買い物や通院、地域内巡回など短距離の移動ニーズを満たす乗り物として小型のEVモビリティーを目にする機会が多くなった。コロナの影響を受けて移動・物流ニーズの大きな変化がみられるなか、さらなる需要の高まりが予想される。市場の現状と課題、中小企業やベンチャーによる参入事例などをリポートする。

プロフィール
ほどつか・まさし●2005年、東京大学法学部卒業。同年、中国・上海にて流通事業ベンチャー設立・運営。08年、東京大学新領域創成科学研究科修士課程(国際関係論)修了。衆議院議員事務所、経営コンサルティング会社を経て、2014年、日本総合研究所入社。自動車・モビリティー、エネルギー領域にて新規事業の立上げやコンソーシアム活動を推進。
注目!小型EVモビリティー

 コロナ禍で明らかに変化したのが、人間の距離感である。距離感にはいろいろあるが、まずは人と人との距離感、つまりソーシャルディスタンスだ。スーパーコンピューターの「富岳」で飛沫(ひまつ)がどれだけ飛ぶかを解析したCG画像がその象徴である。テーブルに向かい合って座った人同士では大量のウイルスが飛ぶことが分かる衝撃的な映像だった。できるだけ対面を避ける傾向はコロナが終息した後も続くだろう。

 また町と町の距離感も現在進行形で変わりつつあり、これからもますます変わっていくだろう。これは特に東京、大阪、名古屋といった大都市とその周辺都市の間で顕著になる。中心部のオフィスがそこまで価値を持たなくなってくるなか、すべてがそうなるわけではないが、「都市中心部にオフィスを構える必要はない」と判断した企業は、周辺都市に拠点を分散させる動きを始めるだろう。東京から本社を淡路島に移転したパソナの例が代表的だ。

 オフィスのニーズが変われば当然住宅のニーズも変わる。「都心近く」や「駅近」といったキーワードとは距離を置き、郊外でも環境の良い地域のニーズが高まっていくだろう。中心部に行かないことを選択するライフスタイルが広がり、テレワークの増加で住宅地や自宅で過ごす時間がより長くなるからだ。

 都市と郊外の関係性に変化が生じれば、モビリティーのあり方も大きく変わってくる。人の住まい方、時間の過ごし方が変われば当然移動ニーズも変わってくるからだ。移動量や物流量は大まかに人数×時間に比例して増減する。都心から郊外住宅地でたくさんの時間を過ごすライフスタイルの変化が起きれば、郊外での移動・物流についてのモビリティーニーズが増えるのは確実だろう。これを先取りしているのが、ウーバーイーツや出前館など食事の宅配事業者である。これらのサービスはこれまで都心部での利用が活発化しているのは周知の事実だったが、最近は急スピードで住宅地での利用拡大が進んでいる。郊外での物流ニーズに大きな変化が生じている一つの表れだろう。

EV化が大きな転換点

注目!小型EVモビリティー

 一方、移動モビリティーについては、物流モビリティーよりもニーズに応えきれていないと感じる。買い物に行く、物を届ける、病院に行く、役所に行くなど、地域でちょっとした用事を済ませるためにピッタリ合うような乗り物、ラスト・マイル・モビリティーと呼ばれる乗り物がハードとして存在しないのである。これは日本のみならず世界中の共通課題でもある。日本では過疎化や高齢化社会の進展などでこのラスト・マイル・モビリティーに対するニーズはもともと高かったが、町と町の距離感が変わり、郊外への居住ニーズが強まった場合には、さらに供給と需要のギャップが強まっていくだろう。

 しかしそもそもなぜラストマイル移動ニーズがありながら、かつかなりの人がその存在に気付きながら、これまで十分な車両が提供できていなかったのだろうか。それは供給する事業者が、大量生産を前提としたガソリン車だったからである。ガソリン車は一定量を定常的に生産しなければ採算がとれないので汎用性のある車両しか作れない。そうでなければ二輪車という選択肢しかなかった。

 その点EV化は大きな転換点といえる。EVは少なくとも日本での認識はガソリン車の代替としてしか考えられていないが、より積極的な意義がある。それはまさにラスト・マイル・モビリティーを得意領域としている点だ。

 EVがなかなか普及しない理由の一つが、コストの3分の1を占めるといわれている高価なバッテリーにあることはよく知られている。ガソリン車と同じように給電の心配なく走ろうとすると必然的に電池が大きくならざるを得ず、価格も高くなる。しかし地域を巡回する用途に使うのであれば、数百キロもの航続距離は不要で、100キロもあれば十分だろう。日本自動車工業会がかつて行ったアンケートで、軽バンを使っているユーザーに対し「もしEVを仕事で使うとしたら航続距離は何キロ必要か」と尋ねた設問があった。結果は約5割が「100キロで十分」、約25%が「50キロあれば十分」と回答したという。

 軽バンを使う人たちは業務で日常的に車を使用する人たちなので、この結果には高いリアリティーがある。軽バンユーザーが地域をぐるぐる巡回するだけの用途であれば100キロで十分と回答しているということは、これまで使用している軽バンから小型EVへの切り替えがスムーズに進むことが何ら不思議な話ではないことを意味している。軽商用車の使われ方はまさにEVの得意領域といえ、「超小型モビリティ」は、そうした文脈上の一つのソリューションでもある。

中小企業にもチャンス大

 超小型モビリティについては、国土交通省が2012年ごろから事業を進めており、地域で使ってもらうとどのような社会的反応があるのか、ベンチャーが作れるかどうかなど社会的、技術的実証は一通り終えている。今後の普及に向けて、まだ発展途上の段階といえる。ここ5、6年で実際多くのベンチャーが参入したが、まだ大規模に普及した例はほとんどない。大手メーカーも軒並み開発に着手しているが、型式指定の量産車については来年春にトヨタ自動車が2人乗りのEVを販売する計画を立てているだけである。

 一方でこの領域は中小企業に大きなチャンスがある。中国では乗用車区分に入らないような小型車両、日本でいえば二輪車のような車がたくさん走行している。中国は日本ほど車両区分が明確でなく全国にある雨後のたけのこのような車両メーカーがモーターを組み合わせて車を製造している。極端な話、バッテリーとモーター、タイヤさえあれば生産できるので、安全性や機能に問題のある車も数多くあったと聞く。

 しかし小型車両市場が発生してから10年以上が経過し、さすがにかなりの問題企業が淘汰(とうた)された。今では年間100万台、累計1000万台以上の販売実績を持つメーカーも誕生したという。そうしたメーカーの車両はさすがにそこそこの品質になっている。一定の品質を備えた低コストでの小型EV車の生産方式が中国で確立されつつあるのである。

 一方米国では、地域内で巡回するような車がゴルフカート起源で作られているケースがある。もともとゴルフカートとして販売されている車が、設計を若干変えて町の中をたくさん走っているのである。外国人旅行者が行くような観光地、ビジネス街などでは走っておらず、例えばロサンゼルスやマイアミの郊外など、住民の日常的な足として走っていることが珍しくない。

 特筆すべきはそれら小型車両の価格である。中国では1台20~30万円、米国でも100万円ほどで購入することができるのだ。EVで100万円を切るというのは相当な価格競争力があるといえる。トヨタ自動車が来年発売する超小型モビリティが200万円を超えることを考えると大きな差である。中国や米国で販売しているEVの小型モビリティーを生産しているのは既存の大手メーカーではなく、中小企業やベンチャーなのである。そうした世界の潮流を踏まえると、日本でも大きな可能性があるといえる。

 しかしこれらのメーカーはなぜ低コストで生産できるのだろうか。車をプラモデルのように組み合わせて生産することが可能になったからだ。ガソリン車は最後にエンジンの微調整が必要なので、生産工程を有しているカーメーカーが何より発言力を持っている。

 しかしプラモデルのように組みたてられるEVは、完成車メーカーのような複雑な生産工程がなくても、町工場のシンプルな設備だけで生産することが可能なのである。これは部品点数が減るというEVの特徴だけでなく、モーターの低コスト化かつ高性能化によるところが大きい。この環境の変化を素早く利用して新たな市場を生み出すヒントが、中国や米国にはあるのである。

まずは地域内巡回移動から

 超小型モビリティーをはじめとした小型の電動車両は、そもそも遠出が目的の乗り物ではない。地域内の短距離移動を前提としてつくられている。

 また誰が導入するかという点については、やはり商用車としての普及スピードがもっとも速いだろう。事業者の領域としては、小売店(すでにセブンイレブンで導入されている)、自治体、金融機関、ガス会社などのインフラ企業など、地域内を巡回する業務のある事業者が想定される。

 ところが自治体や金融機関などの事業者では、これらの小型モビリティーが週末はほとんど稼働しない可能性がある。それをそのまま寝かせておくのはもったいないので、カーシェアサービス「タイムズ」を展開しているパーク24は、自治体が保有している車両を、稼働していない週末などに住民に使ってもらうような仕組みを構築している。

 もちろんニーズの変動要因は曜日だけではない。時間帯や季節によっても大きく変わる。そうした変動を高度に制御して地域で適切にシェアすることは今後十分可能になるだろう。地域内巡回ニーズに対応するための車は、これまで繁忙期や年度末などのピーク時に合わせて稼働していたが、そうした繁忙期以外に地域で未利用となっている小型モビリティーをシェアできれば、地域全体の車両コスト低減にもつながる。

 このような車両が地域内に数多く存在すれば、スマホで近くの利用可能なモビリティーを検索し、その場で借りることもできるようになる。はやりの言葉でいえば「Maas(モビリティー・アズ・ア・サービス)」だ。

 さらに地域を巡回する小型モビリティーが増えれば増えるほど、「利用者にうちの店に来てもらおう」「私たちのサービスを知ってもらいたい」という地域の事業者のニーズも生まれる。A地点からB地点に行く移動ニーズでは、B地点の周辺についての情報が必要になるからである。こうして車がどこにあるか検索するシステムが誕生し、地域内の移動目的地側近辺の事業者、例えば小売店やサービス事業者店舗が検索システムなどに情報を掲載するインセンティブが生まれる。小型モビリティーが店と人をつなぐ役割を担うようになるのである。

 地域内巡回車両のコミュニティでのシェアは今後必ず起きてくるだろう。自治体や金融機関、ガス会社等インフラ企業での車のシェアにコミュニティーというプレーヤーが加わり、地域全体で巡回需要を共有する世界観が描ける。

 さらにシェアするだけでなく、目的地での情報提供が組み合わされることで、地域での移動の活発化、外出意欲の高まりによる高齢者の健康増進などによる医療費削減も期待できるだろう。小型モビリティーは一つのデバイスにすぎないが、移動需要を足がかりに大きな経済効果を生む可能性を秘めているのである。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2021年2月号