デフレ不況が続いていますが、社員のモチベーションをあげるためにも賃上げを考えています。今年の中小企業の相場はどれくらいになりそうか教えてください。(飲食業)
2011年春闘は、労使の主張が大きく隔たる形でスタートしました。連合が賃金・手当などの配分総額を、1%を目安に引き上げるという方針を打ち出す一方、経営サイドはグローバル競争の激化を根拠に賃上げの余裕はないとの立場です。もっとも、こうした労使の対立は例年のことであり、現実の着地がどうなるかは、(1)企業の支払い能力、(2)物価動向、(3)労使のバーゲニングパワーなどによって決まることになります。
そこでまず、企業の支払い能力について、業績動向をみると、リーマン・ショック後の大幅減益状況からは持ち直し、大手企業の経常利益は10年7~9月期で、ほぼ危機発生時の2年前の水準にまで戻しています。こうしたなか、企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合である労働分配率は04年頃の水準まで低下しており、企業の支払い能力は相当程度回復しているといえます。
次に、物価動向についてみると、食糧・資源価格の急騰が押し上げ圧力となる一方、それ以外の耐久消費財やサービスで下落基調が続いており、消費者物価総合でみるとほぼゼロ前後の動きになっています。先行き、食料・エネルギー価格の一段の上昇が見込まれるため、物価上昇率はプラスに転じていくと展望されますが、グローバルな価格競争や消費者の低価格志向から、物価安定基調は崩れないと予想されます。
以上の2点から見れば、昨年よりは賃上げ率がやや高まる方向と考えられますが、個別労働組合のスタンスをみると思いのほか慎重です。全体への影響力の大きい電機や自動車の労組の多くは早々に基本給の引き上げ要求を諦め、賃金カーブの維持に重点を置くスタンスです。交渉の焦点は賞与にあり、いわゆる春闘賃上げ率については、主要企業ベースで昨年は1.82%でしたが、今年も1.8%台前半から半ば程度になることが予想されます。
以上を踏まえて、今後本格化する中小企業の賃上げ動向を展望しましょう。前提となる企業収益動向についてみると、徐々に持ち直しているものの、大手企業に比べて立ち遅れがあることは否めません。支払い能力に直結する労働分配率もピークから見ると低下していますが、なお歴史的には高い水準です。こうした面を踏まえれば、中小企業の賃上げ率は、総じて大手に比べて低くなるでしょう。
中小企業の賃上げ率の公式統計は08年で停止されたため、今年の結果については検証することはできませんが、従来統計のベースでいえば1.4%台半ば付近となることが予想されます。つまり、昨年よりは若干回復するものの、08年からみればわずかにこれを下回るというのが、全体の動向となると見込まれます。
もっとも、以上はあくまで全体の話であり、ミクロベースでは大きくバラつくことになると思われます。過去の推移をみても、賃上げ率のバラツキは90年代以降拡大傾向にあり、とくに不況から回復に転じる局面で大きくなります。個別企業としては、支払い能力が前提になることはもちろんですが、忘れてならないのは、賃金は従業員のモチベーションに大きく影響することです。人件費のコントロールとともに、付加価値創出力を引き出すためのインセンティブとして、賃金を戦略的に支払っていく視点が重要でしょう。