事業承継を進める上で避けては通れない「後継者教育」。なかでも、中小企業大学校東京校の「経営後継者研修」は経営者に必要な知識やマインドが身につくと評判だ。同研修OBによる座談会、ケーススタディーを通して、経営者としての「自覚」と「責任感」が生まれるプロセスを探ってみた。
- ◆出席者(順不同、敬称略)
- ◎株式会社メコム ソリューション推進ユニットデジタルマーケティング本部 安部晃史郎
◎株式会社山崎歯車製作所 業務部兼軌道部 長内健太
◎株式会社生活の木 開発営業本部 重永諒
40年超の歴史を誇る「経営後継者研修」。昨年10月開講のコース(第41期)では12名の後継者たちが講義やゼミを通して企業経営に欠かせない知識・マインドを育んだ。今年の7月に中小企業大学校を巣立ったばかりの後継者3名に、10カ月にわたる学びを振り返ってもらった。
──会社のプロフィルも含めて自己紹介をお願いします。
安部 当社はIT機器やソフトウエアの販売・保守・メンテナンス等を主に手がけています。1946年創業で従業員は120名ほど。現在は父(安部弘行氏)が社長を務めています。私は大学卒業後、都内のIT系の会社に3年半勤めたあと、昨年10月に入社しました。今はマーケティング部門に所属し、山形県内に6拠点ある営業所の販売データ分析や顧客訪問、当社の創業75周年を記念したPR動画、ウェブサイト制作などに携わっています。
長内 山崎歯車製作所で営業を担当しています。当社の主力事業は精密機械部品の加工と鉄道レール用のメンテナンス機器の製造販売で、創業以来培ってきた金属加工技術と顧客のニーズを徹底的に追求する製品開発力が強みです。私は13年の入社以降、鉄道部門で営業職に従事していましたが、今年の8月からは精密機械部品の販売も兼務するようになりました。
重永 アロマオイルやアロマディフューザーといったハーブ・アロマ製品の製造・卸売・直営店販売・環境芳香デザイン等を展開しています。最近はOEM生産にも力を入れていて、各メーカー商品、小売店PBの企画・製造に関する引き合いも相次いでいます。私も安部さんと同じ20年10月入社で、それまではマーケティング関係の会社に勤めていました。現在は店舗スタッフとして商品の品出しや接客等に携わる一方、前職の経験を生かしてBtoB向けウェブサイトの制作プロジェクトにも関わっています。
──安部さんと重永さんは実家に戻ってすぐ研修に参加されたのですね。
安部、重永 はい。
事業承継への不安
──みなさんは後継者という立場にあるわけですが、「会社を継ぐ」ことにどのような印象をお持ちでしたか。
安部 抵抗はありませんでしたが、「継ぎたい」という強い思いがあったわけでもなく、「いつか継ぐことになるだろう」と軽く考えていました。前職に勤めていたときも上司や先輩に自分の境遇を話すと「大変だな」「頑張って経験を積まないと」などと励ましの言葉をかけられましたが、心のなかでは「このままでも社長になれる」と他人事のように捉えていました。これがいかに甘い考えだったかは、その後研修を通じて痛感させられるのですが……。
長内「働くからには会社を先導したい」という強い思いを持ちながら日々の業務に携わっていました。ただ、当時は会社を引き継ぐにあたってどんな知識、経験が必要なのか想像がつきませんでしたし、経営に関する用語の意味さえあまり理解できていなかったので不安な気持ちも強かったです。
重永 私も会社を引き継ぐことに対しては肯定的なイメージを持っていました。以前から「家業の役に立ちたい」という気持ちがあったので、実家に戻ってきたときも「自社に貢献できるときが来た」と期待に胸を膨らませていましたね。ただ、経営者としての手腕や知識、資質があるのか分からなかったので、その点は不安に感じていました。
──では、経営後継者研修を受講されたきっかけを教えてください。
安部 社長から「受けてみないか」と勧められたことがきっかけです。社長の知り合いの息子さんがこの研修を受けたことがあり、「経営スキルを身につけるうえで有益だった」と太鼓判を押されたみたいで……。ちょうど前職を辞めるタイミングで勧められたので、「先に業務経験を積んだ方がいいのでは……」と悩みましたが、カリキュラムを調べるうちに「将来、会社を継ぐうえで必要なことが学べるかもしれない」と思うようになり、受講を決めました。
長内 私も社長(山崎清水氏)からの紹介です。先ほどお話ししたとおり、経営に必要な専門知識を学びたいという考えが常にあったので、この話を聞かされたときに「これだ!」と思いましたね。なので、悩むことなくその場で「受けます」と答えました。
重永 私は社長である父(重永忠氏)から「実家に戻ってくるなら経営後継者研修を受けてもらうから」と言われていたので、ほぼ強制的に参加することになりました(笑)。これまでの社会人生活で培った経験を生かして、いち早く自社に貢献したいという思いもありましたが、研修のパンフレットやホームページを眺めるなかで次第に「今後の自分に必要な知識や経験が積めるのではないか」と思うようになり……。何より、経営後継者研修のOBである父が「会社を継ぐために必要だから」と言って勧めているわけですから、これは受けるしかないと。授業について行けるか不安な気持ちもありましたが、最終的には「社長が安心して会社を任せられるようになってみせる」と意気込んで研修に臨みました。
──印象に残っている授業は?
長内 1つは財務分析の講義です。数字にもとづいて自社を分析することが新鮮で面白かったですし、財務諸表の読み方を学んだことで会社に対する印象や自分自身の考え方も変わりました。研修を受けるまでは「いかに売り上げを拡大するか」だけに集中して活動していましたが、今では材料費や経費のバランス、キャッシュフローの推移など財務全般に意識が向いています。
もう1つは経営総合実習です。この授業では研修生が企業に訪問し、社長から経営課題や業務上の問題点などをヒアリングするのですが、実際に聞き出した悩みは自分自身が将来直面するようなものばかりでした。「私が経営者だったらどう対処するか」という一つ高い視点から課題に取り組み、解決策を議論できたことは今後に向けてとても良い経験になったと思います。
重永 全員が"自分ごと"として社長の悩みに向き合っていたので、ディスカッションもたいへん盛り上がりました。白熱しすぎて時には感情をぶつけ合うまでに発展したこともありましたね。トップの目線で経営課題に向き合った経験は貴重でしたし、何よりこの実習を経て同期とも関係がいっそう深まったように感じます。特に私は長内さんと同じ班だったので、彼とも熱い議論を交わしたことを今も覚えています。
長内 そんなこともあったね。
安部 私も数えきれないほどありますが、特に勉強になったのはマーケティングの講義ですね。今まさにマーケティング職に就いているので、授業で学んだ商品分析や販売促進の理論は業務の土台になっています。また、販売データを収集し分析するための仕組みが確立できていないという自社の課題にも気づいたので、卒業して真っ先に営業拠点ごとのデータを収集するための態勢づくりに取り掛かりました。2カ月ほどかかりましたが各営業所の協力もあり、これらの仕組みがようやく軌道に乗りつつあります。
自社の将来を構想
──ゼミナールではどのようなことを学びましたか。
重永 私が所属していた坂本ゼミ(坂本篤彦講師)では人間力の練磨を旗印に、課題図書の輪読やグループディスカッションを通して、会社を引き継ぐにあたっての心構えや経営者意識の醸成に取り組みました。これらを踏まえて、ゼミナール論文では「後継者としての使命」をテーマに、「自分は会社をどう発展させていきたいのか」「そのためにどんなアクションを起こすのか」などについて執筆しました。
安部 私も重永さんと同じ坂本ゼミでした。輪読やディスカッションも印象に残っていますが、なかでも実際の経営者や後継者の方と交流する機会を多く持てたことが収穫でしたね。先ほどお話ししたとおり、最初は会社経営を他人事のように考えていましたから。社長や後継者としてのやりがい、引き継いだ時の悩みや仕事に対するモチベーションを詳しく聞いたことで自分の考えがどれだけ甘かったかを痛感しましたし、会社の将来や従業員のことを真剣に考えるよう意識が変わりました。
ゼミナール論文は「100年企業を目指して」をテーマに執筆しました。メコムは今年で創業75年を迎えるのですが、「これからの25年をどう生き抜くのか」という問題意識のもと、会社の発展に弾みをつけ、この先100年、200年と事業を継続するためのアイデアとして「第2創業」を提案しました。具体的には社内の営業管理ツールを商業展開することで収益の柱を増やす構想です。
──面白そうな取り組みですね。
安部 ありがとうございます。ただ、人的資源や費用対効果の面で今すぐの事業化は難しい見込みで……。とはいえ、新規事業は当社が長寿企業を目指す上で必要であると確信しているので、引き続き社長や幹部社員、従業員とコミュニケーションを取りながらアイデアを練り直したいと考えています。
──長内さんはいかがでしょう。
長内「社会を動かす歯車になるために」をテーマに、顧客との関係構築に主眼を置いて執筆しました。論文を書くうえで論点や主張がまとまらず苦戦することもありましたが、ゼミナール講師の津村陽介先生やゼミ生からアドバイスをもらいながら何とか形にできました。津村先生や同期のみんなには感謝の思いしかありません。
──論文発表後には社長からどんな言葉をかけられましたか。
安部 自社に戻るにあたって、「従業員全員の信頼を得ないと仕事が務まらないぞ」と激励の言葉をかけてもらいました。
重永 私も「これからが本番だからな」とハッパをかけられました。とても充実した10カ月だったので、「卒業後に『燃え尽き症候群』になるのでは」という心配な面もあったのでしょう。OBらしい激励だったと思います。
長内 正直なところ、発表準備や発表会の運営で慌ただしく、当日のことはあまり覚えていません。ただ、以前から歯車製品の販売もチャレンジしたいという思いがあったので、私から「自社製品の営業すべてに携わりたい」と伝えたことは記憶に残っています。社長も最初は驚いていましたが私の意図を汲(く)んでくださり、自社に戻ってからは2つの部門を掛け持つようになりました。
余暇の時間も学びに
──同期との関係は?
安部 とても仲が良いですよ。
長内 実習やゼミを通じて特に関係が深まりましたね。全員が何度も本音をぶつけあったことで、表面的な付き合いではなくパーソナルなことも相談し合える関係が築けたように感じます。これもすべて、重永さんが自治会長として全員を明るく引っ張ってくれたおかげではないでしょうか。
重永(笑)。
──自治会長として同期をまとめるなかで意識したことは?
重永 自分で言うのもおこがましいのですが、「空き時間も学びが得られるように」をモットーに余暇の有効活用を意識していました。例えば、朝礼では経営やビジネスで関心がある話題を各自2~3分程度でスピーチしたり、放課後に講義内容を振り返る勉強会を開いたりと、1つでも多くの学びが得られるように働きかけましたね。時には意見がぶつかることもありましたが、何を不満に感じているのか、どうすればその不満を取り除けるのかなど、そのつど綿密にコミュニケーションを取ることで衝突を乗り越えてきました。経営についての悩みを相談したり、痛みや苦しみを分かち合える貴重な仲間ですから、これからも末永く付き合っていきたいというのが私の願いです。
──卒業してからも積極的に連絡を取っていると聞きました。
重永 自社に戻ってからの現状を報告し合ったり、中小企業大学校のイベント案内を共有したりするなど、41期生のLINEグループは今も頻繁にやり取りが交わされています。個人的な話で言えば店に買い物に来てくれた同期もいましたね。うれしかったです。
安部 今は山形にいるので東京に出る機会は少ないですが、コロナが落ちついたら同期のみんなと会って話をしたいですし、重永さんのお店にも顔を出したいですね。
重永 ぜひ、お待ちしています。
会社を継ぐ自信がついた
──卒業から2カ月(※取材日9月28日)が経ちました。経営後継者研修を経て変わったことは?
安部 後継者としての覚悟が芽生えたことでしょうか。前職では会社に雇われている立場だったので、どちらかというと受け身の姿勢で仕事に臨んでいましたが、今は「会社の成長と発展のために何ができるか」という考えを持ちながら業務に携わるようになりました。このように意識が大きく変わったのも、同じ志を持った仲間と長期にわたって一緒に学んできたからでしょう。
長内 愛社精神が強くなったように感じます。10カ月の研修を通じて、自社を客観的かつ徹底的に分析したことで会社そのものや現社長の魅力に気づけましたし、社長の熱い思い、尋常ではない努力、強力なリーダーシップによって築きあげられた会社を「受け継ぐ」のではなく「先頭で引っ張っていきたい」という気持ちに変わっていきました。
あとは、物事を分析的にみる癖が身についたと感じます。「なぜこの製品は顧客の評判が良くなったのか」「売れ筋だった製品が今なぜ伸び悩んでいるのか」といった変化をつぶさに察知し、因果関係まで掘り下げて自分なりの仮説が立てられるようになりました。これも研修を通じて自社を徹底して分析してきた成果だと思います。
重永 経営に必要な知識、後継者としての姿勢を学んだことで、会社を継ぐ「自信」がつきました。これからは研修で学んだことを行動に移し、結果を出さなければなりませんが、自分自身の役割や使命などが明確になったので、研修前と比べて会社を引っ張る上での心細さや不安は払しょくされましたね。
──抱負をお聞かせください。
安部 まずは従業員からの信頼を得られるよう一社員として会社に貢献していきたいと思います。そして、いずれは社長から「晃史郎に任せても大丈夫」と思ってもらえるように、これからも前向きな姿勢で仕事に取り組み、経験を積んでいきたいですね。
長内 当社の魅力を従業員に発信していきたいです。私は研修を通じて当社の魅力を再発見し、誇らしい気持ちになりました。スタッフ全員が「山崎歯車製作所で働いてよかった」と思えるように、今以上に魅力のある会社へと育てていくことが今後のミッションです。
重永 安部さんと同じく、まずは会社の役に立てるよう目の前の業務に真剣に取り組むことが当面の目標です。そして、研修で学んだ知識や経験を発揮しながら、後継者としての自覚をもって会社をより良い方向に導いていけたらと考えています。
(構成/本誌・中井修平)
名称 | 株式会社メコム |
---|---|
設立 | 1946年2月 |
所在地 | 山形県山形市香澄町2-9-21 |
URL | https://www.mecom.jp |
名称 | 株式会社山崎歯車製作所 |
---|---|
設立 | 1962年11月 |
所在地 | 神奈川県厚木市戸田674 |
URL | https://www.yamatech.co.jp |
名称 | 株式会社生活の木 |
---|---|
設立 | 1967年12月 |
所在地 | 東京都渋谷区神宮前6-3-8 |
URL | https://www.treeoflife.co.jp |