第1次オイルショックによる狂乱物価が日本を襲った1970年代、自動車整備業界に激震が走った。大企業の傘に守られていない独立系の自動車整備工場は、自らの生存エリアを確保すべく全日本ロータス同友会(ロータスクラブ)を設立。力を結集して寄せ来る荒波を乗りこえてきた。そんなロータスクラブが今、「100年に1度の大変革期」に立ち向かおうとしている。

──組織の概要を簡単に説明していただけますか。

小川晃一 氏

小川晃一 氏

小川 オイルショックの渦中、1975年に374の全国の自動車整備の有志が集まり、力をあわせて苦境を乗り越えようと結成されたボランタリーチェーンです。これまでアップダウンはありましたが、現状で1,614の同友(会員)、全国51支部にまで拡大しています。われわれは、自動車販売と自動車関連サービスのあり方を、常にお客さまの立場に立って革新し、価値を創造し続ける企業集団で、昨年スタートした第16次中期計画では「誰一人置き去りにすることなく、ともに繁栄を目指す」「究極なおせっかい集団」、2021年の基本方針では「くるま新時代!地域になくてはならないお店を実現する」をスローガンに掲げています。要するに、自動車整備工場が集まり、知恵を出し合って研鑽しながら、「弱者の戦略」をもって強者(大手)に立ち向かってきた組織だということです。

迫られる「変化」への対応

──自動車整備業界の現状は?

小川 おかげさまで車検・点検を中心とする「法定需要」には影響は少なかったようですが、まったくの無傷というわけにはいきません。やはり、コロナ不況でお客さまの財布の紐が固くなったのを実感しています。また、半導体不足などによる新車納入の遅れと、それを原因とする中古車の仕入れ価格の高騰で利益が削られている現状もあります。

──自動車産業そのものの構造的な問題もありますね。

小川 おっしゃる通りです。技術革新によって、自動車の事故率が急速に減少しています。10年前に比べると3~4割くらい減っているのではないでしょうか。もちろん、そのこと自体は良いことですが、鈑金など修理・整備のニーズが目減りしているのも事実。これが業界の課題となっています。いずれにせよ、自動車業界は「100年に1度」の大変革期を迎えています。CASE(つなぐ、自動運転、シェア、電気自動車)やMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)といった構造変化への対応が迫られています。

──制度面でも変化がありました。

小川 2020年、政府から「カーボンニュートラル」の指針が発表され、2035年にはガソリン車両の新車販売ゼロ(東京都は30年)が打ち出されました。今後、電気自動車のシェアが加速度的に増加することは確実です。より差し迫ったところで言えば、同じく20年、特定整備制度がスタートしたことによって、各整備工場では、今後、最先端の電子制御装置整備に対応する必要が出てきます。つまり、大きな設備投資を余儀なくされるわけです。

「プログレス計画」を推進

──だからこそ、昨年来打ち出されている「プログレス計画」が必要だと。

小川 はい。昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が氾濫していますが、ロータスではコロナ以前からこの課題に取り組んできました。プログレス計画もその一環です。「核」となるのはブロードリーフ社と提携したシステムの統一化。業務管理ソフト「ロータスプログレス」の導入です。これによって基本ソフトだけで一般業務が行え、常に最新のプログラムを使用できるようになります。ちなみに、ロータスプログレスはすでに約500社において稼働しています。
 導入によって、行政手続きをオンラインで行える「自動車保有手続きのワンストップサービス」(OSS)や、電子的に故障診断を行う「OBD車検」にも対応しやすくなります。OSSについては、すでに「導入済」「導入準備中」あわせて90%近くになっています。
 さらに、もうひとつ大きいのは、整備に関するビッグデータの解析結果を提供することが可能になるということです。

──どのようなビッグデータなのでしょう。

小川 ロータスクラブの同友(会員)1,600社余から上がってくるデータをもとにして、整備情報やリコール情報、車の年式ごとの車体や部品の交換率、査定状況や仕入れ価格の傾向を把握することで、お客さまに憶測ではない「数字にもとづく根拠のある」提案を行うことなどを考えています。

──大変なメリットになりますね。

小川 プログレス計画には、新しい統一システムを導入するということにとどまらず、われわれ全体の意識を変えていくという効果を期待しています。業界の地殻変動について、同友は少なくとも気づいていると思いますが、メカニックやフロントといったスタッフに浸透しているとはとてもいえない状況です。とはいえ、自動運転を含めた車の電子化、ハイテク化やそれにともなう制度変更などの世界的な流れは待ったなしです。今から準備して、できることからしっかり実践していく。経営者だけではなく全社的にです。そうしない限り、じり貧は避けられないと思っています。

──電子化への対応によって、現在、あるいは将来にわたるニーズをすくい上げ、顧客を創造するということですね。

小川 お客さまを増やすこともそうですが、1人当たりの利用頻度を上げることがより大事になってきます。ビッグデータを提供する目的もそこにあります。オイルやタイヤの交換は言うに及ばず、たとえばドライブレコーダーなどの周辺機器も積極的に販売していくべきでしょう。整備工場は概してPRが下手なので、お客さまのなかには「おたくでもドラレコをつけられるんだ」と驚かれる方もいるというのが現状です。

──周辺機器はオートバックスやイエローハットというような店舗で購入するのが一般的になっていますからね。

小川 鈑金などの修理・整備から車体販売、ガジェット系の装備まで、あらゆるサービスがワンストップで受けられるということをお客さまに知ってもらえれば、それだけで違ってくると思いますよ。

「1・550」への挑戦

──2020年4月からスタートした第16次中期3ケ年計画について教えてください。

小川「ダイバーシティ・マネジメント」がテーマです。ここのところコロナ禍のなかで現場に赴くことができず、計画の内容を正確に伝えることがなかなかできていませんが、リモート会議を活用しながら、ブロック長(10名)や支部長(51名)とコミュニケーションをとり、スタッフの方たちへの浸透をお願いしています。
 計画の具体的内容は、前述したプログレス計画の進展による先端技術への対応はもちろん、「人創り」の面を重視したものとなっています。とくに強調したいのが「【1・550】への挑戦」です。

──【1・550】への挑戦…というのは?

小川 社員1人当たりの粗利1,000万円、年収550万円を表したもので、社員の年収を550万円にひきあげることができる体制づくりを目指しましょうということです。そのためには粗利が1人当たり1,000万円必要となるという計算です。

──狙いは?

小川 スタッフの待遇を引き上げることで、人材流出を防ぎ、採用のチャンスを拡大します。逆に言えば、それくらいの思い切った待遇改善をしないと、いつまでたっても人手不足は解消しません。現在、ロータス同友の平均で、10人規模の整備工場における1人当たり粗利は平均700万円程度です。労働分配率が50%として、1人当たり年収は350万円。もちろん、地域差はありますが、この水準だとわざわざ勉強して経験を積み、整備士になろうという人はあまりいないかもしれませんよね。

──550万円の根拠は?

小川 日本自動車整備振興会連合会(JASPA)によると、ディーラー整備士の平均年収が450万円で、これがいまのところ業界ナンバーワンだそうです。とすると、それより100万円上回る550万円の年収があれば、人手不足を解消できるはず……というのが根拠です。ただし、繰り返しますが、これはあくまで平均の目安です。東京など大都市部と地方では違いますから。

──なるほど。

小川 それと、この数字は人手不足対策のためだけに示しているのではありません。「くるま新時代」に対応するための設備投資を継続的に行っていくためには、しっかりと利益を出せる体質を作り上げることが必要です。プログレス計画もビッグデータの活用も、結局はそこに帰着します。
 そこで、必須条件となるのが、従業員の質の向上でしょう。ただ、命令されたことをやるだけの人に550万円は払えませんよね。顧客のために自ら考えて動く。そんな人材が恒常的に顧客ニーズを吸い上げる体制をつくることができれば、自然と売り上げと利益は上がっていきます。これはメカニックだけではなく、フロントもそう。これまでのような「受付係」ではなく、真の意味での「フロント」にならないといけません。ロータスの「教育委員会」ではメカニックやフロントの研修を積極的に行っていますが、それではとても足りない。それぞれの会社でしっかり計画をたてて人を育成していく必要があると思います。
 要するに、賃金を上げるというのは1つの象徴的な現象であり、将来的に生き残っていくためのメルクマールなんだと思います。

利益体質への転換が急務

──特定整備関連の設備投資は今後しばらく続くのでしょうか。

小川 間違いなく続きます。ロータスの同友については、すでに電気自動車の電源設備は90%以上で導入されていますが、急速充電機や整備用の各種テスターなど、まだまだ必要なものは目白押しです。今後も自動車は進化を止めないでしょう。新しい技術が出たなら、すぐに導入しないと競争に勝ち残っていけないと思っています。繰り返しますが、そのために利益体質にしないといけないのです。

──「利益を出す」という意味では、計数管理も重要になりますね。

小川 おっしゃる通りです。自動車整備業界の会計処理はとても複雑で難しいという構造的な現実があります。税関係や保険、車体と部品販売、あるいは修理や整備、車検など、細かな仕訳がたくさんあって、税理士さん泣かせかもしれませんね。だからこそ、業務ソフトと会計ソフトをデータ連動して、煩雑な処理を一元化すべきなのです。

──5年前にTKCと提携し、会計の効率化に取り組まれています。

小川 まさに業務と会計の一元管理が、「ロータスプログレス」と「FX4クラウド」の連動によって実現しつつあるということですね。私はなにも100%連動してなくてもいいと思うんです。半分だけ連動するだけでもかなり違ってくる。なるべく早く手を付け、できるところから効率化していく意識が大切です。
 また、TKCさんとの提携という意味では、TKC会員の税理士の先生方の日ごろのご指導にも期待しています。さきほどの「1・550」についても、税理士さんは数字に強いでしょうから、その意味合いはすぐに分かっていただけると思います。「まだ1人当たりの粗利益が低いですよ」とアドバイスいただければ助かります。また、TKC会員の税理士の先生方は月次決算を実践されていると聞いています。その中で、特定整備への対応に必要となる設備投資や借入金の返済を踏まえた資金繰りの指導、さらには、リアルタイムの数字を、前月や前年、あるいは計画と比較して、経営者が、何が問題で今後どうすべきかなどを考えるきっかけを与え、黒字決算を支援いただければありがたいですね。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2021年12月号