1896年の法制定以来となる改正が行われたのが、2017年6月。2020年4月1日、改正民法(債権法)がいよいよ施行される。ビジネスへの影響が見込まれる改正点を中心に、吉田良夫弁護士に解説してもらった。
- プロフィール
- よしだ・よしお●吉田総合法律事務所代表弁護士。1982年明治大学法学部卒業。鳥飼総合法律事務所パートナーを経て、2018年5月吉田総合法律事務所を設立。コンプライアンス、危機管理、会社法、労働法、相続を主な業務分野としている。
──改正点は200項目におよぶそうですね。
吉田良夫 氏
吉田 今回の改正は制定以来の大改正であり、定型約款制度の新設や不動産賃貸借契約時の敷金の明文化など、私たちの日常生活に身近な改正点が多数あります。中小企業経営への影響がとりわけ大きいと予想されるのは個人保証ですが、不動産賃貸借契約、定型約款等もしっかり理解しておくべきです。
──ではまず、個人保証に関わる改正点を教えてください。
吉田 重要な変更箇所は、経営者等以外の個人保証の場合の「公正証書作成」が規定された点です。
企業が金融機関や取引先から事業資金を借り入れる際、事業と関係のない親戚や友人に保証人になってもらう場合があります。その際、保証人は公証役場に赴き、公正証書の作成により保証債務を履行する意思を表示することが求められます(465条の6)。公正証書は保証契約締結日前の1カ月以内に作成しなければなりません。例えば保証契約が4月1日なら、3月中に作成します。
ただし、保証人が当該企業の取締役(理事、執行役など)や議決権が過半数ある株主、事業の共同経営者、主債務者の事業に現に従事している主たる債務者の配偶者である場合、公正証書の作成は不要です。
──保証人になる際のルールが厳格化されたわけですね。
吉田 はい。それから「情報提供義務」が新設された点も重要です。
債権者A、主債務者B、保証人Cがいる場合を想定し、3パターンに分けて説明します。図表1(『戦略経営者』2020年3月号P25図表1)をご覧ください。①の〈契約締結時〉、BはCに対して自身の財産状況などを説明することが義務付けられました(465条の10)。その効果としてAに悪意があったり、過失があったりするとき、Cは保証契約の取り消しができるようになります。
次に②の分割払いの際、BがAに滞りなく支払っている場合など〈契約途中にトラブルのないとき〉CはAに対してBの履行状況を確認することができます(458条の2)。これは大きな意味をもつ変更で、改正前は守秘義務により、Aが回答することは許されていませんでした。
そして③のBがAに対する分割払いを怠った等〈契約途中にトラブルが発生したとき〉Aは保証人であるCに支払いを要求することになります。その際、AはCに対し、Bが「期限の利益」を喪失したことを通知する義務が生まれます(458条の3)。期限の利益とは分割払いにできる利益を意味します。このような状況になった場合、AB間で支払い交渉が始まるのが一般的ですが、AがCに対して連絡せず、Cへの請求時に遅延利息が上乗せされるケースも発生していました。今回の改正は、こうした事態を防ぐための措置です。①~③のそれぞれの場合において、要件が異なる点に注意が必要です。
なお、AはBの期限の利益喪失を知った時から2カ月以内にCに情報提供する義務があります。もしAが情報提供するのを忘れると、AがCに請求できる額が減額されることになります。
身元保証契約にも影響
──個人保証に関してほかに改正された点はありますか。
吉田 極度額(上限額)の定めのない個人の根保証契約が無効となります(465条の2)。個人が不特定の債務を包括的に保証することを「根保証」といいますが、個人が根保証する場合、予想外の債務をこうむるおそれがあります。そのため、個人を保護する目的から書面で上限額を定めることになりました。今回の改正は貸金等の債務が含まれる場合のみならず、個人根保証全般に対象を拡大していますから、賃貸借契約における保証人や、社員入社時の身元保証契約などへの影響が予想されます。
これまで日本社会では新入社員の親と身元保証契約を締結し、社員本人が不正行為などにより会社に損害を与えた場合を想定して、身元保証契約に基づいて損害賠償する例が多くありました。企業にとって悩ましいのは、上限額をいくらに設定するかという問題です。金額の設定は会社の判断にゆだねられますが、身元保証契約の条項を盛り込まない企業も今後現れるかもしれません。
──不動産賃貸借契約の改正点は?
吉田 賃貸借契約終了時、従来は原状回復の範囲に関わる規定がなかったため、トラブルがかなり生じました。そこで、改正民法ではこれまでの判例を明文化し、通常損耗と経年変化を借主の原状回復義務の範囲から除外しました(621条)。通常損耗とは通常の使用により生じた損耗を意味します。これらに該当する例としない例は図表2(『戦略経営者』2020年3月号P27図表2参照)のとおりです。
しかし判例は従来、借主と貸主の合意により、通常損耗と経年変化の場合でも借主が原状回復の義務を負うとの「修補特約」を認めてきました。この判例は改正法の下でも有効です。修補特約についてはあいまいな表現にしないこと、通常損耗と経年変化に該当する例を詳細に列挙することが重要です。
あわせて、不利益を負う借主が内容を十分に理解した上で合意しているか、消費者契約法に照らして無効とならないかといった点に注意してください。消費者契約法10条で、消費者の利益を一方的に害する条項は無効である旨定められているためです。退去時の原状回復の範囲、内容等は国土交通省発行の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」などを参照し、検討するとよいでしょう。
原状回復は指定業者に
──借主の「修繕権限」も新たに定められたそうですね。
吉田 部屋の窓の破損等が生じ、借主が貸主に通知しても貸主が修繕しない場合には、借主が権利として修繕することが認められます(607条の2)。ただ、賃貸人つまりオーナーが修繕する方が望ましいと思います。借主に勝手に修繕されると資産価値が低下する懸念があるからです。
災害等で建物の一部が滅失したり、風呂やエアコンが故障で利用できない場合(借主に帰責事由がない場合)、旧法では借主は賃料の減額を「請求」できました。新法では、借主が請求しなくても使用できない部分の割合に応じて賃料は当然に減額されることになります(611条1項)。
──敷金の規定について教えてください。
吉田 改正民法では敷金に関して「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」(622条の2)と定義しました。さらに賃貸借契約が終了し、物件の明け渡しがあった時点で、敷金は借り手に返還しなければならない点が明確に定められました。ただ、返還に際して、家賃の滞納分や借り手が負担しなければならない原状回復費用等を差し引くことができます。
実務上のポイントですが、原状回復作業は貸し手が指定工事業者に依頼し、その工事費用を敷金から差し引く旨を契約書に明記するべきです。借り手自身が業者を呼んで工事を行うと、室内の価値が毀損(きそん)されるケースも考えられます。この規定が記載されていない賃貸借契約書が散見されるため、注意してください。
なお、これまで説明した賃貸借契約に関する新たなルールは、2020年4月1日以後に締結した契約から適用されます。また、4月1日以後に当事者間の合意で契約を更新した場合も改正民法のルールが適用されることになります。
──定型約款に関する規定の新設もビジネス上大きな影響がありそうです。
吉田 ネットショッピング利用時に表示される「利用規約」をはじめ、契約内容を定型化した約款は幅広く活用されています。改正民法では、定型約款が定義されるとともに、どのような内容を表示しなければならないかといったルールが規定されました。
まず定型約款の定義ですが、「定型取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」と定められました(548条の2)。定型取引とは、ある特定の者が不特定多数の者を相手方とする取引で、その内容の全部または一部が画一的であることが双方にとって合理的であるものを指します。
みなし合意を認める
──具体的にどのようなルールが盛り込まれたのでしょう。
吉田 大量の定型取引を行う場合、個々の取引相手に対して契約内容について同意を求めるのは現実的ではないため、定型約款に拘束力(みなし合意)が認められることになりました。
すなわち、定型取引を行うことの合意をした者は①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき、または②定型約款を準備した者が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき、①または②の場合に定型約款の個々の条項について合意したものとみなされます。
例えばネットショッピング利用時「利用規約の内容に同意する」とのボタンを押すと、注文画面に移動するのが①の例であり、利用規約自体の表示がなくても利用規約のリンクがある場合で、「利用規約が当社とお客さまとの契約の内容になります」といった文章があらかじめ表示されている場合が②の例です。
──みなし合意が認められないケースはありますか。
吉田 取引相手が定型約款に目を通していなくても定型約款が契約の内容とされる点を悪用し、取引相手の利益を害する条項が盛り込まれている場合を想定した保護規定も定められています。①相手方の権利を制限し、または義務を加重する条項で②その定型取引の態様およびその実情ならびに取引上の社会通念に照らして、信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められる条項については合意しなかったものとみなされるのです(①+②が要件)。
取引相手に過大な違約金やキャンセル料の支払いを求める条項や、定型取引の商品に予想できないオプション料金がひもづけられている条項などが該当します。
──定型約款の内容の表示を求められた場合の対応方法は?
吉田 ネットショッピング時の注文完了前など、定型取引の合意前、または合意後の相当の期間内に取引相手から請求があった場合は、遅滞なく相当な方法(定型約款が掲載されているウェブページへの案内など)により内容を示すことが義務付けられました(548条の3)。定型取引の合意前にこの請求を拒否した場合、先述したみなし合意は認められなくなります。
定型約款の内容変更に関してルールが規定された点も重要です(548条の4)。次のいずれかの要件を満たす場合は、個々の取引相手の同意を得ずに内容を変更することが認められます。①定型約款の変更が相手方の一般の利益に適合する(利益適合性)②定型約款の変更が契約目的に反せず、変更の必要性や変更後の内容の相当性、定型約款における「約款の変更をすることがある旨の定め」の有無とその内容等に照らして合理的なものである(変更合理性)
──そのほかビジネスに影響をおよぼす改正点はありますか。
吉田 一定の事実状態が継続した場合に権利の消滅が認められる時効を「消滅時効」といいますが、この消滅時効の時効期間が改正され、①債権者が権利を行使できると知った日から5年間②権利を行使できるときから10年間のうち、どちらか早い時点に権利が消滅すると規定されました。また、「法定利率」も改正され(従来民事は5%、商事は6%)、変動制になります(施行時は3%、3年ごとに見直し)。
縷々(るる)述べてきましたが、改正内容は非常に広範囲にわたります。ポイントを押さえておくだけでも、ビジネスや日常生活できっと役立つことでしょう。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)