地震、水害、猛暑……さまざまな自然災害が頻発している昨今。災害への備えは経営課題に挙がるものの、後回しにされがちである。関東大震災から100年の年に、点検しておくべき防災体制を掘り下げる。

プロフィール
いじゅういん・たけし●リスクコンサルタント。保険代理店経営。レインズ株式会社代表取締役社長。大手損害保険会社での営業職を経て独立。リスクアドバイザー養成講座の運営やコンサルティングツール開発などに携わっている。
災害に強い会社をつくる

──中小企業における災害対策の現状を教えてください。

伊集院 損保系シンクタンクが一昨年に公表したアンケート調査結果によると、平時から実施している自然災害に対する備えとして、「定期的な保険等(損害保険または共済)の見直し」が最も多くなりました(『戦略経営者』2023年9月号 P11図表1)。一方で「特に何もしていない」との回答も見受けられた点が目を引きます。その理由として「何をすればよいかわからない」、「売り上げ・収入の増加につながらない」、「大規模災害に被災したら廃業を考えている」といった回答が挙がりました(『戦略経営者』2023年9月号 P11図表2)。
 ハザードマップ(詳細は『戦略経営者』2023年9月号 P21)や自治体からの情報提供などを基に、災害発生時のおおよそのリスクは把握しているものの、対策となると二の足を踏んでいる企業が多い実態が明らかになりました。豪雨災害や地震被害は毎年のように発生しています。災害対策をコストととらえる経営者は少なくありませんが、取り組み方次第で自社の「宣伝」につながる点を知ってもらいたいです。

──宣伝につながるとは?

伊集院 政府の推進している施策として事業継続計画(BCP)の策定があり、中小企業庁では「事業継続力強化計画(ジギョケイ)」の名称で、計画の策定支援を行っています(詳細は『戦略経営者』2023年9月号 P18)。
 もし、製造業を営んでいて部品の仕入れ先を探しているとき、災害対策を何ら実施していない企業と、BCPを策定している企業が候補に挙がった場合、どちらの企業と取引したいと考えるでしょうか。BCPにおいて、緊急時における連絡先や従業員の安否確認方法、事業再開に向けた工程と目標期間などが明記されていれば、対外的な安心感をもたらすはずです。

客観的数値を基に評価

──何から着手すればよいかわからないという経営者に対して、どのような提案を行っていますか。

伊集院 適切な災害対策を施すには、自社を取り巻くリスクを把握することが先決です。図表3(『戦略経営者』2023年9月号 P12)に示した「経営を取り巻く代表的なリスクの例」から、自社にとって影響が大きいと思われる順に、番号を振っていただくことから始めています。 
 業種によって優先順位は異なりますが、頻繁に挙がるのは「自然災害」、「サイバー攻撃」、「倒産」。近年発生したサイバー攻撃では、病院で電子カルテを閲覧できなくなったり、社会保険労務士向けサービスが停止したり、深刻な被害をおよぼしました。
 その他には、経営者や従業員が招いた不祥事で事業が行き詰まる、「レピュテーションリスク」も挙げられます。いずれにせよ自社の現状をしっかり認識することが、リスクマネジメントの出発点です。

──どのような手順でリスク対策を施せばよいですか。

伊集院 リスク対策の大まかな流れとして①実態の把握②リスクアセスメント③リスク対応という、3つのステップがあります。(『戦略経営者』2023年9月号 P12図表4)。
 ステップ①では、建物や設備、在庫商品といった資産を洗い出し、どのようなルートで会社のもうけを生んでいるのか、商流を明らかにします。その上で、リスクの種類を特定して、各リスクの影響度を分析、評価します。具体的には、事業を支える重要業務は何か、業務を支えるヒト、モノ、カネ、情報の経営資源は、いつまでに復旧させる必要があるかといった事柄です。これがステップ②です。
 影響度を正確にはかるには、財務諸表や固定資産償却明細、棚卸資産表といった資料が欠かせません。リスク評価に際しては、こうしたデータに精通している顧問税理士に支援を仰ぐことをおすすめします。

自社サイトで復旧状況を発信

──対策を施すのがステップ③ですね。

伊集院 はい。図表4(『戦略経営者』2023年9月号 P12)に掲げたとおり、移転、回避、保有、低減の4つの観点から対策を検討します。例えば、火災リスクについては、可燃物の適切な管理や防火設備の強化、水害リスクについては、遮水板の設置、重要な機械設備の設置場所の変更など、発生確率や発生時の影響を「低減」させる対策が有効です。また損害保険は、想定リスク発生時の経済損失を保険会社へ「移転」する対策として有効であり、それらの保険に免責金額の設定や補償範囲の制限をすることで、一定の損失を自社で「保有」することになります。
 なお「回避」とは、メーカーなどが自社生産を行わず、他社へ生産を委託するといった対策が当てはまりますが、自然災害リスクで回避の手法をとるケースはまれです。
 あわせて、被害が広域におよんで取引先企業も被災し、サプライチェーンが機能しなくなるケースも想定する必要があります。もし、ステップ①で、販売先や仕入れ先が1社に偏っていることが判明した場合、依存度を下げる方策を検討するべきです。
 地震や水害等の自然災害に対する備えとして、従業員の避難計画を立てたり、防災用品を保管したりする方法が一般的です。見落としがちなのは、被災した後、どのように復旧を図るかという視点。損壊した建物や故障した機械設備を修繕する段取りはついているか。広域災害の場合、修理会社がすぐ駆けつけてくれるとはかぎりません。そうした場合を想定して、取引先と災害時の相互援助協定を締結しておくのも役立ちます。

──いざというときに、リスク対策を機能させる上で参考となる考え方は?

伊集院 近年、日常生活で使用している商品やサービスをそのまま災害発生時にも活用できる「フェーズフリー」という言葉を耳にするようになりました(詳細は『戦略経営者』2023年9月号 P20)。
 私もフェーズフリーの機能を備えた商品に注目しており、搭載しているバッテリーから停電時に電源供給できるプラグイン・ハイブリッド車や、ぬれた紙に文字等を書き込めるボールペンなどが関連商品に当てはまります。新型コロナの感染拡大時、当社ではメッセージアプリを用いて、従業員から体温と血中酸素飽和度を毎朝、連絡してもらっていました。このような試みも、日常で使用している連絡手段が災害時にも応用できるので、フェーズフリーといえるでしょう。

──中小企業における災害対策の取り組み例を教えてください。

伊集院 中小企業でもウェブサイトで情報発信するのが当たり前になっていますが、自然災害やサイバー攻撃などが発生したとき、リスク対応の専用コーナーをただちに開設できる企業は多くありません。自然災害等で事業継続が困難になったとき、クライシスコミュニケーション(危機管理広報)を想定したウェブサイトに切り替えることができれば、取引先をはじめとするステークホルダーに安心感を与えられます。
 東日本大震災発生時、こうした施策を実行したのがオイルプラントナトリ(宮城県名取市)です。産業廃棄物の再資源化を手がける同社は、津波で工場が浸水し、貯蔵タンクが沖合に流されるなど甚大な被害を受けました。ただ、震災の1カ月前にBCPを完成させ、工場被災時の目標復旧期間と復旧方法等を記載していました。自社サイトで復旧状況を随時発信するとともに、BCPに基づき近県の同業企業に廃油を運んで、精製を続けることができたそうです。

遠足旅行が避難訓練に

──BCP策定を義務づける業界も出てきています

伊集院 介護事業者にはBCPの策定が義務づけられており、24年4月1日までに策定する必要があります。介護施設のBCP策定でとりわけ求められるのは、施設間の連携です。別の施設と連携協定を結び、災害時に入居者を相互に受け入れることを明文化しているケースが見受けられます。ただ、災害が発生してなじみのない施設に避難すると、状況の変化に戸惑う人が出てくるものです。
 そこである施設が検討しているのは、年1回の遠足旅行の際に、連携先の介護施設を訪れるというもの。日ごろ入居者や職員同士が交流する機会を設けていれば、お互い親しくなるし、不安も和らぐはずです。遠足が避難訓練を兼ねているので、これもフェーズフリーの試みといえるかもしれません。

──BCP関連の公的認証制度もあるそうですね。

伊集院 先にふれた事業継続力強化計画の認定を受けると、日本政策金融公庫による低利融資や各種補助金の加点、損害保険料等の割引といったメリットがあり、認定事業者はロゴマークを使用できます。また、国土強靭化の趣旨に賛同し、事業継続に関する取り組みを積極的に行っている事業者を対象とする「レジリエンス認証」という制度もあります。こちらも一部金融機関のビジネスローンで優遇利率が設定されています。
 広域自然災害が発生するたびに「想定外」という言葉が飛び交いますが、そもそもリスクを想定する作業を怠っていることに起因する場合が大半であると考えています。経営リスクを不断に検証し、実効性の高い対策を施すことが競争力の強化につながるのです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2023年9月号