左から小野将裕監査担当、
糸永康平社長、小川清春顧問税理士
福岡県に本社を構える信号電材は、持ち前の技術力と《365日変動損益計算書》による業績管理により、安定した経営基盤を確立している。レンガ造りが印象的なオフィスを訪ね、同社の経営戦略の狙いを探った。
抜けるような青空にもかかわらず、ひんやりとした空気が肌を刺す12月のある日。信号電材の応接室に糸永康平社長、経理担当の山田英明氏と糸永栄一氏、小川清春税理士と監査担当の小野将裕氏の5人が参集した。モニターに投影された《365日変動損益計算書》を見つめる糸永社長を前に、小川税理士がおもむろに口を開く。
本社社屋
「第1四半期は材料費高騰の影響を少なからず受けていたようですが、限界利益率は相変わらず高い水準を維持できています。要因は何だとお考えですか」
こう尋ねられた糸永社長は次のように答える。
「材料を他社に先行して確保できたこと、仕入先との価格交渉がうまく進んだことが数字にも表れているようです」
続けて第2四半期の方針を尋ねられた糸永社長。「鉄材の価格高騰や電子部品の供給不足により、売り上げが思ったほど伸びていません。巻き返しを図るためにも今まで以上に市況を注視し、材料を仕入れるタイミングを的確に判断していきたいですね」と答えると、小川税理士がすかさず「社長には素早い経営判断が求められますから、引き続き、変動損益計算書はこまめに確認するようにしてください。われわれも信号電材さんの会計データを適宜チェックし、何か異常があれば速やかに報告します」と糸永社長の背中を押す――。
これは同社が定期的に開催している業績検討会の一コマだ。業績検討会では現在の経営状態と今後の方向性について、『FX4クラウド』をもとに確認している。
業績検討会では会計事務所と
ともに現在の経営状態を確認
「小川先生も小野さんも第三者の目線から現状を精査し、今後の打開策を助言してくれるので本当に頼りになります」と、糸永社長は会計事務所とのコラボレーションに確かな手ごたえを感じているようだ。
このほか、全社員が参加する月初の朝礼で変動損益計算書にもとづいて業績を報告したり、社内報の冒頭に《365日変動損益計算書》の画面と糸永社長による解説を掲載するなど、会計データを積極的に活用している。
「特に注目しているのは売上高、限界利益率、固定費の3つ。なかでも固定費は自社でコントロールできるので、部門ごとの金額や推移は注視しています。最近は営業部門の出張費や接待交際費を圧縮することで、コロナ禍や原料高の影響を受けつつも利益を生み出しています」(糸永社長)
危機的状況のなか社長就任
信号電材はその名のとおり交通信号設備の製造販売を手がけるメーカーである。1972年に糸永社長の父である嶢氏によって興され、当初は信号機の鋼管柱(ポール)やケーブルを接続・格納する端子箱の製造を生業としていた。その後、鹿児島県警と宮崎県警から信号灯器の生産を依頼されたことを機に主力事業をシフトする。
「両県警の要望は『錆びない信号を作ってほしい』というものでした。当時の信号灯器は筐体が鉄でできているものが多く、海沿いにある信号は潮風の影響ですぐに錆びていたのです。そこで、当社では錆びにくいアルミを素材に用いることで塩害に強い信号灯器を作りました」(糸永社長)
国内で初めてアルミ製信号灯器の開発に成功
87年に国内で初めて「アルミ製車両灯器」の開発に成功。92年に警視庁の指導による「西日対策車両用レンズ開発」で機能性を高く評価され仕様化されたことを機に、信号灯器メーカーとして全国への販売ルートを築くこととなった。
その後、信号の光源が従来の電球からLEDにシフトするなかで、同社もLEDの研究を推進。95年にLED矢印灯器を、99年には車両用LED信号灯器をそれぞれ上市するなど市場環境の変化にも柔軟に対応し、業績を着実に伸ばしてきた。
ところが、好事魔多しと言わんばかりに経営危機が同社を襲う。あるメーカーが行政との癒着問題で摘発されたことを受け、売価の設定に厳しい措置が取られるようになり、信号業界に低価格競争の波が到来したのだ。
「一連の事件とは無関係だった当社も他社との価格競争に巻き込まれ、次第に利益率が悪化していきました」(糸永社長)
さらに、追い打ちをかけるように製品のリコールが発生。売価を抑えるためにコストを切り詰める一方で、製品の回収や無償修理などの対応に追われた。糸永社長が社長に就任したのは、このような危機的状況の渦中にあった2005年のことだった。
「財務状態が悪化し借り入れの返済も次第に滞りがちになりました。特に社長になってから4~5年間は心身ともに厳しい毎日を過ごしていましたね。断腸の思いでリストラを断行したこともありました」と、糸永社長は当時をこう振り返る。
自己資本比率30%超を目指す
そんな糸永社長を財務面からサポートしたのがほかでもない、小川税理士である。2007年に顧問契約を結ぶと、同社は小川税理士との二人三脚で月次決算体制の構築に取り組んだ。
小川税理士は言う。
「業績回復を成し遂げるには常に最新の会計データをチェックできる体制が必要だと感じていました。最新業績を即座に把握すれば、経営改善に向けた打ち手をスピーディーに展開できますからね。そこで、税務顧問に就いて早々に自計化(会計ソフトを導入して自社で経理を行うこと)、月次決算、巡回監査など"会計で会社を強くする"ための仕組みづくりを矢継ぎ早に行いました」
業績改善に向けた取り組みはこれだけにとどまらない。V字回復と安定成長を目指して全従業員が一丸となって行動するべく、具体的な数値目標を糸永社長自ら設定したのである。
その一つが、「自己資本比率を30%に引き上げる」というもの。
「自己資本比率に注目したのは会社の安全性を測る指標だからです。経営危機に苦しんだころに二度と戻りたくありませんから、客観的に見ても安全性が高いと判断できる30%を目標にしました」と糸永社長は話すが、当時の自己資本比率はわずか9%。1桁に低迷していた数字を引き上げるのはそう簡単なことではない。いかにして自己資本比率を高め、V字回復を成し遂げたのか。
一つは生産効率の向上だ。生産現場の生産性と自立性を高めるためにJIT生産方式を導入。さらに現場スタッフのアイデアから次第に独自のムービングラインが形成されてゆき、1日あたりの生産量は飛躍的に向上していった。
「ベルトコンベヤーを敷いていたころの生産量は1日100灯前後でしたが、現在は200~300灯に拡大しています」(糸永社長)
もう一つはコストの削減を徹底したことだ。特に材料の調達先を中国の工場に一本化したことはコスト面での競争力をぐんと引き上げた。
「低コスト型信号灯器」は薄型で軽いのが特長(左)、JIT生産方式で生産効率の大幅アップを実現(中央)
低コスト型信号灯器で躍進
さらに、新製品の開発に成功したことも業績回復を大きく後押しした。それが2017年に上市した「低コスト型信号灯器」である。
「低コスト型信号灯器は従来品に比べて全体的に薄く軽いのが特徴で、ランプも若干小さくしましたが発光量は以前の信号灯器と差はありません。ランプ部のフードをなくしたことで耐風性、耐雪性も向上し、リサイクルしやすい安価な素材を用いているので1灯器あたりの原価も小さいです」
低コスト型信号灯器はインフラコストの削減に腐心する全国の自治体でスマッシュヒットとなり、瞬く間に注文や引き合いが相次いだ。糸永社長は続ける。
「低コスト型信号灯器の開発に成功したことでODM生産(※)を多く担うようになりました。これを機に当社のマーケットシェアが一気に拡大し、さらなるコスト削減と安定した生産体制の確立につながっています」
これらの取り組みが奏功し、売り上げの拡大と固定費の圧縮に成功。自己資本比率も目標に掲げた30%を優に超え、現在は40%を目前に控えているようだ
昨年、創業50年の節目を迎えた信号電材。原料高や混迷する中国・台湾情勢など経営への不安要素は多いものの、持ち前の製品力、技術力、そして会計を軸にした巧みな経営戦略で先行き不透明な未来を果敢に切り開くことだろう。
※ODM生産…自社が独自に設計・製造した製品を発注元ブランドで提供すること。
(協力・税理士法人o-tax/本誌・中井修平)
名称 | 信号電材株式会社 |
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設立 | 1972年10月 |
所在地 | 福岡県大牟田市新港町1-29(本社) |
社員数 | 約140名 |
URL | https://www.shingo-d.co.jp/ |