事務所経営

「戦略的巡回監査」を実践し続け「感謝し、感謝される事務所」を目指す

加藤税理士事務所 加藤昌也(中国会広島支部)
加藤昌也会員

加藤昌也会員

元全国会システム委員長で会計の戦略的活用を研究・実践した故・落合孝信会員の事務所を平成18年に承継した加藤昌也会員。落合会員の事務所経営手法を引き継ぎながら、「感謝し、感謝される事務所をつくっていきたい」と話す。

接客業・営業・経理等を経て税理士へ
「税理士=TKC」との思いで入会

 ──先生のストーリーをうかがいます。

 加藤 大学では経営工学部で生産管理を学んでいました。ただ「このまま卒業して就職しても面白くないな」と思って中退したんです。その後は岡山へ行き、1年ほどパチンコ店に勤めていました(笑)。たまたま知り合ったアパレル会社の社長と仲良くなり、「うちで勤めてみる?」と言われたのでそのまま営業担当としてお世話になることにしました。3年ほど経った時、社長が「どうも経理担当者の作る帳簿が信用できない。不正がありそうだ」と言い出したんですね。ただ「帳簿付けはよく分からないから、あなた勉強して」と言われて経理の専門学校に通うことになりました。
 簿記2級までは会社が受講料を出してくれていたので、「2級を取ったらもういいかな」と思っていたら学校から「1級は取らないの?」と言われて。それで勉強したら1回で受かっちゃった(笑)。そうしたら今度は「税理士はやらんの?」と言われて、「じゃあやってみようかな」と思ったのが税理士を目指す始まりです。

 ──流れに身を任せて(笑)?

 加藤 そうなんです(笑)。その後は、「地元の会計事務所で働こう」と思って広島に帰ることにしました。
 ここで最初に勤めた事務所が「TKC一本」の会員先生の事務所だったんです。9時になると皆巡回監査に行ってしまって総務の人と二人っきりというような。入所した頃はまだFX2も普及していなかったので、巡回監査担当者が持ってきた伝票を私がパンチして3枚複写伝票から元帳に分けるなどしていました。あれ手が汚れるんですよね(笑)。ここで「会計事務所ってこういうものなんだ」と強くインプットされて、「税理士=TKC」という概念が自分の中にできたと思います。
 でもここでお世話になったのは3カ月だけ。その後は不思議なご縁で、所長の友人の事務所へ「転籍」することになりました(笑)。入所7年目の平成13年に税理士登録して勤務税理士として2年間勤め、もともと独立志向が強かったこともあって、平成15年6月に独立。この時、「どうしても加藤先生に見てほしい」と言ってくれた関与先の社長が、私と一緒になって所長に頭を下げてくれて、2件を引き継ぐことができました。

 ──独立時、目指していた事務所像は。

 加藤 基本方針は「TKCでやっていこう」ということ。実はTKCには、資格を取得してすぐの平成13年にこっそり入会していたんです(笑)。やっぱり最初に勤めた事務所の影響は大きくて、「税理士になったらTKCでやっていきたい!」という気持ちをずっと持っていましたから。開業当時から、FX2による自計化や継続MASを使った経営計画策定には力を入れていました。
 その上で、目指していたのは「税務・会計・IT」の「3本柱」で指導ができるような事務所です。税務・会計は当然ですから、「あと一つ何かないかな」と考えた時に、時代の流れとして中小企業もITを活用していかないと競争できないだろうと思ったからです。この3つの指導ができる事務所なら差別化できるかなと思って日々奮闘していましたね。

SCGが仲介役となり事務所を承継
財務内容を全部見せて職員を安心させた

 ──平成18年に故・落合孝信先生の事務所を承継されたそうですが、落合先生との出会いはどのようなものでしたか。

 加藤 きっかけは、当時の落合先生の担当SCGがつくってくれました。その方は私の担当ではなかったのですが、結構ざっくばらんな、友達みたいなつきあいをしていたんですね。その彼から、平成17年の春頃に「いまは名前を言えないんですけど、後継者を探している事務所があります。1回会ってもらえませんか」と言われて。いま思えば、当然落合先生のお名前は存じ上げていましたから最初に名前を聞いていたら「俺じゃ無理だよ」と断っていたかもしれないですね(笑)。
 当時は開業2年で関与先が20件くらいだったので、そろそろ職員を入れようと思っていた時期でした。でも職員がいたら声がかかっていなかっただろうし、本当にいろいろなタイミングが合ったんだろうなと感じます。

 ──初対面では、どんなやりとりを?

 加藤 お会いしたのは平成17年の夏前、5月か6月のことだったと思います。落合先生の事務所で、会議室でした。
 その頃落合先生は結構言葉が不自由になられていて少し話をしただけなんですが、SCGによれば「いい人紹介してくれてありがとう」というメールが落合先生からすぐに入ったそうなんです。私のどこを気に入られたのかは正直よく分かりませんが、私の中で印象に残っているのは、「何か要望ある?」と聞かれた時に「平日ゴルフに行ければいいですね」なんて答えたんです(笑)。
 そうしたら落合先生は「そんな小さいことはいいんだよ。好きにしなさい」と言われて。この時、直観的に「あ、この人についていこう」と思いました(笑)。「懐が深い方だな」と感じたんですよね。
 その後は、平成18年1月5日に税理士法人を設立する方向で準備を進めていきました。関与先や取引先等に案内状を出したり、新しい名刺を刷ったり。10月からは「今度副所長として入ることになりました」と、関与先への挨拶回りもスタートさせて法人化に備えていました。
 落合先生はすぐに引退するつもりだったのですが、「2~3年は一緒にやってもらえませんか」とお願いして、その間に落合先生のノウハウを勉強しようと考えていました。ところが落合先生は平成17年12月30日に亡くなってしまわれたので、それは叶いませんでしたが……。

 ──当時のことを振り返ると……。

増山会計事務所

JR広島駅から1キロほどの場所に位置する落合ビル。
2階に事務所、3階に会議室と応接室、4階に研修室がある。

 加藤 「所長が動揺していたら職員も関与先も皆が動揺する」と思って、なるべく表に出さないように努めていました。でも本当に突然のことでしたから、後になって周りから「あの頃は本当に青い顔していたよ」と言われましたね。
 まず考えたのは、職員の離脱を防がなければいけないということ。関与先も大事ですが、職員に不安を与えたままでは関与先への支援もうまくいかず、結果的に関与先も離脱してしまうと思ったからです。そこで職員に安心して働いてもらうため、事務所の財務内容をすべて公開しました。落合先生がすごいのは、無借金経営だったんです。しかもこの自社ビルを建てた借金も完済していて内部留保もあった。だから職員には「たとえ1年間の報酬がゼロでも、皆の給料は払えるから大丈夫。何にも心配ない」ときっぱり言いました。所長として、彼らの生活の安定が一番心配でしたし、責任ですからね。これで皆安心してくれました。

 ──関与先さんの反応は?

 加藤 うれしかったのは、承継して3カ月くらい経った時のこと。関与先から社内研修の講師依頼があってお引き受けしたんです。そうしたら、そこの社長が落合先生の奥さまに「あの人、落合先生に似とるよね」と言ってくれたそうなんです。後で奥さまからこの話を聞いて、「やっていけそうかな」と、ちょっと自信が持てました。

先代が築いてくれた「経営に強い事務所」
中期経営計画策定の会議は6回開催

 ──承継後の事務所経営についてお聞かせください。

所訓、経営方針、信念

 加藤 私は半年くらいしか落合先生との接点がないので、少しずつ職員から聞いたり資料や書籍を読んだりして落合先生の考え方や方針、経営のノウハウを理解していきました。その上で、落合先生の良いところを承継しながら時代に合わせて少しずつカスタマイズしていこうと。
 例えば所訓の「創造」という言葉は、落合先生の言葉です。「この言葉はいいな」と思ってそのまま使わせてもらいました。
 経営方針と信念は私が追加したものです。経営方針は「加藤さんと出会えてよかった」と言われたいし、私も「お客さまと出会えてよかった」と言いたい、との思いから。信念については、基本的に経営が良い状態の時は相談には来ませんよね。何かもやもやしたことを抱えているから社長は相談に来るので、せめて帰る時にはちょっとでも元気になってもらいたい。そのためには会計事務所側がまずポジティブシンキングで、健康でなければいけないなと思って設定しました。
 ただひとつだけ、事務所として譲れないことがあります。それは落合先生が言われた「戦略的巡回監査」を実践し続けようということ。「戦略的巡回監査」がなくなったらうちの事務所ではなくなると思っているからです。

 ──「戦略的巡回監査」というのは。

フロー図とスローガン

「戦略的巡回監査」のフロー図(上)と
所内の壁に貼ってあるスローガン(下)。

 加藤 落合先生が書かれた『中小企業トップのための新しい経営戦略会計』(TKC出版)にあるフロー図を例外なくきっちり実行していくことです。このうちどれが欠けてもダメ。この「戦略的巡回監査」は今年のスローガンとしても掲げていて、毎日朝礼で唱和しています。認定支援機関として取り組むべきことも、結局はこのフロー図がすべて表していることですしね。

 ──フロー図を見ると、「中期経営計画策定」だけが点線になっていますが……。

 加藤 その点線は、実は有料ということです(笑)。「中期経営計画策定」では、「単価×会議の回数」というかたちで別途料金をいただいています。会議では基本的に私はオブザーバー。プレゼンや会議の進行はすべて職員に任せています。この会議が一番職員にとって勉強になるので、必ず新入職員も参加させて、議事録をとりながら先輩たちがいま何をしているかを肌で理解してもらうことにしています。
 会議は土曜日の13時~17時が多いですが、場合によっては1日がかりでみっちり議論します。終わった時には皆もうクタクタ。それに経営計画ができるまではどうしても5~6回会議を重ねなくてはならないので、結果的に私も職員も1カ月に3回ほど土曜日出勤することになります。だからきちんと報酬をいただく。もちろん職員には賞与として還元しています。
 落合先生のすごいところは、この「戦略的巡回監査」で経営という視点でものが言える事務所、つまり「経営に強い事務所」にしてくれたこと。財務コンサルの場面では、「社長、こんな流動比率でどうするんですか!」なんて職員が社長に対して怒ることもあるんです。でもうちに来られる社長はそういう話が聞きたくていらっしゃるので、怒り出す人はいませんね。知識をひけらかすような態度はもってのほかですが、「よくなってもらいたい」という願いがあれば厳しいことをいくら言っても構わないと思っています。

「業務企画書」はお客さまとの「お約束」
巡回監査率90%未満では契約違反に!

 ──「戦略的巡回監査」の継続において、重視していることはどんなことですか。

 加藤 巡回監査率は意識しています。半年分の巡回監査担当者の巡回監査率を事務所の壁に張り出して毎月確認し、90%を下回った担当者がいれば月初の所内会議でなぜ行けなかったのか、その原因を話し合って皆で改善しています。

 ──では最低基準は「90%超」?

 加藤 もちろん。巡回監査を実施することがお客さまとの約束だからです。当事務所では「業務企画書」をお客さまに提示していて、「業務内容」に「月次巡回監査」と明記していますから。もし巡回監査ができなければ契約違反。お客さまから「企画書に書いてあるじゃない。何しているの?」と言われてしまいます。
 ただし、単純に行って帰って試算表を作るだけでは戦略になりません。だからこの「企画書」には、「戦略的巡回監査」の業務内容(FX2や年3回の四半期報告会等)もきちんと書いてありますし、「会計、税務ならびに日常発生する経営に関しての助言と情報の提供」ともうたっているので、職員には「経営者と話をしてきなさい」と言っています。
 まずはFX2の画面を見ながら、社長の感覚と巡回監査後に出た数字とのギャップについて話をすること。「今月請求がずれたところは?」などと質問してこんがらがった経営の糸を解きほぐしていくと必ず感謝されますからね。経営者から「いつ来るの?」と楽しみに待ってもらえるような巡回監査担当者になりなさい、と職員にいつも言っています。

 ──企画書の提示は新規契約時ですか。

 加藤 はい。ただ新規契約の際、私はお客さまと3回会うことにしています。
 1回目は現状何に困っているか、どんなニーズをお持ちなのかなどについて1時間半ほどかけてヒアリングをします。2回目は「このお客さまだったらこの職員が合うかな」と自分の中でマッチングして担当者と一緒に面談。この時FX2のデモを見せて理解を深めてもらいます。
 そして3回目の面談時に企画書を提示して、「先日お見せしたFX2を入れてもらいます。いいですよね?」と言って了承をもらい、報酬を決めるようにしているんです。ちなみに顧問料は原則、決算料込みで年間60万円が最低基準。安売りはしないことにしています。

半年で一人前にする教育プログラム
新人への教育責任は事務所全体で負う

 ──高付加価値事務所を維持するには職員さんがカギになると聞くのですが、先生は細かく指示を出されますか。

 加藤 1から10まで、細かくは言いませんね。私の指示や目指す方向性と違うことをして職員がミスをした場合は、「ちょっと来い」と。「なんで呼ばれたか分かっているか。分かっているなら次からしっかりやれよ」。それだけ。答えは自分で見つけるしかありませんからね。

 ──行動で示せ、ということですね。

 加藤 そういうことです。これで気付けない職員は辞めていきますが、仕方のないことだと思っています。でも1~3年で辞める人はいませんし、結構皆長いですよ。一番長い人は落合先生の時代からもう20年以上働いてくれていますね。

 ──採用時の見極めは?

 加藤 採用は難しい(笑)。基準としては、「会話ができない人」「会計事務所の勤務経験がある人」は絶対に採らないと固く決めています。私自身いろいろな経験をしていることもあって、社長と経営の話をするには会計事務所だけの経験では幅がないんじゃないかなと思って。

 ──では、未経験者の育成はどうされているのですか。

 加藤 基本的には入所して1~2カ月経ったら巡回監査に出てOJTで覚えてもらいます。ただ、それとは別にきちんと6カ月で一人前にするスケジュールも立てていて、教育係は職員全員。研修科目ごとに誰が何を教えるのかを決めるのが私の仕事です。誰か一人が教育係になるとその人の負担が大きくなってしまいますから。研修の進め方や時間の使い方などは、担当職員の裁量に任せています。

 ──これは新入職員の方に苦手科目ができると連帯責任になりますね。

 加藤 そういうことです。教える側の職員は、新人に「教える責任」を果たしていないことになりますからね。でも担当科目が決まれば復習が必要ですし、教える側にとっても勉強になります。

集中研修計画表

先代から使用している「集中研修計画表」(一部)。「インスト」が担当責任者。
「初出勤の日に新入職員に手渡し、全員でケアしていく」(加藤会員)。

一人で抱えられることには限界がある
「税理士二人体制」の事務所にしたい

 ──課題と、その解決を踏まえて先生の夢やビジョンをお聞かせください。

 加藤 システム委員長の立場でいうと、FX2での自計化率が95%超、しかもかなり使いこんでしまっているからFX4クラウドへの切り替えがあまり進んでいないことです。ただ引き合いは結構あるので、中堅担当の職員と一緒に5~6件提案しているところですね。先日、7月決算を迎えた関与先に提案したところ、導入が決まってひと安心しました(笑)。
 それから関与先の拡大。いまの拡大手法はセミナーが主流で、必ず月に1回は開催企画を立てています。そこから新規契約獲得へとつなげていきたいですね。
 ただジレンマもあって。私は全関与先の決算報告会に出席しているのですが、さすがに110件を超すと回るのが難しくなってきた。「もう一人税理士がほしい」というのが本音です。税法は複雑になってきているし、経営改善計画策定や事業再生などの案件も増えてきている。私一人で抱えられることは限られているので、拡大と同時に事務所の「下地」も整えていかないといけないなと思っています。
 個人的なことをいえば、65歳で海外に移住したい(笑)。60歳だとちょっと寂しいし、後継者育成の課題もあるのであと20年かけて準備していきたいなと。

 ──後継者といっても、先生はまだ46歳とお若いですが……。

 加藤 後継者は一朝一夕に育つものではないですからね。理想は職員が育つことですが、独立間もない人が来てくれてもいい。私自身、承継の難しさも知っているしいろいろな例も見ています。残された人たちが困らないよう、いまからきちんと考えていこうと思っています。

加藤税理士事務所の皆さん

加藤税理士事務所の皆さん

(TKC出版 篠原いづみ)


加藤昌也(かとう・まさや)会員(46歳)
関与先数約110件(法人・個人含、ほぼすべて月次関与)。職員数8名(うち巡回監査担当者6名)。巡回監査率は90%超。中国会システム委員長。

加藤税理士事務所
 住所:広島県広島市西区楠木町1-10-11
 電話:082-295-6222

(会報『TKC』平成25年10月号より転載)