- プロフィール
- きんじょう・まみ●沖縄県生まれ。女子美術大学卒業後、アパレル企業に入社。2016年チョークアーティストインストラクター資格取得。17年「花とチョークアートのお店TOKYO IVY」をオープン。20年アトリエを開設した。
金城まみ 氏
神奈川県大和市にアトリエを構え、チョークアートボードの制作と講座の運営に携わっています。
チョークアートは飲食、小売店内や、結婚式受付に設置するボードなどに採用されていて、立体感のあるデザインが特徴です。クレヨンよりも発色のよいオイルパステルを用い、指先でなじませグラデーションをつけながら仕上げます。季節や天候により、オイルパステルの伸び具合が変化するのが、チョークアートの面白いところです。ひときわなめらかに描ける雨の日は、チョークアート日和といえます。
おかげさまでチョークアート講座は盛況で、チョークアーティストを志している方から趣味として楽しむ方まで、幅広い年代の方々が参加されています。なかでも大きな反響を呼んでいるのが「シズル看板」を制作する講座。シズル看板とは、料理のシズル感(食欲をかき立てる臨場感)を表現した集客用のボードで、手軽に書いて消せる実用性の高さが売りです。チョークアートの制作にはオイルパステルを使用するのに対して、シズル看板ではキットパス等の固形のマーカーを使います。チョークアートの技法をもとに、この独自の手法を考案しました。
店主の気づかない魅力を発掘
コロナ禍にあって、テイクアウトメニューを店頭に掲げる飲食店が増えました。しかし、品目と価格のみを書いた黒板や、張り紙で済ませている場合がほとんど。そうした光景を目にして、チョークアートでお店の魅力を発信できるのではと考えたのが、シズル看板のはじまりです。
シズル看板の制作講座では、技能レベルに応じたさまざまなコースを設けており、最も人気を博しているのは「1Dayプレミアム講座」です。店舗の運営で忙しい店主さん向けに、15時間のベーシックコースで解説している内容を、3時間に凝縮しました。オリジナルテキストの「シズル看板職人ブック」を参照しながら、制作のコツを習得できます。
シズル看板のレッスン中に強調しているのは、絵を上手に描くのが目的ではないという点です。この看板のねらいは、街なかを歩く人の目に留まり、かつお店に足を向けてもらうこと。最もポピュラーなのはA2サイズですが、絵や文字を盛り込みすぎるとメッセージが伝わらなくなるため、情報を整理することから着手します。
その上で、絵と文字のレイアウトや、カラーセレクトを検討します。ワードセレクトも重要です。例えば、仕事帰りのビジネスパーソン向けに「ハッピーアワー」や「お疲れさまです」といった文言を入れるなど、誰にどんなシーンで利用してもらいたいかを明確にして文字にするのがポイントです。たかが看板、されど看板。人同士のつながりが希薄になりがちなご時世だからこそ、作り手の人間味が心に響くのです。
チョークアートボードやシズル看板を制作する際には、店主さんとの話し合いを通して、お店の新たな魅力を発掘するお手伝いができるよう心がけています。
お店で当たり前となっている取り組みが、別のお店では行われていないといったケースも往々にしてあります。以前にシズル看板を制作した近所のそば店では、原料に国産のそば粉を使っていました。お話をくわしくうかがうと、温かいそばと冷たいそばで、だしの取り方まで変えていることがわかりました。海外産のそば粉を使用しているそば店も少なくないなか、原料にこだわりつつ良心的な価格で提供しています。店主さんが自覚していないこうした魅力を発掘し、1枚のボードに思いを落とし込めると、集客にいっそう貢献できる気がします。
雑誌記事で職業を知る
チョークアートの世界に飛び込んだのは、10年ほど前です。当時、アパレルショップの店員をしていました。スタッフ用の休憩室で、たまたま手に取った雑誌に珍しい職業として紹介されていたのが、チョークアーティストだったんです。幼いころから絵を描くのが好きでした。美術大学を卒業しアパレル企業に就職した後も、いつか絵にまつわる職業に就けたらという思いが頭の片隅にありました。
誌面にはチョークアートの用途や報酬額も掲載されていて、参入している人が少ない状況を知り、職業として続けられるかもしれないと直感。チョークアート教室で実際に体験してみると、色彩の美しさに魅了され、プロの道を志すことを決めました。もし、あのファッション誌を開いていなければ、チョークアートを知る機会はなかったと思います。人生を変えた1ページですね。プロ資格を取得した当初は、結婚式のウェルカムボードや動物などを描く機会もありましたが、反響が圧倒的に大きかったのは食べ物でした。
シズル看板を通してお店の魅力を発信し、1人でも多くの方に集客に役立ててもらえたらうれしいです。
(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)