東日本大震災への対応
震災の翌週に巡回監査を再開 資金繰り支援と情報提供に力を注ぐ
税理士法人青木&パートナーズ 社員税理士 内出琢也(東北会宮城県支部)
取材日:平成23年4月28日(金)
内出琢也会員
大震災から約2か月、宮城県仙台市の中心部は活気を取り戻しているが、津波被害の甚大な沿岸部は復興の目処がまだ立っていない。そうした状況の中、JR仙台駅にほど近い税理士法人青木&パートナーズ(代表社員:青木正会員)の社員税理士・内出琢也会員に、地震時の様子や関与先の現状、今後の業務体制について聞いた。
業績報告会の最中、緊急速報が鳴る
──震災のときの様子を教えて下さい。
震災直後の所内の様子
内出 3月11日(14時46分)は、ちょうど巡回監査で関与先にいました。部品製造と検査業、人材派遣もやっている会社です。
監査が終わってから幹部社員さん8人くらいを交えた業績報告会をしていて、そろそろ社長がまとめの話をしようというところで、突然みんなの携帯の緊急地震速報が鳴り出しました。
この業績検討会は、毎月の巡回監査終了後、継続MASにより会社の会議室で1時間半ぐらい行っているものです。
──地震が起きて、どうされましたか。
内出 ずっと床に這いつくばっていました。地元では、宮城県沖地震がいつ来てもおかしくないと言われていたので、「ついに来たな」と思いました。
それにしても長くて凄い揺れでしたね。実際には3分くらいだったようですが。その途中で停電にもなりました。今日の会議は中止ということになって、私も2月分の月次更新を済ませていたので、すぐに事務所に帰る準備をしました。
会社の玄関を出てみると、従業員の皆さんが、工場の外に出て避難されていました。
──事務所には無事に戻れましたか。
内出 そこから事務所まで、通常、1時間ぐらいの距離ですが、そのときは車の渋滞がすごくて、3時間近くかかりました。仙台駅の近くになればなるほど混み合っていました。
交差点の信号も全部消えていたので、車の割り込みや地割れで、とても危険な状況でした。
──事務所に戻ってきたときは、どんな状態でしたか。
内出 真っ暗で、物が散乱していました(前頁写真)。その日事務所にいたスタッフと、巡回監査から戻ってきたスタッフは、もう帰宅したということが伝言板に書かれていました。
実はその日は確定申告終了の打ち上げ会で、事務所全員で秋保温泉に泊まることになっていて、いろいろ段取りをしていたのですが、叶いませんでした。
──スタッフの皆さんを帰宅させたのですね。
内出 そうです。結局、電気も来ないので、何もできませんから。
電車も止まっていたので、私も事務所の車で若いスタッフと2人で帰宅することにしました。通常、家までは30分ぐらいなのですが、そのときは5時間近くもかかってしまいました。
自宅に近づくと、道路が濡れていて「雨でもないのにおかしいな」と思いましたが、実は津波が家の1キロ先まで来ていることを後になって知り、とても驚きました。
通電の確認をして巡回監査を実施
──事務所にはいつから出てこられたのですか。
内出 自宅の被害もひどく、週明けの14日は交通手段がなかったので自宅待機して、15日から片道1時間を自転車で出社しました。
所長の指示で、事務所としては16日からできるところの巡回監査を再開しました。私は、その週の金曜日の18日から巡回監査を始めました。
事務所全体の巡回監査対象関与先が140件ぐらいですが、私の担当は法人で23件あります。そのうち沿岸部の関与先は2件あり、1件の関与先が大きな被害を受けてしまいました。
そこの社長のご自宅が石巻にあって、社長のご両親や会社の役員が行方不明でした。でもそこにも4月5日には巡回監査を実施させていただきました。
──相当大きな地震だったので、他の関与先さんの被害も大きかったのでは?
内出 製造業では機械が壊れたり、ボイラーが使えなくなったりという被害を受けています。
特にひどいのが飲食店です。食器も酒類も全部割れてしまい、やっと揃えたと思ったら余震でまた割れてと……。あとは、テナントが封鎖され、暫く営業できないという美容院もありました。それでも皆さん頑張っていました。
──そういう状況の中で、巡回監査をすると、いやがられませんでしたか。
内出 それは全然ありませんでしたね。
逆に、「食べる物あるのか?」とか言って心配して下さり、「これ持ってけ」なんて優しくしてくれた社長さんもいました。
──停電の影響はどうでしょう。
内出 巡回監査に行くときに、関与先に電気の確認はしました。
うちの事務所では全ての関与先に巡回監査支援システムを使っていて、FXかDAICも導入していますから。震災後、初めて18日に訪問した関与先は、ちょうど前の晩に電気が復旧していました。
幸いなことに、事務所は震災から2日目には電気が来ていました。仙台駅から近いからかもしれません。それもあってか、私どもの事務所が「災害復興支援本部」に指定され、何度も夜おそくまで会議が開かれていました。
3月中に青木(所長)、和川(税理士)と共に、食料とお見舞金をもって関与先を回りました。
先は見えないが頼もしい経営者魂
──巡回監査での苦労はありませんでしたか。
壊滅的な被害を受けた湾岸部
内出 当初、ガソリン不足で車がほとんど使えなかったので、自転車をフルに活用しました。あとは徒歩と地下鉄で、なんとかしました。
今の影響としては、関与先のパソコンが壊れていてデータの打ち込みができないなどの場合、事務所のパソコンを貸し出しています。津波の被害を受けたところには、TKCに帳表の再出力もしてもらっています。
気になる翌月巡回監査率については、震災前は全体でほぼ100%でしたが、やはり三月は下がってしまいました。89%くらいです。私も、23件のうち1件できませんでした。しかし今は、ほぼ回復しています。
──震災から2か月近くになりますが、関与先さんに売上ダウンなどの影響はありますか。
内出 小売業などでは、お客さんが来てくれないという状況でした。これには地域差もありまして、沿岸部は壊滅的ですが、それでも仙台はまだよいほうです。
パン屋の社長のお話では、石巻の被害はとてもひどくて、店を開けてもお客さんの気持ちがなかなか購買に向かないようです。今の時点だと、まだ先が見えないというのが正直なところのようでして、関与先も手探り状態だと思います。
それでも、経営者の皆さんが口を揃えて言うのは、「売らないことにはお金は入ってこない。だから今は売るしかないんだ」ということです。
──まさに、東北人の「負けじ魂」ですね。
内出 それはヒシヒシと感じます。
この前も被災に遭われた若い社長のところに行ったとき、「とにかく商品を用意してほしい。お金は半年ぐらい待ってくれ。その代わり、今まで以上に売ってみせるから」と仕入先にお願いしていました。それをお聞きして「ああ、なんて頼もしいんだろう。これこそが、中小企業の経営者なんだな」と強く思いました。
使える施策をかみ砕いて情報提供
──苦しいけれど頑張っている関与先さんに対して、これから会計事務所として何ができるとお考えですか。
内出 やはり当面は、色々な資金繰り支援と情報提供です。従業員の皆さんにも、震災による所得税の減免措置などを利用してもらえるように、どんどん働きかけていきたいと思います。
──TKCグループホームページでも復興支援の最新情報がチェックできますが。
内出 それについては、一通りの情報をメールやFAXで送ったり、巡回監査担当者が出力して関与先に手渡したりしました。
──関与先さんの反応は、いかがですか。
内出 難しい文章による画一的な情報ではなく、「要するに、うちの会社で使える施策はどれとどれなのか、かみ砕いて教えてほしい」というご要望がありました。それもそうだなと。
それに気付いてからは、「貴社の場合、この施策が使えそうですよ。一度、検討されてみたらいかがですか」というように、関与先の状況に合わせて情報を具体的にピックアップしてご提供するように心がけしています。そうしたら、社長の反応が全然違いました。
――情報をそのつどカスタマイズするということですね。特に、喜ばれた施策は何でしょう。
内出 一番多いのは、やはり雇用調整助成金です。震災に伴う経済上の理由でもこの助成金が利用できます。
また、融資については、日本政策金融公庫が申込みから1週間ぐらいで返事をくれるので、必要に応じて相談するように関与先にお勧めしています。
「千年に一度だから黒字にしましょう」
──これからの抱負をお聞かせ下さい。
関与先企業の社屋周辺の状況
内出 決算期が近い関与先の中には、「今年は赤字でもしょうがないな。だって千年に一度の大震災があったんだし……」という弱音をはく社長もいらっしゃいます。
でもそういうときに私は、逆に、「千年に一度の大震災なんだからこそ、黒字で申告しないと駄目じゃないですか! 社長、一緒に頑張りましょうよ!」と激励しています。
やっぱり、どんな苦しいときでも、利益確保ができるような経営のご支援をしなければなりません。それがわれわれ会計事務所に求められている、本当の役割なのではないでしょうか。
昭和49年生まれ。平成10年税理士試験合格、青木会計事務所入所、平成17年税理士法人設立。
税理士法人青木&パートナーズ
住所:宮城県仙台市宮城野区榴岡4-5-22
電話:022-291-4318
(会報『TKC』平成23年6月号より転載)