42兆円にも上ったゼロゼロ融資をはじめとするコロナ関連支援策。中小企業の倒産数が極めて低く抑えられるなど、間違いなく効果はあったと言えるが、一方で、据置期間が終わり本格的な返済が始まるなか、倒産の急増を懸念する声も出てきた。今後、中小企業経営者にとって“資金繰り”という言葉がより一層大きな意味を持つことになる。
- プロフィール
- うえすぎ・いいちろう●1969年生まれ。93年東京大学経済学部経済学科卒業し、通商産業省(当時)入省。2000年カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学博士課程修了(Ph.D. in Economics取得)。経済産業研究所研究員、中小企業庁事業環境部企画課調査室課長補佐等を経て、11年一橋大学経済研究所准教授。15年同研究所教授。著書に『中小企業金融の経済学』(日本経済新聞出版、第65回日経・経済図書文化賞受賞)がある。
──ゼロゼロ融資などコロナ関連融資の返済が本格的に始まろうとしています。現在の状況をどう見ていますか。
植杉 コロナ禍による危機的状況をなんとか乗り越えるために、実質無利子無担保というこれまでにないような条件で融資を行ったわけですが、当初の目的はかなり達成されたと思います。倒産の件数が過去最少になるなどの効果ですね。ただ今後は、こうしたゼロゼロ融資などコロナ関連の支援策によって救われた企業が、業績を立て直して返済していけるのかが問題になっています。
経営不振企業の波及効果懸念
──立ち直れますか。
植杉 われわれは、ゼロゼロ融資を使った企業が事後的にどうなったのかという追跡調査を行っています。2019年末から21年までのコロナ禍がはじまって約2年間の変化を見た限りでは、ゼロゼロ融資を使った企業の方が、使わなかった企業よりも、倒産・廃業で退出する確率は低いが、収益率が低くなるなどパフォーマンスが悪化していることが分かりました。
──今後、返済できない企業がどっと増え、大倒産時代がやってくる可能性もありますね。
植杉 過去30年間で最低水準にあった倒産件数が今後増加するという点では、その通りです。しかし、新たな成長企業が多数登場して経済全体が成長するためには、新陳代謝を活発にするという観点が重要であり、企業倒産の件数をゼロにするという政策はとるべきではありません。こうした点を考慮しながら、必要な措置を考えるべきだと思います。
──どのような措置が必要ですか。
植杉 企業倒産は今後も増えると予想しますが、社会不安を招くほど急激に増やさないための仕組みは必要です。ただ、こうした措置はすでに講じられています。たとえば、中小企業による条件変更への申し出に金融機関はできるだけ応じるように努める義務を定めた中小企業金融円滑化法があります。同法は2013年に終了しましたが、その趣旨はまだ生きているということを金融庁は明言しています。同時に必要なことは、コロナ禍の前から経営状態が良くない企業の事業再生を促しつつ、経営者と事業とを切り離して考える制度的な枠組みの整備・運用だと思います。
──借り換え保証や補助金についてはいかがでしょうか。
植杉 借り換え保証は、倒産を急激に増やさないという目的には役立つと思います。事業再構築補助金も、利用企業の業績を抜本的に改善する可能性はあります。ただ、これらだけで、ゼロゼロ融資を受けた企業のすべてが、業績を改善させて存続できるわけではありません。
──経営不振企業という点に関連して、「ゾンビ企業」という言葉があります。政府からの支援を受けた企業はゾンビ企業であると言ってよいのでしょうか。また、それはどのような点で問題なのでしょうか。
植杉「ゾンビ企業」というのは、1990年代に日本の上場企業を対象にして経済学者が考えた用語です。金融機関の支援がなければ事業の存続が難しい企業のことを指します。われわれが調べたところ、ゾンビ企業は非ゾンビ企業よりも政府による支援措置を受ける傾向にあり、ゼロゼロ融資を受けた企業とゾンビ企業には重なる部分があります。ゾンビ企業が全体に占める割合は、2000年前後で最も高く、それ以降、世界金融危機の時期を除いてコロナ禍の前まで下がり続けていました。日本企業が全体として負債を減らすなどのリストラクチャリングを進めた結果です。コロナ禍のもとでゾンビ企業の割合は増えていますが、以前のピークの時期を上回るほどではないと考えています。
問題なのは、ゾンビ企業の存在により、それ以外の企業が影響を受ける可能性です。例えば、経営環境の厳しいゾンビ企業は、品質ではなく価格を引き下げることで事業を続けようとします。すると、ゾンビではない企業も価格競争に巻き込まれ、市場全体の価格が下がる可能性があります。非ゾンビ企業の設備投資や雇用が阻害されるという分析結果もあります。こうした負の波及効果がより問題だと思います。
事業再生を推進するには
──ということは、ゾンビ企業に退出を含めた事業再生を促す道筋を示すことが必要になるということですか。
植杉 ある時点でゾンビ企業であるからといって、翌年にはその状態から脱却する企業も多いので、すべてがすぐに事業再生を必要とするわけではありません。必要な企業に支援が行き渡らないリスクを最小化するためには、危機時におけるゾンビ企業への政策支援も正当化することができます。
しかし、冒頭に述べたように、支援を受けた企業のその後のパフォーマンスが悪化しているということであれば、ゾンビ企業に事業再生を促すことが必要です。民事再生法や会社更生法など法的整理だけではなく、私的整理の枠組みも整備されています。私的整理のガイドラインは2000年代初頭にできましたし、中小企業向けということだと再生支援協議会、現在の中小企業活性化協議会が私的整理の支援を行っています。これらの取り組みを進めていくことが重要です。
経営者の立場からいうと、なかなか自社の事業再生に踏み出すことができないのが現実です。企業の責任は、事業を継続して地域における雇用を維持することにある、と考えられている方が多いのかもしれません。そうした経営者の方々にも事業再生に前向きの対応を促すべく、金融機関による働きかけを強める、制度的な手当てを行うなどの取り組みが必要かもしれません。
──例えば?
植杉 企業とそれを経営している個人とを分けて取り扱うことにより、経営不振に陥っている企業の退出を含めた事業再生を進めると同時に、将来のある経営者の積極的な行動を促す必要があります。現在、政府が推進している経営者保証に過度に依存しない融資は、そうした方向に沿った政策です。
──金融機関の側でも、事業再生を促すための取組みが求められます。経営者保証の解除、無担保融資、あるいはDES、DDSのような手法に注力する必要がありそうですね。
植杉 経営者保証を求めない貸し出しの推進、債権者である金融機関の間の調整、経営者の説得などさまざまなやり方があると思います。しかし、積極的に取り組まれている金融機関からすると、金融機関のなかで事業再生に向けた取り組みの姿勢に大きなばらつきがみられるということのようです。この点は大いに改善の余地があるのではないでしょうか。
──金融機関の「伴走支援」が叫ばれていますが、コロナ関連融資の大半は信用保証でカバーされているので、金融機関の本気度には疑問符を持つ向きもあります。
植杉 確かにそういう面もあるでしょうが、実は、金融機関の中小企業向け貸し出し全体に占める信用保証付きの割合は、1割から2割程度に過ぎません。さらに、コロナ禍の前まではその割合は低下を続けていました。そのため、金融機関にとっては、今の状態を放っておけばいいということにはとてもならないと思います。
中小企業経営者に求められるもの
──そうしたなかで、中小企業の経営者はどういった考え方で、金融機関との付き合い方を含めた経営のかじ取りをしていけばよいのでしょうか。
植杉 なかなか難しいところですが、事業継続が難しい状況に限って言えば、「頑張りすぎない」ということがあるかもしれません。中小企業経営者の方々は、雇用を維持することが企業の社会的な責任だと思われて、事業継続を選択する傾向があるように思います。しかし、実際には、それより前の段階で事業再生に踏み切ることが、企業自身にとっても、経済全体にとっても良いことであるように思います。
──もう無理だと思ったら、会社をたたむ道筋も含めて事業再生にかじを切った方が良いと。
植杉 踏み切る時期は、早ければ早いほどいいと思います。そうしないと事業自体も救えないし、経営者自身も再起ができないほどダメージを被ってしまいますから。
金融機関との関係のあり方
──ポストコロナの中小企業と金融機関との関係にはどのような改善余地があるのでしょうか。
植杉 金融機関による伴走支援や密接な取引関係を生かしたリレーションシップバンキングについては、その重要性が強調されてきました。しかし現状では、金融機関がそうした支援を十分に提供する余裕がないのではないかと思います。金融機関では融資担当者1人当たりの貸出先企業数は数十社に上り、企業への必要な助言・支援をなかなかできない状況ではないでしょうか。
──それでは、どうすればよいのでしょう。
植杉 金融機関と企業がお互いに、長期的に持続可能な相手との取引だけに絞ることを考えてもよいかもしれません。
金融機関は、単に金利を下げることだけを要求する企業ではなく、提供するサービスの質を理解して対価を払ってくれる企業との取引に集中する。一方、企業は、事業内容を理解して本当に困ったときに助けてくれる金融機関との取引に集中する。金融機関と企業がこうした姿勢に転じれば、両者の間に望ましいリレーションシップが築かれるのではないでしょうか。
──ほかには?
植杉 政府による中小企業支援の程度を縮小することにより、民間金融機関と企業がより密接な関係を築いていく可能性があると考えています。今回のコロナ禍においても、危機時に政府が前面に出過ぎることにより、コミットメントラインなど民間金融機関が非常時に提供する資金繰り支援策が使われなかったということがありました。度が過ぎると民間側の創意工夫の熱意がそがれ、金融機関と企業との健全な関係が阻害されかねません。公的支援の程度をどのようにして縮小するかは今後の大きな課題ではないでしょうか。
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)