事務所経営

巡回監査士としてお客さまとの信頼関係を築いていきたい

TKC巡回監査職員研修制度 巡回監査士試験優秀者座談会

とき:平成27年1月16日(金) ところ:リーガロイヤルホテル東京

平成26年度巡回監査士試験の結果は、受験者数2,391名、合格者182名、合格率7.6%だった。第121回全国会理事会で表彰を受けた成績優秀者2名が、事務所の職員教育体制、試験で得た知識の日常業務での活かし方、巡回監査実施時に特に心掛けていることなどについて語った。

出席者(敬称略・順不同)
 北川和宏税理士事務所 上野英幸氏(東北会)
 あすか税理士法人 笹村孝幸氏(北海道会)

司会/中央研修所 職員研修小委員会委員長
 河北裕二会員(近畿兵庫会)

座談会

研修は可能な限り全て参加 試験は「一発合格」が目標

 ──ご自身の経歴と、事務所について教えてください。

上野英幸氏(北川和宏税理士事務所)

上野英幸氏
(北川和宏税理士事務所)

 上野 北川和宏税理士事務所に勤めて8年です。それ以前に何度か転職しており、さまざまな業種を経験してきました。事務所は明るく元気な雰囲気で、「協力同心、知行合一、和顔愛語」を経営理念として、お客さまの発展につながるサービスの提供を心掛けています。私は現在、20件ほどの関与先を担当しています。

 笹村 あすか税理士法人(代表:川股修二会員)に入社して4年が経ちました。「多岐多様にわたる分野のプロフェッショナル集団」を目指して35名の職員が働いています。私は上野さんと逆に、この業界しか経験がなく、ずっと会計事務所勤めです。実務経験は25年ほどで、私より経験が長い職員の方とはなかなか出会うことがないですね(笑)。担当は30件以上持っています。

 ──お二人の事務所の職員教育はどのような方針ですか。

 上野 私の事務所は「研修は出られるなら全部出る」という北川所長の方針で、入社した年からすぐに行かせてもらっていました。中級職員実務試験も巡回監査士試験も「一発で合格を目指す」ことが目標というか、指令というか(笑)、そのような雰囲気の中で、前回、相続税法は受かっていたので、残り3科目を何としても1回で受かろうと決めました。妻に協力してもらって、特に試験前の6カ月は勉強ばかりしていました。

 笹村 私はこれまで試験勉強というものをほとんどせずに、仕事ばかりしてきたタイプの人間なのですが、「実務経験も活かして結果を残せるような試験にチャレンジしてみたらどうか」と川股代表からアドバイスをいただき、挑戦することにしました。
 私の事務所は「働き方の多様性」をうたっており、税理士試験などの資格取得を目指す人には、それに合った働き方を認めてくれます。それで若い職員は皆チャレンジするのですが、仕事の量が増えてくると挫折してしまうこともある。そういう人の模範となってほしいという代表の考えもあったと思います。
 この試験のために私も家族に協力してもらって、しばらくの間、土日は勉強にあて、試験直前には有給休暇を取ってみっちり勉強しました。

自信を持って回答できるとお客さまの態度が変わってくる

 ──試験内容はいかがでしたか。

笹村孝幸氏(あすか税理士法人)

笹村孝幸氏
(あすか税理士法人)

 笹村 特に中級の内容は、すごく実務に即した内容となっていて役立ちますね。合否に関係なく誰しもが毎年受験してもいいと思います。

 ──内容としては、業務上ベースになるところが中級職員実務試験で、その先の、さらに深い知識が必要とされるような難題や個別の論点を中心に設問しているのが巡回監査士試験です。

 上野 巡回監査士試験には日常業務ではなかなか触れないような高レベルな内容もありますが、中級の知識だけでは実務に対応しきれない部分もありますよね。勉強するときには、実際に自分がその状況に直面したつもりで問題に取り組んでいました。
 年次が上がれば担当する件数も増えて勉強時間の確保が難しくなりますので、もしも事務所の理解や応援がなければ敬遠していたかもしれません。

 ──実務に活かせる力が身に付きますので、多くの方に資格取得を目指していただきたいですね。
 次に、今後のスキルアップについてのお考えや、現在取り組まれていることがあれば教えてください。

 上野 これまであまり勉強熱心ではありませんでしたが、いざ挑戦してみると、新しい知識を得ることは楽しいことだと気付くことができました。今後は、社会保険労務士や行政書士などの資格を目指すことも考えています。そこに関連した質問を受けることが多いので、仕事の幅が広がるかなと。
 お客さまからの質問に対して、その場で、自信を持ってスムーズに答えることができると、信頼度が高まるようで、自分への接し方も明らかに変わってきます。信頼関係を深めることで、新たな関与先の紹介をいただける場合もありますので、知識を身に付けるのは本当に大切なことだと実感します。

 笹村 相手との信頼関係によって、話せる内容や提案の仕方も変わってきますよね。
 私は、試験に向けて勉強することはこれまでほとんどありませんでしたが、実務経験を地道に積み重ねてスキルアップしてこられたのかなと考えています。仕事をしていると日々分からないことが出てきますので、「問題に直面し、調べる」を繰り返し、知識を身に付けてきました。
 今回、巡回監査士試験のための勉強をしたことは、とてもいい経験になり、新しい気付きもありました。例えば普段勉強する機会のない「租税法」は非常に面白かったです。条文の読み方や自分の考え方が変わった感じがしました。
 また、継続MASシステムの専任講師を務めて2年目になるのですが、職員同士で集まってどのように研修を進めるか自分たちで考えると、勉強になることが多く、やりがいもあります。他の事務所の職員さんと話ができるのも楽しいです。

 ──資格取得がゴールではなく、学び続けてほしいという思いもあり、中央研修所では巡回監査士を対象とした新たな研修の開催も予定しています。今後は職員同士の交流の場を、もっと増やしたいと考えています。

 笹村 職員は、他の事務所がどのように業務に取り組んでいるのか話を聞くことがなかなかできないので、貴重な機会になりそうですね。

社長の話をじっくり聞き今後の計画を話し合う

司会/河北裕二会員(近畿兵庫会)

司会/河北裕二会員
(近畿兵庫会)

 ──巡回監査のときに、特に心掛けていることはありますか。

 上野 「お客さま目線で」仕事に取り組むことを大事にしています。
 何年も前の話ですが、お客さまに財務三表などの数字の説明をしていたところ「意味がよく分からない」と言われてしまいました。細かい数字を理解していない相手に対して、ひとりよがりな説明をしていたのです。それをきっかけに、「お客さま目線で」考えることを意識的に実践するようにしたところ、ずいぶん変われた気がします。
 お客さまと初めて会うときは最初から仕事の話をせずに、まずは雑談から始め、相手の話をとにかくじっくり聞きます。途中で話を遮ることなく気持ちよく話していただき、6時間ほど傾聴してしまったこともありました(笑)。
 話を聞いて相手を知ることで相手の立場で物事を考えられるようになり、そこで信頼関係が生まれ、その後の経営計画の策定や、提案などがスムーズにできるようになります。
 私の事務所では所長の考えで、新規のお客さまの所に職員1人で行って、システムの立ち上げから全てを1人で行うことがあります。そのような経験を積ませてもらったこともあって、最近では付き合いの浅いお客さまからも「昔からの知り合いみたいだね」とすぐに心を開いていただけることが増え、とてもうれしく思っています。

 笹村 私が心掛けていることは、お客さまに説明をするときに、大事なところにポイントを絞って簡潔に話をすることです。大事なところを分かりやすくするために、マネジメントレポート(MR)設計ツールを使用して、お客さまが見やすい資料を作ることもあります。
 私も上野さんと同様、細かい数字の説明に長時間をかけることはしません。もちろん過去の数値を見て分析することは大切ですが、中小企業の経営者は、いつも会社のことばかり考えている方々ですので、「キャッシュフローが弱い」、「売上が足りない」、「原価管理が甘い」など一番肝心なところは理解していることが多いです。そこを聞いてみて、もしも現状とズレがあるならば、丁寧に数字を説明しながら正しいところを示します。そうでなければ、この先どのような計画で、どのような会社にしたいのかという社長の考えを聞き、話し合う時間をきちんと作ります。

 ──お二人に共通するのは、相手の話をじっくり聞くということですね。継続MASシステムは社長とのコミュニケーションツールでもありますが、どのように利用されていますか。

 笹村 積極的に利用しています。専任講師ですしね(笑)。継続MASに慣れていない方の話を聞くと、中期計画策定に苦手意識があり、1年の短期経営計画しか利用できていないことが多いようです。確かに5つの質問だけで作成できるのは楽ですが、中期経営計画策定も、ポイントをつかめば難しくありません。キャッシュフローや資金繰りについて、将来の見込み数値を具体的に提示すると、お客さまは真剣に話を聞いてくださいます。優れた機能ですのでぜひ積極的に使っていくべきだと思います。

自分の判断基準を持つためにTKC理念を学んだ方がいい

 ──これからの会計事務所は、税務や会計のサポートだけではなく、会社の未来を一緒に考え、新たな提案をしていかなくてはなりませんね。

 上野 さまざまな仕事の経験をしてきましたが、この仕事はサービス業の中で一番いい仕事だと思っています。お客さまと本音で話せますし、お互いに成長できる関係でいられるというのはとてもうれしいことです。
 最近はお客さまから求められるレベルが高くなってきて、税理士の資格を持つ人が答えるような質問に私たち職員も答えられなくてはならない。これは大変なことですが、勉強して得た知識を活かして質問に的確にお答えできたときや、こちらが提案した新たな取り組みが成功したときには、とてもやりがいを感じます。

 笹村 私はずっとTKC会員事務所勤めですので、TKC理念を叩き込まれております。理念を実現するための巡回監査の徹底について、自分でも大事なことだと考えており、必要性をすぐに理解してもらえない関与先もありますが、忍耐強く伝えるようにしています。
 所長の世代が若くなるにつれて、昔のようにTKC理念を前面に出して伝える事務所が少なくなっている傾向にあると思います。しかし職員としても、自分が仕事をする上で必要な判断基準を持つために職業倫理やTKC理念について、しっかり学んでおいた方がいいと思います。

 ──近年の、会計事務所の顧問料低価格競争や、クラウド会計ソフトの増加による混乱の波に巻き込まれないためにも、私たちは巡回監査をきっちりと実施してお客さまの要望に応え、信頼関係を一層深めていかなくてはなりませんね。
 お二人には今後も研修等に積極的に参加いただき、お客さまから信頼される巡回監査士としてスキルを高めていただければと思います。本日はどうもありがとうございました。

(構成/TKC出版 小早川万梨絵)

(会報『TKC』平成27年4月号より転載)