独立開業

関与先拡大・職員育成の「壁」を乗り越え、お客さまとともに成長する事務所に

重点活動テーマ・ニューメンバーズ部門表彰者

とき:平成27年4月3日(金) ところ:TKC東京本社

平成26年度「TKC全国会重点活動テーマ・ニューメンバーズ部門表彰」の各項目で第1位、第2位となった3名の会員が、TKCシステム導入の工夫や関与先拡大・職員育成など、ニューメンバーズにとって関心の高いテーマについて語り合った。

出席者(敬称略・順不同)
【翌月巡回監査率90%超達成第2位】
 村田顕吉朗会員(東京都心会):平成24年8月入会
【継続MAS純増件数第2位】
 堀 佳一会員(中部会):平成24年9月入会
【FX2純増件数第1位】
 清水谷洋樹会員(九州会):平成25年1月入会

司会/TKC全国会ニューメンバーズ・サービス委員会
 ニューメンバーズフォロー部会小委員長 髙須賀 敦会員(四国会)

座談会

事務所のロゴマークは経営理念を表現した「黒いシカ(クロジカ)」

 ──事務所の概要をお聞かせください。

 村田 事務所は東京の四谷で、職員は税理士資格を持っている妻と監査担当者1名、内勤2名の計4名です。今回は、「翌月巡回監査率90%超達成」(第2位)の項目で表彰していただきました。
 よく「おじいちゃんみたいな名前ですね」と言われますが(笑)、いま32歳です。2年半前に独立・開業し、その前は埼玉県のTKC会員事務所で経験を積ませていただいていたので、開業と同時に入会を決めました。
 勤めていた事務所は資産税に特化していたので私も資産税が得意で、はじめはそれを事務所のアピールポイントにしていましたが、最近同年代の経営者を紹介いただく機会が増え、現在お客さまは法人31件、個人25件という状況です。

  地元が岐阜県なのですが、叔父が同じ岐阜県の大垣市で税理士をしていたことがきっかけでこの職業を知り、大学から税理士試験の勉強をはじめました。経理専門学校で非常勤講師をしながら4科目まで合格したのですが、実務経験を積むために会計事務所に勤めたら仕事が楽しくなってしまい、勉強がおろそかに。結局資格取得まで8年かかり、平成24年に開業しました。
 職員は妻とパート社員2名の計3名です。事務所のロゴマークが黒いシカなのですが、これは「お客さまを黒字化(クロジカ)したい」という経営理念を表現した駄洒落です(笑)。表彰項目は「継続MAS純増件数」(第2位)です。
 私も職員時代に勤めていた事務所がオールTKCだったこと、そしてお客さまの黒字化のためには経営者の正しい意思決定が必要であり、そのためには月次巡回監査の実践に加え適正なシステムがないと難しいと思ったので、TKC入会を決めました。

 清水谷 私の経歴はちょっと特殊でして、会計事務所をはじめるまで8年間弁護士をしていました。税務訴訟を通じて税理士の知り合いが増え、勉強会にも参加するようになったのですが、その縁で税理士の妻と知り合って結婚したんです。
 結婚後もしばらくは、私は法律事務所、妻は別の会計事務所で別々に仕事をしていたのですが、たまたま熊本市内の古い税理士事務所が後継者を探しているということを知り、妻と一緒に税理士法人を設立し引き継ぐことになりました。
 お客さまは約120件で、法人と個人が半々くらい。職員は税理士の妻の他に4名います。事務所の最大の特徴は、法律事務所を兼ねていることですね。法律相談も受けられる熊本唯一の会計事務所ということで、お客さまから支持をいただいています。
 TKC入会の理由は、たまたま義父が長崎県のTKC会員で入会を勧められたこと。もう一つの理由は、引き継いだ事務所が他社システムを使った記帳代行型の事務所だったのですが、記帳代行では将来性がないので経営助言業務に軸足を移そうと考えたからです。
 そのためにはTKCのビジネスモデルが最適であると判断し、TKCに入会して1年間ですべてのお客さまをTKC自計化システムに切り替えました。今回「FX2純増件数」(第1位)で表彰されたのは、これが要因だと思います。

開業直後の無収入の時期を経験し経営者と資金繰りの辛さを共有

 ──弁護士業と税理士業ではどのような違いを感じますか。

 清水谷 一番感じたのは、弁護士の仕事はほとんどが「マイナスを減らす」仕事なのに対し、税理士業は「プラスを増やす」仕事ということ。つまり弁護士に依頼が来るときはすでに何か悪い事が起こってしまっているわけですが、税理士は社長を叱咤激励して経営がうまくいくようにもっていくわけです。この点は非常にやりがいがあるなと感じています。

 ──村田さん、堀さんは会計事務所職員を経て独立されましたが、職員時代とはまったく感覚が違いますか。

村田顕吉朗(けんきちろう)会員

村田顕吉朗(けんきちろう)会員

 村田 そうですね。関与先ゼロでスタートしたので当然収入がなかったのですが、拡大のためにさまざまな会合に出ては飲みに行っていたので、どんどん預金残高が減っていくんです。「このまま仕事がなかったらどうしよう」と独立直後は不安で仕方なかったですね。住民税や健康保険料も納付期限ギリギリまで待つなど、人生で一番真剣に資金繰りを考えた時期でした(笑)。
 ただその経験のおかげで、資金繰りに悩む経営者の気持ちが職員時代に比べて分かるようになりましたし、今では良い経験だったと感じています。

  私も村田さんと同じで開業直後はほぼ無収入の状態が続き、ヒト・モノ・カネのすべてがなくて非常に苦しかったですね。ただ独立して良かったのは、職員時代と比べて社長との距離感が縮まったこと。相談される内容もより深くなりましたし、その相談事に対して、FX2継続MASを利用して解決できたときは非常にやりがいを感じます。

巡回監査を3カ月避け続けた社長に「毎月訪問すると約束しましたよね!」

 ──今回表彰を受けた重点活動テーマの項目について、推進の工夫をお聞かせください。

 村田 翌月巡回監査は習慣です。早起きと一緒で身につけるまでは大変ですが、一度習慣になってしまえば当たり前で楽になります。当事務所でも翌月巡回監査率が90%を下回ることはありません。
 特別な推進方法というのはなく、顧問契約の際に必ず「年に1回、決算の時だけ訪問する税理士もいますが、ウチは毎月必ずお伺いするスタイルです」と社長に伝え、契約の条件としているだけです。
 中には「毎月なんて来なくていいから、その分顧問料を安くしてほしい」と渋る方もいますが、順を追って理由を説明すれば大抵ご理解いただけます。同意いただけない場合も「とりあえず半年間やらせてください。それでも必要ないと社長が判断するなら、その時に考えましょう」と強引にアポイントをとってしまいます。それで本当に「もう来なくていい」と言われたことは一度もありません。

 ──事務所が主導する姿勢を崩さないのがポイントですね。

 村田 はい。以前も、アポイントを直前でキャンセルするなど、巡回監査を避け続ける社長がいました。そうした対応が3カ月くらい続いたのでいい加減頭にきて「社長、最初に毎月訪問すると約束しましたよね! そんなに嫌ならウチじゃなくても年一の会計事務所がたくさんあるので、紹介しますよ」と少し強めに言ったら「分かりました。じゃあ○日に来てください」と日程が決まりました。
 そして訪問した際も改めて「毎月訪問しないと、良い仕事ができないんです」と説得し、ようやく毎月訪問できるようになりました。それから半年くらいして、はじめて社長から「来月はいつ来るの?」と電話があった時は「やっと巡回監査が会社の習慣になってくれた」とすごくうれしかったですね。それで自分が約束を破るわけにはいきませんから、そのお客さまの巡回監査には「何があっても絶対に行くんだ」と気合いが入ります。

 ──堀さんは継続MASの純増件数で表彰されました。

堀 佳一会員

堀 佳一会員

  事務所の方針として、「社長の正しい意思決定を支援する」と掲げているので、継続MASはほとんどのお客さまで導入しています。
 推進については、村田先生と同じで、基本的には新規のお客さまにはメリットを説明し、最初に一緒に予算を作成してしまいます。
 例えば次期の納税額を予測する際、毎月の巡回監査で継続MASにデータを受信しておくことで、3月決算の会社なら12月になったら残りの3カ月の予測を立てられますので、こうしたメリットを説明します。また帳表についても、継続MASならレーダーチャートや2期比較のグラフ、あるいは決算対策の一覧など、社長の経営判断に役立つ資料を提供することができます。
 決算書や経営計画書は会計事務所の商品ともいえるので、その質を高めることは大切ですし、経営計画を立てることで正しい経営判断ができるという点を強調するようにしています。

 ──実際に社長の経営判断に役立った事例を紹介していただけますか。

  関与して1年半ほど経つ、ある介護事業のお客さまがあります。はじめは経理体制が整っておらず、どの拠点が赤字でどの拠点で利益が出ているのかさえ、まったく分からない状態でした。
 その会社にFX2を導入して約1年をかけてデータを入力し、拠点別の業績管理や継続MASによる次期予算の作成ができるようになりました。
 今年の2月に、平成27年4月の介護報酬改定の影響も踏まえ、各拠点でどのくらい利益を見込めるか検討した結果、どうしても赤字が避けられない拠点については閉鎖するという判断をすることができました。継続MASがなければこうした意思決定は難しかったのでないかと思います。

記帳代行は家庭教師が生徒の代わりに宿題を解くようなもの

 ──清水谷さんは1年ですべての関与先をTKC自計化システムに移行したとのことですが。

清水谷洋樹会員

清水谷洋樹会員

 清水谷 はじめにお話ししたように、これだけ安価な市販ソフトや記帳代行業者が存在する中で、税理士が記帳代行をしても将来性がないということは、事務所を引き継いだ時から感じていました。
 ただ職員はずっと記帳代行しかしていないので、いきなり巡回監査をやれと言っても難しい。それならシステムを移行してしまって、自計化せざるを得ない環境を作ってしまおうと思ったのです。
 それで他社システムの更新のタイミングで一気に替えようとしたわけですが、「背水の陣」で臨んだのが良かった。つまり、他社システムが1件でも残っていると数百万円の更新料を払うことになるので、それを避けるために必死だったのです(笑)。もし一気に移行していなければ「あの社長はレンタル料に不満を言いそうだから、しばらくは他社システムのままにしよう」とかあれこれ考えてしまい、結局成功しなかったでしょうね。
 はじめは担当職員から話をしてもらって、どうしても納得いただけないお客さまには私が直接訪問して説明をしました。

 ──どのように説明したのですか。

 清水谷 一番多いのが「おたく(事務所)の仕事は減るのに、どうしてウチの負担が(レンタル料という形で)増えるのか」という質問です。これに対しては「事務所の仕事は減りません。自計化と巡回監査によって、会計事務所でなければできない財務分析や経営助言に専念するのです」あるいは「記帳代行は、家庭教師が生徒の代わりに宿題を解いているようなもの。社長自身が数字の意味を理解しないと、経営はうまくいきませんよ」と説明しました。
 実際に自計化してからは、レンタル料で不満を言ってくるお客さまはいませんし、前月の業績を見て打ち手を考えるという癖ができて「経営が楽しくなってきた」という社長も出てきました。

 ──事務所経営上のメリットについてはどのように感じていますか。

 清水谷 TKCシステムを使う前から脱税相談などには応じない姿勢でやってきたので、税務署にはある程度信頼されていましたが、システム自体が遡及訂正できないものになったためか、最近はほとんど税務調査がありません。
 また銀行との関係という点でも、融資依頼の際もスムーズに話がまとまるようになりましたし、金利の引下げ交渉にも応じていただけるようになりました。自計化はお客さまにとっても事務所にとっても、メリットが大きいと感じています。

関与先拡大のためにも職員育成は重要 派遣社員の活用も選択肢の一つに

司会/髙須賀 敦会員

司会/髙須賀 敦会員

 ──清水谷さんは弁護士からの転身ですが、今後弁護士による税理士業界への参入は増えてくるとお考えですか。

 清水谷 大抵の弁護士は簿記会計の知識が少ないし、税法関連の知識も細かい通達までは分かりません。税務調査の際に通達の解釈を巡って当局と議論するような場合は強いでしょうが、それだけで税理士業界に参入するのは容易ではないでしょう。
 私も、妻や義父が税理士であり、もともとあった事務所を引き継ぐなどの足がかりがなければ、税理士業界への参入は難しかったと思います。
 関与先拡大の際も、新規のお客さまに説明するとき「弁護士業の片手間にやっているんでしょ」と見られてしまいがちです。いくら「当事務所には(弁護士からの転身ではない)税理士試験に合格した税理士もいますよ」と説明してもなかなか納得してもらえず、思った以上に大変ですね。

 ──なるほど。関与先拡大の話が出ましたが村田さん、堀さんはいかがですか。

 村田 開業当初は「記帳代行を、できるだけ安くやってほしい」と言われて、お客さま欲しさに受けてしまった時期がありました。後から自計化をお願いしてもなかなか応じてもらえず苦労したので、これは失敗でした。
 現在の拡大ルートはお客さまや知人からの紹介が多いですね。結局は、自計化、巡回監査、経営助言などによってお客さまの満足度を高めることが、拡大の近道だったということです。

  私もはじめは拡大には試行錯誤していましたが、『TKC会報』のある記事に「営業は苦手だけど、どんな会合でも2次会、3次会と最後まで出るようにしています」と書いてあるのを読んでまねをしていました。そうすると、本当に想定外のところから紹介をいただくことがあってびっくりしました。
 営業活動は好きなのでどんどん増やしていきたいのですが、職員の問題がネックになって進めにくいという状況です。

 ──職員が足りないので、関与先を増やせないということですか。

  はい。実は最近、正社員として9カ月育てた巡回監査担当職員が辞めてしまったんです。研修カリキュラムを作ってTKCの研修にも行ってもらっていたので、すごく残念でした。
 お客さまが増えてきたら自分だけで巡回監査に行くのは限界があるので、また職員を採用しないといけないというのは分かっています。ただ、巡回監査には私自身が訪問して、お客さまをしっかり見てあげたいという気持ちがあるのと、採用しても簡単には職員に任せられないということで躊躇(ちゅうちょ)してしまっています。
 関与先を増やせば増やすほど仕事がきつくなるので、それをどう解決するかが課題です。

 清水谷 数回の面接で人の内面まで見抜くことはできないし、採用は難しいですよね。私の場合、TKCシステムに切り替えたとき一時的に人手が足りなくなったので、はじめて派遣社員さんに1カ月ほど来てもらいました。派遣会社に支払うマージンの分費用はかさみますが、会計事務所向きの人を選んでくれますし、合わなければ交代もしてもらえる。
 そして良い方であれば派遣会社と相談して直接雇用に切り替えられるし、普通に採用してから解雇した場合に比べ労働法上のリスクがないという点でも、十分選択肢の一つになると感じましたね。

座談会

書面添付にも力を入れて事務所総合力の強化を図っていきたい

 ──現在TKC全国会で推進している「事務所総合力強化」への取り組みを含め、今後の抱負をお聞かせください。

 村田 税理士事務所間の競争が激しくなっていく中で、満足度の高い仕事をしないとお客さまが離れていく可能性があります。業務品質を高めるという意味でも、事務所総合力強化は重要です。
 TKCの研修やシステムをフルに活用することで、事務所もお客さまもともに成長していきたいと思います。

  月次巡回監査や自計化、継続MASについてはある程度できてきたので、書面添付が課題だと考えています。
 まだ関与して間もないため書面添付の対象にならないお客さまも多いのですが、申告書の信頼性向上という点でも、今後は書面添付の件数を増やしていきたいですね。

 清水谷 事務所の方針として「安売りしない」ことを掲げており、よくお客さまには「他の事務所と合見積もりをとってください。当事務所の方が高い自信があります(笑)」という言い方で、サービスの質の高さをアピールします。
 もちろんその方針でいくためには業務のクオリティを高め、事務所のブランディングもしないといけません。事務所総合力強化という点では、当事務所も書面添付があまり実践できていないので、もっと力を入れていきたいと思います。

 ──本日はありがとうございました。

(構成/TKC出版 村井剛大)

(会報『TKC』平成27年5月号より転載)