2012年2月に公表された「中小企業の会計に関する基本要領」(中小会計要領)。それを会計事務所とともに、経営に役立てている中小企業のケーススタディーを紹介する。

 茨城県日立市に本社工場を置く今橋製作所の「会社としての脆さ」が露呈したのは、2008年秋のリーマンショックのときだった。それまで売り上げの約半分を占めていた取引先からの仕事がなくなった。この危機を何とか乗り越えようと、精力的な営業活動に乗り出したのが、3代目の今橋正守社長(39)だった。

 当時、社長を務めていたのは先代の父(今橋松男・現会長)。職人気質の先代は「高い技術力を持っていれば、仕事は向こうからやってくる」として、営業にはあまり力を入れてこなかった。結局、今橋社長の活躍によって新規取引先を増やし、会社は持ち直したが、構造的な弱さは抱えたままだった。

 「会社を強くするためにはどうすればいいか」

 日々、そればかりを考えるようになった今橋社長。営業力を高めるために、自分たちならではの強みを持とうと、複雑な形状を加工する「難形状加工」や、加工が難しい金属でも削る「難削材加工」の技術を磨くことに注力した。それが奏功し、その後も新規受注をどんどん増やすなど、目に見える効果が得られたが、会社の経営状態は相変わらず決してよいと言えるほどではなかった。利益が思ったほど伸びていなかったのである。

 その一番の理由は、そもそも利益をきちんと管理していくという発想自体が社内になかったことにある。案件ごとの原価管理などやっていないに等しかったし、前月のもうけはどれくらいだったのかもすぐには分からない状態だった。つまり、会計データを経営に役立てるということとは無縁だったのである。

 それもそのはず、会計処理は外部に100%アウトソーシング、つまり会計事務所に丸投げで、たまにやってくる担当者に伝票を手渡したら、それで終わり。その集計結果が試算表になって出てくるのが3カ月後ということに何の疑問も持たなかった。決算書や財務諸表は、銀行や税務署、一部の取引先に提出するためのものにすぎなかったのである。

 そんな状況が一変したのは、地元で開催された経営セミナーで増山英和税理士と出会ってからだった。会計データをもとに経営判断し、それを戦略に落とし込むことがいかに大切かを説く増山税理士の言葉一つ一つが胸に響いた。

 「何より驚いたのは、税理士が経営的な話をレクチャーしていたこと。税理士といえば、『せいぜい年1回の決算を手伝ってくれる人』とのイメージしかなかった私にとって、これは衝撃でした」

 この人の指導を受ければ、何かが変わるのではないか。そう思わずにはいられなかった。

「正しい会計処理」を追求

 増山会計事務所と顧問契約を交わすと、まず指導されたのが「適時・正確な記帳」だった。経過勘定を発生した時期に正確に計上することや、適正な引当金の計上、あるいは月次減価償却の実施などによって、正しい会計処理を行うように努めていった。

 「うれしかったのは、月次巡回監査と称して担当者が毎月来てくれることでした。たとえば減価償却費の計上の仕方がよく分からなければ、その場で聞くことができる。これはありがたかったですね」

 今橋製作所が目指した正しい会計処理、それはすなわち「中小会計要領」にのっとった内容だった。中小会計要領とは、中小企業の実態に即した新しい会計ルールのことで、2012年2月に公表された。適用企業は、経営状況をスピーディーかつ正確に把握できるようになるのに加え、対外的な信用力を得られるなどのメリットが期待できる。

 そして、正しい会計処理とあわせて取り組んだのが、「月次決算」の実践だった。これにより、正確な前月の試算表が手に入るようになり、経営判断の貴重な資料として役立てられるようになった。

 「それをもとに、外注費や材料費などの原価管理を厳密化してコスト削減に努めたところ、利益率が向上しました」

 会計は経営の大きな武器になる。今橋社長はそう確信した。

若者もあこがれる会社に

 11年10月に3代目社長として正式に事業承継した今橋社長が、いま最も力を注いでいるのが、3DCAD/CAMを用いた難形状加工や、社内にもともとあった「段取り」技術を生かして、付加価値の高い仕事を全国から受注すること。自社のホームページでそれら会社の強みを分かりやすくPRしたこともあり、医療機器、宇宙産業機器、エネルギー装置、半導体装置の試作開発の仕事などがつぎつぎに舞い込んできている。

 「高付加価値の仕事を積極的に取りに行く一方で、利幅の薄い量産品などの仕事は極力減らしていこうとも考えています。こうした取り組みが利益率にどう影響するかを正確に把握するためにも、正しい会計処理にもとづく業績管理は欠かせません」

 目指すのは、若者もあこがれるような「ものづくり集団」になること。そのためにも利益をしっかりと出し、会社を成長させていく必要がある。今橋社長の挑戦はまだ始まったばかりだ。

(取材協力・増山会計事務所/本誌・吉田茂司)

会社概要
名称 株式会社 今橋製作所
設立 1964年7月
所在地 茨城県日立市十王町伊師20-42
TEL 0294-39-1161
売上高 約2億円
従業員数 17名
URL http://www.imahashi-ss.jp/

掲載:『戦略経営者』2014年6月号