トップ対談

自ら道を切り拓こうとの気概を持つ中小企業経営者をともに支えよう!

目次
宮川 正 中小企業基盤整備機構 理事長 × 坂本孝司 TKC全国会会長

本年7月1日に設立20周年を迎えた独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)。国の中小企業政策の中核的な実施機関として、人手不足・事業承継・価格転嫁など中小企業が抱える多様な問題に対して幅広く支援している。本年4月に理事長に就任した宮川正氏と坂本孝司TKC全国会会長が対談し、中小企業が直面する経営課題を踏まえて、中小企業支援の方向性について語り合った。

進行 TKC全国会事務局長 浅香智之
とき:令和6年7月2日(火) ところ:中小企業基盤整備機構本部

巻頭対談

目線を合わせた支援でなければ、経営者の琴線には触れられない

──本日は理事長ご就任早々のご多忙の中、坂本会長との対談を引き受けていただいてありがとうございます。

宮川 正 中小企業基盤整備機構 理事長

中小企業基盤整備機構 理事長
宮川正氏

 宮川 こちらこそよろしくお願いいたします。

──宮川理事長は、昭和57年4月に通商産業省(現経済産業省)に入省後、中部経済産業局長や中小企業庁次長、関東経済産業局長などの要職を歴任され、これまで何度か本誌のインタビューにもお応えいただきました。その後、民間企業を経て、現在、理事長としてご活躍されています。まず、宮川理事長が官僚の道へ進もうと思われた理由からお聞かせいただけますか。

 宮川 通産省へ入省するきっかけは、「ものづくり」に対する興味や探求心があったからでした。私の父が、母方の同族経営の中小企業の役員だったこともあり、日本経済が大きく成長する中で、幼い頃から家族的な中小企業経営の「空気感」を肌で感じながら育ってきました。その後、大学在学中は経済学を学んでいましたが、どちらかと言えば、製鉄所や自動車の工場見学を伴う実学のほうに興味が引かれていました。そういった影響もあり、「ものづくり」や「中小企業」との接点があり、なおかつ、さまざまな産業の支援に携わることができる通産省に入りたいと思いました。
 入省してからは、資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部政策課長や大臣官房審議官(政策総合調整担当)、ご紹介のあった通り経済産業局長などを務め、平成26年の7月に製造産業局長を最後に、退官するまで32年間、経産省におりました。振り返りますと、その大半を「ものづくり」や「中小企業」、「地域社会」に関する施策に携わっていたことになります。ですから、ある意味でこれらの分野は、私のライフワークそのものと言えると思っています。

 坂本 宮川理事長がご活躍されていたその間は、TKC全国会にとっても経済産業省・中小企業庁との関わりが大きく進展し、中小企業施策において、「会計」の活用が導入されるようになった極めて重要な期間だったと思います。
 平成21年に、日本における国際会計基準(IFRS)の導入が検討された当時、私どもTKC全国政経研究会では、一貫して、中小企業向けの会計の必要性を各方面へ訴えていました。結果、平成22年6月に「中小企業憲章」が閣議決定され、その中に「中小企業の実態に則した会計制度を整え、経営状況の明確化、経営者自身による事業の説明能力の向上、資金調達力の強化を促す」と記載されたことは画期的なことでした。
 その後、平成24年に「中小企業の会計に関する基本要領(中小会計要領)」が制定され、日本が世界に誇る中小企業向けの会計ルールが出来ました。また同時期に、「中小企業経営力強化支援法」が成立し、税務、金融および企業の財務に関する専門的な知識を持つ専門家を「経営革新等支援機関(認定支援機関)」として登録する制度が創設されました。
 現在、およそ3万3,400機関の認定支援機関の約8割以上は税理士が占めており、経営改善計画策定支援事業に始まり、各種税制措置や昨今ではコロナ禍における給付金申請等、多種多様な場面で登用されるようになりました。

 宮川 中小企業庁と金融庁の協働も進むなど、省庁の枠を超えた中小企業支援が行われるようになり、認定支援機関に対する社会からの期待も一層高まっています。TKC会員を始め多くの方々のご尽力もあって、わが国の中小企業支援政策がずいぶん進歩していると感じています。

──経産省を退官されてからはいかがでしたか。

 宮川 退官後の平成27年1月からは、大阪ガス株式会社でお世話になり、本年3月まで代表取締役副社長を務めました。約9年間の民間企業経験を経て、昨年末の中小機構の公募に手を挙げ、本年4月、理事長に就任しました。
 大阪ガスでは、中小企業とは少し状況が違うかもしれませんが、経営者目線でさまざまな経験を積ませていただきました。経産省での仕事もあわせると、ある意味で「支援する側の立場」と「支援を受ける側の立場」、つまり「官民」双方の立場を兼ね備えることができました。その上で感じているのは、企業の規模に関係なく、しっかりと寄り添って、目線を合わせた経営支援を行わなければ、中小機構として「経営者の方々の琴線に触れることはできない」ということです。

 坂本 中小企業は、100社あれば100通りの経営状況があり、それに対してミクロ(個社)レベルでの対応が求められます。そういった意味でも中小機構の皆さまには、われわれ顧問税理士とともに、これまで以上に個々の経営者に寄り添った、きめ細かな支援を実践いただきたいと考えています。

中小企業共通の喫緊の課題は人手不足・事業承継・価格転嫁

──中小企業を取り巻く経営環境の変化のスピードは速まり、以前より多くの課題が山積していると思いますが、宮川理事長はそのような状況をどうご覧になっていますか。

 宮川 まず昨今の日本経済の状況ですが、日本銀行の短観(全国企業短期経済観測調査)や、中小機構が商工会等とともに実施している「中小企業景況調査」によると、経済全体がデフレ構造からの脱却という新しい局面に入っています。しかしその一方で、まだまだ課題は多いと思います。経営状況も業種・業態・地域ごとにバラツキがあり「まだら模様」のような状態です。例えば、旅館・ホテルなどの宿泊業はインバウンドのよい影響を受けているところは非常に業績が伸びているものの、影響がほとんどないというケースも多々見られます。
 そういった中で、なかなか一括りにはできませんが、大きく分けて、人手不足・事業承継・価格転嫁──が中小企業に共通する喫緊の課題だと捉えています。

──それらの課題に対する対策を教えていただけますか。

 宮川 一つ目の「人手不足」に関してですが、生産年齢人口(15歳−64歳)は2065年に約4,500万人となる見通しで、これは2020年と比較すると、約2,900万人の減少となります。そこで、賃上げや新商品開発による収益確保など、さまざまな対策を講じる必要がありますが、中小機構では人手不足解消の一助として、本年6月25日から第1回の、8月9日からは第2回の「中小企業省力化投資補助金」の公募を始める予定です。
 この補助金は、省力・省人化のためのいわゆる「清掃ロボット」や「配膳ロボット」、あるいは最先端のIoTの技術やDXを導入するための事業費等の一部を補助することで、中小企業のさらなる生産性向上を図り、賃上げにつなげるための施策です。

坂本孝司全国会会長

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 省力化の投資を促して、生産性や付加価値(限界利益)額を向上させ、賃上げにまでつなげることができれば、それは個々の中小企業の経営にとって、とても素晴らしいことですね。
 われわれ税理士業界においても「人手不足」は、深刻な状況です。この状況を打開するために必要なことは、会計事務所に勤務する職員の「待遇面の改善」に加えて「仕事自体の価値(魅力)を高めること」だと考えています。十分な給与を支払うには、上場企業と同等の付加価値(限界利益)を生み出せるような事務所体制を確立することが求められます。
 そのベースになるのが、徹底した月次巡回監査の実践と、TKCシステムの活用です。時代対応を図る中で、中小機構殿が運営する共済制度を含めた「経営助言」を行い、関与先企業に信頼され、尊敬される仕事をする。TKC会員事務所だからこそ可能な仕事を職員には経験してもらい、仕事の誇りややりがいを高める必要があると考えています。

 宮川 おっしゃる通り、従業員の待遇面の改善と同時に仕事のやり甲斐を生み出すことは、どの業界にも強く求められているのでしょうね。

経営者自らが課題を打開する=「会計で会社を強くする」こと

 宮川 二つ目の課題、「事業承継」に関しては、より緊急性が高いものです。「2024年版中小企業白書・小規模企業白書」によれば、中小企業の約半数は後継者が不在とされています。
 したがって、いますぐにでも取り組まなければ、雇用の損失により、社会全体に大きな影響が出てくるため、事業承継税制の活用や第三者承継(M&A)も視野に入れて、中小企業のそれぞれの状況に合わせた幅広い支援が必要です。
 また、全国各地にある「事業承継・引継ぎ支援センター」では、第三者承継支援や親族内承継支援もサポートしています。「後継者人材バンク」という創業を目指す起業家と、後継者不在の会社を引き合わせるための事業にも取り組んでいます。特に、第三者承継の場合は企業同士の「相性」が非常に重要で、肌感覚で価値観が合っていなければ、結局はうまくいきませんから、しっかりと双方が納得のいくマッチングができるようなサポートを心がけています。

 坂本 おっしゃるように、「事業承継」は、税制面だけではなく第三者承継も含めて多角的なアプローチが必要です。そもそも赤字企業を引き継ぎたいという後継者はいないわけですから、ともに高収益な企業を増やす支援をしていくことが肝となると思います。今後も中小機構殿とのさまざまな情報交換も含め、事業承継に取り組んでまいります。

 宮川 よろしくお願いします。その際、正確な財務情報は「税務」「会計」のプロであるTKC会員の皆さんにお任せして、将来的な企業価値の重要な判断材料である経営戦略などの非財務情報の支援は、われわれの得意とする部分でもありますから、相互連携できればと考えています。
 そして、三つ目の「価格転嫁」については、原材料価格の高騰や、賃上げのためには取引価格を適切に転嫁するための価格交渉が欠かせません。そのためには、ここでも正確な財務情報の把握や、緻密な原価管理が必要であり、その点をTKC会員事務所に支援していただきたいと考えています。そうすれば、自社の変動費の上昇理由等を明確に説明できるようになり、価格転嫁できる可能性も高まります。

 坂本 私どもにとって励みになる言葉をいただきありがとうございます。事業承継も価格転嫁も何より重要なことは、経営者自らが自社の経営状況をしっかり把握して課題を見つけてその打開策を講じること、すなわち、「会計で会社を強くする」ことです。そうすれば、その打開策として中小機構の施策を活用することにつながっていきます。

「経営セーフティ共済」推進で約2割をTKC会員が実践

──中小企業支援に向けて、中小機構の皆さんと私どもは以前から情報交換会やセミナー共催など、さまざまな場面で歩みをともにしてきました。そして、平成27年6月18日には、中小機構・TKC全国会・株式会社TKCの3者による「業務連携・協力に関する覚書」を締結して今日に至っております。これは主に「TKCのネットワークを介して、中小企業支援施策や中小機構が提供する支援施策に関する情報を効果的に周知する」ことや、「小規模企業共済・経営セーフティ共済の加入促進などについても連携を強化する」ことを目的としています。

 坂本 さまざまな場面での業務提携があるわけですが、その中でも日頃からTKC会員は、「税理士の4大業務(税務・会計・保証・経営助言)」における経営助言業務の一環として、企業防衛制度、リスクマネジメント制度、そして、三共済制度(小規模企業共済、経営セーフティ共済、中小企業退職金共済)の三つを経営リスクに備える指導として位置づけています。月次巡回監査を通して、標準業務としてこれらに取り組み、関与先企業に対する絶対的な安心感を与えることに努めています。

 宮川 そのような指導業務の中で、TKC会員の皆さんにはこれまで長年に渡って、中小機構が取り扱う「小規模企業共済制度」、「経営セーフティ共済」の加入推進を強力に実施いただいています。その成果は、全体の加入実績の中でTKC会員の皆さんによる市場占有率が、「小規模企業共済制度」では12%、「経営セーフティ共済」では19%と非常に高いことからも顕著です。この場を借りてあらためて感謝申し上げます。

 坂本 令和6年度の税制改正では、経営セーフティ共済の再加入時の掛金について、一部不適切な利用があったことから損金算入が制限される等の見直しがありましたが、先に申し上げた通り、われわれとしては、本制度はあくまで関与先企業のリスクマネジメントの一環として今後も積極的に活用を促していく所存です。

 宮川 共済制度は中小企業を守るだけでなくそこで働く方々の生活基盤を維持する意味でも非常に有用な制度ですから、引き続きご支援をよろしくお願いします。

対談

これまで培ってきた知見と経験で中小企業と日本経済の発展に貢献

──今後の中小企業支援に向けて、宮川理事長からメッセージをいただけますか。

 宮川 福澤諭吉の考え方に「独立自尊」というものがありますが、私はこの考え方が好きです。つまり、自他の尊厳を守り、何事も自分の判断・責任のもとに行うという意味ですが、これは企業経営においても同様だと考えています。自らの仕事に矜持を持って、自ら道を切り拓く。世の中に対して、「自分こそがいいものやいいサービスを提供するんだ」という気概を持つ経営者のご支援を積極的にできればと考えています。

 坂本 明確なビジョンを持った企業は魅力があるし、自然と周りに人も集まりますね。

 宮川 そう思います。これまでの「官民」での経験を通して、私は多くの元気な中小企業経営者の方にお会いしてきました。皆さん、自分の仕事にプライドを持っていらして、社員とそのご家族の将来を背負い、「自分が世の中を切り拓く」という気概を持っている方々ばかりでした。そういった方々が、日本経済の根幹を支えているのだと強く感じています。

 坂本 言い方を変えると、まず重要なことは、企業の自助努力ということではないでしょうか。その上で、経営資源に限りのある中小企業においては、中小機構によるさまざまな施策を有効に活用していくことが重要だと認識しています。その点、経営者にとって身近な相談相手であるわれわれ税理士が率先して、中小機構にどのような施策があるのか知っておくことが大事になりますね。

 宮川 そうしていただけるとありがたいです。中小機構は、これまで培ってきた中小企業支援等の専門的な知見と経験、ネットワーク、専門家の活用、多様な支援施策を通じ、中小企業、さらには日本経済の発展に寄与すべく、役職員が一丸となって全力を尽くしてまいります。とりわけ、認定支援機関である税理士の皆さんをはじめとした中小企業支援機関の方々には、今後ともご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 坂本 われわれ税理士は日本の全法人の約9割に関与しており、そのほとんどは中小企業です。国の中小企業政策の実施機関である中小機構殿とわれわれが連携して、日本経済がデフレ傾向から脱却しようとしているこの局面を多くの中小企業が乗り越えられるよう、しっかりと支援してまいりましょう。本日はご多忙の中、ありがとうございました。

中小機構 業務案内リーフレットより

中小機構 業務案内リーフレットより(クリックで拡大します)

中小機構ホームページ(https://www.smrj.go.jp)

(構成/TKC出版 古市 学・米倉寛之)

宮川 正(みやがわ・ただし)氏

東京都出身。東京大学経済学部卒業後、昭和57年4月に通商産業省(現経済産業省)入省。中部経済産業局長、大臣官房審議官(政策総合調整担当)、中小企業庁次長、関東経済産業局長、製造産業局長、大阪ガス株式会社代表取締役副社長執行役員等を歴任し、令和6年4月から独立行政法人中小企業基盤整備機構理事長。

(会報『TKC』令和6年8月号より転載)