大手量販店が電子値札を採用したり、鉄道会社が変動運賃制の検討を発表するなど、「値付け」をめぐる新たな動きが注目されている。価格設定にITを取り入れるプライステックなど、値付けの最新事情を追った。

プロフィール
おがわ・こうすけ●1951年秋田県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院中退後、法政大学経営学部研究助手、同経営学部教授などを経て、現職。日本フローラルマーケティング協会会長などを務める。『よくわかるブランド戦略』(日本実業出版社)、『CSは女子力で決まる!』(生産性出版)、『マクドナルド 失敗の本質』(東洋経済新報社)、『「値づけ」の思考法』(日本実業出版社)など著書多数。
──小売店における値付けの現状についてどう分析されていますか。
「値付け」最前線

小川 新型コロナ感染症が日本国内でまん延して1年ほどになりますが、前半と後半で異なる様相を呈していました。
 感染が広がりだした昨年の春先から夏場にかけて、食品スーパーやホームセンター、ドラッグストアなどでの値引き販売は、ほとんど行われていませんでした。特に1回目の緊急事態宣言期間中は、折り込みチラシが非常に少なかったのが印象的でした。店舗側で商品をディスカウントできなかったため、品ぞろえを絞り込み、在庫やフードロスを減らす動きも散見されました。つまり「価格戦略」という、小売業にとっての最大の武器が封じられてしまったわけです。秋以降になると一転して、値引き販売する店舗が増えはじめました。顕著だったのがアパレルチェーン店。売れ筋の戦略商品を大幅に値引き販売する例も見受けられます。

──業務用商品の動向は?

小川 そもそも業務用の需要が総じて減少しているので、そこにフォーカスしている事業者は軒並み苦境に陥っています。
 例えば花き業界では結婚式や葬儀、パーティー、プレゼント用の需要が約7割を占めます。こうしたニーズが蒸発してしまった。厳しい状況に直面しているのは小売店だけでなく、生産者や卸売会社なども同様です。値引きしても売れる見込みが少ないわけですから、価格戦略以前の問題といえるでしょう。
 とはいえ、食材についてはフードロスを引き起こしかねません。業務用食材のなかには、一般市場に出回りはじめた商品もあります。本わさびは、そのひとつ。マーケット規模は200億円ほどですが、料亭やレストラン向け需要が一挙に消えてしまった。販売先を失った商品が食品スーパーに流通し、割安な価格で販売されているケースもあります。

DPとサブスクが伸張

──値付けをめぐる昨今のトレンドを教えてください。

小川 昨年末、東京ディズニーリゾートが2021年3月20日入園分以降のチケットで「変動価格制」を導入すると発表し、話題となりました。具体的には従来8,200円(税込み)で統一されていた「1デーパスポート(大人)」の料金が、時期や曜日に応じて8,200~8,700円に設定されることになります。
 このように需要予測に基づき価格を変動させる手法は「ダイナミック・プライシング」(以下、DP)と呼ばれ、日本の大手テーマパークではユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が先鞭(せんべん)をつけました。
 もっとも、DP自体は最近開発されたわけではなく、航空会社や宿泊施設などが繁閑状況に応じた値付けを行っていました。以前なら商品やサービスの価格を頻繁に変動させるのは、顧客サービスを鑑みると望ましくないと考える企業が多く、百貨店はその代表でした。いつ足を運んでも同じプライスタグを付けているのが、品のある店舗と見なされていた。しかしDPは、さまざまな業界に飛び火し、コンビニエンスストアでも値引き商品を見かけるようになりました。世の中の「常識」が変わったのです。

──DPが広がっているのはなぜですか。

小川 ねらいの根底にあるのは、やはり顧客満足度の向上だと思います。例えばテーマパークでは、ゴールデンウイークなどの行楽シーズンに客があまりにも殺到してしまうと、来場者から苦情がくるそうです。客数をある程度平準化できれば、スタッフを増員する必要もありません。
 さらにDPはEC(電子商取引)とも相性が良い。顧客の性別、年齢、購入履歴に応じて、クーポンを配布したり、価格を柔軟に変更することが可能です。商品の反響や在庫状況を考慮しながら、顧客単位で価格戦略を立てることができるのが利点です。
 変動価格を採用する企業がある一方、決まった金額を支払って一定期間にサービスを無制限で受けられる「サブスクリプション」もじわりと拡大しています。カーシェアリングをはじめ、洋服を借りたり、花が定期的に届くサービスもあります。価格交渉せず、安心して購入できる点が人気の要因だと思います。 

数字の持つマジック

──価格は顧客心理にどのような影響を与えますか。

小川 消費者はモノやサービスを購入する際、経済合理性を元に判断していると思われがちですが、値付けによって大きく左右されます。ある商品の価格を安く見せたいなら、最初は値付けを高めに設定しておくとよい。これは認知バイアスのひとつで「アンカリング」と呼ばれます。
 すし店でよく見かける「松竹梅」というメニュー構成も、顧客心理をうまくついた戦略です。最も販売したい商品を「竹」に設定し、あえて下位商品を「梅」として加えることで、「竹」の購入頻度を高められます。実際、多くの人が注文するのは「竹」です。ラインアップに安い商品があると、高額商品の魅力がいっそう増し、プレミアム商品を好む客の「松」の購入を促す効果も期待できます。
 これらは行動経済学の専門領域といえますが、私たちは心理的な錯覚を元に高いか安いかを判断しているのです。

──値引き表示などにも応用できそうです。

小川 10万円の商品を5%引きで販売するとします。店頭で「5%引き」もしくは「5,000円引き」と表示した場合、どちらの方がより多くの客を引きつけることができるでしょうか。値引き額は同じであるにもかかわらず、後者の方がお得感を覚える人が多くなります。大きな数字で表示された方をお得に感じる習性があるためです。商品の含有成分についても、同様のことがいえます。タウリン「1グラム」または「1,000ミリグラム」のラベルが貼られた栄養ドリンクでは、後者を手に取る人が増えます。
 商品券やクーポンを配布するとき、数字をできるだけ大きめに表示すれば、ありがたみも増すはずです。まさに数字のマジックといえるでしょう。

気になる端数の行方

──価格戦略に注目している企業があれば教えてください

小川 外食、小売業界で1社挙げるとすれば、「焼肉きんぐ」などを展開している物語コーポレーションです。
 同店には3種類の食べ放題コースがあり、来店客の8割がたは真ん中の価格帯のコースを選ぶそうです。これは「松竹梅」のセオリーどおり。また60歳以上はコース料金が500円引きされ、小学生は半額になります。たしかにファミリー客は値引きされるものの、ドリンク類をオーダーするとそれなりの金額となり、元を十分取れる価格体系になっている。実に巧みなプライシングです。
 それから、注文はテーブルのタッチパネルで行えます。コースメニューだから、いろいろ考える必要がありません。従業員がオーダーテイクせずに済むので、発注ミスも防止できます。
 同社はしゃぶしゃぶ、お好み焼きからラーメン店まで複数の業態を展開しており、さまざまな客層と価格帯をカバーできるのも強みです。外食産業はおしなべて苦戦をしいられるなか、コロナの第2波が収束していた昨年9~11月には、同社の売上高は前年同期比増を記録しました。マルチブランド化による価格戦略とDX(デジタルトランスフォーメーション)が功を奏した好例だと思います。

──値付けの今後をどのように占われますか。

小川 店頭ではこれまで、税抜きと税込み価格の両方が混在している状況でした。4月1日以降、総額表示が義務化され、消費税額を含む総額を明示しなければならなくなります。よって消費者には、値上げしたかのような印象を一時的に与えるかもしれません。消費者が商品の価格を比較する際わかりやすくなる一方、価格戦略の幅が狭まることを意味します。
 今後は980円なら「1,078円」と表示する必要があり、ひとケタ増えれば消費者に割安感をアピールできなくなります。そのため、何らかの工夫が必要になってくるでしょう。複数の商品をセットで販売して1円単位の端数をなくすといった、新たな手法も現れるかもしれません。そうすれば、小銭の受け渡しがなくなり、従業員の負荷も減るので一石二鳥です。
 経営者の皆さんには、環境変化をチャンスととらえ、戦略的なプライシングを行ってほしいと思います。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年4月号