事務所経営

「縁ある方々との幸せの共有」のため関与先の経営支援と職員育成に尽力

山浦義行税理士事務所 山浦義行会員(九州会副会長・佐賀支部)
山浦義行会員

山浦義行会員

中小企業の経営支援がしたくて銀行員から税理士に転身したという山浦義行会員(65歳)。事務所合併やシステム移行などを経験しながら事務所を成長させてきた山浦会員に、これまでの軌跡をお聞きした。

銀行員時代に融資先の倒産を体験し税理士の存在意義に疑問を持つ

 ──山浦先生は伊万里市のご出身とのことですが、子供の頃の環境や思い出をお聞かせください。

D・カーネギーの名著『人を動かす』

山浦会員の「座右の書」である
D・カーネギーの名著
『人を動かす』(昭和12年の初版)

 山浦 伊万里は陶磁器で有名ですが、昔は炭鉱で栄えた町で、同級生には炭鉱で働いていた方の子供がたくさんいました。
 父は戦争から帰ってきて役場(市役所)に勤めていたのですが、当時の公務員はかなり給料が安くて、屋根裏の小さな部屋を借りなければならないくらい貧しい家庭でした。父は努力家で正義感が強く、困った人を放っておけない性格だったので、そうした姿を見て私も曲がったことが大嫌いな性分になったのだと思います。
 以前、役所の職員の落ち度で書類の不備があったのですが、謝りもせずに電話で「もう一度来てください」と言われたときには「ミスした側が呼びつけるなど民間ではあり得ない。そちらが来るべきだ」と怒ってしまい、職員に「そこまで言わんでも」と注意されたくらいです(笑)。
 父の影響という点ではもう一つ、父が78歳で亡くなったあと何気なく本棚を見ていたら1冊の本が目にとまりました。それがカーネギーの『人を動かす』(創元社・昭和12年刊)でした。当時はカーネギーのことを知らなかったのですが、コミュニケーションの参考書として素晴らしい本で、その後の仕事にも非常に役立ちました。

 ──税理士になる前は銀行にお勤めだったそうですね。

 山浦 大学卒業後は地元で働きたいと思っていたので、地方銀行に就職しました。最初の数年は得意先回りを、その後は融資係として貸付け業務に携わったのですが、その時の経験が税理士を目指すきっかけになりました。

 ──どんなことがあったのですか。

 山浦 ある建設業の融資先から追加融資の依頼があり、業績は良くなかったのですが資金を追加しないと倒産してしまうので、何とかしたいと思い稟議書を作成しました。ただ決算書を見るとどうも粉飾したような形跡があったので、その会社まで行って帳簿を見せてもらったのです。すると思ったとおり裏帳簿が出てきて、提出されていたのは銀行用に粉飾された決算書だったと分かり、融資をストップせざるを得なくなりました。
 結局貸し倒れとなったのですが、私は一担当者にすぎなかったのでペナルティはなかったものの、支店長が責任を取らされたのです。
 その時に思ったのが、粉飾決算がいけないのは当然としても、税理士がいるのになぜこれほど業績が悪くなるまで何もできなかったのかということ。その企業に顧問税理士がいるということは知っていましたが、経営助言はもちろん、資金繰りのアドバイスをしている形跡もなく、まったく存在感を感じませんでした。それなら自分が中小企業の側に立って支援しようと考え、34歳の時12年間勤めた銀行を辞めて税理士になる決意をしました。
 背水の陣で勉強に打ち込み、退職後4年で税理士資格を取りました。最後の1年間は勉強しながら福岡市内の会計事務所で修業をさせてもらい、合格後もしばらく経験を積んだあと、平成元年、39歳のときに地元伊万里市で開業しました。

使い勝手は「慣れ」の問題と気がつきシステムの全面移行を成功させる

 ──TKC入会のきっかけは。

 山浦 開業当初は他社システムを使っていましたが、当時のセンター長代理が何度も訪ねてきて入会を勧められるようになり、ある時未入会税理士向けのセミナーに誘われたので行ってみたのです。
 講師が北九州支部の松本健司先生で、経営計画の策定支援や資金繰りのアドバイスの重要性を力説しており「自分がやりたいと思っていたのはまさにこれだ」と感じ、平成2年に入会しました。
 ただ最初は処理速度が遅く使いづらかったため、数年間は他社システムとの併用でした。それでも、佐賀支部は人数が少なかったからだと思いますが、支部のニューメンバーズ・サービス委員長に任命されて会務に携わるようになり、平成12年から4年間九州会ニューメンバーズ・サービス委員長を務めました。そのおかげで、飯塚毅全国会初代会長の話を直接聞く機会にも恵まれました。

 ──初代会長の印象はいかがでしたか。

 山浦 話し方に迫力があるせいか、最初は、少し高圧的な方かと思いました。ただ、話を聞いたり著書を読んだりしているうちに「人生の一回性」など心に響くものを感じ、また心の底から会計人の使命を考えているすごい方だと分かり、多くの示唆を与えてもらいました。
 自計化システムについても、会務に携わるうちに、データの改ざん禁止などその開発思想が少しずつ分かってきたので、併用していた他社システムからの全面移行を決意しました。

 ──移行はスムーズに進みましたか。

 山浦 最初は職員にとまどいがあり、なかなか進みませんでした。でもある時、新規のお客さまと契約をしたので、入所したばかりの新人職員にTKCシステム利用で担当になってもらったのです。そのあと他社システム利用の別のお客さまの担当をつけたところ「システムが使いにくい」と言い出しました。それを聞いて他の職員も気付いたのです。使い勝手が悪いのではなく、単に「慣れ」の問題なのだということに。
 それをきっかけに、ほぼすべてのお客さまのシステム移行に成功しました。

関与先拡大ルートの約9割は既存の関与先からの紹介

 ──同じ佐賀支部の香田末男会員の事務所と合併したそうですが、経緯を教えてください。

 山浦 実は香田先生は父の知り合いで開業当初から親しく接していただいていたこともあり、数年前から合併の話は出ていました。ただ私も自分の事務所の業務品質を維持するのに精一杯だったのでそこまで踏み込めませんでしたが、いよいよ香田先生もご高齢になってきたこともあり、香田先生のお人柄にも押され、平成24年1月に合併しました。

 ──合併にあたり大変だったことは。

 山浦 香田先生は会長に就任し第一線から退かれたので、3名の職員さんがスムーズになじんでくれるかどうかが心配でした。同じTKCでも組織風土や業務の進め方は違いますから、合併が決まってから1年間の準備期間を設けて、毎月事務所の会議に参加するなど雰囲気に慣れてもらうことで、比較的スムーズに一緒になれたのではないかと思います。
 現在は職員16名、月次巡回監査対象の関与先は約180件になるまで成長することができました。

 ──関与先はどのように拡大してきたのですか。

 山浦 開業時は従兄弟の会社など3件でスタートして、2年目20件、5年目94件、10年目126件と順調に増えてきましたが、拡大のためだけにやってきたことはなく、ほとんどが既存のお客さまからの紹介です。ただお客さまのことを真剣に考えて、支援を続けてきた結果、継続的に紹介いただけたのだと思います。
 10年ほど前からは、拡大よりも「事務所総合力」の指標である翌月巡回監査率、KFS、中小会計要領への準拠など、お客さまへのサービスの質を高めることを意識しています。そのため顧問契約のハードルを高くしており、経営への意識が低かったり脱税志向が見受けられたりしたら、あえて顧問料を高く提示することで実質的にお断りしています。

 ──そうすると、最近はどのように関与先を増やしているのでしょうか。

 山浦 引き続きお客さまや金融機関からの紹介は受けているので毎年数件は増えていますし、今後も減ることはないと考えています。というのは、会計事務所に対する社会からの期待が変わってきているのを強く感じるからです。つまり、月次決算や経営計画の策定、資金繰り相談などに対応できる事務所にお客さまが集まってきています。
 例えば、先代から会社を継いだ若い経営者からは「右肩上がりの時代ではないのできちんと経営計画を立て業績を管理したいのに、先代から顧問してもらっている税理士はそうした要望に対応してくれない」という声をよく聞きます。
 今後記帳代行と申告業務だけしかしてこなかった事務所から移行する会社が増えてくることに備えて、職員の採用・育成など事務所の受け入れ体制を整えているところです。

職員の皆さんと。「みんな本当に一生懸命働いてくれています」(山浦会員)

職員の皆さんと。「みんな本当に一生懸命働いてくれています」(山浦会員)

所是は「職場の仲間への感謝と貢献」どこでも通用する職員を育てたい

 ──職員育成について詳しくお聞かせいただけますか。

 山浦 職員については、能力よりも考え方を重視して採用・育成をしています。当事務所の所是は、①顧問先への感謝と貢献②社会への感謝と貢献③職場の仲間への感謝と貢献──とありますが、特に重視しているのが3つ目です。
 例えば、職員の中には小さな子供さんのいる女性がいますが、子供さんの病気などで突然休まなければいけないこともありますよね。その時、当然の権利のような態度でお礼も言わないのでは困るし、他の職員も自分もいつ突発的に休まなければいけなくなるか分からないので「お互いさま」と快く対応してほしい。気持ちよく仕事をするために、常に仲間への感謝を忘れてはいけないということは厳しく伝えています。

 ──実務面についてはどのように指導されていますか。

事務所には経営理念と所是が掲げられている

事務所には経営理念と所是が掲げられている

 山浦 日商簿記検定や銀行業務検定、TKCの巡回監査士試験などには必ず挑戦してもらっており、現在は3名の巡回監査士がいます。一定期間に合格できなければ退職勧奨をするなど厳しい規定もありますが、これまで期限までに合格できなかった職員は1人もいません。また、税理士資格取得を目指している職員には週に3日だけの勤務にして大学院に通ってもらっています。
 このように職員育成に力を入れているのは、もし何かあって職員が転職したとき、どこでも通用するようになってほしいという思いがあるからです。事務所の経営理念は「縁ある方々との幸せの共有、それが私たちの願いです」なのですが、そこには当然職員も含まれます。
 人生は何があるか分からないので、いつまでも当事務所で働けるとは限りません。仮に他の職場に転職した時でも、何事にも自信を持って挑戦していけるように、職員のスキルアップをすることが私の役割だと考えています。

 ──他に、職員育成で工夫されていることはありますか。

 山浦 当事務所では、委員会制度と班制度を取り入れています。
 委員会制度は、総務、研修、書面添付、業務改革など約10の委員会に2名から3名の職員が所属し、それぞれの目標推進のために企画を立てています。
 一方班制度は、2名から3名の職員で構成される班をいくつか作り、ランダムに割り当てられたお客さまを班単位で担当する仕組みです。これによってお客さまの情報共有が可能になり、仮に誰かが急に休んだり退職したりしてもお客さまに迷惑がかからないようにしています。
 委員長、班長は必ずしも職階が上の職員が就くのではなく、新人がトップになることもあります。また定期的に交代するので、すべての職員が、目標達成のためにどうすれば良いか考え、事務所内会議などでプレゼンをしたり、時には厳しく指摘を受けたりするといった経験を積むことができます。
 これらの制度は、表面的には事務所の業務改善や顧客満足度の向上が目的のようですが、本当の狙いは、職員にお互いに協力することの大切さや、相手の立場に立って仕事ができるようになってもらうことです。小さくても組織のリーダーとして人を動かす難しさなどを経験するからこそ、社長の苦労も理解できますし、経理指導や経営のアドバイスをするときにも説得力が生まれるのではないでしょうか。

「中小企業を助けたい」という思いは金融機関も税理士も共有できるはず

 ──山浦先生は金融機関のご出身ですが、7000プロジェクトについてはどのようにお考えですか。

 山浦 経営改善計画策定支援事業の利用申請は10件提出しています。私は中小企業の経営支援をしたくて税理士になったくらいですから、継続MASを使った経営計画の策定やモニタリングは当たり前。はじめは金融機関の当事業に対する認識が低かったので説明に苦労しましたが、今では金融機関も変わっています。
 特に以前銀行にいた経験からお伝えしたいのは、金融機関も融資先をなんとかしてあげたいと考えているということ。TKCのセミナーなどでもよく話すのですが「われわれも金融機関もお客さまを助けたいのだ」という前提で物事を考えていく必要があると思います。
 金融機関が協力的に見えない理由の一つは、担当者が抱えている案件が多くて忙しいという事情があります。それなのに、融資を申し込む際に半年も前の試算表を持ってこられ、経営計画書も準備していなければ、何とかしたくても稟議の書きようがないのです。
 お客さまの近くにいて、こうした金融機関側の事情も把握しているのは税理士だけです。だからこそ、われわれ税理士が中小企業の経営者を指導するとともに、経営改善計画の策定を支援していかなければいけないと感じています。

 ──事務所総合力の強化についてはいかがですか。

 山浦 当事務所は「TKC全国会重点活動テーマ・第1ステージ単年度表彰会員一覧」の「KFS実践割合30%以上の全事務所」で『TKC会報』(4月号)に掲載されたのですが、30%をギリギリ上回る程度でしたので、もっと頑張らなければいけないと感じています。
 私の実感ではもう少し数字が良いと思っていたのですが、事務所総合力KPI(重要業績評価指標)を分析すると、何か一つだけ欠けているというお客さまが多かった。そのため、職員と一緒に改善策を検討しているところです。
 また、九州会副会長としては、地域会全体の底上げもしなければなりません。個々の事情がありますから100%は難しいにしても、少なくとも関与先の半数以上でTKC自計化システムと継続MASが導入できるよう呼びかけていきたいと考えています。

直近の課題は関与先と事務所の承継「自利利他」の経営を続けていきたい

 ──事務所経営の展望をお聞かせください。

伊万里駅から車で10分弱の住宅街にある山浦事務所

伊万里駅から車で10分弱の住宅街にある山浦事務所

 山浦 直近の目標として一番力を入れているのは、お客さまの事業承継の支援です。当事務所のお客さまも社長の高齢化が進み、承継の時期にきているのに対策ができていない会社が多いという問題を抱えています。
 これに対応するため、例えば事務所に「事業承継支援課」という部署を作り、後継者育成のお手伝いやM&Aのアドバイス、あるいは自社株評価や相続対策など、総合的なソリューションを提案できるようにしていきたい。そのためには、より高度な専門知識も必要となってくるので、職員のレベルアップにも取り組みます。
 もう一つは当事務所の承継です。私ももう65歳なので、事務所継続のために真剣に考えなければいけません。
 具体的には税理士法人化を検討しています。現在、税理士は香田先生と私の他に1名いるのですが、もう1名有資格者を採用することになりました。彼はもともと当事務所の職員として働いていて、税理士資格を取るために退職し合格後は福岡で開業していましたが、今回声をかけたところ力を貸してくれることになりました。

 ──これまでの事務所経営を踏まえて、会員に伝えたいことはありますか。

 山浦 大切なのは本気でお客さまのことを考えること、TKCで言えば「自利利他」ということですが、これに尽きると思います。
 中小企業の数がどんどん減っており、お客さまの確保が難しいと言われています。しかし当事務所もそうだったように、本当にお客さまのことを考えて経営支援に取り組んでいれば、特別なことをしなくても必ずお客さまは増えます。
 もちろん、すぐに思いが伝わるわけではありません。私も最初はなかなかお客さまに信頼してもらえず、何かアドバイスしてもまったく聞いてもらえなかった経験もありますが、1年、2年と関与を続けていくうちに徐々にうち解けて、心から信頼していただけるようになりました。
 今後も「自利利他」の精神を職員に引き継ぎながら、地域社会に貢献していきたいと思います。


山浦義行(やまうら・よしゆき)会員
昭和63年税理士登録、平成元年開業、平成2年TKC全国会入会。現TKC九州会副会長。
山浦義行税理士事務所
 住所:佐賀県伊万里市立花町2404-50
 電話:0955-23-5893

(TKC出版 村井剛大)

(会報『TKC』平成27年6月号より転載)