すでに葛飾区や海老名市が実施していますが、窓口は今後「住民総合窓口」と「福祉総合窓口」の二つに集約されていくと考えています。行政デジタル化が進む中で住民総合窓口は徐々に縮小しても、福祉相談業務に特化した窓口は最後まで残っていくでしょうね。
──会津若松+では、全国でも極めて珍しい、基幹システムの健康情報を活用したサービスを提供しています。
宮森 市の高齢化率は全国平均よりも高く、医療・介護費用の増加を抑制するには健康寿命の延伸が欠かせません。そこで、個人の健診や診療・投薬などの健康情報を集約して分析し、〈健康偏差値〉として会津若松+で閲覧できるようにすることで、市民の健康意識を高め健康管理や予防医療につなげる取り組みを進めています。
その一環として取り組んだのが、電子母子手帳「母子健康情報サービス」です。一般的な母子手帳アプリでは自ら記載する必要がありますが、市の母子手帳アプリであれば市が保有する乳幼児健診結果や予防接種の履歴を連携させることができます。利用者はスマートフォンなどから常に最新の情報を閲覧でき、受診状況に合わせて予防接種の案内なども受け取れます。
ヘルスケアのデジタル化は少子高齢・人口減少社会において注目される分野ですが、必ず個人情報保護の問題がついて回ります。これに対するわれわれなりの一つの答えが、〈本人同意を得て、利用者自身が登録した個人情報を活用する〉ということです。
原 まさに、利用者がサービスなどを受けるために同意するオプトインの考え方で、そうしたニーズは今後高まると思います。行政デジタル化によって、個人情報をオンライン上で取り扱うことは確実に増えていきます。個人情報保護など情報セキュリティー面は極めて重要ですが、利用者視点でのサービス改革という点ではデータをいつでも安全に利用できる〈可用性〉や〈利便性〉にも着目した議論を期待したいですね。
千葉 データの活用という点で、会津若松+の取り組みは興味深いですね。
いま、多くの団体が創意工夫を凝らしたポータルサービスを提供し始めていますが、極論をいえば全国民共通のポータルが一つあればいいと考えています。どこに引っ越してもそこにアクセスすれば各種申請が行え、必要な情報も受け取れる──将来的にはマイナポータルがその役目を果たしていくのでしょう。そうなれば、現状、個別に構築が進められている電子申請基盤なども、マイナポータルに集約されていくのかなと期待しています。
宮森 おっしゃる通り“入口”としてマイナポータルがあり、そこから自治体ごとのサービスを利用できるのが理想ですね。
原 そのためには、本人認証基盤を持つマイナンバーカードの普及拡大が必要です。姫路市では電子証明書を活用した全国初の試みとして16年から図書館カードに利用していますが、このようにカードを“普段遣い”できる場面をもっと拡大していかなければ。3月には健康保険証での利用もスタートしますが、民間も含め便利なサービスがたくさん登場することが望まれます。
今後の取り組み
──今後の取り組みは。
千葉 個人的にはいろいろな思いがありますが、一つ挙げるとすればやはりマイナンバーカードの普及拡大です。これについては市役所全体で取り組んでいきます。ただ、「カードを持ちたい」という利用者の動機付けを図るには行政サービスだけは不十分で、民間サービスでの活用拡大に期待しています。そのために、当面の間は電子証明書の署名検証の費用を無償にするなど、国にはぜひ思い切った策を講じていただきたいですね。
原 私もやりたいことが多い。中でもデジタル・ガバメントの要と考えるデータとデータを安全に連携させるデータ連携基盤の強化拡充を図りたいと考えています。いま、現場ではオンライン申請の拡充やタブレットによる申請受付のデジタル化などが検討・計画されています。ただ、これでフロントが効率化されても、バックヤードの作業負担が増えるのでは本末転倒です。そのため、オンラインで申請されたデータを基幹システムへスムーズに連携できるようにしたい。加えて、時代に即したサービスを考える上では、基幹システムが持つ個人情報を安全にインターネット側に提供できる仕組みも必要でしょう。そのためには、データ項目や連携部分の標準化など検討すべき課題はまだまだたくさんあり、全国の自治体と一緒に“あるべき姿”を考えていきたいですね。
宮森 高齢福祉課としては、引き続きヘルスケアのデジタル化に取り組みます。母子健康手帳サービスに次いで、20年度からは小中学生の健診情報をデータ化して活用を開始しました。これらは一つ一つが非常に時間のかかるテーマですが、ぜひ地域創生の成功モデルとして実現させていきたいと考えています。そこで必要となるのは、やはり個人情報の保護と、適正・効果的な活用を両立させるためのルールづくりです。これは自治体の条例だけで対応できるものではなく、国の動きに注目しています。
──そうした中でITベンダーに期待することは何でしょうか。
司会)松下邦彦
千葉 昨今、さまざまな電子申請システムが次々と登場していますが、カウンターの“向こう”と“こっち”という境がなくならない限り、窓口で紙を渡しているのと状況は変わりません。そのためには、インターネット経由で市民から受け取った情報が、基幹系システムへ“一気通貫”で連携されることが重要で、ITベンダーの皆さんの取り組みに大いに期待しています。
原 千葉さんの発言に一つ追加するとすれば、マイナンバーカードの利用拡大への期待です。TKCとは、以前からカード利活用の実証に取り組んできました。今後、カードの利用範囲はさらに拡大すると考えており、これまで培った知識やノウハウを生かして幅広く展開してほしいですね。われわれもぜひ一緒にアイデアを出しながら取り組んでいければと考えています。
宮森 少子高齢・人口減少に伴い生産年齢人口が減る一方で、自治体の業務は確実に増えていきます。しかも、情報化にかかる事業予算は減っていくはずで、業務システムなどの標準化の動きも無視できません。その意味では、お互いに厳しい時代を迎えますが、そうした中でもITのプロとして〈使いやすく〉〈業務の効率化〉と〈市民の利便性向上〉に資するシステムの提供を期待しています。
篠崎 千葉さんのご指摘の通り、基幹系システムとの一気通貫は重要ですね。TKCでもそれを基本として、スマート申請システムなどの開発に取り組んでいます。また、原さんにはカード利活用の実証を通じて、多くの知見をいただきました。その成果はすでに多くのシステムに生かされています。さらに、宮森さんが指摘されたデータの連携と利活用の問題は、行政デジタル化推進における大きなテーマです。われわれとしても皆さんの期待に応えられるよう努めてまいります。
──長時間、多岐にわたる議論となりましたが、デジタル化へ取り組む全国の自治体にとって参考となる、また大いに勇気付けられる内容になったと思います。本日は、ありがとうございました。
掲載:『新風』2021年1月号