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「年収の壁」の見直しにより、パート・アルバイトの働き控えが緩和されることが予想される。現下の人手不足を解消するには、パート・アルバイトの活躍を後押しすることが不可欠。パート・アルバイトの“効果的な生かし方”を探った。
- プロフィール
- せとやま・たかゆき●1970年生まれ。国立豊橋技術科学大学大学院修了。人材派遣会社の営業歴18年。営業として累計1万5,000人の派遣社員の転職・就職支援、累計800社の派遣先の採用・定着支援を行う。上司と部下との人間関係に苦しんだ時期もあるが、関係書籍を丹念に読み込むことで人材育成の面白さに目覚め、人材育成こそ天職ととらえている。
法改正がめじろ押しのなか、パート・アルバイトの活用法にも変化が求められている。従来のような単なる「数合わせ」「補助要員」 ではなく、企業の屋台骨を支える戦力として育てていく方向性が、人材難を解消するための最短距離だと瀬戸山孝之氏は言う。

──今後、さらなる人手不足が予測されるなか、「103万円の壁」の引き上げや「106万円の壁」の撤廃など、法改正がめじろ押しです。中小企業経営者にとってどんな影響が考えられますか。
瀬戸山 パート・アルバイトとして働く人の選択肢が広がるのは確かです。もちろん「壁」引き上げ等は、経営者にとっても従来のような「働き控え」が緩和されるという意味ではプラスでしょう。しかし、一方、2027年には「週20時間以上働いた場合の社会保険適用」義務における企業規模要件(50人超)が撤廃されることで、社会保険の「壁」が狭まります。漫然とこれらの制度改正を傍観しているだけでは、今後ますます厳しくなる人手不足の有効な対策にはなりません。
法改正を“対話の機会”に
──どうすれば?
瀬戸山 まずは現状、既存のパート・アルバイトの方々が、「壁」のどちら側にいるのかリサーチした上で、今後、どのような働き方を望んでいるのかをヒアリングしてください。今回の法改正は、良い“対話の機会”だととらえるべきです。これまでは、正社員と違う彼らを「人数合わせ」「補助要員」としか考えていない中小企業が多く、そうしたところでは面談などは行われず、ましてや働き方の意思を確認することもありませんでしたからね。
──確かに、どう働きたいか分からないと、企業側がどういう働き方を用意すればよいのかも分かりませんね。
瀬戸山 はい。たとえば、扶養の範囲内で働きたいという主婦(夫)もいれば、学費を稼ぐために一定の曜日や時間帯しか働けないという学生もいます。また、長期で安定した収入を得たい、あるいは子育てが終わる1年先までは短時間でしか働けないけど、その先はフルで働きたいという人もいるでしょう。それぞれの特性にあった業務割り当てを行うことで、まずはミスマッチを防げます。
──そうすると、会社自体の仕組みを見直す必要がありますね。
瀬戸山 就業規則や契約書、シフト管理システムなどを早めに見直した方がよいと思います。「壁」を超える人が多数見込まれる場合は、税や社会保険についての説明会を実施し、負担増をどのように企業と本人で負担するかをガイドライン化するなど、透明性の高い運用を進めてください。
──とにかく、説明することが大切だと。
瀬戸山 パート・アルバイトの方は、今回の法改正について、漠然と「より働けるようになる」とは感じていても、詳細まで理解している方は少数です。そのため、「壁」を超えた時にどれくらいマイナスとなり、またいくら稼げばマイナスがプラスに転じるか、などといった詳細を説明すれば、働く側の印象も変わってきます。そうすれば、「なんて親切な会社なんだ」と思うだろうし、「それならば『壁』を超えてもっと働こう」と考える人も出てくるかもしれません。
──説明することで働く意欲を喚起するわけですね。
瀬戸山 はい。説明し、コミュニケーションをとることで、働く側は「必要とされている」と感じることができます。ただ、それだけでは不十分で、「評価制度」を整備しつつ、「短時間正社員制度」などパート・アルバイトがステップアップできる仕組みも用意すべきでしょう。短時間勤務でも貴重な戦力になり得る人はたくさんいます。
業務範囲を明確化し目標を設定
──パート・アルバイトには、「すぐやめてしまう」「責任感がない」というネガティブな印象があります。
瀬戸山 実は、それは経営者や上司が、その人をどう扱っているかに左右される部分が大きいのです。従来のように、どんどん応募が来る時代はそれでもいいかもしれませんが、現状、パート・アルバイトをモチベートし、生産性を上げていく施策が人手不足緩和への最短距離だと考えてください。
──具体的にどうすれば?
瀬戸山 まず、業務範囲と責任の所在を具体的に示してください。マニュアルやチャートを用意し、本人の同意を得てから業務に着手してもらうと安心です。たとえば、飲食業なら「レジ対応と顧客案内を担当する」「クレーム対応は社員が補佐」などと明確化しておくと、納得の上、働くことができます。
さらに、「時給だけで管理」する従来のやり方から踏み出し、目標やキャリアパスを設定してあげると驚くほどモチベーションが上がります。定期的に面談を行い、目標の達成度合いやスキル向上に応じて時給を上げ、役割拡大のチャンスを与えるのです。これにより「自分は必要とされている」「成長すれば待遇もアップする」という実感を得ることができます。
──正社員にもなれると。
瀬戸山 たとえば、5年間働いてきたベテランのパートのスキルやモチベーションを上げて正社員にできれば、外部から正社員を雇用するよりも効率的といえるのではないでしょうか。
また、正社員とのコミュニケーションも重要です。企業内で起こりがちなのが、正社員とパート・アルバイトの間の分断です。両者の情報共有が不十分なままでは、思わぬ業務の停滞を招くことになります。パート・アルバイトのモチベーションの低下にもつながるでしょう。対策としては、懇親会など会話の場を設ける、パート・アルバイトが困った時に、すぐに相談できる窓口やチャットツールを用意しておくことなどが考えられます。
──採用段階での留意点は。
瀬戸山 SNS発信はマストです。とくに20~30代の若者・中堅層を狙う場合、SNSでの発信がないと成果は望めません。若い人は自分が働く会社のSNSを必ず見て、どんな雰囲気なのかなどを調べてから応募しますから。よほどのメリットがない限り、内容の見えない会社に応募しないと思います。
オンボーディングの重要性
──採用という観点では、早期離職を防ぐためのオンボーディング(※)も重要だと主張されていますね。
瀬戸山 とても重要です。採用したパート・アルバイトを立派な戦力にしていくには、最初の3カ月がポイントになります。なかでも初日にはもっとも気をつかうべきです。
──具体的には?
瀬戸山 ウェルカム感が大事です。初日に自分の名札もパソコンもなく、自己紹介もさせてもらえないのでは、「本当に自分を必要としているのだろうか」と疑念が生まれてしまいます。初出勤の日に社長から「よく来てくれました。待ってましたよ」と言われたとすると、気分もよく、働く意欲が湧きます。
──なるほど。その後は?
瀬戸山 3カ月くらいが勝負です。その間に、教育プログラムとして、会社の理念や風土、「大事にしていること」を伝え、希望者にはキャリアパスを提示してください。そうすれば「アルバイトの私でも、こんなにしてくれるんだ」と定着率がアップすることは間違いありません。飛行機の離陸と同じイメージです。飛行機は離陸の際にエンジンを全開にし、急角度で上昇していきます。そして、目標の高度に達すると安定飛行になる。
──最初に注力すれば、あとは大丈夫だと……。
瀬戸山 安定飛行に入った後は、3カ月に1度、面談を行うなどして本人の意向や状況の変化を確認すれば、かなりの確率で長い期間、働いてくれるような戦力になります。パート・アルバイトがすぐに辞めていくのは、本人の資質の問題ではなく、会社側の「気遣い」と受け入れ態勢ができていないからなのです。
──教育プログラムの具体的内容について教えてください。
瀬戸山 以下のようなステップが考えられます。
最初の数日は動画や教材を使った座学での①「導入研修」に費やします。会社の理念や目標、就業規則など、働く上での基礎を理解させます。次の1週間から1カ月は②「OJT」の段階です。先輩スタッフのサポートのもと実際の業務を体験します。さらに1〜3カ月の間に、各タスクの習熟度を確認し、個別指導などで③「フォローアップ」していきます。3カ月以降は、④「評価基準によって時給アップや役割拡大」を行い、モチベーションのアップにつとめます。もちろん、業種業態によって、詳細は違ってくるでしょうが、こうした緻密な教育プログラムをパート・アルバイトに適用すれば、必ずや定着率と生産性は上がります。
──最後に、人手不足に悩む中小企業経営者にメッセージを。
瀬戸山 パート・アルバイトは単なる補助要員ではありません。“彼らを「頼もしい仲間」として迎え入れる体制”が根付けば、会社自体が大きく変わります。「新人がすぐやめる」「顧客からのクレームが多い」「正社員が手いっぱいで新しい挑戦ができない」といた悩みが次第に解消され、会社全体に前向きな空気が広がっていくでしょう。より詳しい方法論をお知りになりたい人は、拙著『最強のパート・アルバイトをつくれ!』をご覧になってください。
※オンボーディング…新入社員を会社になじませる取り組み
(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)