今般のパンデミックは、中小企業にとっての間接金融への選択肢を狭めてしまった。となれば、直接金融にチャレンジするしかない……というわけで今、ビジネスマインドを持つ経営者たちによるクラウドファンディングへの取り組みが急増している。

急増!クラウドファンディング

 コロナ禍以降、イベント業界の苦境が続くが、もちろんスポーツ興行も例外ではない。アイスホッケーアジアリーグも昨季は韓国、ロシアの3チームとの交流戦を行わず、国内5チームだけの「ジャパンカップ」として開催された。しかし、緊急事態宣言の発令などで、予定されていた試合が3分の2程度にまで減少。各チームの台所事情を圧迫している。

 そうしたなか、H.C.栃木日光アイスバックスを運営する栃木ユナイテッドは、昨年から今年にかけて2度のクラウドファンディング(CF)を実施。難局を乗り切る足掛かりをつくった。

24時間で目標額を達成

 昨年の5月中旬、コロナ第2波の始まる直前だった。チームディレクターの土田英二氏は述懐する。

「9月からのシーズン開幕の準備をするなかで、スポーツ庁や『アジアリーグアイスホッケー』からコロナ対策のための指針が示され、対策のためにはかなりのお金が必要になることが分かり、資金調達手段としてCFが俎上(そじょう)に上ったわけです」

 ちょうど、取引のあったスポーツビジネス関連の事業を手がけるハーフタイムという会社が、CFプラットフォームのキャンプファイヤーと連携して手数料5%(通常は17%程度)という廉価プラン「新型コロナウイルスサポートプログラム」を発表したことにも背中を押された。さっそく企画を立てて同プログラムへの申請に名乗りを上げた。

 目標額は100万円。名称は「共に乗り越えようIBプロジェクト」。期間は6月22日~7月31日。返礼品は1,000円~44万円まで22種類。お礼メッセージやステッカーから、ハンドタオル、サイン入りTシャツ、レプリカユニフォーム、サイン入りスティック、ゴールキーパー・福藤豊選手の着用ゴーリーマスクまで、多彩に取りそろえた。同社では普段からさまざまなグッズの企画・販売を手掛けていて、商品開発はお手のもの。

 ふたをあけてみて驚いた。なんと開始から24時間で目標額を達成。最終的には103名から205万8,000円の支援があった。開幕に間に合うようさっそく、サーモグラフィー、空気清浄機、クリアボード、消毒用アルコール、マスクなどを購入。ホームゲームでの試合で使用された。

 とはいえ、このプロジェクトを進めるにあたって、土田氏にはある葛藤があった。

「当初は、感染症対策も自分たちだけで行うべきで、CFは"甘え"になるのではとの思いがあり、迷いもありました。しかし、今回、地域や地場企業の方々とお話するなかで"困った時は言ってください""急に廃部になるのだけはなしにして"などという声を数多くいただいていて、それがCF実行の原動力になりました」

 アイスバックスには創設以来、数々の経営危機を地域の支援で乗り切ってきた歴史がある。1999年、古河電工アイスホッケー部の廃部を受けて、栃木県の有志がその受け皿として「市民クラブ」を設立。その後も運営母体が何度か変わるなど紆余(うよ)曲折を経ながら懸命な経営を続け、深刻な危機に陥った2006年~07年のシーズンには1口1万円の寄付を募って急場をしのいだりもした。こうした、「地域の支援ありき」の特質が、今回のCF成功の背景にあるといえるだろう。

支援企業との距離が縮まる

 さて、今年1月10日。2度目の緊急事態宣言が発令された。「アジアリーグアイスホッケー」では、宣言地域内での試合開催の取りやめ、ならびに宣言地域間の移動も禁止することを決定した。さらに、アイスバックスのホームリンクである霧降アイスアリーナが改修工事で12月から使用不可。西東京市のダイドードリンコアイスアリーナを使用して開催しなければならず、その上、東京都が緊急事態宣言の「延長」を行ったために丸2カ月間、ホームゲームが行えず、興行収入がゼロとなった。

「何とかチームの運営費をつくらなければいけない」

 アイスバックスでは宣言が発令されてすぐに、2度目のCFの企画づくりに取りかかった。当時、キャンプファイヤーでは手数料40%オフのキャンペーンを実施中でタイミングもよかった。目標金額は500万円。返礼品に応じて1~8万8,000円のプランを用意したが、最大の特徴は「アイスバックス 栃木・日光応援プロジェクト」という名称の通り、市民クラブとして地域とともに頑張っていく姿勢を示したところ。

 土田氏は言う。

「Jリーグのコンサドーレ札幌さんの"全道一丸で乗り越えよう!コンサドーレパートナー企業応援プロジェクト!"の取り組みがヒントになりました。実際、地元の支援企業の方々の話を聞くと、"経営が厳しい"という声が多く、われわれも市民クラブとして何かできることはないかと……」

 アイスバックスは地元企業の協賛金に支えられている。地元企業が苦境に陥れば、当然のごとくチームの運営費が減少することになるので、「地域とともに乗り越える」との考え方は当然といえば当然。ただ、その手法には一工夫が必要だ。

 CFは基本的に、実施者が投資家に対して責任を負える内容でないと認められない。このハードルを栃木ユナイテッドは、地域の外食産業や観光業者、各種メーカーの商品を購入し、返礼品として使用することでクリアした。

 あとは実施に向けて突き進むだけ。この手の施策はスピードが大事だけに、営業担当の奮闘は必須条件だ。時節柄、訪問がしにくいという環境のなか、懸命にパートナー企業とコンタクトをとり、プロジェクトの考え方、理念、メリットなどを説明。応じた29社との契約を次々と取り付けていく。

 そうしてわずか3週間後の1月30日に、CF募集を開始。結果はまたもや大成功。197名から目標を超える総額557万円が集まった。なかでも人気だったのがパートナー企業の商品の詰め合わせプラン(2万円)。カステラ、クッキー、バームクーヘン、羊羹(ようかん)など、多彩な商品が取りそろえられ、そのなかから3点を選ぶというものだ。このほか、飲食店の食事券2枚の「満腹プラン」(2万円)や宿泊券に施設入場券、お土産がついた「観光プラン」(5万円)などの地元応援プランも人気を博した。サイン入りスティックやユニフォームはもちろん、変わったところでは、選手の3Dフィギュア、選手との「45分間リモートデート」という返礼品も用意された。

 土田氏は続ける。

「パートナー企業との距離感の近さをあらためて感じましたし、なかにはプロジェクトをニュースで見たと言って、"自由に使ってください"と何十万単位で直接寄付を持ってきてくださった方もおられました。とてもありがたかったですね。感謝しかありません」

「恩返し」のフェーズに

 さて、今後の見通しはどうか。

 既述の通り、アイスバックスは前シーズンではホームリンクを使えなかった。そのため、より厳しい、3分の1程度の収容人数での興行を余儀なくされた。しかし、ホームの霧降アイスアリーナが今年8月から使用できる予定となっており、そうなれば興行収入の増加も期待できる。また、中止となっているスクール事業も、感染症の状況の進展次第では再開の可能性が出てくるだろう。

 土田氏は、今回のCFの実施によって、地域に根差したクラブとしての「将来的な方向性」が見えてきたという。

「もちろん金銭的な支援はありがたかったのですが、それ以上に地域の方々やパートナー企業とのつながりが深まり、コロナ禍に一緒に立ち向かえているという実感を得られたことが、長い目で見ると大きな成果だったと思っています」

 さらに土田氏は、今後について「いただいたご恩を返していく」と強調する。

 恩返しの第一はやはり、9月から開幕するリーグ戦で勝つこと。また、並行して、地域貢献活動をより活発化させていく。昨年の4月には日光市の新1年生500名以上にオリジナルランドセルカバーを寄贈したが、今後は地域の子供たちのための見守り活動もスタートさせる予定だ。さらに、小学生のアイスホッケーリーグである「アイスバックスカップ」の拡充にも注力していく。

 市民クラブの強みを生かしながら、コロナ禍を乗り越えていく──H.C.栃木日光アイスバックスは、そんなしたたかさを発揮しつつある。

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 株式会社栃木ユナイテッド
所在地 栃木県日光市松原町17-1
代表者 セルジオ エチゴ
設立 2007年3月
社員数 8名
URL https://www.icebucks.jp/

掲載:『戦略経営者』2021年5月号