独立開業
困りごとの即解決をモットーとして熊本の中小企業に貢献
税理士法人熊和(ゆうわ)パートナーズ 岡野 訓(九州会熊本支部)
岡野 訓会員
「信頼とは目に見えないが、最も優先すべきことである」。税理士法人熊和パートナーズが掲げるこの言葉こそ、代表の岡野訓会員の経営方針を端的に表している。関与先はもとより、セミナー開催などを通じ地元熊本の中小企業に貢献したいと語る岡野会員に、事務所発展の戦略をお聞きした。
銀行員から税理士に転身しTKC会員事務所で修業
──税理士を目指したきっかけと、開業までの経緯をお聞かせください。
岡野 高校3年生の時、担任教師の薦めで大阪の教育系大学を受験し進学しました。卒業後はそのまま教員になる道もあったのですが、学校以外の世界を知らずに一生を終えることを想像したら、鳥かごに入れられているような窮屈さを感じたんです。
そこで、様々な業界・企業と接することができる金融機関で広い世界を見てみたいと思い、地元である熊本に戻って銀行に就職しました。
ところが、得意先係として取引企業を回り様々な提案をしても「分かりました、税理士さんに聞いてみます」という回答ばかり。実は熊本県は税理士への依存度が非常に高い土地柄なので「経営者に自分のアドバイスを受け入れてもらうためには税理士になるしかないな」と考え、1年半で銀行を退職し税理士資格の取得を目指しました。
合格後、まず会計事務所で経験を積もうと思い銀行時代の上司に相談したところ、その元上司から「同級生が開業しているからそこに行ってみなさい」と紹介されたのが、隈部幸一先生だったんです。
隈部先生のもとで約3年間、会計事務所実務だけでなくTKCについても勉強させていただき、独立して岡野会計事務所を設立したのが平成14年6月でした。
──では、独立したときは当然TKCに入会するつもりだったのですね。
岡野 はい。隈部先生はもちろんオールTKCだったので、独立後も使い慣れたTKCシステムを使うつもりで入会しました。「遡及訂正ができないのが不便」という話を聞いたことはありますが、自分はそれが当然だと思っているので、全く気になりませんでしたね。他社システムを触ったことがなく、比べようがないのが逆に良かったのでしょう。
それは巡回監査についても同じです。隈部事務所は巡回監査が当たり前だったので、開業してからもそれまでの業務フローを踏襲するだけ。新たに何か苦労するということもなく、スムーズに実施することができました。
関与先ゼロからスタートする覚悟だったのですが、隈部先生のご厚意で「自分で開拓した関与先は持っていっていいよ」と仰って下さったので、開業時は自計化ができている7件の関与先からのスタートとなりました。
また平成20年には、義理の父が所長を務めていた宮部税理士事務所と合併し、税理士法人熊和パートナーズを設立しました。現在FX2を約100社に導入し、書面添付は74件、電子申告も3000件を超えています。職員数は24名です。
「関与先に迷惑をかけない」を心がけ少しずつ信頼感を醸成
──設立から9年が経過した現在、関与先が300件以上と聞いています。こうした成長の要因はどのような点にあるとお考えでしょうか。
熊本市中心部の好立地に
事務所を構える
岡野 様々な理由があると思いますが、やはり最大の要因としては、良い意味での知名度アップ、言い換えれば「ブランド力」がついてきたことではないでしょうか。設立当初は岡野会計事務所のことは誰も知らないので、例えばセミナーを開催して経営者に来ていただき、どのような会計事務所なのかを一生懸命説明して、やっと顧問契約に結びつけていました。それが現在では「熊和パートナーズ」という名前は熊本県内の経営者には多少知られた存在となっているので、それがクチコミや紹介につながっているのだと分析をしています。
知名度アップという意味では、これまでの宣伝広告やセミナー開催などの効果が考えられますが、一番大事なのは「関与先に迷惑をかけないこと」です。
というのは、いかに知名度を上げたところで、ある経営者が関与先の社長に「熊和パートナーズって聞いたことあるけど、どう?」と聞いた時「顧問してもらっているけど、イマイチだね」と言われてしまうようでは、マイナスのイメージが広がるだけだからです。
関与先に迷惑をかけず、決して信頼を失わないこと。その積み重ねがプラスのイメージを醸成し、結果としてクチコミや紹介に繋がっていくのだと考えています。
──具体的には、どのようなルートでの関与先紹介が多いのでしょうか。
岡野 関与先のクチコミ以外だと、銀行員時代の人脈が大きいですね。地方銀行なので同期はほとんど熊本にいますし、彼らから様々な情報をもらったり関与先を紹介してもらうこともあります。
他にはセミナー関連です。当税理士法人では経営者向けのセミナーを定期的に開催していますし、また外部機関が主催するセミナーの講師を依頼されることもあります。そうしたセミナーにご参加いただいた経営者に興味を持っていただき、関与に結びつくというケースも最近は多くなっています。
圧倒的なスピード対応で社長の心をがっちりキャッチ
──事務所の最大の強みはどのような点だと考えていますか。
岡野 当税理士法人の特徴として掲げているのが「顧客対応のスピードの速さ」です。例えば巡回監査で関与先を訪問した時に「こういう資料を作って欲しい」とか「この処理の根拠条文が知りたい」など様々な質問を受けますが、その場ですべての問題を解決し、宿題を持ち帰らないことを開業当初からの目標としていました。
というのは、私自身の経験上、巡回監査をする度に宿題が増えてしまうと、そのことが大きなストレスになってしまうからです。もちろん事務所に戻ってからも遅くまで残業する必要があるなど業務効率も悪い。これを何とか解決したいとずっと考えていました。
そこで、その場で解決できなかった時はその原因を追求し、一つひとつつぶしていくことにしました。
例えば、会計や税法の質問に答えられなかったなら、どんな知識があれば答えられたのか勉強をします。あるいは議事録の書き方を質問された時、最初は議事録のひな形など持っていないので、事務所に戻ってから書籍等で調べておくのです。そうしてノウハウを蓄積しておくことで、次回に似た質問をされても、調べる時間を必要とせず、その場で解決できるようになる。当然、その情報は事務所内で共有し、誰でも同じ対応ができるようにしています。
こうした情報の蓄積・共有がソフト面ですが、ハード面についても、巡回監査担当者1人に1台のパソコンを持たせてインターネットがつながる環境を整え、その場で何でも調べられるように工夫をしています。
──そうした取組みに対する関与先の反応はいかがですか。
岡野 対応の早さに驚かれる社長も多いですね。「前の先生は、返事をくれるまで1ヶ月かかった」と言われたこともあります。
こうした対応に慣れた関与先は、もう当税理士法人から離れられなくなりますね。何か困ったことがあっても相談していただけば即座に解決するわけですから、大きな満足感を与えることができていると思います。
社長の黒字化への意識を高めることで関与先の黒字率が7割超に
──関与先の黒字割合が7割以上とお聞きしていますが、その要因はどこにあるのか教えていただけますか。
岡野 普段から巡回監査を実施し、業績をチェックする体制ができている点が大きいと思いますが、それ以上に、経営者自身、黒字化への意識を持っているかどうかが非常に大切です。
というのは「黒字だと税金を納めなければいけないので損」という考えの社長が未だにいるからです。
そういう社長は、最も望ましいのは「赤字」か、あるいは銀行からの融資を意識して「少しだけ黒字」の決算書だと思っているんですね。だからそうした社長には「黒字じゃないと会社にお金は残りませんよ」と、根気よく説明する必要があります。
説明のために実施していることの一つが、関与先経営者向けのセミナーです。節税を図って利益を減らした場合と、節税をしなかった場合のシミュレーションを実際の数字で出しています。そして5年後、どちらの場合の方が会社にお金が残っているのか説明すると、一目瞭然。こうやって社長が「腑に落ちる」ように説明すれば「何とかしなければ」と逆に危機感に迫られて、意識を180度変えていただけます。
リーマン・ショックや東日本大震災の影響で赤字に転落する関与先もあるかもしれないと心配しましたが、数字は大きく変わっていないようです。
──開業当初からそうしたセミナーを開いていたのでしょうか。
岡野 いや、最初は私が社長にお会いしたとき説明していたのですが、職員が巡回監査に行くようになると、決算期前になって「黒字だからなんとか赤字にしてくれ」「節税してくれ」と社長に求められるんです。そうすると担当者は胃が痛くなるほどのストレスを感じるというので、これは所長の自分が何とかしなければならないなと。それで社長を集めてセミナーを開催するようになったのです。
転んでもタダでは起きない大きなミスを得意業務に
──順調な事務所経営をされてきたようですが、何か失敗談はございますか。
岡野 開業して約1年後、消費税に関して非常に大きなミスがありました。簡易課税の選択不適用の届出漏れに気が付かず、本来なら受けられたはずの数百万円の還付をフイにしてしまったのです。
結局、その金額は全て事務所で負担することにしました。開業したばかりで、手持資金は全くありませんでしたから、全額、銀行からの借り入れで賄いました。吹けば飛ぶような小さな事務所でしたが、正々堂々と後ろ指を指されない経営をしていきたいとの強い思いがありました。
──そうした姿勢が、関与先の信頼につながっているのですね。
岡野 やはり、その社長が「熊和パートナーズに頼んだら、こういうミスがあってね……」と誰かに話したら、マイナスのイメージがどこまで広がってしまうかわかりません。そうした意味でも、少しでも信頼を損なわない対応が求められます。もちろん、二度と同じミスが起こらないように対策を考えましたし、逆に「消費税還付を得意業務にしてやろう」と思ったんです。消費税還付は難しいので手を出さない税理士もいるようですが、一度大失敗をしているのでもう怖いものはありません(笑)。
結局、その後は多くの消費税の還付業務を扱うことができましたし、それをきっかけに関与に繋がった案件も多い。今となっては良い経験だったととらえています。またクレーム対応という点でもう一つ心がけているのは、極力翌日に持ち越さないことです。すぐに関与先を訪問して問題を解決し、いつまでもストレスを抱えた状態にはしない。こうしたフットワークの軽い対応も、当税理士法人の特徴の一つだと考えています。
メーリングリストによる情報共有で全職員の経験値をアップできる
──職員さんの教育・採用について、工夫されていることをお聞かせください。
所内に貼られている
山本五十六の名言
岡野 まず面接の段階で、税法の知識などの能力面と、事務所のカラーに合っているかなど人柄を見るのはどこでも同じだと思います。ただ一つだけこだわっている条件があり、それは、必ず自分より年齢が下であるというものです。日本人の場合、部下が年長者だと指揮命令系統が乱れがちなので、それだけは開業当時から徹底していますね。
──事務所内における教育という点ではいかがでしょうか。
岡野 教育と言えるかどうかわかりませんが、日頃からメーリングリストによる情報共有を行っています。例えば、巡回監査に行って受けた質問などを全職員にメールし、その後どのような対応をしたのかということも全員に逐一メールするのです。そうして経験をみんなで共有することで、普通なら1人が体験したことでも、24人全員が疑似体験できます。それが蓄積されて、同じような質問にすぐ回答できるなど、関与先の満足にも繋がっていくのだと思います。
他に、私自身の勉強のために書籍の執筆なども行っています。最近では、税理士など17人の共著で会社合併の実務に関する様々なテーマを解説した書籍に携わりました。書籍の執筆となるとかなりの勉強が必要ですが、周辺知識が増えていくしそうした知識の蓄積が実務にも活かせるので、今後も機会があれば積極的に受けたいと考えています。
熊本の中小企業の発展のため大型案件にも対応できる事務所を目指す
──「共に勝つ」という経営理念をかかげていますが、詳しく教えていただけますか。
岡野 誰でも、誰かを攻撃したり傷つけたりすると、巡り巡って自分に戻って来るという経験を一度はしているのではないかと思います。
その時だけは勝ったような気でいても、人の恨みを買った言動は必ず自分に戻ってきて、最終的には帳尻が合うようになっていると思います。
だから、どんな場面でも誰かにダメージを与えないよう、全員が勝つような解決策を探ろうという想いから「共に勝つ」という経営理念を職員全員と共有しています。
──事務所としての目標や夢をお聞かせください。
岡野 よく経営目標を聞かれるのですが、現在具体的な数値での目標はありません。とにかく、今困っているお客様の問題を一生懸命解決し、満足していただく。そのことに100%専念するだけです。ただ一つ言えるのは、他県には進出するつもりはないということです。というのは、もともと独立開業をした理由の一つが、地場熊本の中小企業のお役に立ちたいということだったからです。
開業当時、難しい案件、例えばM&Aなどは熊本県内で対応できる会計事務所はありませんでした。そういう話があった時には、東京や大阪から税理士を呼んできて、高額の報酬を払って解決していたんですね。
だから、熊本にもそうした業務ができる事務所が必要だと感じ、「それなら自分が作ろう」という想いを持っていました。それなのに、例えば「福岡が景気が良いようだから、事務所を展開しよう」というのは、当初の理念と本末転倒になってしまいます。
これからも熊本に根を張り、地元の中小企業の発展のために頑張っていきたいと思っています。
岡野会員とともに関与先の支援に取り組む職員の皆さん
(TKC出版 村井剛大)
大学卒業後、金融機関勤務を経て会計事務所に入所。平成14年開業。平成20年税理士法人熊和パートナーズ設立。42歳。
税理士法人熊和パートナーズ
住所:熊本市鍛冶屋町8 熊和ビル3階
電話:096-319-3339
(会報『TKC』平成23年10月号より転載)