「海は森の母」──。宮城県南三陸町で製材業を営む丸平木材の小野寺邦夫社長(47)が、地元の「南三陸杉」の特徴を語るうえで用いるのがこの言葉だ。杉の木は水、湿気を好む。海から立ち込める霧や潮風がミネラルを含んだ水分を木に与えてくれることで、南三陸町には良質な杉が育っている。
だが東日本大震災では、その海が町に壊滅的な被害をもたらした。製材加工をする本社工場も津波に流され、跡形もなくなった。
幸い、社員みんなが無事だった。地震後、津波が来ることを恐れて、高台にある自社の丸太置き場に避難していたのがよかった。
ただ、あやうく命を落とすところだったのが、小野寺社長ともう一人の社員。チリ地震津波を経験したベテラン社員の「津波が来てから逃げてもだいじょうぶ」との言葉を信じて、工場の様子を見るために再び海沿いの低地に降りてしまったのだ。
「工場の被害状況を確認した後、なにを思ったか、余震が何度も続くなか事務所の片付けを始めたんです。その後しばらくして、急な胸騒ぎをおぼえて外に出てみると、津波が200メートル先くらいまで迫っている。あわてて裏山を駆け登り、難を逃れました」
自然からのメッセージ
それから数日後、なにもなくなった工場跡地に一人佇む小野寺社長の姿があった。自分たちの工場だけでなく、町全体が見渡す限り、瓦礫の荒野になっていた。
「人の社会のはかなさを感じましたね。少し前までふつうに仕事をして、家に帰れば家族団らんを楽しんでいた人々の暮らしが一瞬にして失われてしまったわけですから」
季節柄、山は青々としていて、海も青く光っていた。そうした南三陸町の自然に囲まれながら、ただ無言で風景を眺めていた小野寺社長。そのとき、自然からこう言われた気がしたという。《そうだよ、あなたたちの世の中はちっぽけなもんだよ。でもね、ちっぽけだからこそ貴重なんだよ。平凡な暮らしは当たり前ではなく、かけがえのないもの。だから、あなたの立ち位置で頑張りなさい》──。
自分の立ち位置とはなんだろうか。いろいろ考えるなかで最後に気づいたのは、会社の経営理念だった。「"地木"の力を輝かせ、『くらしを包むやすらぎと感動』を提供する」という経営理念を実践することが、自分の立ち位置で頑張るということではないか。それが分かった瞬間、事業再開への意欲が湧き上がってきた。
「震災から2週間後、社員に招集をかけて、事業再開をめざすことを宣言しました。そのための準備期間が6カ月。その間、形式上いったん解雇するから、失業手当で耐えてほしいとお願いしました」
新工場の建設予定地にしたのは、避難先として使った丸太置き場。すぐに静岡県の工作機械会社に来てもらい、工場内のレイアウトなどを考えていった。
だが、工場の建設工事は思うように進まなかった。県の早期復旧チーム(全国から集めた建設土木業者)をあてにしていたのだが、町の補修が優先され、一民間企業の工事は後回しにされていた。猶予期間としてもらった6カ月を過ぎても、一向に工事は進まない。さすがに小野寺社長も焦りの色を隠せなかった。
「早期復旧チームは当初、秋には引き上げることが予定されていましたが、県になんとか頼み込んで年度内までつなぎ止めました。だけど、その時点で12月。残り3カ月で間に合うのかと不安でしたが、工事の人たちが突貫工事で頑張ってくれておかげで年度内に新工場が完成したんです」
製造ライン、加工ライン、乾燥機などを工場内に搬入。社員も12年4月1日付けで、全員再雇用した。そして同月11日、丸平木材の工場が再始動した。
震災前の85%まで回復
ただ、工場は稼働しだしたものの、しばらくの間は地元の南三陸杉を仕入れることは難しかった。津波で枯死した「塩害木」の伐採に人手が駆り出され、原材料となる丸太が入ってこなかったのだ。
しかし12年後半にもなると、少しずつ入荷されるようになった。さらに、仙台や気仙沼で自宅を新築する人たちの復興需要により、少しずつ仕事が忙しくなった。
そして震災から3年──。今年4月の決算(13年度期)を終えてみると、年間の売上高は震災前の約85%まで回復していた。
「この先何年かは、さらに忙しくなるでしょう。でも復興需要は、長くてあと5年もすれば終わってしまう。今のうちに、これからの経営の柱を育てておくことも大事だと思っています」
それが何かというと、「本来の木の力を輝かせるような木材」を供給できるようにすることだ。単なるマテリアル(材料)としての木材ではなく、人を元気にする力をもった木材を販売していきたいのだと言う。
「木には本来、そうした力が秘められているのです」
その力を引き出すために新たに導入したのが「低温乾燥機」だった。製材するにあたって、木を乾燥させる工程は欠かせない。だが効率化を求めて、100度以上の高温で杉を乾燥させることが今日では主流となっている。しかしそれでは、木に含まれる精油成分(有効成分)が吐き出されてしまう。ところが45度の低温で乾燥させると、精油成分を失うことなく、まんべんなく全体に拡散される。その精油成分こそが、人を元気にする源。低温乾燥の木材で家を建てれば、居住者は木がもつ真の力を暮らしの中に取り入れることができるのだ。
これはまさに、丸平木材が経営理念として謳っているところと合致する。
(取材協力・菅野勉税理士事務所/本誌・吉田茂司)
名称 | 丸平木材株式会社 |
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創業 | 1908年 |
所在地 | 宮城県本吉郡南三陸町志津川字天王山22-1 |
TEL | 0226-46-3113 |
売上高 | 約3億円 |
社員数 | 17名 |
URL | http://maruhei-wood.co.jp/ |