ブランド経営は経営戦略そのものである──。ブランディングのやり方は千差万別だ。地域ブランドを活用する、組織強化とリブランディングを同時に行う、「デザイン経営」を導入する──それぞれの企業のブランディングの実際に迫った。

プロフィール
てらじま・なおし●株式会社レヴィング・パートナー代表取締役。中小企業診断士。1992年4月、大手総合電機メーカーに入社、コンピューター関連の営業に従事。新規開拓数など個人成績は部門で長期間トップ成績を維持。社長賞やカンパニー社長賞、執行役員賞等社内表彰多数受賞。2007年3月に退職。その後半導体ベンチャー、コンサルティングファームを経て2010年3月に事業再生コンサルティング会社レヴィング・パートナーを設立、代表取締役に就任。著書に『瞬発思考』(文響社)、『儲かる中小企業になるブランディングの教科書』(日本実業出版社)など。
中小企業のブランディング

 ブランドとは、会社名や商品名を聞いた時にイメージする「価値イメージ」のことである。それは単に社名や商品名を「知っている」という知名度のことではなく、一般消費者や顧客が、その社名や商品名からイメージするもののことを指す。

 例えば米アップル社で言うと、「アップル」という社名自体がブランドなのではない。消費者はアップルと聞けば、「スマホを最初に開発した会社」「デザインが洗練されている」など、さまざまなイメージを思い浮かべるだろう。これらの「価値イメージ」がブランドなのである。そしてその価値イメージを向上させ浸透させること、つまり「価値向上」と「価値浸透」の活動全般をブランディングと呼ぶ。

「価値向上」と「価値浸透」

 価値向上の活動とは、例えば、顧客に直接関係するものでは、顧客ニーズのある新商品を開発すること、既存商品をブラッシュアップして品質を高めること、使い勝手を向上させること、デザインをさらに洗練させること、サービスを向上させること、店舗や施設をリニューアルすることなどが考えられる。また、顧客に間接的に関係するものとして、設備投資やIT化、従業員のスキルアップ等で生産性を向上させること、あるいは従業員のために働きやすい環境を整えること、ビジョンなどを明確にして組織全体のベクトルを合わせること、などがある。

 価値浸透の活動とは、自社の価値を消費者や顧客に発信して浸透させていく活動である。具体的には、ホームページに自社の強みやこだわり、価値を記載してコンテンツを充実させること、営業活動や販促活動(広告・SNSなど)でその価値を明確に伝えることなどがある。価値浸透活動を行うためには、自社の価値を明確にし、従業員にしっかり浸透させて、繰り返し外部に発信しなければならない。これにより、自社の価値を消費者や顧客に浸透させることができ、営業・販促といったマーケティング活動が、単なる売り込みではなく、ブランディング活動になる。

ブランディング=経営活動

 価値向上・価値浸透といったブランディング活動を行ってブランド力を向上させることにより、顧客は価値を理解した上で納得・信頼して購入できるため、他社よりも高価格であっても購入するようになる。つまり低価格競争からの脱却が可能になる(『戦略経営者』2024年7月号P8図表1参照)。

 大企業と比べ中小企業は、ヒト・モノ・カネの経営資源が圧倒的に乏しい。中小企業にとって、ブランディングは経営を安定・成長させるための最も重要な施策であり、経営活動そのものといってもよい。中小企業の経営者が目指すべきは、自社の価値を認めてくれるターゲット顧客に高単価で販売する「ブランド経営」の実践なのである。

まずは自社の価値を明確に

 ブランド経営とは、ブランディング活動(価値向上・価値浸透活動)に注力した経営のことである。具体的には、自社の価値を高める商品・サービスを開発し、それらの価値を、ホームページや営業活動、販促やSNSなどさまざまな手法で繰り返し発信して浸透させることである。そのためには、まずは「自社の価値」を明確にし、「顧客にどう思われたいか」を明確にした「ブランド・アイデンティティー」を構築しなければならない。そうすれば、顧客に何を発信していけば良いのかが理解できる。ブランド・アイデンティティーは自社を知らない人でも理解できる適度な長さ(20~50文字程度)が分かりやすく、基本構成は「会社の強み+顧客のベネフィット」だ。

 そしてその価値を発信し続け、顧客がその会社や商品に持つブランド・イメージが、企業が定めたブランド・アイデンティティーとイコールになるように、マーケティング活動を実施していく。その際重要なのは、営業と販売促進の手法も融合させること。ブランディング、マーケティング、営業、販売促進を私は「売り上げアップの4手法」と呼んでいるが、いずれの分野も市場がバラバラで相互の連関がないことが課題である。営業は営業社員が属人的に業務を行い、経営戦略がからんでいないことがほとんどだ。成績の良い営業社員も販売促進やマーケティングについてはアイデアを持たない。マーケティングの専門家と契約しても、調査と分析は得意だが具体的な販売促進の施策の提案は受けられないのが普通である。

ルーチン実行の5つのツール

 これはブランドの専門家も同じである。ブランディングというとデザイナーの起用を第一に考えてしまいがちだが、「デザインを洗練させること」だけがブランディングではない。商品や会社案内、ロゴなどのデザインを良くするだけで自社の価値を高めることは難しい。パンフレットやホームページのデザインをきれいにしたところで、売り上げアップにつながらなければ意味がないのである。

 こうした課題を乗り越えるため、私は売り上げアップの4手法の融合による「売り上げアップのルーチン化」を提唱している。具体的には①価値の明確化②売り上げアップのプロセスの手順設計③手順に沿った有効なツール作成などの準備を行い、それらをルーチンとして実行していくのである。できればその際に5つのツールを活用することをおすすめしたい。

①ブランド解説書
 自社内にブランド・アイデンティティーを浸透させるためのマニュアルである。自社情報の整理とターゲット顧客の選定、ニーズ・ウォンツの把握、競合他社の選定と強み・弱みの発見、それらを通じた価値の抽出といったいわゆる「3C分析」を行い、ブランド・アイデンティティーを決定する。それに基づきブランドを維持するための日常業務の注意点、禁止事項を定め、決定までのプロセスを含めA4用紙2枚程度にまとめ、社内での周知徹底を図る。

②ブランド・アプローチマップ
 売り上げアップの4手法を融合した売り上げアップのプロセスの設計書である(『戦略経営者』2024年7月号P9図表2参照)。見込み客(未認知客、そのうち客、今すぐ客)と既存客(1回客、リピーター、ファン)など顧客ステップの定義付けを行い、それぞれの段階の顧客に行う施策とその目的、活用ツール、実施頻度などを定める。スタート段階の未認知客を最終目的のファンに育成するための具体的なシナリオを構築し、その全体設計・詳細設計をまとめる。営業・販促活動用の手順書ともいえる。

重要なのは「仕組みの設計」

③1枚提案書
 営業・販促活動の必須アイテムとして作成。ターゲット顧客、キャッチフレーズ、顧客の悩み、解決のフレーズ、サービス・商品の特長(複数)、信頼の根拠、連絡先等の重要なポイントを盛り込み、A4用紙1枚程度に自社のブランド価値を端的に表現したツールだ。①のブランド説明書を顧客向けに整理したものともいえる。興味を持ち欲求が芽生え、共感・納得し、その会社への信頼感が確実になり不安が解消され、最終的に購入する決断に至る心理プロセスが具体化されている。初回面談客向け自社商品・サービス説明ツールとして、また、インターネットでも活用できる万能ツール。

④ニュースレター
 見込み顧客、既存客に定期的に配信するための販促ツール。価値浸透と信頼関係構築を目的とし、企業から顧客へ送付する手紙のイメージなので、売り込みを行うのは基本的にNGだ。ブランド・アイデンティティー、キャッチフレーズや1コマ漫画などの「アイキャッチ」、社内情報の紹介、商品に関するお役立ち情報などが盛り込むべき内容となる。

⑤セールスレター
 販売や来店促進のための配信ツール。見込み客をそのうち客や今すぐ客にすること、既存客に対しては定期販売を目的にする。商品名や写真、スペックなどの詳細情報、集客のためのイベント情報、特典や割引情報(オファー)、申し込み用紙等が盛り込むべき内容となる。

 ブランディングはただやみくもにやってもうまくいかない。販促、マーケティング、営業という事業活動全般にわたる売り上げアップの手法を融合させ、さまざまなツールを駆使しながら、自社のブランドを発信・浸透させていくための仕組みを丁寧に設計することが重要である。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2024年7月号