コロナ禍による大きな地殻変動が起きている現在は、新商品開発のチャンスでもある。その有望分野の1つが、テレワークに関連する商品だ。こうした有望分野に切り込んで、ヒット商品を生み出すには、どのような経営者の思考と戦略が必要なのか。探ってみた。

プロフィール
たつの・ひろかず●1976年鹿児島県生まれ。2002年京都大学大学院エネルギー科学研究科修士課程修了後、2002年松下電工(現パナソニック)に入社、小物美容家電(オーラルケア商品群)の商品企画を担当。退職後の2013年に早稲田大学大学院商学研究科修士課程商学専攻に入学、中小製造業の技術経営、新事業・新商品開発を研究。2014年に中小企業診断士登録、2016年に合同会社タツノ経営デザインを設立。
テレワークの周辺を狙え

 ものづくりの世界ではよく、スマイルカーブ理論が言及されることがある。付加価値をY軸、生産工程の流れをX軸にとった場合、上流と下流になればなるほど高くなり、中流の価値がもっとも低くなるカーブのことを意味する。このスマイルカーブ理論に基づけば、企業が付加価値を向上させるためには中流部分での設備投資によって生産性を向上させる手法とともに、上流または下流での事業拡張や自社商品開発が大切になってくる。

 特に中小企業が自社商品開発に取り組むメリットは大きい。その意義をあらためて確認しておこう。1点目は新たな収益源の獲得を実現できること。複数の収益源を持つことで景気に左右されない体制を整備することができる。私が研究した事例で、自社商品の開発に成功し下請け企業からの脱却を実現していた企業の中には、リーマンショックでも大きな損失を出さなかったところもあった。自社商品は作り手側に価格支配力があるということも大きなメリットだ。

 2つ目は組織全体の競争力が強化されること。商品開発は、言われたままに下請け仕事をこなすのとは全く違う、より能動的な活動が必要になる。新しい商品へのチャレンジにより職人の技術力向上にもつながるだろう。価格や納期だけで評価されるのではなく、使い勝手や品質が評価のポイントになるので、従業員のモチベーションも間違いなく向上する。

 取引先企業の見方や企業PRの仕方も変わってくる。発注企業からは「開発力がある」と評価されるだろうし、下請け部品では秘密保持のため対外的にアピールできない技術なども、自社商品なら積極的にアピールできるからだ。

身近な存在がターゲット

 では商品開発のプロセスはどのように進めればよいのだろうか。まずは開発テーマの設定である。テーマと製品コンセプトを決めなければ仕様を具体化して生産の準備に入ることはできないからである。ここで注意してほしいのは、多くの競合企業が気づける顕在化したニーズに対応する商品を開発しても、生産力のある大手企業に対して中小企業が利益を上げるのは難しいことである。コロナ禍において中小製造業がこぞってマスクやアルコールスプレーの開発に乗り出したが、すぐに供給過多になって利益を上げられずに撤退した企業は少なくない。また、常時費用をかけてリサーチを行いニーズを探索している大手企業が参入している市場で、中小企業が抜きん出ることも同様に難しい。

 中小企業でも成果を上げられる開発テーマの探索方法は①経営者や従業員、その家族が欲しいと考えている商品②専門家に密着して高度な要求に応える商品③取引先や販路の要望に応える商品──の3つである。
どのような人に使ってもらいたいかを明確にすることが重要で、使ってもらいたい人は近くにいる方が良い。従業員やその家族に比べて、取引先や販路の要望の把握にはまた聞きの部分が少なからず入ってくるので、①と②がより望ましい。

 ターゲットが決まれば次は商品コンセプトの決定である。これはどんな顧客に(ターゲット)、どんな技術や手段を使って(アイデア)、どんな価値やメリットを提供するのか(ベネフィット)を表現するものだ。このコンセプトづくりで大切なのが、可能な限り自社の技術や強みを生かすように意識すること。ところが自社の強みは意外に自分たちでは気づいていないことも多い。それを知るためには、「なぜ当社/当店を選んだのか」という質問を含むアンケートをとる、取引先からほめられたり喜んでもらえたりしたことを今一度振り返ってみる、営業担当がどのように自社の良さを伝えているのか再確認する──などにより、客観的な目で自社の強みを把握することが大切である。

 大手メーカーの商品企画におけるマーケティングでは、架空の人物像を細かく設定して商品コンセプトを決める「ペルソナ」という手法が用いられることがある。中小企業でも同様に取り組んでもちろん構わないが、それが難しい企業には、「誰が」「いつ」「どこで」「何を」「いくらで」「どんな強みを生かして」「なぜ」の5W2Hの要素で商品コンセプトを考えることで精度を高めることをおすすめしている。

小回りの良さを生かす

 自社商品が思うように売れず悩んでいる中小企業の経営者を取材していると「本当にいいものなんだけれど売れないんだよな」との言葉を聞くことが本当に多い。これには明確に理由がある。経営者がいう「いいもの」は具体的には、「自分たちが持っている高度な技術が使われている」「複雑な設計をしている」「スペックが高い」「他社にはない機能が搭載されている」などを意味するが、これらの特徴が使う人にとって良いことだとは必ずしも言えない。むしろマイナスになってしまう可能性すらある。買ってくれるユーザー、つまり商品を届けたい人はだれか、その届けたい人がどんな使い方をするのかが非常に重要である。

『戦略経営者』2021年7月号P18のノンピはオンライン飲み会の需要増を見込んだサービスを展開しているが、一歩踏み込んで宴会の幹事役をターゲットにしているのが成功のポイントだろう。オンライン飲み会の開催で誰が一番悩むのか、その悩みをどうすれば解決できるのかという点にテーマを絞ったことが契約拡大につながっている。

 テーマの探索とコンセプトの決定が終われば、いよいよ仕様の具体化と生産準備である。機能やデザインをさまざまに検討して試作と検証を繰り返すわけだが、ここで中小企業の強みを大いに発揮しよう。中小企業は企画構想の場とものづくりの現場が近い距離にあるため、構想案を素早く試作して確認し、出来を見てすぐに改善に取り組める。この「小回りの良さ」を最大限に生かし、試作品について見込み顧客や専門家の意見を聞き、それをすぐにフィードバックするということも可能になる。

 一方大企業だとそうはいかない。商品化に至るまでは、開発、技術、営業、流通など各部署との社内調整、コンセプトや価格決定時など複数回実施するマーケティング調査などのプロセスを踏むのが通常で、開発期間は長くなりがちだ。専門化された組織の分業で失敗は少なくなるものの、経営者の意思決定が素早く柔軟に行える中小企業に比べるとオリジナリティーのある「尖った」商品が生まれにくいのである。

 もちろん中小企業の商品開発にもデメリットがある。経営者の判断基準に結果が大きく左右されてしまうことである。プロジェクトの成否が経営者や一部の社員に依存してしまう課題を回避しつつ、中小企業の小回りの良さを生かすためにおすすめなのが「デザイン思考」の考え方である。デザイン思考とは、デザイナーのものの考え方や手法をさまざまな問題解決のために応用した思考法で、①観察する②アイデアを出す③どんどん試作することを大切にした思考法である。①~③の順番にこだわることなく、どんどんやってみる、試してみる姿勢が大切だ。

 たとえば②ではみんなでアイデアを持ち寄って自由に意見を出しあうブレインストーミングが効果的だ。ホワイトボードに書き出したり付箋を貼ったりして情報を整理していく手法だが、「他人の意見を否定しない」「他人の意見を利用してさらにアイデアを出す」「質より量」といったルールを守りながらフラットな雰囲気の中で議論することがポイントだ。

 アイデアの方向性が固まったら③のプロセスである。ここではとにかく手を動かしてどんどん試作することが重要だ。ちょっとしたスケッチやイラストを描いてみるだけでも良いし、使用イメージの動画を撮影してもよい。最初から立体のプロトタイプを作る必要はなく、とにかくそれを想定顧客に見てもらって何らかのフィードバックをもらうことが大切だ。試作品はラフなものの方がかえって意見が出やすいこともある。こうした意見をフィードバックし、さらにアイデアを磨き上げることで商品を完成させていく。

心強い専門家の協力

 最後のステップは営業とマーケティングだが、基本的な考えとして身に付けておきたいのは、「マーケティング4P戦略」である。自社ECサイトを立ち上げ、SNS等との連携を図って地道にアクセス増に取り組んでいる事業者も多いが、とりあえずインターネット販売しよう、とにかくSNSを使おう、といった一般論にとらわれることなく、ターゲット顧客を常に意識しながらプロダクト、プライス、プレース、プロモーションを展開する必要がある。

 例えば、専門家の要望に応じて商品開発した場合には、専門家自身が業界内で推奨してくれたり、自身の言葉で良さを口コミで広げてくれる。商品の機能や効果を科学的に検証し良さを伝えるアカデミックマーケティングという手法があるが、これと同等の効果が期待できる。

 販売する前にファンづくりができるうえ、ニーズを確認することもできるクラウドファンディングも有力な選択肢の1つだ。利用企業は急激に増えており、2020年上半期の購入型クラウドファンディングの市場は前期比3倍以上の223億円に伸びた。『戦略経営者』2021年7月号P16のジスクリエーションは、テレワーク環境を快適にしたいと思いながらも、高価なオフィスチェアを購入するのはためらわれる在宅ワーカーたちのニーズをとらえ、クラウドファンディングを通じて共感を得た事例である。募集ページは読みごたえのある情報が盛りだくさんで、消費者の心を動かすストーリーがある。また、正しい座り姿勢に関する専門家の解説を紹介して、製品の信頼性を高めている。クラウドファンディングで成功できる要素が詰まっている事例だといえるだろう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2021年7月号