税務官公署出身会員に聞く
信頼関係は直接会うことでしか作れないだから「巡回監査」が大切
涌井義夫会員(関東信越会埼玉東支部)
涌井義夫会員
末の子供を無事卒業させたことを機に、38年間の税務官生活にピリオドを打った涌井義夫会員。第2の人生をTKC会員として歩もうと決意した最大の理由は、「TKCシステムの品質の高さと、会員同士の横のつながり」だと語る。
18の税務署を転々とした税務官時代
──関東信越国税局に就職した理由をお聞かせください。
涌井 出身は新潟県津南町です。高校卒業後、家庭の事情で大学進学はできなかったので、高校の先生が税務大学校への入学を勧めてくれました。当時は「税務署って何?」というレベルで、どんな仕事なのか全く知らなかったのですが(笑)。
1年3カ月の研修を経て、西川口税務署の所得税課(現個人税課)に配属されました。期別は32期になります。
──研修中、何が一番大変でしたか。
涌井 それが、意外とつらいと感じたことはありませんでした。生活は高校の延長という感覚でしたし、授業内容も税法や簿記だけでなく経済や法律などの講義があり、今まで知らなかったことを学ぶのは面白いなと思ってましたね。
──高校の先生は、税務官としての適性を見抜いていたのかもしれませんね。その後のご経歴を教えていただけますか。
涌井 西川口税務署に5年間勤務した後、所沢税務署に転勤すると同時に資産税課に転課しました。それ以来、埼玉県を中心に長野、日立、鹿沼など関東信越国税局管内の税務署6県18署を転々としました。長くても3年、短いと1年で異動し、昨年(平成22年)に退官して税理士登録をしました。
ある相続税調査で先妻と後妻の板挟みに
──ご専門だった資産税の仕事の難しさは、どのような点なのでしょうか。
涌井 何と言っても扱う額が大きく、また特例が多いため処理が難解だということです。資産税の場合、税法だけでなく他の法律との整合性も考慮しなければいけません。例えば、土地収用の関係では収用の根拠となる法律に合致しているのかという点も調べる必要があります。
また、香典返しは葬式費用には含まれませんが、例えば49日が終わってから香典返しを渡す地域ならすぐに判別できますが、葬式当日に渡す地域なら葬式費用に含まれるかどうかの判断に迷ってしまうことがあります。税法を適用する際は、そうしたその土地ならではの風習などを考慮して行う必要があり、それを頭だけで考えると失敗します。
──税務官時代の印象的なエピソードについてお聞かせください。
「適正課税の実現」の功績を称える表彰状
涌井 税務調査に行った時、相続財産を隠すため、銀行から預金を下ろしてトランクに保管しているということはよくありましたね。大変だったのが、先妻やその子どもと後妻の板挟みになったこと。調査のために話を聞きに行っても、お互いがお互いの悪口を言うだけで、こちらが共感を示さないと「あんたはあっちの味方なんだろう!」と怒り出して調査がまったく進まずに大変でした(笑)。
また、各税務署の処理が適正かどうかを判断する「審理専門官」の時は、「お前が判断するなら、俺の決済は必要ないじゃないか!」とある税務署の署長から文句を言われたこともありました。
巡回監査は信頼関係構築の基礎となる
──TKCに入会したきっかけは。
涌井 約7年前の長野税務署勤務時代、税務官出身のTKC会員に話を聞く機会があり、研修制度が非常に充実していることや会員同士あるいは提携企業とのつながりが強いことを知りました。また3年前に別のTKC会員から、取引相場のない株の評価について「TKCの会計ソフトだとこの金額になるけど、本当に正しいのかな」と質問されたことがあります。実際に自分の手で計算をしてみると正しい金額で、複雑な株の評価がボタン一つで出てくることに感心しました。
こうした背景があったので、税理士登録後にTKCの説明会に行った時には、入会の意志をほぼ固めていたのです。
──巡回監査についてはどのようにお考えですか。
38年間の税務官時代の資料。
長年培ったノウハウが大きな強み。
涌井 非常にいいことだと思います。ある関与先では、以前の税理士は年に1回来るだけ、何のデータも送っていないのに適当に経費を予想して決算書を作るという滅茶苦茶なことをやっていたそうです。毎月訪問していれば仕訳や税法などを説明できるし、何より何度も会うことで信頼関係が生まれます。そうしてできたつながりは簡単には切れません。
──ニューメンバーズ会員同士の勉強会に参加されているそうですね。
涌井 「無畏(むい)の会」ですね。埼玉地域で開業したばかりのTKC会員が集まって、関与先拡大の取り組みやその成果などを報告して情報共有するのが目的です。例えば、郵便局の封筒の広告はあまり効果がなかったといった経験談などは参考になります。
他にも支部例会や金融機関との交流会などには必ず顔を出します。単に情報収集というだけでなく、何度も会うことによって仲良くなり、分からないことなども気軽に聞けるようになるからです。こうした横のつながりがTKCのよさです。
──最後に、今後の事務所経営についてお聞かせください。
涌井 得意分野である資産税だけでなく、法人の関与先も増やしていきたいですね。今は1人ですが、職員を採用して法人の巡回監査を任せ、相続の難しい案件については自分の経験を生かすというのが理想です。お客様に満足してもらえるサービスを提供できるように、日々勉強していきたいと思います。
(構成/TKC出版 村井剛大)
(会報『TKC』平成23年6月号より転載)